第42話 息抜き


「疲れたー! リリス、あそこで休憩しない?」

「そうしよう! あ、あそこでアイスが売ってる。ねぇねぇ、買っていこうよ!」

「いいわねぇ。おじさんイチゴひとつー!」

「私はりんごでおねがいします! シャンディはどれにするー?」

「じゃあ僕はレモンにしとく」

「まいどありィ!」


 おまけしといたからね、と少し大きめのアイスが乗ったコーンを手渡され、リリスたちは屋台から少し離れた屋根つきのベンチへと急ぐ。屋敷にいた頃はまだ弱々しい初春の日差しだったのに、今はすっかり春真っ盛りだ。昼間は少し暑いくらいに太陽が照り付ける空を見上げながら、他愛もない話で盛り上がりつつ食べるアイスは格別だった。初めての街を歩き回って火照った体を冷ますのに、アイスの冷たさはちょうどよかった。


 あたしリリスのも食べたいー、じゃあみんなで取替えっこしよう、などと笑いあいながら三人でアイスを食べるのは、 なんだか懐かしいようなくすぐったいような不思議な気持ちだった。こんな風に友達と笑いあって遊ぶのは、いつぶりのことだろう。魔法学院時代の懐かしい記憶を少しずつ思い出しながら、リリスはこの機会を作ってくれたアルに感謝をした。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 しばらくベンチで休憩したあと、少し日が傾いてきた頃になって三人はまた街を歩き出した。何を買うでも見るでもなく、他愛もないことを話しながら街を歩き、緩やかに流れる時間を楽しむ。そんな中、リリスはふと気になったことを二人に投げかけた。


「ねぇ、そういえばアルさん、自分のことを『白蟷螂はくとうろうの魔法使い』って言ってたよね? 相手パートナーは一緒にいないけど、どこかに行ってるの?」

「……そっか、リリスは知らないのよね。あの人確かに『魔法使いウィザード』を名乗ってるけど、ほんとはもうそうじゃないの。相手がいなくなっちゃったから」

「いなくなった? 死んじゃったってこと?」

「うん、相手はもう生きてない。でも戦闘で命を落としたんじゃないの。『魔法使い』じゃなくなったのは、契約破棄したからよ」

「――!!」


 何気なく振った話題が思いもよらぬ方向へ行き、リリスは驚きに目を丸くする。双方同意の上の契約解除は特別な代償を必要としない。せいぜい数カ月、新たな契約ができなくなるくらいだ。だが一方的な『魔法使い』の契約破棄には重い代償が伴う。自分たちの「命」に関わる代償を受けることになるのだ。それがどういうことなのか、少しばかり『魔法使い』についての知識がある者ならば、誰だって知っていることだった。


「だって、アルさん生きてる……」

「アルは死ななかったんだって。相手に護られたんだって言ってた」


 理由を問うリリスに答えたのは、それまで聞き役に徹していたシャンディだ。どこか遠くを見つめるような顔で、アルに聞いたらしい話を思い出すように、ぽつりぽつりと言葉は紡がれる。


「理由までは聞いてないんだ。契約解除の申し出を、アルは最後まで断った。でも最後は無理やり相手が契約破棄をした。相手が最後に振り絞った魔力でどうにかアルの命は助かったんだって」

「そう、なの……」

「ねぇリリス、どうしてアルがあそこまで君に厳しく言ったか分かる?」


 不意に向けられた真剣な目に、リリスは戸惑いながら首を振る。シャンディは空を見上げて目を閉じると、静かにその答えをつぶやいた。


「アルの相手はね、妖魔だったんだ。すごく――すごく、強くて綺麗な妖魔だったんだって……アルが言ってた」


 想像していなかった答えに、リリスは言葉を失った。先ほど告げられた答えに、うまく頭がついていかない。様々な疑問が浮かんでは消えていく。


「アルは唯一、王宮付き魔法深いロイヤルウィザードの中で妖魔と契約を結ぶ魔法使いだったんだ。リリスも知っている通り、この国の人たちは常に妖魔の驚異にさらされている。だから、王宮でもアルが妖魔と契約していることを非難しているひとは少なくなかった」

「それで、相手のひとは契約破棄を……?」

「わからない。けど、アルが契約破棄をされたあと、王宮では妖魔と魔法使い契約を結ぶことに対して更に厳しく規制がかけられた。アルが一方的に契約破棄をされて重傷を負ったから妖魔は危険だっていうのが表向きの理由だけど」

「そんな……」

「だから、アルが言っているのは全部本当のことだよ。彼を助けたいと思うなら、身内を傷つける覚悟だってしなきゃいけない。何があっても彼を愛し続ける覚悟を持たなきゃいけない。それができないうちはまだ一切関わらないほうがまし。そんな中途半端なままで彼を助けようとしても、お互い傷ついて命を削ることにしかならない。きっとアルはそういいたかったんだと思う」

「シャンディ……」


 シャンディの言葉は、何より重たくリリスの胸に響いた。いったいアルは、どんな思いであの言葉を行ったのだろう。リリス一人が傷つく覚悟だけではだめなのだ。自己犠牲だけで終わらせようとすれば、きっとお互いが傷つくだけで終わってしまう。そうではなく、しっかり前向いて戦う覚悟を決めろ。アルはそう言いたかったのだろう。お前たちは俺のようにはなるな。そんな言葉も、混じっているように思えた。


 うまく処理しきれない感情があふれるばかりで、言葉にすることが難しかった。それでも、今までまだ固め切れていなかった気持ちがようやく形を成し始めたように思った。それが覚悟という名のものなのかは、まだ分からなかったけれども。


「……ありがとう。私、頑張る。ちゃんと覚悟を決めて、前を向いて戦うわ」

「僕としてはあまり危険な目にあって欲しくはないんだけど、友人として応援するよ」

「しっかりなさいよね、リリス! 自分の手で、為したいことを掴むのよ」


 ふたりの手が背中を後押しするように肩へ置かれる。頼もしい表情の親友たちにリリスはしっかり頷くと、感謝の気持ちを口にしたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る