第50話 砲艦隊戦 前
それは星海において
通常、超光速航法には光速艦に搭載される主動力機関である
この
あくまで亜空間上の小さな波であり、現実空間には何ら影響をもたらすものではないが、この次元振動は、空間転移術などの空間操作術の行使の際には障害となる存在だ。
文字通り、亜空間上で発生する波、揺らぎにより狙った通りの転移が出来ないどころか、次元振動の届かない外側まで押し出されてしまうのである。
それ故に、
艦内ではあくまでも
ここまでは艦船内外の空間転移に関する制限であり、これは機密を抱えることの多い船では逆に有用な現象だった。
多くの船ではこの次元振動を防御機能に組み込むことで、船外からの侵入者に備えることが出来たのである。
この次元振動がより大規模に起きることが
宇宙艦隊が集結することで、艦それぞれが起こす次元振動が共振し、より巨大な亜空間の波が引き起こされる。
艦隊はそれぞれが連結して構成した
その影響下では艦隊以外の艦船は超光速航法を行うことが出来ない。
その次元震の範囲は編成された艦隊の規模に比例し、時には一万光年にも及ぶという。
艦隊同士が接触する際は、味方同士であれば
しかし、敵対する艦隊であれば、お互いの次元震が互いの航行を阻害し、
ゆえに、宇宙艦隊は敵を避けることは出来ない。
航路を変えて敵の次元震の範囲から迂回することは可能だが、そうしてしまえば
だからこそ、宇宙艦隊は、互いにこの星海で障害を取り除くために戦うのである。
「前方、敵艦隊を補足。距離8000!」
8000光秒先に存在する無数の光点を捉えた戦術予報士の報告を、リューティシア皇国第一龍装師団団長ゼト=ゼルトリウス・フリード・リンドレアは受ける。
宇宙空間に漂う第一龍装師団旗艦、龍装儀艦ザイダス・ベルの甲板上で、ゼトは乗機ゼムラー=紅零機ゼムリアスに搭乗している。
ゼムリアスは、剣将機ザラードの複製機ゼムラーの一つ。全部で27騎製造された中でも最高性能を誇る装機だ。
元は紅装機ゼムラーとして他の兄弟機とともに生み出された存在だが、武者修行の旅の中で成長し、今や72階位の超装機へと成長を遂げた機体である。
ザイダス・ベルが分析した敵艦隊の展開状況がゼムリアスに送られ、機体の装主席でゼトはその情報を目にした。
機体の望遠機能で目視できるはるか遠くの敵は、現実には光が情報として届く光学観測による時差が存在する。その差を補正するのが彼の駆る装機であり、足場となる艦船の思考結晶の役割だ。
「敵艦隊――出現します」
構成された艦隊規模による次元震の伝播範囲の差により、第一龍装師団は先に超光速航法を停め、通常空間に出現していた。
次元震は超空間に発生した嵐だ。
嵐の発生源に近づけば艦隊が近づくのは困難になる。
より巨大な連結艦隊ほど、嵐により近づける。
第一龍装師団艦隊が放つ次元震の限界範囲で、フェレス復興軍の1000万艦隊が超空間より姿を現す。
「……流石に、この規模の艦隊は初めて見たね」
平静を装った口調でもゼトの背すじにも冷や汗が流れる。
元はこの数を一人で相手しなければならなかったのかと思うと肝が冷える。
「……父上はどうです?」
「——アルミニアを思い出すな」
「……これも流石というかなんというか」
ゼムリアスの隣に、巨大な装機が立っていた。
剣将機ザラード。
父、ザルクベイン・フリードがリューティシア皇国にいたころに搭乗していた装機だ。
機齢八千歳を超える78階位の星剣機の複製機である。
リューティシア皇国全体を見回してもこれほどの機格と機齢を備えた装機は他にはない。
龍装師団で保管されていた機体を引っ張り出したのは数日前のことだが、20年ぶりに乗り込んだはずの機体は、父とよく馴染んでいるように見えた。
