第100話 中断

強烈な衝撃とともに獅子王剣が半ばから砕かれる。

それでも撃ち込まれたその威力を相殺しきれず、獅鬼王機エグザガリュードの巨体が背後へ押し飛ばされた。

装主席まで伝播する震動で愛居真咲の喉から血が溢れる。

だが、吐き出すことは出来なかった。

その力すら今の真咲には残っていなかった。

星獣の牙を研いで鍛えられたという魔剣も、それ以上の武器と撃ち合いを続ければ持ちこたえられない。

いかに王機といえど、72階位を誇る鎧将機ガラードの大戦斧ガブランの前には、67階位の獅鬼王機も子供のようなものだった。


「……欠けよったわ」

それでも轟嵐鎧将ゴダート=ゴルヴァトノフ・ガルードは得物に目をやって感嘆する。

鎧将機ガラードの握る大戦斧の刃がわずかながら割れていた。

魔刃である以上すぐにでも修復はするが、傷つけられた事実そのものが重大だった。

はっはっは、と老壮の甲殻人の喉から笑いが漏れる。

「これほどの相手は久しぶりだのう」

豪腕を以て圧倒し続けてきた若武者を、老将は賞賛し、機体がそれに答えるように低く唸り声を上げた。

ゴダートの教え子の中にも、これほど長く撃ち合えたものはほとんどいない。

だが、これで決着だ。

動かなくなったエグザガリュードは全身から蒸気を発し、残されたわずかなエーテルが周囲に漏れている。

その装主席にいるはずの青年のエーテル波もはやほとんど感じられなかった。

そして先刻までの戦闘の影響で周辺宙域の空間は歪みに歪み、いくつもの超重力異常の嵐が巻き起こっている。

これでは外から救援に来ることも困難だ。

しかし――

「じゃが、ワシの方も持たぬようだ。……歳じゃな」

ゴダートは追撃しない。出来ないのだ。

乗機とともに豪斧を振るい続けた甲殻人の身体は赤熱し、装主席の特殊冷却器を以てしても冷却が追い付かない。

かつてなら息が上がる前に仕留められたか、無理をすれば動いた殻体も、老いた身では無理がきかない。

代わって、鎧将機ガラード自身が動いた。

乗り手との同調を失えば機体出力の増幅は出来なくなるが、元が上級の超光速騎であるガラードは単体でも超光速域で動ける。

まして、敵はすでに無力なのだ。

鎧将機が戦斧を肩に担ぎ直す。

もはや一振りで敵将の首を取れる間合いだ。


「——やめだ」


その言葉に、真咲は反射的に崩れた体勢から首を持ち上げようとして、かろうじて目だけがその意思に応える。

その視界の中で、鎧将機が大戦斧の石突を足元の宇宙空間に刺すのが見えた。

その動作だけで、周囲の空間異常が吹き飛ぶ。

乱れた空間が元の状態に戻ろうと大渦を描いて亜空間に吸い込まれ、元の宇宙に戻ろうとしていた。

その中で、鎧将機は平然と立っている。

エグザガリュードと真咲は動けないまま、歪曲空間が全て鎧将機の足元に吸い込まれる様を見せつけられていた。

「な――」

なぜだ、という言葉は声にならない。

いや、息が出来ないのだ。


「そもそもワシには貴様を殺す理由がないのだ」

老甲殻人は平然と言い放った。

「息子たちはともかく、ワシにはこの戦で勝たねばならぬ義務も義理もないのだからな。ただの暇つぶしよ」

ここまで来て、老人は平然と全てをひっくり返す。

「もはや貴様に勝機はない。この戦に乗り込んできた以上、自分の力に充分な自信があったのだろうが、この宇宙には貴様ほどの戦士は少なくもない。

 それを思い知れたら十分じゃろうて」

髭をしごきながらゴダートは悠然と告げる。

当然のように見下されても、圧倒的な戦闘力を前にすれば真咲は腹も立たなかった。

「それに、それほどの使い手となれば惜しくもなる」

なにが、という問いも声にはならない。


「おぬし、ウチの子にならんか」

老将の言葉に、真咲の喉から、は、という吐息だけがわずかに漏れた。

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