第49話 戦場前景
「ナーベリア?」
リューティシア皇国第一皇子リュクス=リュクシオン・セイファート・リードは、兄の言葉に首を傾げた。
「第一戦場はアウェネイア銀河外縁の予測でしたが……」
「ああ、だが第一師団はそのまま突っ込むな」
兄である竜皇リュカ=リュケイオン・グラストリア・リードの言葉に、リュクスは資料を確認しようとして諦めた。
「ゼトが戻ってきたという報告は上がっていませんが……」
「さっき戻ってきてたぞ。ザルク将軍とあと一人連れてきてる」
「……よくわかりますね。別の銀河のはずなのに」
「軍将格以上ならまあ何となくな」
超光速通信での情報連絡より、神速騎士である兄の超感覚の方が早い。
よくあることだ。
リュクスはその場に控えている竜撃隊隊長ラギアンに目をやった。
リュケイオンの側近を務める彼もまた超光速騎士、軍将だ。その感覚は軍の情報網より一面では上だ。
「神速騎士が二人……そこまでは何とか」
「ゼトと、ザルク将軍ですね。もう一人?」
「それは、わかりません。私は陛下ほどは感じられないので」
ラギアンには遠く銀河にいる神速騎士は感知できても、超光速騎士までは見通すことが出来ない。
リュクスとラギアンが同時にリュケイオンを見る。
「俺も知らないぞ。そいつがかなりの上物だってことは確かだが」
「ゼト将軍は、地球に行ってたんですよね?」
「ええ。地球にザルクベイン将軍が隠棲していたらしいとか。
……この時期に
不意に思いだしたことがあった。
「……そういえば、地球で軍将級というと」
「おそらくマナイ・マサキだな。リオンデファンス公子事件の件の」
「フォルセナの黒獅子、ですか」
ラギアンの上げた称号に、思わぬ収穫だ、とリュケイオンが笑った。
「これはどういうことだ!?」
フェレス復興派、旗艦艦隊の会議室で、ライド・シュテルンビルド・アドルスティン伯爵は当惑の声を上げた。
超空間を行く彼らの艦隊は、接近する敵を察知したばかりだ。
エーテリア計測による敵戦力は彼らの事前予測をはるかに上回っていた。
「報告の通りだ。敵、第一龍装師団はアウェネイア海を通過し、我々に正面から立ち向かう気でいる」
伯爵の疑問に答えたのは、バールスタイン・ベルウッド公爵。
フェレス復興派の中核人物の一人、フェーダ五大貴族の一人だ。
その後ろには二人の軍将が控えている。
ベルウッド公爵自身は光速騎士だが、その優れた軍略と彼が鍛えた軍隊はフェレス復興軍の中心戦力となっていた。
「一千万艦隊を相手に高々百万以下で挑もうなど、舐められたものね」
高笑いを上げたのは、マイレイ・サイズレート男爵。
集まった五大貴族の四人では唯一の女性だった。
その言葉をたしなめようとしてフォーント・カルリシアン侯爵は自分の味方がいないことに気づいて沈黙した。
最後の一人はまだ子どものため、この場にはいない。代わりに軍事担当の機人が代表として無言で同席していた。
機人は必要がない限り発言はしない。カルリシアン侯爵が同意を求めるには無理な相手だった。
「神速騎士というのを侮っては困る。奴らは単騎で五個師団、いやそれ以上の存在なのだ!それが今や二人いるのだぞ!」
超光速騎士にして軍将であるシュテルンビルド伯爵は、自分たちに迫る巨大な闘気が超光速で近づくことをひしひしと感じている。
「当方は一千万艦隊に加えて軍将三人。彼らは神速騎士二人と軍将級の戦士が二人、そして100万艦隊。
戦力としてはほぼ同等といえますが、とはいえ未知数の部分が多すぎる」
「私が言いたいのは、なぜザルクベインが帰還したかということだ!奴は20年も前に出奔したのだぞ!」
ベルウッド公爵の言葉に、シュテルンビルド伯爵は怒声を上げた。
まったくもって計算外の事態だった。
彼らは20年近い月日をかけて、リューティシア皇国軍とも戦いうる戦力を揃えてきたはずだ。
だが、神速騎士は彼らのその準備をたった一人で覆してしまう存在だ。
「……メル、私たちは勝てるのでしょうか」
その喧騒を前にしてフェレス復興軍の指導者に立つ、リューティシア第二皇女ティリータ=ティルテュニア・リンドレア・スウォルは側近に問いかけた。
傍らに立つ彼女の家庭教師にして今はフェレス復興軍戦略補佐を務めるメルヴェリア・ハーレインは、光学資料に目を通しながら答える。
「……不明です」
「ザルクが帰って来なけりゃいい勝負もできただろうが、これで連中が先手を取れるからな」
「帰ってくるかもとは思っていましたが、本当に帰ってきましたね」
「……あれで意外と子煩悩だったからな」
ハーレインの隣でその夫であり、復興軍後方に待機している第三重征師団団長ウォールド=ウォルムナフ・ガルードは肩をすくめた。
「先手、ですか?」
「ナーベリアは何もない銀河間の虚空だ。ここで停められると陣も策も駆け引きもない。力押しの正面衝突、第一師団得意の乱戦に持ち込まれる」
「本来は事前の数で圧倒し、第一師団、つまり敵が戦力を集結させる時間のためにアウェネイア海を戦場にする予定でしたが、彼らはそれを選ばなかったのです」
「第一師団の連中は元から防衛戦はやる気がないからな。たぶん、増援がなくとも最初から正面決戦を挑んでくる」
ウォールドの手が空中に光学資料を呼び出し、銀河系を中心とした星図を呼び出す。
