第28話 限りなく遠い世界

「地球人が、このレベルの人造生命体を造り出せるとは驚きだった」

手にした立体資料に目を通しながら、ウェルキス=ウェリオン・キンバー・ストルはその視線を、凱装機ダートとその装主席で眠る少年溝呂木弧門の本体に向けた。

その横で、同じ資料を見ながら、アイヴァーン・ケントゥリスは肩をすくめてその資料を指ではじく。

エーテル光体で構成された立体資料が空中で光となって消滅した。

「愛居真咲のいる星だ。今さら驚くことはない」

「——君にとってはそうだろうな」

王海での学生時代と同じように、ケントゥリスとウェルキスは資料を前に語り合う。

その二人の様子を、愛居真咲は無言で眺めている。

真咲本人にとって必要なこと以外、興味を示さないのだ。

代わって、その左目が勝手に答える。

『もっと驚いてくれると嬉しいなー』

声だけで口をとがらせる溝呂木弧門のわざとらしい物言いに、二人はその視線を真咲ではなく、クレングル流体に覆われた溝呂木弧門の躯体へ向けた。

「そうは言っても、光速戦闘体は星海では貴重だが珍しいものでもない」

「君のような個人製作品も出回っているのは事実だからな」

『それ、さっきも聞いた』

「この龍装師団でも、第7、第10分艦隊では光速戦闘体の光速騎団が編成されているしな。驚けと言われても困る。その分、資材の調達は問題ないはずだが」

無造作に返されたウェルキスの言葉に、弧門はまた声だけで大きなため息をついた。

『こっちはようやく安定して光速を越えられるようになったっていうのに、そっちじゃ軍隊が量産化もできてるって流石にちょっと凹むな~』

「そう言うな。地球の文明進度で光速騎を生み出せるというのは想定外であることは事実だ」

「君の創造主は高度な生体技師であることは間違いないな」

ウェルキスとケントゥリスの評価に、少しは弧門も留飲を下げたようだ。

返事の代わりに、真咲の左目に納められた義眼がくるりと回った。


『僕の創造主マスター、溝呂木亜門——戸籍上は曽祖父に当たる人なんだけど。もともとは真咲の曽祖父である流前罪火と交流があってね』

ほう、と弧門の語り出す自身のルーツに対してアイヴァーン・ケントゥリスの視線が愛居真咲に向けられる。

その目に反応を返すことなく、真咲は凱装機ダートに背を預けて沈黙しており、その左目だけが自らを誇るように小刻みに回転している。

『流前罪火は、真咲のお祖父さんの塞神降魔の後見人で、まあ実質的な親みたいな人だったんだけど、彼が育てていた子供の正体ってのが実は鬼だったわけで』

「それが古代種だったということか?」

ウェルキスの言葉に、ケントゥリスは小さく頷いた。

古代種。

星海神話の時代、あるいは英雄の時代において失われたと言われる惑星種族の総称だ。

実際に星海から、その歴史から消えてしまった種が大半だが、中には密かに辺境の惑星に落ち延び、人知れず生き永らえた種も少なからず存在している。

彼らはその星の住民の中に紛れ、あるいは名や姿を変えて現在まで生存し、そして何かのきっかけを得て再び星海に姿を現す。

愛居真咲とその一族はそうやって地球に隠れ住んでいた魔人種の末裔である、というのがアイヴァーン・ケントゥリスの見立てだった。

『溝呂木亜門の目的は、彼が知る最強の怪物、塞神降魔を自分の手で作り出すこと……そのための研究』

複製体クローキングなのか?それにしては似てないな」

その言葉に、ケントゥリスは真咲と弧門の姿を見比べる。

体格も顔つきも、肌の色も何一つ似ていない。


『最初は実際に塞神降魔の細胞の培養とかやってたみたいだけどね。なんかトラブル続きだったらしくて……』

そうだろうな、とケントゥリスとウェルキスは動じなかった。

「光速騎士の複製も相当に手間も時間もかかるからな。まして超光速騎士に至っては未だに技術的な目途も立ってないような状態だ」

「一応、超光速騎士の製造の成功例も存在はするが、再現性がない」

「光速戦闘体の量産も、かかる資本と手間を考えると、銀河規模で才能のある人間を探し出し、戦闘教育を施して光速域以上への覚醒を促す方がよほど効率的と言われているのが現状だ」

『あ~、それに親子でも才能を受け継ぐとは限らないしね~』

神速騎士の父を持つケントゥリス、超光速騎士の父を持つウェルキスを前に、弧門は無遠慮に言い放つ。

超音速騎士の二人は、その言葉を平然と流した。

慣れているのだ。

二人とも父親の才能を引き継いでいない。その事実を言われ続けて生きてきた。

今さら多少言われたところで、それで動じるような心境ではなかった。

『まあ、真咲のお父さんもほとんど普通の人間だったしね』

「——それでも、強かった」

軽い口調で言葉を続ける弧門の言葉を遮るように、真咲が口を開く。

真咲の父、真人もまた音速拳士に過ぎなかった。

だがその父は、子どもの頃の真咲にとっては目指すべき存在として立ちはだかり、真咲は父から多くを学んだ。

今や戦闘力でははるか格下の存在になった父であっても、真咲が父に抱く尊敬の念は変わらない。


『話を戻すと、まあ、そんなこんなで曽祖父は鬼の複製は諦めて、次は鬼神の細胞片から、その機能を再現した人造細胞の製造に着手してね』

「……見事なまでに、星海の光速戦闘体開発史をたどっているな」

『そして数十年がかりの研究が一段落して、一つの完成形をみたさらに数年後に、生まれたばかりの真咲を殺してほしいって依頼が舞い込んだ』

「まて、話が飛び過ぎだ」

一度は頷いたケントゥリスが巻き戻す。

真咲の顔の火傷痕の残る左半面が、それを見返した。

「——私生児だからな」

「なるほど……星海どこに行ってもその手の話は変わらないのだな」

『まあ、そんなこんなで、塞神降魔より人間に近い、鬼のクォーターの真咲の細胞のサンプルを大量に手に入れて、研究は格段に進歩した』

その過程で、真咲が溝呂木亜門の手によって数百回にわたって殺され、蘇生したという事実はあえて語られない。

『そうやって僕、人造戦闘体<エイシ>シリーズの神造細胞モデル、つまり僕のプロトタイプが完成したんだけど……』

「何かあったのか?」

『——真咲に瞬殺された。まだほんの子供の頃の』

何とも言い難い表情でケントゥリスとウェルキスが真咲を見返し、真咲は沈黙を以って答えた。

当時、真咲が4歳の話である。

溝呂木亜門が自信をもって繰り出した生物兵器は、手足もない肉の塊のような怪物にあっさりと喰い殺されたのだ。

『で、そのころには曽祖父の方が限界が来ててね。それ以上は研究を続けられなくなった』

30年以上にもわたる人造細胞の研究が完成し、そして次の大きな壁に突き当たった時、年老いた老人にはその壁を超える気力も体力も失われていたのだ。

『そこで、研究は祖父が引き継ぐことになった。祖父は曽祖父の弟子で、養子でね。専門は脳と人工知能の開発だったんだけど、曽祖父の助手も務めていてね』

科学者としての師弟とは言え、専門分野の違う研究を引き継ぐにあたり、養子であった溝呂木才門は、自らの得意分野を以って研究に充てることにしたのだ。

『祖父の才門は、そのころ研究していた人工知能に、神造細胞の研究と開発を任せることにしたんだ』

「……地球の人工知能にそれほどの性能があったとは初耳だが」

地球の技術レベルを知るケントゥリスの言葉に、真咲の左目がくるりと回る。

『言ったでしょ。祖父は創造主マスターの弟子なんだって。人造細胞の機能を応用したニューラルネットワークコンピュータ、つまり完全な人間の脳の再現とその発展を目指した進化する人工知能ユニット<コモン・センス>。それが祖父の作品』

真咲の左目から放たれる<溝呂木弧門>の声が笑う。

「つまり君は……」

『そう。人工知能ユニットである僕の本体<コモン>と、その戦闘体であるそこの身体を始めとする神造細胞体。<溝呂木弧門>はそういうシステムなんだよ』

人工知能が細胞の研究・開発を行い、その検証として躯体を作り上げる。

躯体は人間としての日常生活を送り、人間との交流過程で人工知能そのものが経験値を積み、成長する。

そして成長した人工知能が、神造細胞を改良し、新たな躯体を作り出す。

双方が影響を与え合い、成長する人工生命体開発システム。

それが<溝呂木弧門>だった。


『いずれは真咲を超える。それが僕の存在理由なんだよ』

「そのために、そこにいるのか?」

ウェルキスが真咲の左眼に目を向けた。

『真咲の今の状態を観測モニタリングするのに最適だしね』

「——俺は目も耳も悪い。補佐は必要だ」

コモンの言葉に無数の複眼を蠢かせながら、真咲が応える。

本来の感覚器を失い、捕食した魔獣の器官で補っている真咲は、完全ではなかった。

真咲と弧門にとっては、互いに利点のある関係なのだ。

とはいえ、他人を頭の中に入れるという行為に無頓着であるのは尋常ではない。

『いずれ、僕は真咲の強さに近づき、超える』

「——それを、俺が叩き潰す」


「——変わらないね。二人とも」

その声は、さらに別の方から聞こえた。

ゆっくりとした歩調で、彼らのいる整備区画に歩いてくる一人の青年騎士の姿があった。

ゼト=ゼルトリウス・フリード・リンドレア。

ゼト・リッドとして真咲たちとは慣れ親しんだ青年だ。

神速騎士にして龍装師団団長、そして真咲と弧門を子供のころから知る彼にとっては、今語られた話は既知の事実だ。

『よく言うよ。こっちはようやく安定して光速で動ける躯体が作れるようになったっていうのに、そっちはもう何歩先に行ってるのさ?』

「僕だって自由に神速域に行けるわけじゃないんだ。思ったようにいかないのはお互い様だね」

不満だらけの孤門の言葉を軽くいなして、ゼトが話の輪に加わった。

二人の会話には入らず、真咲の右目がゼトの顔を捕らえる。

「——もういいのか?」

「父上との話なら、もうすんだよ。

 ……と言っても、話らしい話はしてないんだけどね」

小さく肩をすくめてゼトは笑った。

「弧門くんの方は、まだ動けるのかい?」

『色々みんなが手助けしてくれたからね。まあ、あと一回の戦闘が限界って感じ?』

結構、とゼトが小さく頷く。

「大丈夫、それで決着はつくさ」

「——すべて予定通り、か?」

真咲の言葉に、ゼトは笑った。


「従兄上はこの戦を20年以上前から準備してきたからね。

 ——どう転んでも全部、予定通りなんだよ」

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