第38話 勅命


『セルビア王国第三十七代国王がヘパティカに集う“王宮付き魔法使い”各位へ命を下す。 青の妖魔兄弟は三日後の夜、セルディティエ草原E‐456、S‐852地点付近で戦闘開始する模様。各自、万全に準備を整えよ。


 主力を担うは「くれないの魔法使い」、補佐は「白銀はくぎんの魔法使い」、「黎明れいめいの魔法使い」、「落陽らくようの魔法使い」。またとない好機を絶対に逃すことの無きよう、各々しっかりと肝に銘じて自らの役目を全うせよ』


 勅印の蝋封が施された上質の羊皮紙がふわりと舞い降りたのは、西の地平線に日が沈み始めたときのことだった。魔法によって運ばれてきたその手紙は『青の妖魔』退治のためにへパティカに集う四組の魔法使いたちに送られたものだ。「紅の魔法使い」――ルディオとセレナにとっては死刑宣告にも等しい封書だ。震える手で開けた封書に目を通した二人は、作戦を担う主力が自分たちであることにひどく失望した。


 最愛の娘とも等しきリリスはまだ行方不明のままだ。ランディはいろいろなつてを頼って行方を捜してくれているが、彼の情報網をもってしても彼女の足取りはつかめていない。そんな最中にもたらされたこの封書は、さらにふたりを絶望の淵に突き落とすものだった。


 無慈悲すぎる命に泣き崩れたセレナを抱き起こしながら、ルディオは必死に冷静さを保とうとしていた。だがどれほど考えてみても、自分たちがこの命から逃れることと、リリスを悲しませないようにすることの両方を成せる方法など考えつかなかった。


 何とかしてやりたいが、王の命令を無視するには自分の地位は高すぎる。自分たちの命だけでその罪を購えるならいい。だが失敗すれば最後、一族にもその罪は降りかかる。そう思うと、リリスを救うためだけに王命を無視することはできなかった。


 なんと自分たちは無力なのだろうと思う。できることといえば、自らの無力さを呪い、どうすることもできない状況を嘆くことだけだ。


「すまない、リリス……」


 遠き日に交わした約束。どんなことがあっても自分たちは必ずリリスの味方でいる、と。それは今、自分たちが彼女を裏切る形で破られようとしている。


 きっと彼女は怒ったり、自分たちを責めたりはしない。ただ自分たちが置かれている立場を正確に理解して、どうにもできないことを悲しむだろう。そして、意志の強い彼女は自分たちから離れて、選ぶと決めた道を進むにちがいない。義兄譲りの強い意志――本当は一族の中で誰よりも強い意思、そしてそれゆえに脆いものをリリスは持っている。だからこそ、自分たちは今後彼女の笑顔を見ることはできなくなり、二度とリリスが自分たちに心を許してくれることはなくなるだろう。


 それが、彼女が信じてくれていた約束を破った自分への罰だった。自分たちにとっては一生重くのしかかるであろう業の深い罪。それをわかっていても、一族を裏切ることはできなかった。


「本当にすまない、リリス……」


 腕の中で嗚咽するセレナを抱きながら、ひたすらにルディオはリリスに謝り続けた。決して、声は届きはしない。それでも謝らずにはいられなかった。そうして、願わずにはいられなかった。リリスの無事と、三日後の命運――どうか、セレスが殺されずにリリスとともに生き延びることを。


 それは、決して願ってはいけないものだったけれど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る