フェレス復興軍の一千万艦隊は現在、超光速航法でフェーダ銀河から隣のアウェネイア銀河へと進行中だ。そこからさらにいくつもの銀河を経由し皇都惑星シンクレアのあるセイレーン銀河に向かう予定だった。
それに対し、リューティシア皇国軍の第一龍装師団を始めとした迎撃艦隊の動きも映し出される。
一番近いのが第一龍装師団。次が第二魔境師団。そしてその間に名もなき小艦隊が複数点在していた。
「アウェネに集結して陣地を構築するんじゃなく、ナーベリアで俺たちを足止め、そこに次々と増援が到着して態勢の崩れた艦隊を叩く
上手く行けば、お互いに準備万端で殴り合うより奴らが優位を取れる」
「そんなこと……こちらは彼らの10倍以上の戦力があるはずです」
「軍将や神速騎士ってのは、その差をあっさり詰めてくるもんさ」
軍将であるウォールドはあっさりと言い捨てた。
「軍将とは文字通り、一個師団相当の戦力を持った存在だ。ゼトが連れてきた二人は、最低でも師団級相当。ザルクに関しては、五個師団じゃ効かないな」
「……彼らには一千万艦隊と同等の価値があるということです」
夫の言葉を補足するメルヴェリアの説明に、ティリータは実感がない。
かつて、メルヴェリア・ハーレインはリューティシアと戦った国の参謀の一人だった。たった一人の将が、大艦隊を壊滅させる光景を目の当たりにしたことは一度や二度ではない。
その実感を戦場を知らないティリータに求めるのも無理な話だった。
「ザルクベイン将軍は名を聞いたことがありますが、もう一人というのは?」
「わかりません」
「ゼトが連れて来たということは、たぶん例の弟だな」
メルヴェリアに続いたウォールドの言葉にティリータは首を傾げた。
「……弟?ザルクベイン将軍に他に子どもがいたのですか?」
第一龍装師団団長だったザルクベイン・フリードが出奔したのはおよそ16年前、ゼルトリウス公子が8歳の頃の話だ。
その時、ザルクの妻スノーフリアが身ごもっていたのは双子の妹であり、ティリータの知る限り弟はいなかった。
どこか他の星に別の子どもがいたのか、出奔後に生まれた子どもなのか。
「ザルクの血縁じゃなくて、弟分の話さ」
ティリータの想像を、ウォールドは否定した。
「ゼトが武者修行の旅に出ている間、奴には何人かの仲間がいた。ゼトはその中の一人と家族ぐるみの付き合いがあってな。旅の途中、何度も地球へ遊びに寄ってた」
「その方の子どもが?」
「標準年齢で4つ年下だけど、桁外れに強いと言っていたよ」
ゼト・リッドを名乗る少年騎士は、12歳で光速騎士となった国内では竜皇リュケイオンに並ぶ超天才戦士だ。
その彼をして天才と称する存在がいたのだ。
「その人の名前は?」
「マヒトの子、マサキとか言ってな」
「……マサキ。もしやマナイ・マサキですか」
ティリータは、その名に聞き覚えがあった。
「フォルセナの獣王レオンハルトが、獅子王機エグザガリュードを与えたという辺境の青年ですね」
メルヴェリアの言葉に、ウォールドは頷く。
「名を聞いた時、俺もそれを思い出したよ。ゼトが言ってたのはこいつのことだと」
「その人が、なぜここに?」
「フォルセナ獣戦士は傭兵家業が生業だからな。珍しいことじゃない」
「その人は、獣人種ではないのではありませんか?」
今の話だと、父親は地球人のはずだ。フォルセナ王との繋がりがわからない。
「今のフォルセナ王は、かつて政争に敗れて国を追われ、辺境に身を隠していた。帰還して獣王の座についたのは10年ほど前の話だ」
「それが地球ですか?」
「あの星が星海連合に加盟したのは10年前、
「獣王、いや獣将レオンハルトが隠れていたのは連合加盟前の話だからな」
「その時に、その地球人と知り合っていた?」
「ゼトが気に入るほどだ、獣王が見初めるのも当然だろうな」
まだほんの子どもだろうに、と笑うウォールドを前に、ティリータは光学資料を開く。
進海と呼ばれる別の超銀河団の辺境惑星の情報ともなれば、ほとんど資料もない。10年前に星海連合に加盟後は話題性もなかった。
数か月前に愛居真咲が王機エグザガリュードを下賜された、という話で、初めて注目された程度の存在なのだ。
その愛居真咲に関する資料もほとんどなかった。
「銀河標準齢で18。私と同い年……」
顔写真と表面的なプロフィールではその程度の感想しか持てない。
「この歳で超光速騎士とは、ウチではディガルドくらいしかいませんね」
「……将来が楽しみな器だな。正直、今も敵に回したくはないが」
頭越しに夫婦の会話が飛び交う中で、ティリータは心の中に芽生えた劣等感を振り払った。
彼女には戦士としての力も、戦略、戦術の知識もない。
それでも自分には、自分のやるべきことがあるのだ。
そう信じていた。
「皇女殿下。作戦案の上申がございます」
ティリータたちが取り留めのない話を交わしている間に、復興軍の戦闘準備を進めていたベルウッド公爵が、作戦をまとめてティリータに上申する。
いかに皇女からの信頼が厚くとも、フェレス復興軍において第三師団はあくまで外様だ。そしてそこで無理強いをしない程度の配慮はウォールド、メルヴェリア夫妻にはあった。彼らは味方同士で対立する気はなかったのだ。
今はまだ……。
「伺いましょう」
ティリータは出来る限り毅然として、フェーダ五大貴族の代表たちと対面した。
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