第67話 艦隊連携
巨大な闘気の獣が、次の絶対防壁陣を食い破り、押しつぶす様を、フェレス復興軍分艦隊第二司令は歯噛みしながら見送るしかなかった。
「追撃艦が……使えんのか」
超光速騎である獅鬼王機エグザガリュードと愛居真咲。
光速艦隊ならば、それに対して編成された追撃艦隊で光速領域での追撃を繰り返し、消耗させる戦法が可能だった。
……本来ならば。
だが、今のエグザガリュードは
第一司令率いる10万艦隊が壊滅した後、次の追撃艦隊は集団同士の間隔を開けて分散させ、まず百獣拳の有効範囲に必要以上の数を置かない形で展開させた。
しかし、攻撃頻度の低下は、そのまま愛居真咲に力を溜めこむ隙を、時間を与えたに等しかった。
拡散させた追撃艦隊に対し、より高出力で広範囲に打ち出された百獣拳がその全てを引き込み、二度目の獅子戦吼の発射を許したのだ。
だが、これ以上追撃艦隊の数を減らせば、攻撃しても反撃で全滅するだけだ。
追撃艦隊を出さずとも絶対防壁陣と集中砲火で足止めすることは可能だ。
しかし、それではただ時間を浪費するに過ぎない。
敵は、彼らが戦うべき龍装師団は、今もなおこの包囲網の外で残る復興軍艦隊を相手に泳ぎ回っているのだ。
分艦隊の連結
敵を光速状態に維持するよう追撃艦隊を送り込みながらも、その数を最小限、遠距離で牽制にとどめている。
だが、それでは敵は倒せないのだ。
「……どうするか」
第二司令に応えるものは誰もいない。連結
ゆえに――敵の方が先に動いた。
「敵エーテリア増大!」
「——連発だと!?」
――
獅皇の一族が編み出した対軍団戦技は、充分な闘気量があれば、単騎で放つことも可能だ。
闘気の不足を補うために敵をエーテリアに還元する百獣拳はその前座に過ぎない。
そして、軍将級の戦士である愛居真咲には、その威力を自前で用意するだけのエーテリアを内包していた。
莫大な闘気を放出し、エグザガリュードの動きが止まる。
流石の獅鬼王機も、全力放出後はそのエーテリアを低下させざるを得ない。
しかし、そこで即座に反撃に移るだけの戦力が包囲軍にはなかった。
追撃艦隊を安全圏にとどめるとはそういうことだ。
失速した相手を追う足が足りない。間に合わない。
「追撃艦隊を再編成させろ!奴に好きに撃たせるな!」
第二司令の指示に対する連結
三つの10万艦隊を失い、各包囲陣から供出しうる追撃艦の数が足りないのだ。
追撃艦隊に必要な数を用意すれば、絶対防壁陣の強度が低下する。
ゆえに、連結
「——許可する」
詳しい内容を見ずに、第二司令はそれを承認した。彼も同じことを考えていたからだ。
包囲軍の一角を形成する絶対防壁陣が動く。
展開した絶対防壁陣を解き、10万艦隊をそのまま追撃艦隊として攻撃に転じさせる動きだった。
それと同時に、エグザガリュードが動く。
「第四波来ます!」
「馬鹿な!早すぎる!?」
無補給での獅子戦吼の連発。
流石の軍将機と言えど、単騎での放出後は無防備になる。
充分な反撃戦力を揃えていれば、大技を使った直後にその隙をつくことが出来る。
再編した追撃艦隊は戦技の使用自体を牽制する意図があった。
だが、愛居真咲はその意図を踏み越えて次の攻撃を放ったのだ。
闘気の獣は絶対防壁を解いた追撃艦隊ではなく、別の絶対防壁陣を展開する10万艦隊に襲い掛かり、それを食い破る。
放出後のエグザガリュードは、先ほど以上にそのエーテリアを低下させていた。
今の復興軍艦隊にはそれを突く戦力がある。
「艦隊、追撃に入ります!」
「……やられた」
攻勢に転じる追撃艦隊の動きに声を上ずらせた戦術予報士に対し、第二司令は苦虫をかみつぶした。
彼には、包囲陣の外の状況が見えている。
連結
獅鬼王機エグザガリュードに対し、形成直後は20あった10万艦隊による絶対防壁陣の包囲軍は、今や4つが獅子戦吼に食い破られ、1つは復興軍自ら追撃艦隊へ再編成した。
短時間で4分の1の包囲が失われたのだ。
包囲軍はそれを補うために、自然と10万艦隊一つ一つとの間隔が間延びしつつあった。
