第102話 ガルード一族という名前
「……何を考えているんだ。あの男は……」
フォーント・カルリシアン侯爵のうめきが、ティリータ=ティルテュニア・リンドレア・スウォルの耳を打った。
第三重征師団旗艦スレイドルで観戦している彼女たちから見れば、せっかく追い詰めた敵を前にした鎧将ゴダート=ゴルヴァトノフ・ガルードの行為は不可解に過ぎた。
「あの方にとってはいつものことです」
と隣に立つメルヴェリア・ハーレインは平然としている。
ティリータの家庭教師で第三重征師団参謀長を兼任するメルヴェリアにとっては、義父が戦場で敵をスカウトする光景は珍しくともいつものことだ。
「あれほどの才能の持ち主となれば、手元に置いて鍛えてみたくもなるのでしょう」
「敵ですよ?」
「今は、そうですね」
説得次第ではわからないということだ。
「冗談ではない!これほどの損害を出しておいて今更!」
「上手く行けば、それ以上の戦力を私たちの側に引き込めます。損はないでしょう」
カルリシアン侯爵の反駁もメルヴェリアは意に介さない。
「この期に及んでそんな都合のいい話が……」
「ないでしょうね。ですが、どちらにせよ、今以上に悪くなることはありませんよ」
メルヴェリアはすでにこの戦を負け戦だと割り切っている。
今や軍全体は撤退戦に移行し、いまだ抗戦を続けているのはバールスタイン・ベルウッド公爵のバストール艦隊だけ。
鎧将の戦いはもはや彼にとっては余興なのだ。
敵を討つのではなく、手元に引き込もうとするのはその現れでしかない。
「
知らなかった。
ティリータは戸惑いのまま天井を見上げる。
スレイドル艦橋の上に立つ轟重機ディンブル。その装主席に座す重征鎧将ウォールドは、足元での会話には加わらず、眼前の戦場を睨み続けていた。
眼と鼻の先まで迫る神速騎士ゼトを前に、すでに彼には気を散らす余裕すら残っていなかった。
再びもう一つの戦場に視線を戻す。
もはや動けない敵、獣王機を前に、鎧将機が立ちはだかり、敵味方共にそれを遠巻きにしながら緩やかな攻防が続いている。
後退を選んだフェレス復興軍艦隊に対し、その数十分の一の戦力で奮戦を続けてきた龍装師団も追撃する余力はない。
家庭教師の言う通り、今さら彼女に出来ることは何もないのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます