第16話 リュケイオンの言葉
「殲滅ではありません。これは虐殺です」
作戦会議が後半に至ったところで放たれた第一龍装師団団長ゼト=ゼルトリウス・フリード・リンドレアの高らかな宣言に、動揺したのはわずかだった。
「戦略要諦としての効果は理解しますが、それは本当に必要なことでしょうか?」
そのうちの一人、ウェルキス=ウェリオン・キンバー・ストルはずれた眼鏡を差し戻しながら、恐る恐る反論を試みる。
再編された第一龍装師団において、過去の殲滅作戦に従事したことがないものは少数派とはいえ、皆無ではない。ほかならぬ団長のゼトもまだ手を下したことはないのだ。
だからこそ、団長であるゼトはそこに積極的な姿勢を示さなければならない。
同様に殲滅作戦に参加したことのないウェルキスの反論は、団長であるゼトが言えない部分の話だ。
第13分隊隊長と第一師団戦略補佐官を兼任するウェルキスには、兵士としての行動と、師団としての行動、双方に意見する権限と立場を有する。
すでに作戦会議そのものは、敵主力に地球の戦士である黒獅子、愛居真咲を主攻としてぶつけることでほぼ終了している。
今、話をしているのは、戦闘の決着後の話だ。
「すでに皆が理解しているとおり、フェレス復興派の勢力圏はフェーダー銀河奥深くまで及んでいる。外縁には非戦、中立を表明している星系が多いとはいえ彼らもまたフェーダ貴族。いつ我々の敵に回るかわからない」
副長アディレウス=アディール・フリード・サーズが会議場の中空に浮かんだ銀河座標を指揮棒で指し示し、いびつな楕円状に形成されたフェレス復興派の勢力図を可視化させる。
フェレス復興派に与する勢力が構成する
そしてフェレス復興派が占拠したフェーダー銀河の一番外縁にあるのが惑星ベルガリアを含むベルガリア星系なのである。
だが、ベルガリアを制圧しても、フェレス復興派の拠点となるフェザリア星系に至るまでにはさらに100を超える復興派に所属する恒星系が存在し、それらが集結することで構成される軍団の総数は脅威であった。
さらに、周辺の中立星系が敵に回る可能性を考えれば、いかに最強の第一龍装師団のみが突出しても袋叩きにあう可能性が高かった。
一方で、後詰めの第二師団以下の軍団を待っていては内戦が長引く可能性が高く、そうなれば他国との軍事バランスも崩れかねない。
それ故に、次代竜皇リュケイオンは第一師団に先方を任じたのである。
一切の敵を蹴散らし、惑星フェザリアまでの道を切り開くためにだ。
「そのために惑星ベルガリアを蹂躙し……」
「——後続の惑星貴族たちに、我々へ抵抗すればどうなるかを見せつけなければならない」
「全面降伏か、全滅かの二択を迫るというわけです」
冷ややかに笑うゼトに対して、ウェルキスの表情は硬い。
確かに、上手くいけば現状把握している敵だけではなく、ほとんどの潜在的な敵勢力を無力化できるが、逆に反発され、団結される可能性を排除できないからだ。
「下手をすれば敵を増やすことになりかねませんが」
「——だから第二師団以下の後続の軍団も派遣されているわけです」
「……たとえ敵を増やしたとしても、敵味方をはっきりさせればよいと?」
「そうなりますね」
この会話は、作戦会議に参加した士官だけではなく、第一師団全員に共有される。一方で会議場の古参兵たちは会話そのものに関心がなかった。彼らは、団長の命令に従って戦うこと以上の理由を必要としていない。
そうではない兵士たちを殲滅作戦へ、団員自身が虐殺へ参加することを納得させる必要があった。
ウェルキスの反論は半ば演技であると言ってもいい。反対しているのは事実だが、他人に聞かせることを前提に質問を繰り返している。
「カーディウス公爵は亡き先皇陛下の功臣で、次代の側近でもありました。それでもベルガリア侵攻を選択されるのですか?」
「公爵が重臣だったからこそ、ベルガリアを殲滅する意義があります。」
「公爵ほどの人物であっても、たとえ子息の独断であったとしても、反乱に与した以上は許される道理がない、ということですね。それをベルガリア以降の惑星にも見せつける必要があると」