そこに、周辺で回遊していた龍装師団艦隊が入り込んできたのだ。
彼らは、包囲軍の外で自軍の何倍もの復興軍艦隊の中を飛び回っていたが、包囲が崩れたと見て、包囲軍内部に飛び込んだのである。
その先頭に立つのは第13分艦隊。
その分艦隊旗艦グライゼルが、侵入艦隊からさらに突出して飛び出し、包囲軍の追撃艦隊より先にエグザガリュードのもとにたどり着こうとしていた。
王機に向かう両軍の光速艦隊の先頭を、たった一隻の戦艦が駆ける。
「敵艦、先行します!」
「早すぎる――超光速艦か」
戦況を前に、第二司令は呻く。
龍装師団は、フェレス復興軍と異なり、多くが攻撃性と加速性能に秀でた突撃艦で構成されているとはいえ艦種は統一されていない。
その中には、光速艦を超える超光速艦もまた数十隻単位で含まれていた。
グライゼルもまた各分艦隊旗艦や中央艦隊に配備されている一隻だ。
それは、数で勝るフェレス復興軍にはない戦力だった。
「客人、乗れ!」
超光速艦が、エグザガリュードめがけて突進する。
速度を落とすことなく駆け抜けるグライゼルの艦上に、エグザガリュードが降り立った。
「真咲、おっ帰り~」
今もグライゼル艦上に残っていた溝呂木弧門の凱装機ダートが手を振った。
それには応えず、エグザガリュードはグライゼルの進行方向に向き直った。
グライゼルの向かう先に、絶対防壁陣を展開した10万艦隊が集まりつつあった。
絶対防壁陣を展開したままでは亜光速移動が限界だが、それでも進路を変えて躱すにはその射程と数は脅威であった。
「……行かせないつもりか」
『客人。突破するぞ』
「——了解した」
「囲い込め!奴らをこのまま自由にさせるな!」
第二司令の檄が飛ぶ。
軍将規模の戦士が戦場を横断することを許せば、現在フェレス復興軍の龍装師団に対する数の優位は瓦解する。
現在ですら、戦場全体では数に勝る復興軍と龍装師団は互角。
それどころか、数に劣る龍装師団を復興軍艦隊は追いきれずにいた。
神速騎士二人と、愛居真咲一人を隔離してようやく互角なのだ。
そこに獅鬼王機エグザガリュードを戻すわけにはいかなかった。
包囲軍内に突入した龍装師団の光速突撃艦が、第13分艦隊旗艦グライゼルの後続に次々と合流する。
離散と集合。
乱戦を得意とする龍装師団は単騎、単艦、小集団での戦闘を得意とし、必要とあれば集合して敵に当たる。
小魚の群れに例えられる艦隊運動は、大型陣形を組んで戦うフェレス復興軍艦隊とは対極的だった。
あっという間に10万隻以上が集まった大型集団が、100万隻を超えるフェレス復興軍艦隊の展開する絶対防壁陣を前に突撃陣形を組んだ。
「獅鬼王機との情報連結入ります」
戦術予報士のルクセーラの報告が上がり、グライゼル艦長クラーケンが上座に座る13分艦隊司令ヴォルツを見上げる。
「同期して指揮権はあちらに渡せ」
「……初陣ですよ?」
「絶対防壁をぶち抜ける奴に任せて悪いか?」
「単にめんどくさいだけでしょうが」
投げやりな上官のやり取りを前に当惑した戦術予報士が、恐る恐る次の報告を上げる。
「あの……連結
「ほれみろ」
「ま、ウチがいつもやることですしな」
本来なら情報連結による上位、下位は軍内部の指定階級として最初から設定されている。
皇国軍に属しない外部協力者である愛居真咲と獅鬼王機エグザガリュードに指揮権を譲渡することは、指揮官であるヴォルツの承認が必要だったのだが、グライゼルの連結
それに驚くようなことは指揮官たちにはない
情報連結したエグザガリュードからの指揮により、艦隊の各砲座が一斉に連動する。
「狙うなよ!前に撃てばいい!」
クラーケン艦長の号令は、艦隊の挙動より早い。
引退したとはいえ光速騎士は、光速戦艦に先んじて行動の選択と判断が取れるのだ。
命令は雑に過ぎるが、その指揮下にあって長い連結
それに先んじて、超光速の波が放射状に艦隊前面に放たれた。
グライゼル艦上で、エグザガリュードが巨大な咆哮を宇宙に轟かせたのだ。
その咆哮は、宇宙では伝播しない声ではなく、宇宙そのものを構成するエーテルを震わせる次元震動となって、進路を塞ぐフェレス復興軍艦隊を震わせる。
