第68話 超光速突撃

「神速騎士とか軍将って言われても結局は一人だからね。艦隊との連携は実際重要なんだよ」

実戦を前にして、龍装師団旗艦ザイダス・ベルの装機格納庫でぱたぱたと手を振りながら、軽い口調で告げるゼトを前に、真咲は神妙な表情で話を聞いている。

リューティシア皇国第一龍装師団団長ゼト=ゼルトリウス・フリード・リンドレア。

リンデール人は基本的に地球人と変わらない容姿の一族だ。

淡い青髪と尖った耳が、唯一地球人ならざる部分であった。

地球人の感覚ではリンデール人の成人として平均的な4.5レン=約180センチのゼトは長身の部類に入るが、2メートルの巨体を持つ真咲の前では小さく見える。

まして真咲は縦だけではなく、横にも大きい。

半身に火傷痕の残る18歳の青年は、人間の姿をしていても筋骨隆々としたその体躯を隠すことはなかった。

それでも、今はもう愛居真咲より頭二つ分は小さくなってしまった青年は、今もなお真咲にとっては従うべき上位者として存在する。

「……軍将とは、単騎で軍団とも戦える存在だと聞いた」

「そりゃ戦えるけど、一人で何時間も延々と相手をすりつぶす作業したい?

 僕は嫌だよ……面倒だし」

む、とそこで真咲は軍将という存在に対する自分の認識違いに気づく。

「それに一人だけだと一歩でも足を止めると周りから袋叩きだからね。あっちにだって対抗策も防御手段もある。そんなに簡単にはやらせてくれない」

「だから軍と連携する、か?」

「攻防速、全部を光速、超光速で維持して戦い続けるなんて僕たちだって簡単なことじゃない。だから、このうち攻めと守り、移動、どれかを他に任せて、僕たちは残りに全力を尽くす。その方が効率的だよ」

愛居真咲にとって、ゼト・リッドは自分より強く、従うべき兄のような存在だ。

二人の関係は、初めて出会った時から、真咲がゼトに破れた時からずっと変わらない。

「——ま、色々やってみればいいよ」

どこまでも軽い口調で告げるゼトに、真咲は真剣に頷いた。


『敵艦隊、右舷後方より接近します!』

第13分艦隊グライゼル艦上に陣取る獅鬼王機エグザガリュードの装主席で、真咲は戦術予報士オペレータからの報告を受ける。

グライゼル率いる光速戦艦群は、基本戦闘速度では亜光速。

最大戦速で光速に達する敵艦隊を引き離すには、同様に光速航行を行う必要がある。

だが、13分艦隊は後方の敵にかまっている余裕はなかった。

『無視しろ。正面の敵に注力』

『しかし……』

その戦術予報士オペレータの言葉を、13分艦隊司令ヴォルツが押しつぶし、反駁を封じる。

余計な作業は足元の甲板の向こう側にいるバド人に任せ、真咲はその闘気を最大限まで高めた。


修羅しゅら——光迅閃こうじんせん


超光速の剣が奔る。

放たれた光速を超えた斬撃が、5~10隻単位で密集、防御陣形を組んで相対するフェレス復興軍艦隊の自動艦を次々と打ち崩した。

絶対防壁陣さえなければ、光速艦を討つには超光速剣でも充分。

それでも、密集防壁を展開した光速戦艦を一撃というわけにはいかない。

厚い防護障壁に守られた高い復元力を持つ自動艦だ。10隻のうち、一太刀で撃てるのは2~3隻がせいぜい。

だが、密集陣形さえ打ち崩してしまえば、後はグライゼル率いる突撃艦隊の砲撃で充分に討てる。

瞬く間に、正面に展開していた20万近い敵艦隊が宇宙の塵と化した。

最初に、自分一人で超光速剣で10万艦隊を討った時よりはるかに早い。

敵からの反撃の砲火は足場にしている超光速艦グライゼルの展開する防護障壁が防ぎ、障壁を抜けた砲弾は、威力が減衰してエグザガリュードの装甲を撃ち抜くには至らない。グライゼルに着弾したものも、艦体の復元力で即座に修復されている。

