第51話 砲艦隊戦 中

「始まった」

遥か彼方で瞬く光の点滅を前に、フェレス復興軍の首領であるリューティシア皇国第二皇女ティリータ=ティルテュニア・リンドレア・スウォルは震える声で呟いた。

彼女の眼には、10万光秒以上離れた戦場は、乗座する第三艦隊旗艦スレイドルの最大望遠機能で映し出された遠景にしかならない。

フェレス復興派の旗頭である彼女は、主戦場から遠く後方、第三重征師団先見艦隊にて護られていた。

実際の戦場に挑むのは、フェーダ五大貴族率いるフェレス復興軍だ。

そのうちの一人、フォーント・カルリシアン伯爵は軍人ではないため、ティリータと同様にスレイドルの艦橋に控えていた。


「敵、神速騎士の射程は、当方の艦砲射程をはるかに凌駕しております」

事前の軍議で、戦場司令官を務めるバールスタイン・ベルウッド公爵からの報告の意味がティリータには理解できていなかった。

ベルウッド公爵が指揮棒を振るい、その先に大きな立体映像を生み出す。

敵味方の艦隊の概略図と戦況予測が展開され、ティリータはその動きを追った。

「我が方は絶対防御陣形にて接近。予測上、艦隊の有視界接触よりこちらの有効射程圏までの300秒から400秒。我々敵の攻撃にさらされることになります」

「……あの、どういうことでしょうか?」

「皇女殿下、神速騎士とは……いえ、光速騎士、超光速騎士という階級は単に速さが違うというものではないのです。これはわかりやすい言いかえに過ぎません」

ベルウッド公爵は噛んで含めるように主君に向き合う。

「彼らはその階級ごとに強さそのものの次元領域が異なるのです。力、闘気、速さ、あらゆる領域で彼らは我々の艦隊の全機能を上回っているのですよ」

「……たった二人ですよ?」

「左様。その二人は、我が1000万艦隊と同等以上の戦力を備えています。

 艦隊損耗率はおよそ秒間7000から8000。有効射程圏に到達するまでに、我が1000万艦隊は3~4割減と言ったところでしょうか」

立体映像によって次々と瓦解していく艦隊予測図に、ティリータの背筋が凍った。

「……どうにか、ならないのですか?」

「皇女殿下、これは我が艦隊が完全に防御に身を固め、前進守備に徹した結果の損耗予測です。つまり、打てる手段を全て尽くしたうえで、我々は敵と戦うまでにこれだけの戦力を消耗するということです」

それは、ティリータの理解を超えた話だ。


「フン。所詮は自動艦。多少やられたところで何の痛手にもなりません」

その横合いから、不遜な声が飛ぶ。

ライド・シュテルンビルド・アドルスティン伯爵。

五大貴族の中では最強の軍将。超光速騎士だった。

「……アドル、頼るべきは己自身の力という君の信念に口を出すつもりはないが、これだけの自動艦隊を用意してくれたサーファイ卿らの助力を侮ることは良くない」

長年の友であるベルウッド公爵は同僚を窘める。

超光速騎士は、その抜きんでた力ゆえに、自分以外を見下す傾向がある。

シュテルンビルド伯爵はその典型ともいうべき人物で、ベルウッド公爵は苦言を呈することもしばしばだった。

だが、現実としてフェレス復興軍の主戦力となるのはその自動艦隊なのだ。

不機嫌そうにシュテルンビルド伯爵は鼻を鳴らす。

この場に、このフェレス復興軍に同行していないサーファイ・クラウシェラ公子は、両親が夭折したために、幼くして五大貴族の任についた子供だ。

そのため、フェーダ銀河は惑星フェザリアにて留守役として残留していた。

代わりに、その祖父であるフォーント・カルリシアン侯爵が孫の立場を兼任して参席していた。彼もまた軍人ではなく、軍議には参加はしていても、発言はしない。

サーファイ公子とカルリシアン侯爵の二大貴族の軍事代行者として自動艦隊司令機人ドナウが参加しているが、ドナウは軍事指揮官の任をベルウッド公爵に一任しているため、発言を行うことはなかった。

