第37話 家族のカタチ

「……本当によろしいのですか?」

「構いません。召還を受けた時点で予測できていたことです」

一日、皇都惑星シンクレアに帰還したリューティシア皇国第二竜撃隊隊長リュカ=リュケイオン・グラストリア・リードはその問いに軽く手を振ってこたえた。

その返答に側近である戦臨軍将カーディウス=ベルガリア・カドリアヌス・ラウス伯爵は静かに首肯した。

「父の同意を得ているとなれば、私に母に逆らう理由もありません」

ドータス騎士団旗艦デウカリオン艦橋にて騎士たちが集う前で、リュケイオンは自らの考えを滔々と述べる。

その場に同席しているのは艦長以下艦橋員のほか、カーディウスと、リュケイオンの近侍として光速騎士ドルニアスとクロッサス、そして書記官としてノフェル三等戦略補佐官の姿があった。

「母としても、この機会に私たちの家族関係を構築したいのでしょう」

「……家族関係ときましたか」

「母シリルを頂点に、リュクシオン殿下、サリア皇女、そして第二妃、第三妃と生まれてくるその子どもたち。その中で私の立ち位置を固めておく必要がありますから」

母の考えを洞察し、リュケイオンは軽く笑う。

リュケイオンは論理的ロジカルな思考と会話を好む。

その中には父グラスオウ同様の星一つを皆殺しにする苛烈な激情を抱えながら、表面的には冷静で優美な姿勢を保っている。

12歳の少年としてはあり得ないほどの自制心の持ち主だった。

……もっとも、それがすぐに崩れるのも側近たちは慣れていたが。

「私としても、そろそろリュクス殿下には顔を覚えていただかないといけないので……」

母に呼ばれた夕食の場で、初対面の皇女どころか6歳の異母弟にすら顔を覚えられていなかったことを思い出し、リュケイオンは小さくかぶりを振った。

「少なくとも、殿下とは多少の信頼関係を築いておかないと、ある日突然首を斬られかねません」

自分の手で自らの首を掻き切る笑えない冗談を飛ばした公子の姿に、誰も答えなかった。

あり得ない話ではないのだ。この先どうなるかは誰にもわからなかった。

「まあ、軍団の再訓練にはちょうどいい機会ですな」

カーディウスの言葉に、中年の騎士が頷いた。

第二竜撃隊副長を務めるアーカンザスである。

先代竜撃隊隊長ライフォンのもとで主攻を務めた、皇都襲撃戦を戦い抜いた数少ない竜撃隊の生き残りだ。

「皆の様子は?」

「残っている者たちはずいぶん慣れてきましたが、一度時間を置くのも良いでしょう。抜けた分の補充も必要です」

その言葉に、リュケイオンは小さく頷いた。


リュケイオンが隊長を務める第二竜撃隊は、もともとはキルギスによる皇都襲撃で全滅した竜撃隊の後を継いで再結成された竜皇グラスオウの親衛隊である。

竜皇がキルギスへの復讐戦を行うために集められた第二竜撃隊は、先代竜撃隊のわずかな生き残りと、皇都を含むキルギスの侵攻地帯の出身者で構成されていた。

彼らはみな、復讐のために集められ、そして自らの恨みと憎しみを晴らすために戦った。

惑星住民の皆殺しという殲滅作戦もその衝動あっての行いだった。

その先頭に立ったのが竜皇グラスオウであり、その息子であり、死んだ竜撃隊隊長ライフォンを伯父に持つリュケイオンである。

そうしてキルギスは滅んだ。

彼らの復讐心のままに、ただ一人も残すことなく。

その後も第二竜撃隊はリュケイオンの麾下で、グラスオウ直属の親衛隊として四か国戦争に参加することになる。

敵の最大の標的である竜皇とその息子への苛烈な攻勢を前に、第二竜撃隊はその他の竜皇直属の騎士団と同様に戦い、そしてその数を減らしていくことにになる。

実戦慣れした他の騎士団と違い、第二竜撃隊は訓練こそ受けても精鋭ではなかった。

そして彼らの最初の目的であったキルギスへの復讐は果たされていた。

最大の敵を最初に討った第二竜撃隊には士気も練度も足りなかったのだ。

そしてリュケイオンもまた自分がその中で生き抜くには力が足りないことを思い知らされた。

彼が生き延びたのは光速騎士に覚醒を遂げたからではない。

自身の影武者を務め、同等の戦闘力を発揮する戦友のバルドルと、彼を守るべく奮闘したカーディウス率いるドータス騎士団のおかげである。

激しい戦いを生き抜く中で、第二竜撃隊は脱走するもの、負傷して後方へ下がるもの、そして生き延びてその実力を高めていくものへと選抜されていく。

