ナーベリア海戦
第48話 始まりの戦地
長い長い超空間を抜けると、その先には無数の宇宙船艦が居並ぶ大艦隊があった。
「うわ、スゴ」
外窓からその光景を眺めながら、隣で溝呂木弧門が歓声を上げるのを、愛居真咲は静かにその様子を眺めていた。
「第一龍装師団、話は知っていたが、流石にこの規模の艦隊を見るのはまずないな」
同様にその光景を目にしたアイヴァーン・ケントゥリスも言葉がなかった。
リューティシア皇国軍第一龍装師団。
その全戦力が目の前に広がっていた。
「もうじき戦が始まるからね」
その中で、ゼト・リッドは事も無げに言った。
彼らを乗せて、光速艇ソレイアードは宇宙船の群れの中を泳ぎ、艦隊旗艦ザイダス・ベルへと向かった。
ゼトに率いられて真咲達がたどり着いたザイダス・ベル艦橋の中央で一人の男が、一行を迎える。
第一龍装師団副長アディレウス=アディール・フリード・サーズ。
青い髪と赤い瞳、赤銅色の肌を持つイーラ人の男は、とりとめのない一行を見ても無反応だった。
「すみません。少し遅れました」
「……予定時間内なので問題はないな」
愛想笑いを浮かべて謝るゼトに対し、アディレウスは淡々と応じる。
「久しぶりだな。愛居真咲君は」
「お久しぶりです。アディール・フリード・サーズ」
「……以前にあった時よりまた大きくなった」
「まったく、この5年で80レンも伸びてるんですよ。僕の立場がありません」
真咲を見上げるアディレウスの隣で、ゼトが口を尖らせた。
地球人とほとんど変わらないリンデール人種のゼトは、180センチもあれば長身の部類に入るが、2メートルの長身に隆々とした巨体を誇る真咲と比べれば小さく見えるのはどうしようもない。
愛居真咲が静かにかつての副官とあいさつを交わす様子に、ザルクベイン・フリードは意外なものを見た。
「……知り合いか?」
「父親に連れられて二、三度会ったことがあります」
「もはや儂の方が部外者だな」
副長アディレウスは20年ぶりに対面する初代団長にも態度を変えずに答えた。
「ご無沙汰してます。団長」
「……もう団長ではないが」
「私にとっては、団長は団長ですよ」
かつて彼の副長を務めた少年は、20年経った今も変わらず副長を続けている。
ザルクからリュケイオン、そして今はザルクの息子であるゼトが新たな団長を務めている。
そのゼトが二人の様子を見比べた。
「……お義父さんと呼んでみるのは?」
「——無用だな」
「——悪い冗談だ」
ゼトが悪戯半分に両者の間に入り、父と義兄、双方からけんもほろろに突き返された。
「——状況は?」
「当初の予測通り、リュケイオン陛下の戴冠式直後にティリータ皇女が宣戦布告。その挑戦を陛下が受けた形になる」
ザイダス・ベル艦橋の中央にて次代団長ゼトがアディレウス副長との状況交換を行う。
真咲たちが後ろに控える中で、ゼトの前に戴冠式の中継映像が投影されていた。
「この映像の時差は8
投影された立体映像の中で、戴冠の宣言を行った竜皇リュケイオンの前に、皇都の空に別の映像が、リューティシア第三皇女ティリータの姿が映し出される。
「発信地はフェーダ銀河ですか?」
「いや、いくつかの中継点を経由しているのでおそらくは国内。
……もっとも、フェーダ銀河方面よりフェレス復興派とみられる蜂起軍がすぐに確認されたため、現在はそちらに向けて艦隊を移動させている」
「ティルアはそちらと合流する、というところですか」
「おそらくは」
「ところでさ、ゼトはこれに参加しなくてもよかったの?」
話が一段落したところを見計らって、後ろに控えていた弧門が声をかける。
その目線は、複数の時間別に分けて投影されていた戴冠式の様子を見ている。
「一応、王族じゃなかったっけ?」
「……とはいっても、母が臣籍降嫁した身で、僕自身は血統はそんなに価値がないですしね。母と姉上が出席していますし」
弧門の言葉に、ゼトは小さく肩をすくめた。
血縁としては皇子皇女の従兄弟にあたるゼトだが、それ以上にリューティシア第二の神速騎士としての価値の方が重要だった。
「もともとグラスオウ陛下が亡くなって、リュケイオン陛下が即位するこの前後が一番国内外が荒れそうな時期ですし、軍はどこも臨戦態勢ですよ」
「——この状況も予測済みか」
横合いから差し込まれた真咲の言葉に、ゼトは頷いた。
「だからこの機会に父上を呼び戻したかったわけです」
その視線が一斉に無言で壁際に控えていた老人に向けられたが、老人は何の反応も示さず、目を閉じて壁と同化していた。
「ところで、追加予算の申請は要らなさそうだ」
アディレウスが手にした映像資料を弾き、ゼトが受け取る。
今回連れてきた愛居真咲と溝呂木弧門、ケントゥリス・アイヴァーンの扱いはゼトが雇った傭兵ということになっている。