敵の集中火力が防護障壁を超える危険域に達するなら、グライゼルが回避する。

単騎で敵艦隊と対峙していた時と異なり、真咲は攻撃のみに集中。

エグザガリュードのエーテリアは戦技の行使と同時に回復し、次の攻撃に備えていた。

その間に、崩れた敵陣は後続艦隊の砲撃で壊滅的な被害を受けている。

『敵集団、突破しました』

「——次だ」

真咲の眼が、エグザガリュードの首が、次なる獲物を探して巡る。

一番近い一番多い敵を潰した。

その次に近く、次に多い敵集団をすでに真咲は見定めている。

エグザガリュードが真咲の意思をくみ取り、機体の意志と同期した艦隊の連結思考結晶グリセルダが自動的に進路を策定した。



「あれでも無理か……」

フェレス復興軍艦隊、分艦隊第四司令はぼそりと呟いた。

隔離包囲陣を突破されてより、すでに100万の艦隊が獅鬼王機エグザガリュードの愛居真咲率いる敵艦隊により壊滅させられている。

獅子戦吼で絶対防壁陣を一撃で全滅させ、絶対防壁陣の集中陣形でも獣冥破で無力化される。

ならばと艦隊を小集団に分け、拡散包囲を図っても今度は超光速剣で陣を崩され、艦砲射撃で撃たれる。

数押しでは手の打ちようがなくなりつつあった。


すでに戦場は混沌としていた。

砲艦隊戦後、最初の接敵で敵神速騎士二人を引き離し、乱戦に持ち込んできた龍装師団艦隊約100万隻と軍将二騎に対して秘匿していた900万を超える自動艦隊の数で逆に敵を飲み込んだまでは予定通りだった。

その後、さらに戦闘経験のない敵軍将、黒獅子愛居真咲を隔離包囲するのも上手く行った。

だが、そこから先は全く状況が好転していない。

それどころか、一方的に戦力を削られつつあった。

戦力概略値において3対1の戦力差というのはあくまで数値上に過ぎない。

軍将はあくまで二騎しかいないのだ。それを隔離させてしまえばさらに戦力差は広がる見込みだった。

局地戦で一つの戦場を1対1で足止めに止め、数を温存して別の敵に最大規模で5倍、10倍の戦力差で討ち取る。

それが乱戦を挑むだろう龍装師団に対するフェレス復興軍艦隊の基本戦術だった。

しかし、その目論見は崩壊しつつあった。

数の優位を生かして寸断したはずの龍装師団艦隊を、復興軍艦隊が追いきれないのだ。

彼らはのらりくらりと戦場を飛び回り、決してまともに戦おうとはしなかった。

時には一隻単位で無軌道、不規則に動き回り、不意に集結して突出しすぎた復興軍艦隊の一部を討つ。

それが龍装師団艦隊の戦い方だった。

さらにそれを、戦場全体を縦横無尽に駆け回る龍装師団旗艦ザイダス・ベルと軍将アディレウスが後押しする。

復興軍艦隊は超光速で戦場を駆ける軍将と超光速艦を捕らえきれていなかった。

さらにそこに包囲陣を突破した獅鬼王機エグザガリュードが加わったのだ。

二騎の軍将を前に次々と艦隊が討ち取られていく。

「戦術を変更する。各艦に突撃態勢を指示せよ」

「……わかりました」

それは、自動艦隊の最後の手段ともいえるものだった。



「——敵艦隊一部が突出します。超光速形態!」

「ええいクソッタレ!数のある連中はこれだから!」

戦術予報士オペレータのルクセーラの金切声交じりの報告に、第13分隊旗艦グライゼル艦長クラーケンが悪態をつく。

分析情報で、分艦隊周辺の敵艦が急加速して八方から迫る。

それらはまだ光速機動中だが、分艦隊の連結思考結晶グリセルダの予測演算機能と戦術予報士オペレータ予知能力プリコーグを統合した未来予測により、高確率で敵艦隊の行動を【見る】ことが出来た。

これは元々光速戦艦に備わった機能だ。


『……光速艦といっても超光速は超えられないんじゃ?』

『いや、超えることは不可能ではない。文字通り一瞬だがな』

グライゼル艦上で戦術予報士オペレータの言葉を受けた凱装機ダートの溝呂木弧門と黎装機サウロスのアイヴァーン・ケントゥリスの会話を聞いた真咲の前に一つの画像が映し出される。