今残っているのは、これまでの戦いを生き延び、そして力を身に着けたものだ。


「皇都の戦力は?」

「シリル様の近衛兵団、および皇都守備隊のほか、現在は軍将ヴィルダール率いる第六師団が護りについています」

「戦力としては充分ですか」

「……さて、どうですかな?」

最低でも一個師団級の戦力を皇都に常駐させるのは、二年前の皇都襲撃以来のリューティシア皇国軍の定石となっていた。

前線で戦っている師団で損耗したものを下がらせ、戦力の補充と休息を兼ねて皇都に戻し、入れ替わりに休息を終えた皇都防衛の師団が前線に復帰する。

師団の戦力の保持と皇都の防衛戦力の維持を同時に満たす戦略である。

「……殿下、今は一個師団でも十分とは限りません」

「ティルト様の子、ですか」

カーディウスの言葉に、まもなく臨月を迎える義母のことを思い出し、リュケイオンは小さく答えた。

「今やフェレスと竜皇の血を継ぐ方です。価値はこの蒼海の誰よりも高いでしょうな。ゆえに、王妃殿下は私も呼び戻された」

「母上が安全と確認できるまで、ですか」

シリルの言葉を、リュケイオンは思い返していた。

二個師団と軍将二人、戦力としては充分のはずだが、それでもこれで万全と言えるかどうかはわからなかった。

生まれるまでも大事なら、生まれた後の異母妹もその価値を持ち続ける。今の自分以上に狙われ続ける駒となるのだ。

皇都でいつまでも守られ続けて生きていくのだ。

「……可哀想な子」

自分にとっても将来的には敵になるかもしれない妹をリュケイオンは憐れむ。

その横顔をカーディウスは静かに見つめている。

「——ああ、そういえば」

と、リュケイオンは一転してそれまでと口調を切り替える。

「母上から、ティルト様の子の名前を考えておくようにと言われています」

「……グラスオウ陛下ではなく、殿下に名をつけよとおっしゃる?」

「名付け親にすれば、私にも家族の情が沸くと期待されているのかもしれませんね」

感情を見せることなく、冷ややかにリュケイオンは言葉を紡ぐ。

いずれ来る兄妹の対立を今から何とか避けようとする母の親心を、理解はしても共感は出来ないのだ。

「自分の子でもないというのに……不憫な方です」

リュケイオンも、今から生まれてくる子供も、シリルの子ではない。

ただ夫の血を引いているというに過ぎないのだ。

にもかかわらず、彼女はそれも自分の子どもとして考えている。

面倒な、というのはその母への息子としての感謝と不満の現れに他ならない。

そうやってくれるのが自分だけならよかったのに。


あと数年、生まれるのが早かったなら、とリュケイオンは思う。

そうすれば彼女とその子どもが今のような立場に置かれることはなかったのに。

だが、それは無理な話だ。

父と母の間に、自分が今より早く生まれることは出来なかったのだから。

母にはその時間がなかったのだと聞く。

あと数年、彼女が生まれるのが遅かったなら、とリュケイオンは考え直した。

そうすれば、自分が彼女を守れたのに。


「——お辛いですな」

しばしの沈黙を破って、カーディウスがリュケイオンに声をかける。

「……特に思うことはありませんが」

「まあ、初恋というのは総じて実らないものです」

「……なんの話です?」

「まあ、あくまで私の経験ですが」

ああ、と側近たちがカーディウスの言葉に納得気味に頷くのを、リュケイオンは見とがめる。

「——違いますよ」

「まあ、こういう話が漏れたら困るのは殿下ですからな」

「だから違うって――」

からかうような側近の態度にむきになって言い返すリュケイオンの顔は、本人の意思に反してわずかに上気していた。

それは怒りの感情だけではなかった。

「殿下、時には自分の心に正直にですな……」

「うるさいぞ爺!」


結局、リュケイオンは生まれてきた妹の名を決められなかった。

リューティシア皇国第三王妃ラース・フェリシア・ティルテュニアの娘、第二皇女ティルテュニア・リンドレア・スウォル。

生みの母と同じ名前を持つ少女は、ティリータの通名を持ち、家族の中ではティルアの愛称で呼ばれるようになる。

兄が、母と同じ名前を自分に与えた意味を、今もティリータは知らない。

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