クスクスと隠すように見せかけただけで隠す気もない高笑いが上がる。

五大貴族最後の一人、マイレイ・サイズレート男爵は軍議に同席こそすれど、彼女はベルウッド公爵とシュテルンビルド伯爵の対立を面白がって眺めているだけで、それを仲裁する気もなかった。

突如巻き起こったそんな彼らの対立をティリータは何も言えずにただ眺めているしかなかった。

彼女もまた担ぎ上げられた存在に過ぎない。

ティリータの左右を固める家庭教師のメルヴェリア・ハーレインとその夫、ウォルムナフ・ガルードもまた無言でその様子を傍観していた。



「自動艦隊と言っても、復興軍の統一された艦等級は44階位。その性能はこちらの単艦性能を上回っている。はっきり言って艦隊戦では勝ち目がない」

対するリューティシア皇国軍第一龍装師団の軍議では、副長アディレウス=アディール・フリード・サーズが指揮棒を振るう。

「自動艦ですからね。戦況に合わせて自由に艦特性を変化させられる」

「その通りだ。接近するまでは防衛艦、敵射程圏では砲艦。近づけば衝角艦に変形し、常にこちらの艦隊性能を上回る機能を発揮する」

龍装師団団長ゼト=ゼルトリウス・フリード・リンドレアの言葉を、アディレウスがさらに補足する。

自動戦艦はその名の通り、無人ないし機人によって運用される艦艇だ。

流体金属で構成される艦体は、必要に応じてその機能を変化させることが出来る。

シュテルンビルド伯爵が蔑むように、艦隊数を水増しするために増産することもあるが、フェレス復興軍が生産した自動艦隊はすべてが一級品の光速艦体だ。

それが1000万艦隊を構成するとなれば、銀河規模の艦隊と言っても差し支えない。

「敵艦隊の射程は当方の倍を予測される。つまり敵艦隊の射程圏に入る前に、どれだけ敵艦隊を削れるかが問題となるわけだが」

「やれるだけのことはやりますが……」

アディレウスの視線に肩をすくめたゼトの隣で、その父であり初代団長ザルク=ザルクベイン・フリードは我関せずと壁に寄りかかっていた。

龍装師団において、敵艦隊を超える攻撃射程を持つのはこの二人だけだ。

「射程圏に到達後、艦隊を後退。二人の射程圏を維持しつつ、敵射程圏到達までにどこまで敵艦を落とせるかが初戦の肝になる」


「なんとしても敵射程を抜け、当方の射程圏に到達。砲戦に持ち込めば、後はこちらの数で押し込むことが可能になります。そのための前進防御陣形です」

主君に告げた言葉を心の中で反芻しながら、ベルウッド公爵は復興軍艦隊旗艦ハウゼリーの艦橋に設置された艦隊司令部で味方の艦艇が徐々に削られていく様を微動だにせずに見つめている。

彼の編成した1000万艦隊は司令機能を分散させ、防御艦隊の中に主力艦を守らせる形でいくつもの塊が密集した陣形を構成している。

「神速剣……知識はあっても、見ているだけで寿命が縮むな」

光速騎士であるベルウッド公爵には、光速の一千倍以上とされる神速剣を見ることは出来ない。だが、彼の周辺で次々と大艦隊が失われていく「結果」だけは彼の目にも映るのだ。