エグザガリュードの装主席内に、映し出されたのは機体にもともと内蔵された軍事資料の一つである。

「光速艦の艦体炉心を限界を越えさせて超光速化……つまり特攻か」

『カミカゼなんて今時流行らないって』

『あちらは大半が無人の自動艦だ。値の高い噴進弾ミサイルだな』

超光速騎士に対する光速戦艦の切り札として、星海では非常時には多用されると資料にはあった。

敵対する復興軍艦隊は数の上で龍装師団艦隊を圧倒している。相討ち覚悟で無人艦を撃ち出しても、勝てばいいのだ。

「——防げるか?」

『そいつは運しだいだお客人』

グライゼルに同乗する分艦隊司令ヴォルツの返答は投げやりにも思えて、達観している。

彼らとしても死ぬ気はないのだ。

万全を尽くしても、生き延びられるかどうか、最後にものを言うのは運でしかない。

『——来ます!』

『迎撃!』

その後ろで戦術予報士オペレータとクラーケン艦長の言葉が飛んだ。


光速戦艦が超光速化すると言っても、それは万分の一秒以下の一瞬。

それまでは光速での特攻となる。

艦の出力を全て高出力化に転化し、光速戦艦は次元領域を超えて超光速域に入る。

それ以外の攻撃も防御も捨てている光速戦艦は、迎撃の対空砲火には無力だ。

次々と撃ち落とされていくが、それでも数が多すぎた。


「——修羅閃迅拳しゅらせんじんけん!」


真咲の、エグザガリュードの両手が超光速の拳打を放ち、超光速で迫る敵艦を撃ち落とす。

撃ち落された戦艦は流体金属の飛沫となって飛び散るが、飛沫の一部はそれまでの運動エネルギーを保ったまま超光速の弾丸となって艦隊の防護障壁を撃ち抜いた。

飛沫ですら後続艦が撃沈されるのを目にして、ちっ、と真咲が舌打ちする。加減を失敗して、自分の歯に当たった舌が千切れて装主席の下に落ちた。

『加速しろ!最大回避!』

『ダメだ艦長!これ以上はこっちの炉心が燃えちまうぜ』

クラーケン艦長と艦橋員の機関長のやり取りが耳に飛び込んだ。

超光速艦のグライゼルと言え、常に最大速度を保ってはいられない。

エグザガリュードが、グライゼルの甲板を蹴って前に飛び出した。


修羅しゅら——閃迅烈破せんじんれっぱ!」


真咲が手刀を円状に繰り出し、エグザガリュードの手が巨大な空間のひずみを生み出す。

宇宙を歪めるほどの闘気の渦が、超光速で迫る敵艦隊を巻き込み、引きはがし、周囲へ散らばらせていく。

その間にグライゼルと後方に続く第13分艦隊は進路を切り替え、敵艦隊の特攻進路から離れていく。

さらに真咲は機体を踏み込ませ、特攻する敵自動艦隊を次々と弾き飛ばした。

だが——

『客人、罠だ!』

ヴォルツの声がエーテルに乗って飛んだ。

エグザガリュードの周辺に弾かれた光速艦が次々と爆発する。

超光速域に到達し限界を超えた艦体炉心が臨界を超えたのである。

超光速拳を振るう真咲と言えど、数多くの超光速の特攻艦を自機の安全圏まで弾き飛ばすのは無理があった。

そして、超光速艦の特攻を隠れ蓑に周囲に散開していたフェレス復興軍艦隊が強力な魔力によるエーテル波を放ち、空間ごと封じ込めを敢行する。

万を超える光速炉心の爆発が、エグザガリュードただ一騎に収束する。

「……この程度で!」

真咲が、エグザガリュードの全身に闘気を張り巡らせ、それに耐えた。


――だが、この光速炉心の収束爆破は前座に過ぎない。

全身に張り巡らせた硬気功で熱量に耐えるエグザガリュードの周辺の空間が歪む。

真咲が先に超光速拳で生じさせた渦をさらに歪めさせ、それは宇宙空間そのものを陥没させた。

「……なん、だ?」

真咲の動揺に、エグザガリュードの困惑が応えた。


宇宙が歪み、くぼみ、引き千切られ、その広大な空間ごと落ち込んでいく。

超光速域、次元領域を超えた無数の炉心が一斉に消滅した反動で、空間全体が次元転位したのだ。

何もない宇宙空間の戦場で、無限の深淵が無数の光速艦の残骸を引きずり込み、巨大な重力の渦と化した。

その中心に、エグザガリュードが存在する。

「う、ぉぉぉぉぉぉぉ……」

真咲のうめき声は、自分とエグザガリュードを引きずり込む歪みと、歪みに引き寄せられ、押しつぶす無数の残骸の前に消えていく。



「——黒獅子よ。貴様が不死身というならば討とうとは思わん」

復興軍分艦隊第四司令は、誰に言うとでもなく呟いていた。

「そのまま重力の井戸の底に沈んでもらおう」

自動艦隊艦橋の映像板で、彼の目に映る産み出された巨大なブラックホールは、さらに周辺の残骸を引きずり込み肥大化していく。

光をも飲み込む超重力帯を前には光速戦艦も無力。

その影響圏から脱するべく、両軍とも交戦よりも離脱に専念する。

「……永遠にな」

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