家族のカタチ

第27話 地球で……

「うえぇぇぇぇぇぇぇ!」

まだ朝も早いというのに、起きて早々に愛居咲良の喉から奇妙な叫び声が飛び出た。

寝間着姿で、寝ぼけ眼のまま自分の部屋からリビングに出た咲良の前に広がっていたのは、姉代わり、母代わりの鈴宮姫乃が用意した朝食と、そのテーブルに座っている母、愛居咲夜とその膝に座っている妹の真姫奈。

キッチンで朝食の追加を準備している鈴宮姫乃の姿。

ここまではいつもの光景だ。

兄がいないときはよくあることだ。

そのテーブルの端に兄、真咲とともに宇宙に行ったはずの溝呂木弧門の姿があった。

兄の不在時に、鈴宮姫乃がいるのは珍しいことではない。

しかし、兄がいないときに、溝呂木弧門が家に来たことは咲良の知る限りなかった。


「弧門さん?お兄ちゃん帰ってきたの!?」


慌ててあたりを見回す咲良の視界に、兄の姿はなかった。

身長2メートルの巨体の兄は、普段から猫のように気配を感じさせない。同じ部屋にいても気づかないことはしばしばあった。

だが、いつもの光景の中で兄の姿だけがなかった。

「いーや?真咲はまだ銀河の遥か彼方だよ」

けらけらと笑いながら、溝呂木弧門は頭上を指先さす。その指の先は天井を超え、空を超え、はるか宇宙を指さしている。

「じゃあ、弧門さんだけ先に帰ってきたの?」

「んー、まあ、それも違うけどね」

必要がなければほとんど無表情で喋らない兄の親友は、逆にいつもからかうような笑みを浮かべて明るく振舞っている。

だが、その姿に親しみづらいものを感じて、咲良は苦手だった。

真面目に向き合ってもらっていないように感じるのだ。

それは年下だからという理由ではないと感じられた。


「——で、何かあったわけ?」


一方で、鈴宮姫乃は慣れたものだ。

10歳からの付き合いである彼女には、真咲と弧門の扱いに慣れている。

その笑みを無視して本題に入った。

そんな姫乃に向かって、弧門の手がテーブルの上を滑り、その真ん中に一つの小型デバイスを置く。

置かれたデバイスは自動的に起動し、卓上で立体映像を出現させた。

映像は、奇妙な姿の宇宙人が何かを告げるようにしゃべるもの。

咲良にはわからない言葉だった。

日本語ではない。英語でもない。その他、地球の言語ですらなかった。

星海公用語。

咲良にはわからない言葉に、それまで会話に加わらずに、妹にヨーグルトをこぼれないように食べさせていた母の表情が静かに歪む。

それを物憂げに見る姫乃の姿に、咲良は困惑する。

星間外交官である母、咲夜と、惑星外留学を目指している鈴宮姫乃には、その内容が理解できているのだ。

長くない映像が終わり、姫乃は大きなため息をついた。

「まあ、こういうことになるとはわかっていたけど……」

「別の超銀河の最新ニュースだし、いつこっちまで情報回ってくるかも、地球というか、日本で報道があるかもわからないんだけどね」

咲夜と姫乃の硬い表情に対して、溝呂木弧門はどこまでも他人事のように振舞う。

「またマスコミに追っかけまわされるのはちょっと……今でもうっとうしいのに」

姫乃が小さく首を横に振った。

四ヶ月前、ただの日本人の少年であるはずの愛居真咲が異星人の国家の最新鋭のロボット、王機エグザガリュードを与えられたというニュースは、地球全体を震撼させる大ニュースとなった。

鬼である愛居真咲の正体、彼の所属している退魔組織『護法輪』の存在、愛居真咲の血縁に纏わる多くの事情。

愛居真咲の父の家柄、母の血統、その両者と繋がる人や家の数々。

ありとあらゆる情報を隠さざるを得ない状況で、後援する悠城想人率いる悠城重工も対応に追われていた。

その追及すら未だに止まないのに、さらに事件が追加されるのはうんざりだった。

この四ヶ月の中でも、もう何件目なのか数える気すら起きない。

その横で、愛居咲夜は末娘の世話に戻っている。

見上げる娘の前では笑みを浮かべて平静を装っているが、その表情は硬かった。


「……あのさ」


二人の会話を遮るように、愛居咲良が声を上げた。

彼女には何一つ事情が分からない。

妖魔、鬼という兄の正体を知らされた後も、多くの事情はまだ8歳の咲良には伏せられていた。

父と母が特殊な家柄で交際を反対されていたこと、母が14歳で兄を産んだこと。

母の父により、生まれる前に堕胎させられた兄が、そのまま蘇生したこと。

その後、母には死んだと告げられた兄は、その存在を隠され、何度も何度も殺され、そしてその度に蘇ったという。

同じ鬼である祖父の血を引く兄は、不死身だった。

その血が、同じ四分の三が人間である自分と妹には発現しない。

そう聞いてどれほど安堵したことか。

自分が怪物であるとは思いたくなくてどれほど不安であったことか。

そして同じ父と母から生まれた自分たちが、いつそうなるかもしれないことに思い当たり、咲良はそれ以上聞くことを辞めた。

怖かったのだ。

だから、今でも咲良は多くのことを知らないでいる。

だが、それでも何も知らないまま置いて行かれるのは嫌だった。


「弧門さんっていったい何者なの?」


兄と一緒に宇宙に旅立ったはずの人が、いまここにいる。

とりあえず、一番目の前の問題から聞いてみることにした。

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