ゼトの駆る紅零機ゼムリアスにとってもザラードは親と言える装機だ。
ゼムリアス自体からも強い緊張感を覚えているのがゼトに伝わる。
戦場で父とともに戦うのはゼトも初めてのことだった。
ゼトはさらに後ろに目線を巡らせる。
ゼムリアスの後ろには、獅鬼王機エグザガリュードが控えていた。
「——真咲は大丈夫?」
「……まず宇宙で戦うのが初めてだ」
愛居真咲はエグザガリュードの装主席で微動だにせずに答える。
その目は、はるか彼方の巨大艦隊を呆けたようにわずかに見上げている。
地球周辺で戦闘訓練は行ったが、最初の実戦がこれ程の巨大艦隊戦となるのは想像もしていなかった。
「……うん。僕も流石にいきなりこれはちょっと考えてなかった」
装主席の中でゼトは頬を掻く。
元々、フェーダ銀河はリューティシア皇国の中では不干渉地帯となっており、そこに拠点を持つフェレス復興派の規模は未知数の部分が多かった。
それを踏まえたうえで開戦予測を立てて、最初からこれだけの大艦隊を繰り出してくることは予想されていたとはいえ、軍団戦での実戦経験の浅いゼトにも実感はなかったのだ。
経験豊かな武将でもこれほどの大艦隊との戦闘経験など、そうそうありはしない。
「——構わん。どこを向いても敵に当たる。好きに暴れるがいい」
二人の横合いから、ザラードに乗るザルクが、そんなゼトと真咲の戸惑いを大上段に切り捨てた。
「単純ですね。まあ――」
「——わかりやすくて、いい」
ゼトと真咲が慣れた口調で合わせ、その後ろに控えていたアディレウスは、彼の乗騎、法礼機ミデュールの中で肩をすくめた。
「失敗すれば死ぬだけです。好きにすればいい」
簡単に言い放つ副長の暴言を、前の三人は無造作に聞き流した。
仲のいいことだ、と内心で呆れたアディレウスの心の声は誰にも届かない。
『団長、敵艦隊から入伝』
その言葉に、アディレウスは反射的にザルクを見て、ゼトに視線を移す。
超光速通信は、艦隊の他の何よりも先にお互いに届く。
それでも超光速での超遠距離連絡は
「——内容は?」
『降伏せよ。真に皇国の王たるが誰か、正しき主に仕えよ、だとさ』
最後は真面目に読み上げるのも馬鹿馬鹿しくなったらしく、通信士の語尾が砕けた。
「返信はするか?」
前団長ザルクではなく次代団長――ゼトに、アディレウスは問う。
ゼトは振り向かず、ゼムリアスが小さく頷いた。
返信はただ一言。簡潔に過ぎるものだ。
『
『間もなく、距離6000!』
ザイダス・ベルの戦術予報士の声に緊張が混じった。
近づくほどに、エーテル光の塊としか見えない光点が徐々に数えきれないほどの光の粒であることが思い知らされる。
無数の光の幕を見上げる真咲の前で、ゼムリアスが腰の長刀に手をかけた。
深く腰を落とし、機体の全長より長い長刀の抜刀姿勢を取る。
その隣で、ザラードがその両肩に巨大な砲門を出現させていた。
亜空間に保管されていたザラードの特殊装備だ。
「ゼビア・トーヴァ」
両肩に備えられた左右の連装砲が眩い光を放ち、はるか彼方の大艦隊へ向けて次々と放たれる。
『
放たれたそれは、真咲の声ではない。
ゼトが居合の姿勢から放った無数の剣閃が、ザラードの放った光弾と同時に並んで敵艦隊へ向けて突き進む。
光速を超え、超光速を超えた神速の点と線が、視界を埋め尽くす敵の大艦隊
に向けて吸い込まれ、光の幕の中に無数の火を散らせた。
敵艦隊からの反撃はなかった。
彼らの光速砲では、まだ届かないのだ。
真咲もまた動かない。
彼の超光速の技では、まだ敵艦隊に届かないのだ。
二人の神速騎士の放つ光が無数の光点を生み出す一方的な殴り合いから、艦隊戦は始まった。
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