第41話 罠(2)

「作戦は二日後、日没とともに行われるそうだ」


 次の日、朝食を持ってきた女に一枚の紙を渡されてしばらく目を通していたアルは、世間話でもするような声音でリリスに告げた。 一瞬何のことか分からずに目を瞬かせたが、すぐに「作戦」が何をさすのかを思い当たる。


「ルディ伯父様とセレナ伯母様が参加する『青の妖魔”討伐作戦』……場所はどこですか? ヘパティカから離れた何処かでやるのでしょう?」

「セルディティエ草原E‐456、S‐852地点。レシティア街道と面している草原の入り口のひとつだな。 そこで兄と弟がドンパチやり始めたところを一気に叩くらしい」

「セレスとカイヤが――なんて卑怯な……」


 正面からぶつかるやり方ではなく、漁夫の利を得るような形で行われる作戦。その卑怯なやり方に、リリスは唇をかんだ。まだセレスとカイヤを一人ずつ狩るやり方であったならセレスを助ける方法もいくらかあっただろう。だが、 二人一度にまとめて狩られるとなると選べる方法も限られてくる。


「お前、そこにノコノコ現れて弟を止めようとか考えてねぇよな?」

「……っ!!」

「馬鹿野郎、もうちっと頭を働かせやがれ。ンなことしてみろ、兄にとっ捕まるか、捕縛魔法に巻き込まれるのがオチだ。 運良く弟のところに行けたとしても、足手まといになって弟諸共つかまった挙句共犯罪で罪人になるだろうな」


 図星を指されて言葉に詰まったリリスは、アルに呆れ顔で諭される。だがそれでもリリスは頷こうとはしない。自分が危険な目にあうのはいい。でも、セレスが危険な目にあって、爪と翼を折られてしまうのは耐えられなかった。そう思って反論しようと口を開こうとした矢先、アルのさらに厳しい言葉に思わず口をつぐまされてしまう。


「これが罠だって可能性もあるんだ。作戦の情報と共に極秘情報をひとつ掴んでる。今回確実に『青の妖魔』をおびき寄せるため、囮を用意するらしい」

「囮?」

「ああ、そうだ。そう珍しいことじゃない。妖魔討伐にはよく使われる手だ。しかしな、こっからが怪しいんだよ。 『青の妖魔』は人間の魔力にしか興味がないらしく、囮には人間を使うそうだ」

「なんだって?!」

「なんですって?!」


 それまでは静かにアルの話を聞いていたシャンディとネリエは、その言葉を聞いたとたん顔を蒼白にして椅子から立ち上がった。あまり見たことがない焦りと怒りの表情に、アルの言葉の意味を理解していないリリスは首をひねる。だが次の瞬間、シャンディの言葉に思わず耳を疑った。


「人間の囮って、もしかしてリリスを……?!」

「順当に考えればそうなる。聞いたところによれば、妖魔の兄は馬鹿でかい魔力をもった人間の小娘に執着を示してるって話だ。リリス以外には考えられねぇだろ」


 そんな馬鹿げた可能性などあっていいはずもないが、当然否定すると思えたアルはいとも簡単に頷いた。


「私、そんなことを承諾した覚えはないわ」

「わかんねぇか、リリス。この作戦の情報はたぶん本当だろう。だがな、同時にお前をおびき寄せる罠の情報かもしれないんだよ」

「そんな訳ありません。だって、そんなこと、伯父様や伯母様が賛成するわけが──」

「甘いな。『王宮付き魔法使いロイヤルウィザード』は王宮、つまり王の勅命には絶対服従が原則だ。たとえ身内を犠牲にしろと命令が出ても、否とはいえないんだよ」


 アルの言葉に、頭を鈍器で殴られたような衝撃を受ける。心の底の何処かではまだ伯父と伯母のことを信じていた。もしその作戦が行われる場所にリリスが現れたとしても、彼らだけは自分を傷つけないでいてくれるだろう、と。だがその可能性さえ叩き潰され、新たな疑心さえ浮かび上がってきた今、彼らを信じるためのたった一つの絆は切れてしまったにも等しかった。


「いいかリリス、妖魔の弟を救いたければその甘さを捨てろ。身内さえ傷つける覚悟をして挑め。でなければお前に妖魔の弟は救えない」

「……っ!!」


 リリスの持つ甘さや心の弱さ――決してリリスが捨てきれぬものを全部見透かすような目で見返される。アルはしばしそのままじっとリリスを見つめていたが、やがて大きくため息をひとつ吐くと、ふっとその表情を崩した。何をするかと思えば、おもむろにこちらへ近づき、子供をあやすようにぽんぽんと頭を軽く叩かれる。


「お前、少し外に出て頭を冷やしてこい。まだ時間の猶予は十分ある。ここは夜こそ花街になるが、昼間はただの店屋が並ぶ通りだ。 こいつら二人を連れて外で美味い空気吸って、少し息抜きしろ」

「……はい……」

「まだ時間はあるんだ、ゆっくり時間かけて覚悟固めとけ。いいな?」


 先ほどの厳しさはどこへやら、柔らかい声音に少し安心しながらリリスは頷く。それに一つうなずいたアルは、無駄遣いすんじゃねぇぞ、と言ってからシャンディへ小さな袋を放った。手の中でじゃらりと鳴ったその中には、いくらかのお金が入れてあるようだった。


「餞別だ、これで少し年相応に遊んでこい」


 そういわれて背を押され、目を輝かせて喜ぶシャンディとネリエの輪に入る。状況が何もわからなかった今までなら、そんなことは到底無理だっただろう。だが、日数の猶予を知って少しだけ気持ちに余裕が出てきたこともあり、外に出てみようという気になった。


「じゃあ、行ってきます」

「おう、行ってこい!」

「日が暮れるまでには戻ってきますよ。そうでないとカンタレラさんに怒られてしまいますからね」

「ちっ……いーから行ってこい、やったモン没収してまうぞ!」

「それだけはごめんだわ! いってきまーす!」


 きゃらきゃらと笑うネリエに何処か呆れ顔のシャンディ。二人を伴い、リリスは明るい日の下の町へと歩き出したのだった。

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