本来なら、次元震は通常空間とは干渉しない。だが、それを利用する術は存在する。
「絶対防壁陣、消滅します!」
フェレス復興軍分艦隊第二司令部にて
龍装師団分艦隊の進路を塞ぐべく展開していた分艦隊の絶対防壁が無力化されたのだ。
「
獣士の中でも咆哮波を自在に操る一部の上位獣戦士には、相手の防護障壁を無効化する技がある。
獣戦士の中でも最上位の獣将か同等の力を備えた獣士にしか使えない技だった。
これまでの戦いの中で、エグザガリュードは絶対防壁陣の情報分析を完了させている。
そうである以上、防壁のみを狙い撃ちにすることも可能だった。
第二司令の目の前で、絶対防壁を失った指揮下の艦隊が、龍装師団分艦隊の放った砲火で次々と撃ち落とされていく。
だが、今の真咲には10万を超える龍装師団艦隊が指揮下についている。
獣冥破を敵艦隊全体に全力を注ぎ込んでも、追撃の手があった。
「彼らを、君につける」
その言葉とともに、龍装師団副長アディレウス=アディール・フリード・サーズによって引き合わされたのが、第13分艦隊の面々だった。
蛸のような頭部を持つバド人の第13分艦隊司令ヴォルツ。
元は獣士だったという
そして、アイヴァーン・ケントゥリスの旧友だという師団戦略補佐官兼13分艦隊音速騎隊長ウェルキス=ウェリオン・キンバー・ストル。
13分艦隊の中核だという三人が、真咲と会わせるために龍装師団旗艦ザイダス・ベルの艦橋に集められていた。
戦闘前の宇宙艦隊なら
三人のうち二人は、地球人とはかけ離れた容姿だ。
対する真咲もまた、額から生えた角や耳まで裂けた口を隠そうとはしない。
地球では人間に擬態していた真咲も宇宙に出てからはその姿を偽ることはしない。
そして、その鬼の姿に恐れを抱くものはここにはいなかった。
彼らの緊張は、真咲の強さをその身で実感しているからだ。
ただ立っているだけでお互いの存在の差を否応なしに突きつけられる。
だが、彼らはそれに慣れていた。
「戦闘が始まればゼトも私も君に注意を割く余裕はない。彼らが補佐に就く」
その言葉に、真咲は無言でアディレウスを見返した。
「彼らについて君が感知する必要はない。好きに暴れればいい」
その無言の反応に、アディレウスは予期していたように答えた。
「彼らが君に合わせる。そういう経験がある連中なのでね」
「——わかった」
真咲は頷き、その視線を再びヴォルツ司令たちに戻す。
「よろしくお客人」
バド人のぬめりを帯びた髭の触手が軽く振り上げられる。
それがバド人特有の挨拶だと後で知った。
『敵艦隊、指揮艦を特定しました』
グライゼルの戦術予報士からの報告を受け、真咲がそちらに目をやる。
情報分析の速さは、エグザガリュード単騎の時とは比べ物にならないほど早い。
だが、少し遅かった。
敵指揮艦はすでに陣取っているグライゼルの進行方向から外れた位置に退避しており、正面には今なお多数の敵を迎えている。
今さらの進路変更は不可能だ。
真咲とエグザガリュードもこの場から離れられず、手の届く位置にはなかった。
自分を二つに分けることもできない。
しかし、後続の艦隊の一部が本流から離れ、敵指揮艦を追った。
たとえ指揮艦を討っても、次の指揮艦に変わるだけだ。
大きな意味はない。
だが、敵の有人艦は少なく、指揮権者も多くはない。
一つ一つの意味は薄くとも、積み重ねていけば指揮権は崩壊していく。
その動きを敵もまた無視できない。
真咲がやらずとも、艦隊戦力の一部が行うだけでも敵に対しての牽制になる。
真咲は、ただ敵と戦いたいだけなのだ。
余計な作業は、彼らに任せればいい。
「お客人、次の敵だ」
いつしか100万隻いた正面の敵を討ち切り、包囲を抜けた真咲の前に、次の敵艦隊が迫っていた。
後方では、残る敵を後ろに続いてきた艦隊がとどめを刺していく。
「——続け」
言葉少なく、鬼が吠え、その後に艦隊が続いた。
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