第39話 新たな味方


「……やはりファミリーネームを名乗らなくても分かる人には分かってしまうのですね。私はそんなに似ていますか?」


 名前を言い当てられた瞬間、リリスは全てを見透かされていると悟った。ある程度覚悟していたことで、さして驚きもしなかった。王宮のお偉いさんだということだったから、いつどこで自分を見ていてもおかしくない。その風格と洞察力から、リリスは目の前の人物がただ者でないことを感じていた。


 少し息を吸い、自分を落ち着ける。そこで生まれたわずかな余裕は彼女のまとう雰囲気をがらりと変えた。慌てることなく落ち着き払って答えたリリスの態度は、ネリエとシャンディを驚かせた。先ほどまで二人に補佐をしてもらわなければならないほどひどく頼りなく見えた少女の変貌。その姿に、アルはにやりと笑みを浮かべる。


「おう、似ているとも。その瞳の強さ――お嬢さんの親父にな」

「……伯父ではなく、父に、ですか……?」

「そうだ。それこそが当主たる資質を持つ証だ。ロイドそっくりの良い目をしている」


 思ってもみなかった返答に、リリスは目を丸くした。伯父に似ているとは言われても、父に似ているといわれたことは今まで一度たりともない。だが、この男が言っているのは容姿のことではない──そのことだけは理解できた。


 さきほどの口ぶりからすると、リリスが何の問題を持ち込んだのかもおおよそ理解したうえで、話を聞かせろといっているのだろう。裏で何かしらの情報網を持っているのか、ただの推測か。もしこの状況だけで自分の状況を正しく理解したのなら、観察眼が鋭い、などという生ぬるい話ではない。なんとなく、シャンディが『危険な賭けだ』といっていた意味が分かったような気がした。


「話を聞いてくれるといいましたよね、アルさん。では、単刀直入に言います。私にセレス――『青の妖魔』の弟を護る方法を教えてください」

「……ふむ。また、無理難題を持ち込んできたな。しかも、助けてください、ではなく護る方法を教えてください、ときたもんだ。こりゃおもしれぇ」


 大笑いするアルに対し、リリスが少しばかりむっとした表情になった。だがそんなことはお構いなしに、アルは言葉を続ける。


「お前にできることなんざ、ほとんど何もねぇってことは分かってんだろ。なのになんで方法だけを問うんだ? 助けてくださいーって泣きつきゃ楽だし、確実だろうが。 俺は自己紹介でも言ったろ、王宮のお偉いさんだぜ?」

「それじゃだめなんです。今回取り止めになっても、またいつか別の機会にまた同じようなことが起きる。だから、私は自分の力であの人を助ける。 そうじゃなきゃ、意味がないんです」

「意味? ンなモン、万が一奴が死んじまったらなんも意味ねぇんだぞ。それでもいいのか?」


 彼の表情はどんどん厳しく、険しいものになっていく。それでもリリスは決して引きさがらなかった。あの人を助けたい、あの人を救いたい――心の底からそう強く願う。初めて自分の命をかけてさえ、護りたいと思えた人だから。そのためなら、自分にできることはどんなことでもしてみせると決めた。リリスは強い意志を秘めた瞳でアルを見返し、決意の固い声で言い放つ。半ば、自分に言い聞かせるように。


「絶対に死なせません。そのために私はここへきたんです。でも、それは貴方の知恵を借りるためであって、力を借りに来たのではないの」

「生意気な口を利きやがる。自分がどれほど無力なのか分かっていってんのか」

「そんなこと、嫌というほどわかっています……でも、私が助けたいの。私がやらなきゃだめなの」

「その思い上がった考えはいったいどこから出てきやがるんだ。え? 身の程知らずのお嬢ちゃんよぉ」


 リリスへと注がれる、見下すような視線。それでもかまわなかった。セレスを救う手立てを見つけることができるなら。孤独な彼を、その苦しみから連れ出してあげられるなら、なりふり構わず方法を探す。彼を救うと決めたとき、その覚悟も決めた。


「思い上がっているってことも、身の程をわきまえてないってことも、これが私の我侭だってことも、とんでもない無理を言っているってことも、 全部分かっているわ。でも、私はあの人のそばにいて、力になりたい。だからもし、私が彼を救えるのなら――」

「……たとえお前が死ぬかもしれなくても、か?」


 心の中を全て見透かしたような質問に、リリスはただ深く頷く。その言葉に傍らの二人は息をのんだ。彼女の決意はどれだけ非難されても揺らがない。それはリリスの覚悟の強さを全て物語っていた。


 アルはその返答にしばし沈黙していた。リリスのを吟味するようにじっと見つめ、その視線を彼女は真正面から受け止める。無言の問答がいったいどれほど続いただろうか。やがて目をそらして首を振り、破顔したのはアルのほうだった。


「合格だ、リリス。助けてください、って泣きついてくるようならお帰りください、ってたたき出すつもりだったけどよ、お前はそうしなかった。 俺の力が及ぶ限り、お前に協力しよう」


 ずいっ、といきなり目の前に出された大きな手に、リリスはしばしの間固まった。目の前の男の笑顔に今までの緊張が解け、力が抜ける。思考停止した頭をたたき起こし、ようやく握手すればいいのだと思いついたとき、友人ふたりの顔はとっくに呆れ顔へ変わっていた。


「リリス、握手だよ握手」

「馬鹿シャンディ……やっぱり気に入られちゃったじゃないのよ……」


 苦笑するシャンディと、恨めしげにシャンディをにらむネリエ。ふたりのささやきに戸惑いつつ、リリスはアルの差し出した手に自分に手を重ねる。がっしりと握りかえされた手の痛みにリリスは少し顔をしかめたが、お構いなしにアルは手をぶんぶん振った。そうしていささか長めの握手を交わしたあと、彼の手は傍ら二人の頭へと伸ばされる。いったい何をするのかとリリスが息をのむ中、大きな笑い声が部屋に響いた。


「うわわ、わわ……っ、やめてください、アル!」

「ちょっとなにすんのよ、やめなさいってばっ!!」


 わしゃわしゃ、と勢いよく頭を撫で回され――いや、ぐちゃぐちゃに引っかき回された二人は悲鳴を上げた。困った顔をするシャンディと本気で怒るネリエに、リリスは思わす苦笑してしまう。


「てめぇら、でかした! へパティカに呼び出されたはいいけどもう退屈しっぱなしでよぉ。久々に『白蟷螂はくとうろうの魔法使い』の腕が鳴るってモンだぜ……!」


 豪快に笑うアルの手を必死でどけながら怒るネリエと、成すがままにされるシャンディ。三人がじゃれ合う姿を見ながら、リリスはゆるゆると目を閉じる。


(待っていて、セレス。必ず、貴方を助けに行くから)


 窓のカーテンからかすかにのぞく夜闇に向けて小さくつぶやかれた言葉は、誰に聞かれることなくゆっくりと溶けて消えていった。

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