第26話 永遠のベルガリア
長い長い超空間の旅路を終えると、そこには青い星が待っていた。
眼下に広がる青い星の姿に、艦内、そして移民船団に乗り合わせた人々から歓声が巻き起こる。
その声を、カーディウスは戸惑いとともに耳にしていた。
リューティシア皇国軍、独立第三騎士団団長、戦臨軍将カーディウス=ベルガリア・カドリアヌス・ラウス伯爵。
この度、これまでの戦功を評価され、爵位とともに新たな領地を与えられた男だ。
先ごろリューティシア皇国との同盟関係を結んだフェーダ貴族連合の所有するフェーダ―銀河系外縁部の恒星系、新たにベルガリアと名付けられた惑星系を与えられたのである。
リューティシア皇国竜皇グラスオウによってカーディウスの祖先の名を冠されたその恒星系は、つい最近、
それが、カーディウスに与えられた新領地であった。
「見てください父上!すごくきれいです」
特別に許可を得て、移民船団を先導する第三騎士団旗艦デウカリオンの
騎士団長としての責任感から動けないカーディウスに代わり、その傍らに立っていた少年騎士がランディウスの側に移動する。
低重力状態の艦橋で、はしゃいで泳ぎ回る幼い子供を抱きかかえて、少年はその身体を艦橋の内壁に接触させた。
振れた手のひらから、無機質だった壁が一挙に窓に切り替わり、艦橋全体が透過して宇宙を見られるようにする。
「——殿下、まだ船団の固定が終わっておりません」
「別に構わないでしょう。固定までは手順通りの作業です」
カーディウスの苦言にも竜公子リュカは動じず、腕の中に抱えた幼子とともに星を見上げて、見下ろしてる。
その視界の先で、移民船団が惑星の衛星軌道上で整列と、船団同士の連結を始めていた。
まだ惑星に降り立つことは出来ない。
まずは開拓用の衛星基地の設立が優先であった。
移民船団は、それ自体が基地としての機能をも備えている。その準備段階に入ったのだ。
「おーじさま、ここが僕たちのおうちになるの?」
「ええ、貴方のお父様が勝ち取った星です。それと、僕は皇子ではありませんよ」
「はい。リュカ様」
よく出来ました、と息子の頭を撫でる若き主君の姿に、カーディウスはため息を一つ飲み込んだ。
「——婿殿。良いところを戴いたな」
そのカーディウスの後ろで、同じく許可を得て同席を許されていた妻オフェリアと、さらにその隣にいたその父オルトロスが肩を叩いた。
「まだ開拓がはじまったばかりの星と聞きます。喜んでばかりはいられません」
「相変わらず固いな、婿殿は」
その言葉をオルトロスが笑い飛ばし、竜公子とランディウスの笑い声が唱和した。
「我らドータスの民にこの地を与えてくださった殿下には感謝のしようもございません」
深々と頭を下げるオルトロスとオフェリア父娘に、竜公子はこれも笑っていなした。
「そのお礼は竜皇陛下に申し上げてください。私はただの中継ぎに過ぎません」
どこまでも、リュカは自分の立場を堅守する。
今回の移民船団はかつてのドータス出身者を中心に形成されている。
彼らの故郷であったドータス首長国連合はエンダール帝国の侵攻で滅亡した。
国家騎士であったオルトロス、カーディウス師弟が生き残った難民たちを守り、後の竜皇となるグラスオウ率いる当時の反エンダール勢力へ身を寄せてからすでに10年以上が経つ。
グラスオウが滅ぼされた国や惑星を統合し、リューティシア皇国を立ち上げてから、散逸したドータス出身者は、それぞれ身を寄せた地方に定住し、あるいは同郷同士で身を寄せ合って新しい共同体を形成した。
そんな彼らを呼び集め、今回の移民船団が誕生したのである。
「では、惑星の開発計画は手順通りに?」
「——そう聞いています」
デウカリオンの艦内をラウス一家を連れて歩きながら問うた竜公子は、カーディウスが返答を濁すのに苦笑を漏らした。
「相変わらず、この手の話は苦手なようですね」
