第46話 リュケイオン・グラストリア・リード

宇宙に激震が走る。

超光速の剣が引き起こした空間の歪みは宇宙を歪め、その歪み自体がさらに宇宙を歪ませて巨大な陥没を生み出す。

その歪みの塊は瞬く間に星をも飲み込む巨大な歪曲空間へと成長し、そのまま前方へ叩きつけられた。

超光速ウルトリア――虚空陣ヴォルヴォロス!」


続く――

宇宙空間が凍結し、それが巨大な8体の龍を造り出す。

絶対零度の氷塊が生み出した長大な龍は空間を停めながらそれ自体が光速を越えて宙を舞い、そして巨大な歪曲空間を覆いつくし、その内部へ侵入する。

氷龍絶渦コーラリアイシュカ!」


破軍将ザナドゥと龍将機ベルセリオス。

二体の超装機が生み出した巨大な渦は、瞬く間に恒星系一つを丸ごと飲み込むまでに肥大化し、その空間と時間の一切を凍結させる。

だが、その中心に立つ存在には一切の影響を及ぼしていなかった。

――剣帝機アンドレアス。

星界七大星剣が一人、剣帝エルディアの乗騎は、すでに100天文単位超える超高圧空間においてなお、微動だにせずにそこにあった。

その剣帝機が指を鳴らす。

宇宙では響かないはずの音が、次元振動となって超空間を一瞬で吹き飛ばした。

「——バケモノめ!」

弟のグラスオウの呻きが、グランザムの耳を打った。

周囲には怪物扱いされる超光速騎士二人をもってしても、超神速騎士の足元にも及ばないのだ。

剣帝機がその手にした剣をふるう。

反射的に、グラスオウの龍将機ベルセリオスが後ろの艦隊を庇うように立ちはだかり

――諸共消し飛ばされた。


「スオウ!」

グランザムの目の前で弟が機体ごと粉砕されて吹き飛ばされる。

機体は、装主席の弟の肉体ごと即座に半分が復元された。

だが、その後方で彼が率いていた艦隊はその半数が消滅していた。

「……100万隻の艦隊が一撃でこれか」

その心に恐怖はなかった。

一瞬の驚愕も、それを過ぎればもはや呆れしかない。

超光速騎士である自分たち兄弟が相手に抱いている恐れこそ、自分たちが光速騎士以下の戦士たちから抱かれている心境であると思えば、もはや嗤うしかなかった。

「……ボールス、全軍を撤退させろ」

返事も聞かず、グランザムは一方的に通信を打ち切る。

目の前に立つ剣帝機とその後ろに控えた大艦隊を前に、彼の艦隊は弟とともにたった一撃で瀕死の重傷を迎えていた。

もはや勝ち目などないのだ。

「——だが、ただで通れると思うなよ」

剣帝機が二度目の剣をふるう。

それをグランザムの駆る破軍将ザナドゥは正面から受け止め、逸らした。

相手が遥かに格上だとわかった以上、防御に全力を注ぎこめば、死なない戦いは出来る。

その余波で、生き残った艦隊がさらに削られたが、そこを気にする余裕はなかった。

『——流石はリンドラスの誇る軍将』

眼前の剣帝機からの勝算の言葉が虚しく響く。

一撃で死ななかったことを褒められているに過ぎないのだから。

軍団先鋒を務め、先に剣帝に挑んだ剣将機ザラード。

複製機とは言え、同じ星剣機を駆るザルクベイン・フリードに至っては一撃で撃ち返され、機体ごと旗艦に突き刺さったまま今なお戦闘不能である。

軍団先鋒を預けたザルクが瞬殺された時点で、兄弟二人がかりでも勝率は低かったとはいえ、これほどの差があるとは考えていなかった。

「——リンドラスが破軍将グラストリア・グライゼン・ザムド」

「七大星剣が一騎、剣帝エルディア=エンダール・フォン・アンドレアス」

互いに騎士としての名乗りを上げる。

それがグランザムの最後の意地だった。

勝てないまでも、せめて一瞬一秒でも長く戦い続け、部下たちを逃がすことだ。


そして、銀河が割れた。


「……は、離せ」

息も絶え絶えになりながら、ライフォンの駆る光速騎レーファンティンに抱えられて飛びすさる龍将機ベルセリオスの装主席内部で、グラスオウは呻いた。

幾度もの次元振動が響く中、リンドラス北方守備軍は艦隊の再編もままならぬまま、麾下の装機の収容も不完全のまま全力で逃走していた。

重症からの再生で、全身の感覚がマヒしている状態でもグラスオウにもそれが分かった。

この振動は、兄がまだ戦っている証明なのだ。

宇宙を震わせる次元振動により、この振動が続く限り空間転移も超光速航行も自由には行えず、剣帝の艦隊は彼らを追撃することは出来ない。

この振動が止んだとき、それが兄の死の時だ。

「兄上を、お助けしないと」

「……無理だ。今の俺たちに勝ち目はない」

ライフォンの喉から絞り出すような声を、グラスオウは拒絶した。

「違う……そんなはずがない」

「殿下、無念でございます」

なおも抗弁するグラスオウに艦隊指揮官であるボールスが被せて否定する。

彼もまた、グランザムが受けきれない剣帝の攻撃の余波だけで麾下の艦隊が次々と脱落する中、生き残った艦艇の生存だけを目的に必死の撤退を図っている。

その中で、ただの感情論が通じるわけがなかった。

「俺と兄上が負けるわけがないんだ!」

グラスオウの叫びが、龍将機の咆哮が、宇宙に虚しく響き渡った。



「マジで話したのか」

ありえねーだろ、というライフォン=ライガット・フォンハイムの疑義の目に、グラスオウはおどけてみせた。

「弟のことを考えるには絶好の話題だろ?」

