第70話 超戦士たちの宴
何もない宇宙。
広大な虚無の中。
無数の光速艦が光の瞬きの中で消えていく。
その戦いの一角で、1つの巨大なブラックホールが生まれた。
巨大な重力の渦から無数の光が逃げだす。
だが、その生まれたばかりのブラックホールは、今にも内側から引き裂かれそうになっていた。
巨大な振動が宇宙を震撼させ、それに近い艦隊は振動の中で重力の渦に呑まれないように艦を保つのが精いっぱいだった。
「……ど、どうなっている!?」
フェレス復興軍艦隊分艦隊第四司令は、揺れる艦橋の中で目の前で起きている脅威を前に立ち尽くした。
その言葉に、情報分析を行っていた戦術予報士が震える声で答えた。
「超重力帯内部で異常発生!大出力エーテルが発震しています!」
「馬鹿な!……超重力封鎖を内側から食い破ろうとでもいうのか」
「エーテリア、なおも増大!」
「ウオォォォォ」
「こ、この数値はビッグバンを引き起こすだけの――」
そして宇宙が割れた。
そう形容するしかない。
ブラックホールが、内側から引き裂かれたのだ。
その中心に、それは在った。
全長およそ700リッド(約660メートル)。
宇宙では豆粒ほどしかない黄銅色の獣。
獅鬼王機エグザガリュードが、その巨体をあらわにする。
八面六臂の鬼の状態に、前後6対12脚の獅子の胴を備えた怪物だ。
それが、今もなお巨大な闘気を放ち、宇宙そのものを歪めている。
その眼が、フェレス復興軍艦隊を捉える。
第四司令が最後に見たのは、視界を埋め尽くす巨大な黒い光の塊だった。
「……上級軍将並みの力だな」
「まったく、副長が持ち上げるだけのことはあります」
その光景を前に、リューティシア皇国第一龍装師団、第13分艦隊司令ヴォルツとクラーケンは呆れたように漏らした。
『あー、えらい人たち。もうちょっと離れたほうが良いかも』
その二人に、艦上の凱装機ダートの溝呂木弧門から警告が入る。
彼らの眼前では次々と敵艦隊が屠られる光景が映っている。
だが、それはそれまでのような、敵をまとめて撃つ洗練された動きではない。
目につくもの全てに襲い掛かる条件反射的なものだ。
超光速で敵艦に取りつき、砕く。
溢れだす力の余波で周辺の船まで巻き込んで吹き飛ばす。
だが、それだけだ。
技も思考もなく、ただ手足を振るうような雑な戦い方。
それでも、それ以前よりはるかに早く、多くの敵艦が瞬く間に失われていく。
「……そのようだな」
「あの力、まだ制御できていないというところですか」
「ま、昔と変わらんな」
「ルシェル君、戦術予測を軍将の戦闘範囲を重点的に、奴の攻撃射程から逃げるぞ」
「必要以上に逃げる必要はない。奴の取りこぼしを狙って仕留める」
かつて上級軍将のもとで戦って来た13分艦隊は、味方毎巻き込むような戦い方をする戦士の戦に慣れている。
落ち着いた様子で、戦場を遠巻きにする二人の指揮官の様子に、艦上の弧門が逆に呆れた。
「あれで上級軍将並み扱いってどんだけ」
「……おそらく、上の下と言ったところか。辺境ならともかくリューティシアのような大国ならあれくらいの将は抱えているものだ」
戦闘力でははるかに格下でも、同行するアイヴァーン・ケントゥリスは星海の事情には精通している。
彼にとっても、愛居真咲と獅鬼王機エグザガリュードの戦闘力は驚きはしても何の不思議もない存在だった。
「まったく、ここには真咲みたいな化け物がいっぱいだ」
「——だから来たんだろう」
まあね、と弧門は気のない返事をした。
戦場全体では、真咲と同等かそれ以上の存在が10騎近く存在する。
地球ではあり得ない存在も、宇宙に出れば当たり前のようにいる。
それと戦いたくて真咲は来た。
それが見たくて弧門は来たのだ。
「……で、あれはいつまで続くんだ?」
「長くても5分とか10分とかかな。ニトロみたいなもんだよ」
「強化剤を体内で生成するようなものか。自分では止められないのか」
「一応、理性が飛んだりはしてないからね。敵味方の判断はあるから、僕らを攻撃するようなことはしない。
ただその間は動き続けないと自爆する感じ」
「……あの様子だと、近くにいるだけでも巻き込まれるか」
「そゆこと」
遠巻きに観戦する彼らを他所に、真咲はただひたすらに敵を狙って動く。
敵の仕掛けた超重力帯から抜け出すために、自分の持てる力を限界まで引き出したのだ。
一時的には自分の限界を超える巨大な力を出しているが、今の真咲とエグザガリュードにはそれを制御できるだけの能力がない。
体内から噴き出す膨大な闘気を消化するために、ひたすら敵を狙い、動く。
機体も、真咲自身も時間切れになってしまえば、当分は動けなくなる。
それまでの間に、どれだけ敵を減らせるかしか考えていなかった。
エグザガリュードが吠える。
先には敵艦隊の絶対防壁陣を無力化するのが限界だったその技は、エグザガリュードに対抗するために再び集結した敵艦隊の絶対防壁陣を無力化するに飽き足らず、それを構築する艦隊ごと塵と化した。
ぐっ、と真咲の喉から酸性の体液が吐き出される。
エグザガリュードの巨体が傾ぎ、全身から装血がしぶく。
機体と肉体の再生力を、体内から噴き出す力が上回り、身体が崩壊しかけているのだ。
ゆえに、ただ暴れるしかなかった。
敵を探し、ただひたすらに、真咲は動き続ける。
エグザガリュードの巨大な剣が、700リッドの巨体をさらに上回る1000リッドを超えた巨大剣が振るわれる。
剣から放たれた闘気と、その余波が何万という敵艦隊をまとめて両断し、引き千切り、消し飛ばす。
その手が、不意に止まる。
それまで以上に拡張された超感覚が、それを捉えたのだ。
今振るっているのは真咲の最大の剣。
一振りでそれ以上の破壊と暴力を生み出す二体の超装機。
それを何十と止めることなく振るい続ける師と兄の姿。
どんなに強くなったつもりでも、愛居真咲は二人に比べればまだ子供でしかない。
二人だけではない。
それに対抗する敵軍将もまた真咲と同格の存在だ。
副長アディレウスと、彼と対峙している敵もまた同様。
この星海では、真咲は強者であっても、絶対でも最強でもない。
上には上がいる。
そんな当たり前の事実がどうしようもなく面白かった。
真咲は剣を振るう。
ただひたすらに、動けなくなるまで。
敵がいなくなるまで。
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