「殿下のように何でもわかるというわけには参りません」
「私もすべて理解しているわけではありませんよ。わかった気になっているだけです」
すでにカーディウスがリュカに仕えるようになって4年。
その間に主従の関係は大きく変化していた。
「ご心配は無用です殿下。娘は地星学を修めてますので……」
「——では安心ですね」
オルトロスが主従のやり取りに合いの手を挟み、リュカは小さく笑う。
やがて、彼らは艦内の連絡艇発着場にたどり着いた。
連絡艇でカーディウスの妻子は移民船に帰り、開拓船団として活動する予定だった。
「では、ご夫君は今しばらくお借りしておきます」
「婿殿、殿下をよくお守りしたまえよ」
カーディウスを他所に、ラウス一家と竜公子が別れの挨拶を交わし、連絡艇が出艇するのをカーディウスは形ばかりで手を振って見送った。
宇宙を飛ぶ連絡艇の後姿を見ながら、カーディウスは若き主君を見下ろす。
「この星を、本当に私たちが預かってよろしいのですか?」
カーディウスはあくまでドータスの民の代表という扱いに過ぎないという自覚がある。
軍将として功績を上げた自覚はあっても、それが星系一つを領地として与えられるほどかというとその自信はなかった。
「構わないさ。貴方にはその資格もあるし――その必要もある」
カーディウスの家族といた時とは竜公子の口調が変わっている。
礼儀正しい少年らしさが消え、より冷徹な一面が顔をのぞかせる。
「フェーダはこの星を我々に与える代わりに、我々にこの銀河を守らせるつもりらしい。兵力もアントン、クラニド他の周辺惑星から召集できると言っていた」
「招集……こちらで育てろという話ですか」
「あくまで自分たちの保有戦力は使いたくないということらしいな」
冷ややかな笑いが竜公子から洩れる。
「連中は、あくまでティルが目当てだ。俺たちとは適当に仲良くやっておこうというのが透けて見えるな」
「まだ皇女殿下は生まれたばかりであるというのに……」
「だから今から自分たち好みに育てたいんだろうさ」
数年の軍生活は竜公子にもう一つの側面をもたらしている。
礼儀も何もない、冷徹で実利的な口調。時に嘲るようにリュカは言葉を紡ぐ。
側近にしか見せない公子の柄の悪さに頭を振るカーディウスを前に、リュカは冷ややかに応じる。
「フェーダにとっても、我らにとってもこの星がお互いの接点になる。貴方の役割は重要だな?」
「ご期待に応えられるようにいたします」
「……その期待は、ご夫人にお願いすることにするさ」
重要だと言っておいて、からかうように混ぜ返す主君にカーディウスは眉をひそめた。
「貴方の役目は、あくまで俺の右腕であり、今は離れてもらうわけにはいかない。そしてこの星の役割は騎士団の戦力を揃え、フェーダの楔となることだ」
「それを両立せよとおっしゃる?」
「デウカリオンの出発までにはまだ時間はある。奥方とよく話し合っておくといい」
竜公子に向けて一礼し、カーディウスの姿が消える。
超光速で宇宙を征く連絡艇を追ったカーディウスの動きを勘だけで感知して、竜公子は小さく笑みを浮かべた。
徐々に、彼は超光速に対応しつつあった。
惑星ベルガリア。
ベルガリア恒星系の主要惑星であり、かつては緑あふれる青い星であった。
リューティシア皇国随一の忠臣と語られた戦臨軍将カーディウスに与えられた竜皇からの信頼と感謝の証とされる星は、今はもはやただの岩塊になり果てた。
生きながらにして星の住民は切り刻まれ、焼かれ、怨嗟と悲鳴は星を覆いつくした。
今や星は、巻き付く死臭と怨念が渦巻く死の星と化し、生きているものは誰一人近づくことは出来なくなった。
そして竜皇に逆らった星の末路として、数百年、数千年も続くリューティシアの支配の礎として、死の星は残り続ける。
永遠に……
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