第47話 戴冠式

歓声と喝采の降り注ぐ中、装機の一団が歩み行く。

リューティシア皇国皇都惑星シンクレアの港から皇都シンクレアまでの長い道は、装機の集団が通れる大きな舗装道となっていた。

その石英で敷き詰められた道を装機の大軍団が行く。

軍事国家であるリューティシアにおいて、この道は凱旋に使われるものだ。

戦に勝利した軍団が帰還し、この道を通り、セイレーン城にて竜皇からの賞賛を受ける。

それが新興国であるリューティシア皇国における習わしだった。


だが、この日は違う。

凱旋ではなく、帰還でもない。

もはや彼らに賞賛を与える皇はいなかった。

リューティシア皇国竜皇グラスオウ。

かつて蒼海統一戦争でエンダール帝国の剣帝エルディアを討ち果たし、大国アルミニアとの四か国戦争を制した英雄王。

他国からは兄弟殺しの流血皇とまで恐れられながら、新生なったリューティシアの民衆においては富と栄誉をもたらした偉大なる英雄。

そのグラスオウの死は、そのリューティシアを次の時代に導くことを意味していた。


凱旋道を進む装機の一団は、皇都に入る。

歓声と喝采が、彼らを迎えた。

その先頭に立つ黒く、巨大な王機の姿を見て人々の間から歓喜の叫びが上がる。

「ドルガだ!ドルガだよお兄ちゃん!」

「違うよ!ドルガディアでしょ。ね、お爺ちゃん」

「……ドルガディアスだ」

孫たちの歓声に、老人はゆっくりと答えた。

彼らの目の前を黒い王機が通り過ぎようとしている。

その後ろに無数の装機を従えながら。

新たな竜皇の姿だ。

その機体が凱旋道を通るのは実に4年ぶり、まだ小さな孫たちは以前にもその光景を見たことを覚えてはいなかった。

弟に至っては、まだ母のお腹の中にいたのだ。


魔軍龍皇ドルガディアス。

次代竜皇リュカ=リュケイオン・グラストリア・リードの乗騎だ。

初めてリュケイオンの乗機となった魔竜騎ドルガから竜魔将ドルガディアを経て新生なった四代目の装機である。

激戦を潜り抜けたリュケイオンと共に、魔竜騎より数えきれないほどの改修と再生、骨格ごと入れ替えての新生を繰り返し、現在の機格は77階位。

原型機である龍王機ベルセリオスの70階位をはるかに凌駕した王機おうきの上位、皇王機こうおうきに値する機体だ。

魔竜騎と同様の黒曜石状の積層装甲を持つが、ドルガディアスのそれは師カーディウスの戦臨将機ベルガリアードと同様に3対6本の巨大な竜穿角と螺旋装甲を備えている。

全長40リットに至る巨大な装機が、歩みながら凱旋道の左右で花束を振る皇民たちを睥睨する。


その目が、老人を視界にとらえた。

気のせいかと思った。

だが、間違いなく皇王機は老人を見たのだ。

その右腕が、老人に向けてリューティシア皇国軍の敬礼をする。

「……覚えておられたのか」

思わず、老人の声が震えた。

ごく自然に、彼の手が返礼を返す。

「リュケイオン陛下!万歳!」

老人の張りのあるよく通る声が、凱旋道周辺に響き渡る。

「新皇リュケイオン陛下バンザーイ!」

それに乗った誰かの声が続く。

「リュカ様!」

「リューティシア皇国、永遠なれ!」

次々と声が唱和する。

その中を皇王機と配下の装機兵団が流れるように歩んでいく。

「お爺ちゃん、軍人さんだったの?」

「そうだ。あの方のもとで戦っていた。お前が生まれる前までな」

歴戦の勇者は孫の頭を優しく撫でた。


「今の人、ご存知ですか?」

「マーシアスだな。第十師団の……」

「よく覚えてますね」

「俺じゃない。ドルガが見つけた」

後ろに付けた軍将機からの通信に、リュケイオンはこともなげに答えた。

機体の索敵機能が歓迎する皇民たちの中から、自身に記録された元軍人、兵士たちを見つけてリュケイオンに伝える。

20年に渡る軍歴を持つリュケイオンにとっては多くが覚えのある名前だ。

ドルガが知っているということは、彼の部下として戦った兵士たちなのだから。

「引退したら息子夫婦のとこに世話になると言ってたからな。二人目の孫が出来たと言ってたか」

「……やっぱり覚えてるじゃないですか」

五代目に当たる竜撃隊隊長ラギアン=ソアン・ラグレード・ベルンハイムが、機体の装主席で呆れた声を上げた。

先日、隊長格へ昇格したばかりの若き超光速騎士にして軍将である。

「人との繋がりは、まず顔と名前を覚えることが第一だと親父さんにも言われた」

撃竜将ザイフリート、龍王機ベルセリオスの複製機の一つを授かった騎士は、またか、と装主席で小さな呟きを漏らした。

今は亡き初代竜撃隊隊長ライフォンの忘れ形見だ。

リュケイオンにとっては従弟にあたり、死んだ伯父に代わって騎士として鍛え上げた教え子でもある。

彼にとってリュケイオンは良き兄であるが、ことあるごとに父を引き合いに出すのは苦手だった。

彼には、幼い頃に死んだ父の記憶はほとんどないのだ。


やがて軍勢は凱旋道を抜け、セイレーン城のふもとで立ち止まる。

そこから長い階段が城の正門まで続く。

儀典用に使われる階段であり、通常の出入り口は別に存在していた。

軍団はここで正門前に立つ竜皇から祝辞を受けるのが凱旋式の習いだった。

だが、その皇はもういない。