「だからこそ、我々はベルガリアを避けることは出来ないのです」
「……了承いたしました」
表面的には静かに、そして思考面でも冷静に解釈してウェルキスは質問の終わりを告げる。
頭では理解しているのだ。第一師団本来の役割と、現在求められている行動を。
……それが理屈でしかないことを、後に現場で思い知らされることになる。
あの、と会議に参加していた若い士官が恐る恐る手を上げた。
彼もまた殲滅作戦に従事するのは初めての団員だった。
それが発言を求めるのは、ゼトとウェルキスの会話に触発された形である。
副長アディレウスが、その士官を指名し、発言の許可を与える。
「このようなことを質問して申し訳ありません。
これは、陛下も了承済みの作戦なのでしょうか?」
第一龍装師団が罪人を中心に構成されていたのは過去の話だ。
今は彼のような士官学校出身の正規の軍人教育を受けていた団員も少なくない。
彼らは成績に応じて各師団に振り分けられる中で、ごく普通の成績を残し、特に適性や能力を見込まれることなく、無作為に任官される一般士官の一部である。
もっとも、それで第一師団内で優遇されることも冷遇されることもない。
団長の命令を絶対とする師団の原則に従い、ついていけなければ脱落するか、戦死するかの二択だ。
逆に、団内での活躍次第では他の師団より早く出世することもあり、突出した成績を持たない若い士官候補生の中にはあえて第一師団を志望する野心家もいた。
だが、彼はそうではなかった。ごく普通に士官学校に入門し、ごく普通の成績で卒業し、そしてたまたま第一師団に振り分けられただけの若手士官である。
「——無論だ」
ぴしゃりと指揮棒を音を立てて片手で掴み、副長アディレウスがその言葉を肯定する。その音に、士官は小さく肩をすくめた。
「第一師団の行動は、すべてリュケイオン陛下の意志のもとに行われる」
副長の言葉に、隣で団長のゼトが頷いた。
それに目をやることなく、アディレウスは会議場に集まった団員を、そしてこの会議を目にするすべての団員に対して宣言する。
「——惑星ベルガリア殲滅は、ほかならぬ陛下自身の意思である」
「まったく、信じられません!」
「第一師団を動かした時点で、こうなるとはわかっていたはずだがな?」
「陛下!そういう問題ではないのです」
硬い床を刻む足音の群れが通る。
リューティシア皇国の皇都惑星シンクレアの王城であるセイレーン城は、建造物全体を
通路すら複雑な屈折をする
その道を若き竜皇リュカと側近たちが歩む。
怒りの声を上げているのは、最近側近として格上げされた若き情報管マイル=マムクード・ベリル・ゼム。シンクレア貴族の英才であり、シンクレア人固有の結晶質の身体を色濃くもつ青年である。
年齢は、先日30歳(地球人年齢換算)を迎えた主君と同年。
だが、皇国一のサイハール大学出身の官僚が、戦場育ちの竜皇リュカ=リュケイオン・グラストリア・リードと同道するのは初めてであった。
その後ろを、竜皇の家庭教師を務め、現在も宰相補佐として右腕を務めるエルハーム・ロナンが続き、さらに彼の率いる官僚たちが新皇の後を追う。
リュカに並行してその横合いからその歩みを遮るように、マイルは言葉を続ける。
「我が国とて、いつまでも昔のままではいられません。陛下の即位を機に、在り方を見直す時が来ているのです」
「……だとしたら、すでに手遅れだな」
暗に皇国の軍拡路線を批判する政治官僚の言に、即位したばかりの新皇はせせら笑った。
すでに惑星ベルガリアは焦土と化した。
武術の師として、戦場の師として、子どもの頃からのリュカを支えてくれた老臣を家族諸共死なせ、惑星の住民を一人残らず皆殺しにした。
あまつさえ、その様子を
リュカは直接命じてはいない。ただ、第一師団を遣わしただけだ。
だが、第一龍装師団が実行したことはリュカの意思だ。
従弟のゼトは、言われずとも彼の意思を正しく理解し、行動した。
彼の期待通り、ゼトには第一師団を任せる資格があったということだった。
