第71話 戦場遠景 3

「……流れが、変わりましたね」

リューティシア皇国、皇都惑星シンクレア。

セイレーン皇城の管制室で、ナーベリアの戦況を眺めていたリューティシア皇国宰相補佐リュクス=リュクシオン・セイファート・リードは小さくつぶやいた。

その二つ隣で、竜撃隊隊長ラギアン=ソアン・ラグレード・ベルンハイムもまた同じものを目で追う。

ナーベリアの宇宙で生まれた巨大なブラックホールを内側から引き裂いた獣の姿を。

そして、ただ一騎で艦隊を屠る怪物の姿を。

それを形容するのはただ一言。

「強い」


「……ゼトのお気に入りなだけはある」

悠然とリューティシア皇国次代竜皇リュケイオンが笑った。

管制室に詰めかけた官僚の中で、獅鬼王機を脅威と感じないのは、自身が神速騎士であるリュケイオンだけだ。

軍事面では側近となる軍将ラギアンであっても、獅鬼王機エグザガリュードと愛居真咲は到底軽視できる存在ではない。

「……奴に勝てるか?」

「ま、どうにか出来るでしょ」

からかうようなリュケイオンの言葉に、ラギアンは軽く答えた。

現実に対峙すれば、勝敗はわからない。

負ける気はないだけだ。

「あの強さなら、どこの国でも軍団長が務まるでしょうね」

「未熟だが、まだ伸びしろがある。愉しみな器だ」

「惜しいですね。獣王が先に目をつけていなければ、ゼトの副将として我が軍に呼びたかったところです」

「構わんさ。奴も獣士なら金で買える」

「……その予算があればね」

気軽に答えた兄に半眼で返しながら、リュクスは再度戦況情報に目をやる。


第一龍装師団とフェレス復興軍との戦況は、ほとんど損害の見られない第一師団に対し、多数の戦力を失った復興軍という形に見える。

復興軍の分断作戦によって神速騎士二人が戦場から隔離され、数的には軍将含めても1:3の戦力差において龍装師団が優位に立ちまわっているように思えた。

だが、実際には龍装師団の戦法は艦隊が全力で多勢の復興軍から逃げ回り、軍将と超光速騎士が敵艦隊を撃つ事実上の分断戦術であり、逃げ続けていた龍装師団艦隊もいつエーテル切れで袋叩きに会うかがわからない状態だった。

逆に、復興軍艦隊の損失はそのほとんどが無人の自動艦だ。

お互いの消耗は、エーテル消費と無人艦の損耗というはた目にはわかりづらい形で拮抗していた。

事実として、龍装師団副長アディレウスが敵の遊撃隊に足止めを受けた時点で、数の差を縮める手段は失われており、艦隊は未だに逃げる以上のことが出来ずにいる。

そこで復興軍艦隊に対して戦端を支えているのは、今は鬼獣化した獅鬼王機エグザガリュードの方だ。

その戦いぶりは、足止めされたアディレウスの法礼機ミデュール以上の速さで敵を削り続けている。

そのアディレウスもすでに敵の妨害から脱しつつあり、敵艦隊への攻撃を再開していた。


リュクスが見る限りには、形勢が徐々に龍装師団に傾いているように思われた。

「……どうやら、勝ちそうですね」

その見立てが兄の同意を得られるかどうかだ。

「今退けば損害は少ないが、果たしてティルにその見極めが出来るかな?」

弟の言葉を受けて、リュケイオンは意地の悪い笑いを浮かべた。

フェレス復興軍艦隊の指揮官はバーンスタイン・ベルウッド公爵。

そのうえで、たとえお飾りであっても、復興軍の最高指導者は第二皇女ディリータ=ティルテュニア・リンドレア・スウォル。

彼女にはこの戦場の行く末を見定める必要がある。

子供の頃から、戦場は彼の遊び場だった。

妹が、兄の遊びに混ざりたいというなら、大怪我をしないように見届ける責務が彼にはある。

少し痛い目を見るくらいなら問題はない。

子どもは、怪我をして危険を学ぶのだから。

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