代わりに王妃シリルがそこに立っていた。

魔軍龍皇からリュケイオンが降り立つ。

それまで登ったことのない階段を、若き皇は登り始めた。

その背中を、ラギアンを始めとした竜撃隊の軍団員たちが見上げる。


この光景はリューティシア全土に報道され、1万を超える惑星で時差はあれど、リューティシア皇民は同時にこの光景を立体映像で見ている。

新たな竜皇の継承の瞬間を。


「なあ、ライフォン。お前にリュカを預けたいんだが……」

「——断る」

即答。

リュケイオン公子のアルミニアからの帰還に先立ち、竜撃隊隊長ライフォンは竜皇グラスオウからの呼び出しを受けていた。

親衛隊である彼は、竜皇から最も近い位置にいる。

夜酒に付き合うのも、また彼の役割だった。

「……まだ根に持ってるのか」

「——んなわけねーだろ。俺をなんだと思ってるんだ」

憮然とした表情で返す親友の姿に、スオウは肩をすくめた。

「あいつもいい加減あの時のこと謝りたいだろうし、その割にお前らお互いに避けてばっかりだし」

ライフォンの口ぶりとは裏腹に、前回、前々回のリュケイオンのアルミニアからの一時帰国の際も二人は顔を合わせようとはしなかった。

二人はまだ、実の妹を、母を巡るあの日の軋轢を解消できてはいなかった。

「……気持ちはわかるが、こっちも二人も三人も面倒見てられないんだよ」

口を尖らせるライフォンに、スオウは肩をすくめた。

「お前もあんまり子供に期待押し付けない方が良いぞ。まだ生まれたばかりだろ」

「……あいつと同じこと言うなよ」

「その奥方が不安がってたんだよ」

む、と押し黙るライフォンにスオウは続ける。

「子どもに自分のできなかったことやらせようとしたり、自分が出来たことを押し付けたり、騎士の家系じゃよくある家庭内問題なんだそうだ」

「……お前が言うことか?」

聞きかじりの親談義を披露するスオウに、今度はライフォンが肩をすくめる。

長子リュケイオンに過度な期待をしているのはグラスオウも変わらない。

二人とも騎士の育ちではない。

孤児だったライフォンは言うに及ばず、グラスオウは王族の生まれだが、長い病院暮らしのために騎士として育てられたことはなかった。

だから、二人とも子どもを騎士として育てることも育てられた経験もない。周りの育て方を聞きかじりの見よう見まねでやるしかなかった。

「確かに、まあ、期待してないと言ったら嘘になるが……」

ライフォンは言葉を濁した。

彼は超光速の壁を越えられなかった。

光速騎士としては上位にあり、時には超光速騎士にすら勝利する腕を持ちながらも、ライガット・フォンハイムは竜皇を支える多くの軍将たちには見劣りする。

それは彼の羨望だ。

親友が戦士として一番の信頼を寄せるのは自分ではない。

隣に立つのも自分ではあっても、今の戦場ではライフォンはグラスオウについていくのが精いっぱいだった。

自分と周囲の純粋な力の差という残酷な現実の前に、ライフォンは自らの立場をわきまえてはいたが、それでも諦めきれないものがあった。

いずれは息子が超光速騎士になり、軍将として立つ。

そんな夢を見ても無理はなかった。

「リュカが成長した時に、あいつが大将、ラギが副将。見たくはないか?」

「まあ、見てみたいな、それは」

「……だろ?」

二人は笑いながら酒を酌み交わす。

ずっと昔に、そんなやり取りがあったことを息子たちは知らない。


ラギアンが見上げる先で、リュケイオンが階段を上り切った。

その場には、もう父はいない。

代わりに母、王妃シリルが龍王機ベルセリオスとともに彼を待っていた。

「ついに、ここまで来たのですね」

自分よりずっと大きくなった息子を迎えた母は、小さな笑みを浮かべていた。

「——母上、これからもどうか見守っていてください」

リュケイオンは静かに答えた。

母が下がり、横合いにあつらえられた貴賓席へ退出する。

そこに並ぶ家族の姿を、リュケイオンはゆっくりと確認する。

第一皇子リュクシオン、第二皇子スウォル、第三皇子ライフォン。

第一皇女サリアとその息子デイル。

そして第三皇女ティカを膝にのせて抱いた第三王妃ティルトの隣に、第二皇女ティリータの姿はなかった。

父の死以来、彼女はふさぎ込んで自室に引き篭もっている。

そう伝えられていた。

彼の予想通りに。


リュケイオンの見上げる先で、城門前に立つ龍王機ベルセリオスがその身を見下ろし、そしてその巨体が、比べて小さな戦士に跪いた。

主を失った王機は、次の乗り手を求めている。

だが、リュケイオンは彼の主君ではない。

リュカの力はすでに龍王機の格をはるかに超えて、彼に仕えるのはベルセリオスの子である魔軍龍皇ドルガディアスの役割だった。

ゆえに、王機はその座を皇王機に譲る。リュケイオンに続いて階段を上った黒の装機に。

かつて父がそうであったように、白い王機と竜皇に代わり、黒の皇王機と次代の竜皇が並び立つ。


「次代竜皇、リュケイオンである!」

リュケイオンの堂々とした宣言に、無数の歓呼と声援が応えた。

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