第99話 次代
剣将機ザラードの剛剣が奔る。
ザルクベイン・フリードがいかに自らの衰えを自嘲しようと、老人の意識は新たな敵の襲撃に即座に対応する。
すでに頭痛は収まり、肉体的な変調からは回復していた。
初撃から二撃目、続くすべての攻撃が超光速。
いかに神速騎士とはいえ、片手間に受けられるものではなかった。
「——新手か」
その攻撃に対し、アディレウスの駆る法礼機ミデュールの反応は数瞬遅れた。
アディール・フリード・サーズは超光速騎士としては最底辺であり、その戦闘力は時に上級光速騎士にも後れをとる。
<最弱の軍将>である彼の得意は集団戦闘であり、超光速騎士同士の戦いは不得手だった。
ゆえに、その不足をザルクベインが補う。
自身に迫る数十の超光速の斬撃をザラードが振り払った後に、ようやくミデュールが動いた。
「——ッ!お手数を――」
「——来るぞ」
どこまでも言葉少なにザルクベインが敵の襲撃に反撃する。
アディレウスはミデュールの右腕から伸びた金鞭でシュテルンビルド伯爵の大征将ボリュディクスを拘束したまま、左の銀鞭で迎撃を試みる。
――だが
『遅いっての!』
その声は、意識の背後から聞こえた。
それはただ後ろを取られたというだけではない。
相手の超光速騎士の次元領域が、アディレウスの知覚可能な高位次元領域の上にあるということだ。
それだけなら対抗の仕様はある。
外した左の銀鞭へ高密度のエーテルが送り込まれる。
アディレウスの得意は時間操作、本来光速域の自身をさらに加速させ、光速を超えた超光速へと到達する。
それでもアディレウスに出せるのは光速の数倍がせいぜい、中位以上の超光速騎士ならばその数十倍にも及ぶ。
その差を、魔力を集中的に行使し、一部位をさらに一時的にその領域にまで到達させる。
「
光速の十倍を超える超光速の鞭打が宇宙空間全域を無数に打ち据える。
――だがそれでも
『遅い、遅いヨ~。アタシら相手にゃ遅いっての!』
その攻撃は新たな敵に一つとして掠りもしなかった。
アディレウスの次元領域と連動した法礼機ミデュールの索敵機能に感知できる敵影は十数騎。その全てが彼の上を行く超光速騎である。
アディレウスが最底辺の超光速騎でも技量で軍将であるように、逆にそれ以上の超光速騎であっても軍将の役割を果たせるとは限らない。
彼が挑んだのは軍将ではないが自分以上の超光速騎。
例え全力で撃ちこんでも一騎として歯が立たない。
「——充分だ」
その敵集団に、剣将機ザラードの剛剣が叩きつけられる。
先のアディレウスの攻撃は敵を討つためのものではない。
敵の動きを制限し、誘導するためのものだ。
そこに集められた時点で、彼らはザルクベインの射程圏にいた。
ザルクベインとアディレウスの関係は変わらない。
副長が軍勢を用いて敵を動かし、最強の団長が仕留める。
変わったのは、今のアディレウスには軍団がなくとも自分一人でそれが可能になったことだ。上位の光速騎士には敵わないと言っても、無視できないだけの戦闘力が今の彼にはあった。
だが、神速の剛剣が宇宙を割り、数千光秒の全域を激震させても、敵は未だ健在だった。
神速剣といえど、上位の超光速騎士ならば対抗するのは不可能ではない。
まして超光速騎として最上位の上級軍将ともなれば反撃も防御も出来る。
神速剣を受けきった敵集団の先頭の超装機に見覚えがあった。
「……バルドルか」
ザルクベインが知っているのは15年以上も前の少年の姿だ。
その当時ですらすでに超光速域に到達していた竜公子リュカ=リュケイオン公子に並ぶ超光速騎士であった天才剣士。
今や次代竜皇の親友にして懐刀とまで成長した最上級の軍将。
第三重征師団副将バルドル=ヴァンダルフ・ガルード・ルイン。
今でこそ養父である第三師団団長ウォールドが健在ながら、次のリューティシア皇国軍を担うと目される次代筆頭軍将である。
