第37話 助力者

 部屋の真ん中に、ゆったりとしたソファでくつろぐ男の姿があった。彼は突然尋ねてきた客人三人を鋭い眼光で見つめ、口角を吊り上げて笑う。部屋の中ほどまで進んだところで、ネリエとシャンディ二人の足が止まる。慌ててリリスも足並みをそろえて止まると、すっと二人は深く頭を下げ、身をかがめた。


「第七研究所の《アジュア》――シャンディ・スウェル=エルゼと」

「同じく第七研究所の《アジュア》――ネリエ・フィオ・シュヴェールが参りました」

「おう、お前ら、よく来たな! 久しぶりじゃねーか」


 何の迷いもなく跪いて礼をする二人に、目の前の男は豪快に笑ってそう告げた。リリスも見よう見まねで横の二人を真似して跪拝きはいの礼をとる。それに目を留めた男は、どこか面白がっているような表情で問いかけた。


「こいつは誰だ? 研究所の新入り、って訳でもなさそうだが」

「わ、私は――」

「私たちの友人、リリスと申します。故あって名前しか明かさないことをご容赦くださいませ。あなたに彼女の話を聞いて頂きたく、ここへ参りました」


 あわてて自己紹介しようとしたリリスを静かに手で制し、シャンディはそう答える。男はしばらく沈黙してリリスを眺めていたが、やがて目を細めて笑った。


「そうか。じゃあ俺の自己紹介を一応しといてやろう。そうだなぁ……王宮で働いてるすっげー偉い人って名乗っとけばいいだろ。ま、それ以上は言えねぇな。 こいつらがわざわざここまで来たってことは面白そうな案件を持って来たんだろうから、話ぐらいは聞いてやろう。なあ、お嬢さん?」


 鮮やかな金髪を無造作に後ろで束ね、飴色の瞳を輝かせた男はひたとリリスを見すえて笑う。年は三十を過ぎたぐらいだろうか。リリスが一礼すると、堅苦しい礼はいらないと男は手を振った。


「さっさとそこに座れ。話が聞けん」

「承知しました」

「あとはもっと気楽に話せ。堅苦しい言葉ばっかり使われるとつまらねぇからな、シャンディにネリエ。それと……リリスといったっけか、そこのお嬢さん」


 怒涛のようにしゃべる男についていけなくて、リリスは頷くのが精一杯だった。だが主に矛先を向けられたシャンディは、最後に出された条件に顔色を変える。


「しかしながら、アルライディス――」

「おおっと、俺の名前はアル、とだけ呼んでもらおうか。つーかさっき堅苦しい敬語は無しって言っただろ、シャンディ。ああいうお上品なのは肩がこるから嫌いなんだよ。ここまで譲歩してやってるんだ、次使ったら即効で部屋からたたき出すぜ。いいな?」

「……分かりましたよ、アル」


 あれこれと条件を出してくる男に閉口していたシャンディは、大きなため息をついた後最後に折れた。ネリエはなぜか一言も口を開こうとはせず、リリスはあっけにとられているばかりだ。


(あれ……?)


 ふと、一瞬だけ先ほどの会話に引っかかるものを感じた。何か、アルの名前に聞き覚えがある気がしたのだ。だが結局彼が誰なのかは思い出せず、今は目の前のことに集中しようとリリスは思考を頭から追い払った。リリスを真ん中に、右がネリエ、左がシャンディという形で用意されていたイスに座る。テーブルにはあらかじめ菓子とお茶が用意されていた。男は大きな音を立ててお茶をすすり、菓子をばりばりと口に放り込み、肘をついてどっしりと構える。そうしてリリスをしっかりと見つめると、一転、真面目な顔で言葉を紡いだ。


「さあ、聞かせてもらおうか。サーシャ家次期当主のお嬢さんの、妖魔に関する話を――」

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