「有効射程圏まで残り350!」

戦術予報士から悲鳴交じりの報告が上がる。

艦隊からは捉えることが出来ない超遠距離からの神速剣による被害は彼らの思った以上の脅威だった。

だが、これは予測の範囲内だ。

艦隊損耗率は、事前予測の最大値以下に収まっている。

フェレス復興軍の軍事中枢として、長年にわたり準備を整えていたベルウッド公爵は、時にはリューティシア皇国軍にも同行し、その戦力と戦術を学んでいた。

初期戦略要諦では敵対する神速騎士はゼト一人だったが、最悪そこにもう一人の神速騎士である竜皇リュケイオン自身が参列する可能性をも予測していた。

そうである以上、神速騎士二人が相手であっても、ベルウッド公爵には対抗策があった。

たとえ、自分が戦死したとしても、自動艦隊司令ドナウがいれば戦闘は継続できる。

「有効射程まで残り300!」

すでに100万近くの艦隊が失われている。

自動艦隊を犠牲にすることは確かに騎士の損耗こそ補えるが、艦隊砲撃戦においての優位を失うことになる。あとは数の問題だ。

「有効射程まで残り250!」

だが——。


艦隊の密集陣形の一つが吹き飛ぶ。

正面から放たれた神速の斬撃と砲弾。二つの攻撃に耐えていた艦隊に、第三の攻撃が加えられたのだ。

それは、正面からではなく、艦隊陣形内部から発生したものだ。

「——何事だ!?」

問う間にも、二つ目の、三つ目の艦隊陣形が内部から吹き飛んだ。

「レーザリア解析――これは、転移砲弾です!」

「——なんだと!?」

転移砲撃。空間転移術とエーテル砲弾による超長距離攻撃手段の一つ。

しかし、艦隊から放たれた次元震ヴォルスローアにより、艦隊周辺への転移は不可能だ。

――本来ならば。

その次元震ヴォルスローアの震源地に強引に空間操作で押し込む巨大な力を持つ存在ならば、不可能ではない。

「……マナイ・マサキ」

歯ぎしりする様な声が、ベルウッド公爵の喉から漏れる。


「ベルウッド卿、敵はその二人だけが脅威なのでしょうか?」

第二皇女ティリータから問われたことを嫌でも思い出す。

「……と、言いますと?」

「敵には他にも軍将がいると伺いました」

「アディレウス軍将と……ガルード卿の話通りなら、フォルセナの黒獅子ですな。

 無論、敵は二人だけではありません。龍装師団の戦士はすべてが精鋭揃い。正面から戦いとなれば苦戦は免れません。そうである以上、事前の艦隊戦の優位を失うわけにはいかないのです」

「その……彼らには、艦隊より長く攻撃することは可能なのでしょうか?」

なけなしの知識を振り絞りティリータは、自身の内にある疑念を投げかける。

「……アディレウス軍将はそういった使い手ではありませんが……。

 そうですな。黒獅子に関しては未知数の部分が多い。なにぶん、彼に関しては情報がないのです。最悪の予測はしておりますが……」


「……殿下の最悪の予測が当たってしまったな」

自分の呻き声を耳にしながら、ベルウッド公爵はすぐさま状況確認を命じる。

その視界の端で、巨大な太陽が一瞬生まれて、消えた。

「落ち着け!敵はめくら撃ちをしているにすぎん!」

公爵のよく通る声が、旗艦ハウゼリーから暗号化され、エーテリア通信に乗って艦隊の各分艦隊に飛ぶ。

転移砲撃は確かに脅威だが、次元震ヴォルスローアによって正確な狙いをつけることは不可能だ。

最初こそ偶然にも密集陣形内部からの爆破を許したものの、その大半は不規則に出現しては消えていく爆弾に過ぎない。

しかし、その一つ一つの熱量と威力は太陽のそれに匹敵する。

正面からの攻撃に備え、艦隊防御を前面に集中展開させた。

その結果、密集した艦隊のどこに撃ち込まれても、甚大な被害を許す結果となってしまっているのだ。

第三の攻撃は、予測された二つの攻撃に対する防御の隙間を縫うように、偶発的に、散発的に発生している。

巨大なエーテル火球がどこに出現するかは運次第だ。


「——つくづく、私は運がない」


光速騎士であるベルウッド公爵の超感覚は、艦の機能が察知する前に、それに気づいき、思わずつぶやいていた。

直後、彼の乗艦する旗艦ハウゼリーの直上に、巨大な太陽が出現した。

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