獣王国フォルセナにおいて黒獅子の称号を得た真咲を雇うに当たり、フォルセナとの国家契約を結ぶ必要があった。
傭兵王国フレーベを起源とするフォルセナの獣戦士は、傭兵家業を生業にする。
時には最高幹部である獣将個人や、正式に軍そのものを派遣することもあり、戦士の価値や数による貸出料も設定されていた。
最大では多額の謝礼とともに獣王自ら手伝い戦に乗り出すというのだから、真咲とエグザガリュードが他国の戦争に参加する程度のことは、フォルセナ獣戦士では日常茶飯事なのだ。
資料に目を通したゼトが目を丸くする。
「……意外と、安かったですね」
「黒獅子と言ったところでまだ実戦経験がない初陣だからな。獣将借り受けの規定価格としては最安値というところだ。
彼の力が我々の知る通りなら、破格だな」
そこにいる真咲たちにも聞こえるのは承知の上で、ゼトは義兄と言葉を交わす。
「……真咲、悪いけど」
「——自分の価値は自分で上げる。それだけだ」
「——結構。もっとも、付き合いのある我々には次回以降も安くして欲しいものだな」
どこまでも変わらない真咲の姿にアディレウスは契約書の写しを渡す。
そこに一度目を通して、真咲はそれを仕舞った。
「要するに次の戦いで結果を出せばいいわけだ」
「……単純だな。わかりやすくていいが」
後方で弧門とケントゥリスが好き放題にいう。
「彼らの扱いはどうします?」
「特に何も、傭兵などいつも通りに扱うものですから」
元から期待していた愛居真咲はともかく、実力が未知数の二人の同行者の扱いなどアディレウスの感知するところではなかった。
「それじゃあ……」
「……ケント?」
ゼトの言葉を遮るように、横合いから声が飛んだ。
「ウェルキス戦略補佐、なにか?」
ゼトからの問いに、艦橋に上がってきたばかりの龍装師団戦略補佐官ウェルキス=ウェリオン・キンバー・ストルは慌てて敬礼をした。
「失礼しました。そこにいる彼とは留学生時代の学友でしたので」
その言葉に、今度は注目がアイヴァーン・ケントゥリスに向けられる。
へえ、とゼトの口から意外という感想が漏れた。
「辺境警備隊に就いたと聞いていたが」
「——配属先が地球だったのでね。先日のリオンデファンス公子事件の際も間近で関わっていた」
「……それはそれとして、なぜここに」
「ただの好奇心だよ」
リオン公子の事件と、愛居真咲に同行している事情のつながりが見つからずに問い返したウェルキスに、ケントゥリスは軽く答えた。
一応は愛居真咲の長期行に対する警備隊からの見届け人という立場にあるが、本来は不要な立場だ。
どこまでもケントゥリス自身の好奇心に表向きは適当な理由がついたに過ぎない。
「そういうことなら、ウェルキス。貴方の隊に彼らを預けてもいいかな?」
「私は構いませんが……」
ゼトの言葉に、ウェルキスはなんとも言えない表情で見慣れない客人たちを見回し、その奥にいる老人の姿に硬直した。
そこにいる老人を知らないはずがなかった。
知っているのはもっと若い姿だが、多少年老いたところで見間違えるわけもない。
「——ザルクベイン団長!」
リューティシア皇国軍ではもはや生きる伝説となった神速騎士の姿に、思わず震え上がったウェルキスを老人は一瞥した。
「……ガルバーの息子か」
なぜわかった。
過去に一度しか会ったことがないはずなのに。
「戦略補佐官を務めるウェリオン・キンバー・ストルと申します!」
上ずった声で名乗り終わった時にはすでに老人はウェルキスを見ていなかった。
父ガルバーがそうであるように、力ある存在以外を老人は認知しない。
それに不満を覚えることもなかった。
むしろ最初から忘れてくれていたほうがよほど……。
「父上と真咲はこちらで使うということでよろしいですか?」
「そのつもりだ」
硬直したウェルキスの隣で、ゼトとアディレウスが話すのを愛居真咲は無言で聞いている。
彼もまたウェルキスのことを見ていなかった。
「——戦の話か?」
興味があるのは自分の戦いのことだけだ。
「この後、戦闘前の事前会議を行う。君の役割はその場で説明しよう」
深く頷き返す真咲に、ゼトは忘れものに気づく。
「そういえば、接敵予測地点は?」
「敵艦隊との接触は42
わからないなりに、真咲と弧門はアディレウスの言葉を記憶する。
今はわからずとも、いずれは理解することもあるだろう。
その隣で、固まったウェルキスをなんとも言えない表情でケントゥリスが眺めていた。
まとまりのない彼らを見回しながら、アディレウス副長は壁際の団長にも聞こえるように告げる。
「戦場は、ナーベリアだ」
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