第69話 重力の井戸の底で
虚空を雷が奔る。
宇宙空間を覆いつくす広大な雷撃が、その進路上にある光速戦闘艦を捕らえ、飲み込み、焼き尽くす。
光速艦がいかに逃げようとも、光を越えて奔る雷の前では無意味だ。
次々と光と電熱に捕らえられ、流体金属が蒸発し、爆散する。
その雷は巨大な龍を象った宇宙戦艦の艦上から放たれていた。
龍装儀艦ザイダス・ベル。
リューティシア皇国第一龍装師団艦隊旗艦を務める神速艦である。
三代目に当たるこの船は、副長アディレウスの指示のもとに常に超光速で戦場を駆け、戦場のあらゆる場面に一瞬で移動することが可能な存在だ。
艦位としては神速艦に当たるが、現実には神速域に到達すれば艦が瓦解する欠陥も抱えている。過去二隻はそれで失われた。
あくまで常時超光速で移動できるというに過ぎない。
それが、他の光速艦や超光速艦を圧倒する性能であることは言うまでもないが。
ザイダス・ベルは戦場を縦横に飛び回り、龍装師団艦隊を追うフェレス復興軍艦隊の背後から襲いかかり、その艦砲と、艦上に立つ法礼機ミデュールの放つ超光速の雷撃で復興軍の自動艦隊を瞬く間にと撃ち落とす。
分散し、敵中にもぐりこんだ龍装師団艦隊など敵の注意を惹きつける囮に過ぎない。
本命はザイダス・ベル率いる中核の光速突撃艦隊だ。
龍装師団艦隊の3割ほどが龍装儀艦に追随し、ミデュールの放つ雷撃からかろうじて生き残った自動戦艦に追い打ちをかけていく。
それは大魚の中を泳ぎ回る黒い一団となった魚群にも似ていた。
ザイダス・ベルの主砲が火を噴く。
超光速砲が、正面の敵艦を易々と撃ち落とし、掠めただけでその足を止める。
足を止められた自動戦艦が、ザイダス・ベルの艦首、龍を象ったその巨大衝角に引っかかり、真っ二つに引き千切られ、飛沫となって飛び散った。
その艦上で、龍装師団副長アディレウスの駆る法礼機ミデュールが両手の鞭を振るう。
振るわれた鞭の先端速度は光速にも到達するが、それが限界だ。
その鞭の周辺の空間が歪み、渦上の螺旋を纏って無数に分岐する。
同時に、はるか遠方の敵艦隊集団の周辺に、無数の鞭が飛ぶ。
空間を歪め、その先端だけが分裂して移動させられたのだ。
さらに遠方へ転移した鞭の先が、空間操作により超加速を加えられ、光速を超えた超光速へ至る。
超光速の鞭が、敵艦隊を一瞬で薙ぎ払った。
直後に、ザイダス・ベルは次の戦場に到達する。
わずかな呼吸共に、ミデュールが次の鞭を振るう。
それがアディレウスの編み出した空間魔法を経由して、超光速の鞭打となって次の敵艦隊を薙ぎ払う。
それを何十度となく繰り返し、いつしか、百万以上の敵艦隊が打ち砕かれていた。
超光速騎士。
それは超光速域に到達した戦士に与えられる総称だ。
超光速域というのも高位次元領域の便宜上の区分に過ぎず、高次元へ到達した結果の一つとして光速を越えられるということだ。
逆説的に言えば、光速を凌駕することが出来るなら、それは力ではなく、技術でも構わない。
愛居真咲やザルクベイン、ゼルトリウス親子のように、ただ純粋に才能や鍛え上げた力で光速以上の速さを出すことだけではない。
龍装師団副長アディレウス=アディール・フリード・サーズは、光速が限界の自身を法術によって空間ごと加速させ、光速を超える魔導戦士だ。
理論上は加速魔法を極大まで使いこなせば誰にでもできる話だ。
だが、現実として人は、機械は、物理次元の存在は光速を越えられない。
光を超えるということは、その存在がこの世の理を越えたということだ。
ゆえに、アディレウスもまた超光速騎士。
この世の理を凌駕する超戦士だ。