純粋な戦闘力であれば第一師団団長を襲名したザルクベインの子、神速騎士ゼトには譲るものの、その戦歴、戦績は竜皇以外の追随を許さぬ出世頭である。
未だ神速騎士といえ、衰え始めたザルクベインが勝つには厳しい相手だった。
まして自身が疲弊し、相手が万全なら。
『ご無沙汰しています。ザルクベイン軍将』
抑揚のないその言葉遣いには確かに聞き覚えがあった。
「……では後ろにいるのがガルードの子どもたちというわけか」
新たに出現した十数騎の超光速騎は先刻まで戦っていたシュテルンビルド伯爵率いるフェイダール騎士団の超光速騎をはるかに超える強敵だった。
ガルード一族。
先代第三師団団長、轟嵐鎧将ゴダートが見出し、育て上げた突然変異の超天才戦士たち。ただ超光速騎士であるというだけでなく、兄弟家族として培われた連携での集団戦闘力は圧倒的であるとも聞く。
同僚であった重征鎧将ウォールドが、子どもを拾うだけでその世話や親権は全部押し付けてくる、と父への愚痴を零す姿はザルクベインにも覚えがある。
遠目に、引退したゴダートが子どもたちに稽古を施す姿も見たことはある
だが、成長した彼らを目の当たりにするのはこれが初めてだった。
「……出ていく必要はなかったかもしれんな」
長兄バルドルに率いられた超戦士たちを前に、ザルクベインは小さく零す。
更なる敵を求めて国を出た。
――そのはずだった。
しかし、望むような強敵はほとんど得られず、彼が捨てたリューティシアには実子のゼトをはじめとした次代の超戦士たちが育っていた。
あるいはこれこそ自身の望んだ世界ではなかったのか。
殺し合いを望んだのではない。ただ誰かと強さを競い合いたかったのであれば、次代の子どもたちの成長を見守るだけで良かったのではないか。
息子のゼトは自ら成長し、衰えた老体には何も残せず、もはや出奔した意味すら……。
『アーネ、ベテル、サンクは残れ。残りは祖父殿の元へ』
『……兄者?』
『なんでだよアタシらだってイケるって!』
敵の出方を探り、動けないザルクベインとアディレウスの前で、バルドルが弟妹に指示を出す。
『我々の目的は殿。撤退の支援だ。ディガルドを連れて先に行け』
この場の勝利ではなく足止めを優先するということだ。
そこでザルクベインは超光速騎の中に一騎だけまだ光速騎が混じっていることに気づく。機体越しでも読み取れるエーテリアからその乗り手が一番幼さの残る少年であることも。
それでも光速騎。成長期を迎えれば超光速域を見込める才能の持ち主だ。
『急げ、あちらも時間が無い』
4騎を残し、残りの超光速騎が光速機を同伴して戦場を離脱する。手を引いてもらえば光速騎も他と同速度で移動が可能だ。
彼らのやり取りの中で、ザルクベインは別の戦場の状況に気づく。
「——真咲、か?」
突然の頭痛が起きて以来、彼の感知能力は低下し、他の戦場まで意識を向けられる余裕がなくなっていた。
鎧将ゴダート駆る鎧将機ガラードと戦っていたはずの愛居真咲と獅鬼王機エグザガリュード。
両者の闘気、エーテリアがほとんど感じられない。
ザルクベインと連動した剣将機ザラードの感知能力はすでに回復している。
機体の探知機能の問題ではない。
彼らの戦闘が止まっているのだ。
何が起きているのか。
「……団長、今は」
副官の言葉に、ザルクベインは眼前の敵に注意を戻す。
鎧龍軍将バルドル。
彼とその弟妹3騎を相手にするには、アディレウスの支援があっても気を散らしている余裕はなかった。
そのアディレウスも敵将を拘束したまま片手が塞がれている。
お互いに互いが支援に入らねばならなかった。
「……死ぬなよ。真咲」
彼の不死とて万全ではない。ザルクベインには殺し方もわかっている。
そしてそれは敵も同様なのだ。
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