「……限度ってものがあるだろ」

弟殺しという禁断の選択肢を息子に与えたのだ。

最悪、弟を殺した兄が処罰され、兄弟二人を諸共失いかねない行為だった。

「それで継承権の返上なんて言い出したのか」

「とりあえず釘を刺しておく、くらいのつもりだったが、あの子は思った以上に話のわかる子だよ」

「……いやお前な」

げんなりとした表情でライフォンは嬉々として語るグラスオウを見返した。

父親としては息子の聡明さが嬉しいのだろう。

だが、グラスオウによる実弟殺しの事実は、その実行者であるライフォンとの、20年近くに渡り二人だけが知る秘密だった。

状況から推察するものは少なくなかったが、グラスオウの祖父であるナフタレン・グラントですら、兄による弟殺しを確信はしても確証を持ってはいなかった。

そこに、実の息子とはいえリュケイオンを加えたのである。

不用意だと言われても仕方がなかった。

今やリンドラスの王族の生き残りもわずか。

かつての王国の関係者もほとんどいない。

知られたところで大きな問題になりそうもなかったが、わざわざ広める必要もなかった。

「で、息子の扱いはそれで良いとして、嫁さんにはどう説明するつもりだ」

リュケイオンの皇籍返上は、あくまで父の兄弟殺しを知ったための行動だ。

妻、母であるシリル王妃を含め、周囲に納得させるためには別の理由が必要だった。

「——そうだな」


「——兄の話をした」

グラスオウの言葉に、シリル=セイル・シルフィード・ファルクレアは眉をひそめた。

夫婦の部屋の中で先のリュケイオン皇子、いや皇位継承権を放棄した公子の一件で憤懣やる方のない妻を宥めるように、二人だけで言葉を紡ぐ。

「グランザム将軍、ですね」

長い病院暮らしで兄弟と縁の薄いグラスオウが兄と呼ぶのはまず一人しかいない。

グラストリア・グライゼン・ザムド。

今は亡きリンドラス最強の軍将にしてグラスオウの異母兄に当たる人物だ。

「……世子ではないから、正しくは兄ではなかったんだけどな」

グランザムは先代リンドラス王の成婚前に生まれた子だ。

国家間の正式な婚姻を前に、その存在は秘され、子どもの頃のグラスオウもその存在を知らなかった。

「とはいえ、俺にはあの人以外に頼れる人もいなかったわけだが」

その話をするときの夫は、とてもやさしい顔をする。特別な存在であることはシリルにも分っていた。

「……竜の血ドゥルガディアを得たからと言って10年寝たきりだった子どもに期待する奴なんているわけがない。兄たちにとっては邪魔なだけだ。武人として名を上げていた兄の助けが必要だった」

皮肉な話だ。兄弟、血縁とは情のないグラスオウが理解を求めたのが、同じ父を持つ兄だったのだから。

そのころにはすでにリンドラス王国軍で頭角を現していた軍将グランザム。

彼自身は自らの出自を知りつつ、権力闘争には関与せずに軍人として、騎士としての道を選んだ。

皮肉にもその圧倒的な武才により若くして超光速騎士、軍将へと上り詰め、注目を浴びた結果、その出自までが知られてしまうことになり、次代の王である弟たちから煙たがられて辺境警備へ追いやられてしまっていた。

そこへ竜の血ドゥルガディアを得た異母弟が押し掛けたのだ。

ともに王家から嫌われたもの同士。

王家に関わりたくない兄は、王家から見放された弟との接触を拒否した。

それでもあきらめないグラスオウはひとかたならぬ騒動の末、ライフォンとともにグランザム率いる辺境騎士団の一兵卒としてその傘下に入ることになる。

その後、竜の血ドゥルガディアと龍将機ベルセリオスの力で超光速騎士、軍将へと覚醒したグラスオウは、兄との二枚看板でリンドラス最強の軍団として名を馳せることになった。

もはやそれも過去のことだ。

その兄グランザムは剣帝エルディアに破れて命を落とし、彼の妻子はエンダール帝国の王族狩りで殺され、彼らが護りぬいたグラスオウの子、リュケイオンだけが遺された。


「あの子も、グランザム将軍と同じ道を選ぶということでしょうか?」


「……今は、そうだな。その方が良いだろう」

そのために、巡り合った息子に兄の名を与えた。

いずれこうなることを予期して……。

しかし……。


「——父上」

あの日、ともに城へ帰るときの自分を見上げる我が子の目を思い出す。

「私が皇位を継ぐことを望まれないのは、私が父上と母上の本当の子どもではないからですよね」

「……そうなるな」

「では――」


「それでももし、私が次の皇の座についた時、その時こそ私が真に父上と母上の子であることを証明できますか?」


思わず振り向いた先にある顔は真剣そのもので、見返したその目は重く、どこまでも深い。

「……その時が来るまで、誰にも言うなよ」

それだけを言った。

わかっています、と息子は小さく答えた。

その会話はそれで終わりだ。

その後、私室に招かれたリュケイオンは父に兄弟殺しの真相を聞くことになり。

やがて弟が生まれ、自らの皇位継承権の返上を父に進言する。


リュケイオン・グラストリア・リード。

その振舞いはどこまでもグラスオウの想像を超えて、それが父としてどうしようもないほど楽しみだった。

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