超光速の雷撃という矛盾した威力を放つ法礼機ミデュールの装主席の中で、そのアディレウスの超感覚が、戦場の一角に生じた異変を感知する。
巨大な
そしてそれに飲み込まれた存在の消失を。
「……愛居真咲。やられたか?」
言葉に驚きはなかった。
軍将級の戦士とはいえ、無敵ではない。
軍団戦でなら、軍将を攻略する術はいくつもある。
たとえ、世の理を超えたとはいえ、この世界に生きる以上、絶対はない。
それでも彼が不死身であることを知っていたから、囮として使えると判断したまでだ。
だが、殺さずとも戦場から遠ざける、封じる術はある。
超重力帯への封じ込めはそのうちの一つだ。
「——後で拾えばいいか」
次元放逐でも超重力封鎖でも、所在が確認できていれば、戦闘後に回収することも可能だ。
この時点で愛居真咲と彼に付けた第13分艦隊は200万以上のフェレス復興軍艦隊を討滅。
アディレウス自身とその采配で殲滅した分と合わせ、当初敵対していた900万艦隊の内、500万近く、すでに半数の敵艦隊が消滅している。
残り400万艦隊であれば、法礼機ミデュールと旗艦ザイダス・ベルそして師団戦力があれば充分だった。
……多少、時間はかかるが。
すでに隔離された神速騎士二騎の包囲も半減。敵に増援の余裕はなく、これ以上敵が増えることはなく、時間がかかったところで問題はない。
……とはいえ、面倒なことに変わりはない。
次の敵を叩くまでに少し時間の余裕はあった。
ミデュールの左の鞭が向かって正面に向けて撃ち出される。
その鞭は空間を潜り、超重力帯に向けて亜空間を潜り抜けてさらに伸びる。
超重力の底に押しつぶされた獅鬼王機エグザガリュードを、亜空間を経由して横合いから引きずり出そうというのである。
その鞭の先端が手応えを得たのと、切断されたのは同時。
「あらあら、戦場で釣りとはずいぶんな余裕ですこと」
「サイズレートか?いいタイミングで」
アディレウスの舌打ちに、ザイダス・ベル周辺に空間転移で次々と出現する魔導機が応える。
次元震の渦巻く戦場に、空間転移が可能なのは高位の魔導機だけだ。
それが一千機以上、一斉に出現した。
その中心に立つのは魔導祭器エッケンバッハ。
フェーダ五大貴族。マイレイ・サイズレート男爵の魔導機だ。
エッケンバッハがその手から魔力流を放ち、アディレウスの法礼機ミデュールを狙う。それに、周囲の魔導機も追随した。
その中でもエッケンバッハの放った魔力流は光速を超える。
アディレウスはとっさにミデュールを跳躍させ、ザイダス・ベル艦上から離れる。
その後を追って魔力流の群れが追った。
跳躍したミデュールが超光速に到達し、その進路上にエッケンバッハが転移する。
「どうしたのかしら、速度が落ちているわ?」
嘲笑交じりの声とともに、超光速の魔力流がさらに追撃に加わる。
それを回避するミデュールの動きは、わずかに遅れた。
「……それに、そんなに息を切らせて」
超光速域で消耗したアディレウスのエーテルは、彼のひと呼吸で回復する。
だが言われた通り、その回復速度はわずかに鈍っていた。
光速域以上にあるものなら、そのわずかな隙を察知する。
まして超光速騎であるサイズレート男爵を前にしては大きな差だ。
「……嫌な女だ」
一瞬、脳裏に浮かんだ妻の顔を振り払って、アディレウスは再び集中する。
だがその間に、彼女の率いる魔導機部隊の展開した封鎖結界が、ザイダス・ベルを包囲、封じ込めを敢行しつつあった。
神速艦、超光速のザイダス・ベルとはいえ、光速の魔導機、そして最初にエッケンバッハが放った魔力流で一瞬の足止めをされた隙を突かれたのだ。
攻撃ならともかく、空間隔離を仕掛けられた以上、対抗するまでに数秒の間があった。
超光速騎同士の戦闘ならその数秒でも充分だ。
まして、アディレウスはすでに敵艦隊との戦いで消耗していた。
神速艦と切り離されてしまえば、アディレウスを支援する手はない。
龍装師団の他の超光速騎は各所に散った艦隊の主力として配置され、彼らもまた主力艦隊のアディレウスを即座に助けられる位置にはなかった。
第一龍装師団がフェレス復興軍艦隊に対して有利に展開しているというのは、フェレス復興軍から見ての話だ。
現実には、団長、神速騎と切り離された龍装師団は10倍近い敵を前に全力で逃走と反撃を繰り返していた。
それは艦隊を指揮するアディレウスも同様。
敵が半減したところで、いまだに敵の数は5倍近くあり、龍装師団の方もまた大きく消耗していた。
龍装師団艦隊もまた息切れ間近の艦体に鞭打って逃げ回っているのである。
足を止めれば袋叩きにされる状況で、必死の戦闘を繰り返しているに過ぎないのだ。
敵の注意を大きく引き付けていた獅鬼王機エグザガリュードが戦場から隔離された状態で、副長機であるアディレウスの法礼機ミデュールが失われれば、後は限界を迎えた艦隊が数の差で押しつぶされるだけだ。
だからこそ、マイレイ・サイズレート男爵はこの機会を逃がさず、仕掛けてきたのである。
サイズレート男爵率いる魔導機部隊は数こそ多くはないものの、その全てが光速機。
アディレウスとザイダス・ベルがわずかに突出する主力艦隊の突撃陣形の隙をついた奇襲であった。
この奇襲に、後続の龍装師団艦隊は出遅れた。
「……遅いわぁ」
エッケンバッハが加速する。
それに対抗しようとするアディレウスの動きは、逆に封じ込められた。
空間加速による高速化が、彼女の放った時間魔法によって打ち消されたのだ。
アディレウスが空間加速によって超光速化を為す魔導戦士なら、サイズレートは時間操作によって超光速を実現する魔導士だ。
似て非なる手法。異なる手段。
魔術体系が違っても、得られる結果が同じならそれもまた同一。
そしてわずかに魔力量の劣るアディレウスの空間加速は、それを上回るサイズレートの時間遅延によって逆に停滞化させられたのである。
「……さようなら。最弱の軍将どの」
どこまでも嘲るような声とともに、ミデュールの機体そのものが時間魔法に捕らえられる。機体と装者の魔力耐性を上回れば、後は彼女の思い通りに時間を操れる。
殺す必要もない。
わずか30分から一時間程度、法礼機ミデュールとアディレウスの時間を現実から隔離してしまえば、その間に彼の率いていた龍装師団は壊滅するのだ。
アディレウスが魔力を高めてそれに耐久し、サイズレートがさらに魔力を加える。
わずかな間のにらみ合い。
両者の溢れる魔力が、宇宙自体を停滞させるかのように思われた。
――ドンッ
その時、宇宙が揺れた。
二人が、同時にその震源に目をやる。
戦場の片隅に生まれた巨大な
「どうやら、私の助けは不要だったな」
「……なんて、化け物を連れてきた!?」
時間魔法に捕らわれたまま、アディレウスが笑う。
それに対し、サイズレートはそれまでの嘲りを投げ捨てて罵った。
二人には見えている。
重力の井戸の底で、蠢く巨大な存在が。
愛居真咲と獅鬼王機エグザガリュードが、超重力封鎖に捕らわれてからわずか数分しか経っていない。
しかし、そこには巨大な
そしてそれが、内側から、その中心から引き裂かれようとしていた。
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