統一戦争を仕掛ける父のもとで、二代目の第一師団団長として数々の侵略に手を染めてきたリュカは、流血を厭いはしない。
この数年、摂政として内政に携わるようになってからは手を控えていただけだ。
「陛下、今からでも遅くはありません」
マイルがついにリュカの前に立ち、その歩みを塞ぐ。
「第一師団を呼び戻し、彼らの暴走を糾弾するのです」
皇に続く官僚たちもまた立ち止まる。彼らは、新しい同僚と皇の会話を後ろから見守るだけだ。
「そして第一師団を解体し、ゼルトリウス公子の責任を問いましょう」
リュカが冷ややかな視線を返すのに対し、マイルは興奮した様子でまくしたてる。
「この機会に、第一師団を亡き者にするのです。今ならばすべてを公子のせいに出来る……
もとより――」
そこまで言って、不意にマイルは違和感に気づく。
右腕の感覚がないのだ。不審に思って右肩を持ち上げた彼の目に映ったのは、噴水のように鮮血をまき散らす、肘から先の亡くなった右腕だった。
ひ、という嗚咽の後に通路をつんざくような悲鳴が上がった。
「期待の新人とやらも、最近はこの程度なのか?」
無駄口を叩く側近の右手を無造作に、誰にもわからないうちに握りつぶし、リュカは背後に控えていたエルハーム・ロナンに問う。
「申し訳ありません。少々、机の上で遊ばせ過ぎたようです。」
床の上に血まみれでのたうち回る部下の姿を見下ろしながら、ロナンは無感情に応じた。見込みのある若手官僚だが、潰れても彼の関心のある所ではなかった。
彼らの後ろで、何人かが慌てて人を呼び。マイルを助け起す。
リュカは身を屈め、助け起こされたマイルの顔を覗き込んだ。
血と涙と鼻水と脂汗、およそ体液と呼べる全てにまみれた若き官僚は、怯えた目を主君から逸らした。
「次、貴様が俺に誰かを切り捨てるようなことを進言した時は、お前の目の前で家族、友人を一人ずつ指先から斬り落としてやる」
「も、もうしわけ……」
「謝るなよ?俺には、貴様のような意見が言える奴が必要だ」
軽くその頭を叩いて、リュカは立ち上がる。
もうその頭に、足元に転がる男への関心はなかった。
彼が以降の振舞いを自分自身でどうするか次第でリュカの評価が決まるだけの話だ。エルハーム・ロナンもそれをわかっていて彼をリュカの側近に引き上げたのである。
立ち去る竜皇を追って、側近たちの群れが再び動き出す。
その場には血まみれの若き情報管とようやく駆け付けた救護士だけが残された。
セイレーン城の玉座の間は封鎖されて久しい。
他ならぬ、先のシンクレア王が、竜皇グラスオウに討たれた惨劇の場だ。
シンクレアは滅び、忘れ形見であるシリル王女はグラスオウの妻となり、数年ののちに周辺諸国を統合し、シンクレア王国はリューティシア皇国へと生まれ変わった。
そのセイレーン城が改築される際に玉座の間はただの王宮庭園と化し、謁見には場内の大広間が使われるようになった。
皇となったグラスオウ、その息子であるリュケイオンには玉座は鑑賞品以上の価値はなく、実務を執り行う政務室さえあれば、儀礼的な謁見に使うのは彼らにはより多くの人を集められる大広間で充分だった。
その広間に、今は多くの貴族や政府高官たちが詰めかけている。
次代竜皇リュケイオンの即位式に呼ばれ、皇都惑星に集まっていた彼らはフェレス復興派の反抗宣言以降、安全のために皇都に留まっていた。
彼らは一様に不安を表情に浮かべ、謁見の間へ姿を現した竜皇リュカへ視線を向ける。
「——すまない……少々遅れたな」
通路で起きたことを何でもないようにリュカは言い放ち、その視線を無造作に受けた。
時に数百、数千万の騎士を従えてきた彼にすれば、今この場に集まる数千人程度の注目は何の影響も持たない。
集まっているのは貴族だけではない。
特別にあつらえられた側面の会見席には、亡き前皇の妻である第一王妃シリルを始めとした皇族、リュケイオンの家族の姿もあった。
リュカにとっては、育ての母と腹違いの兄弟姉妹だ。
謁見の間には玉座こそないものの、正面中央に天覧席がしつらえられている。
実体のない
竜皇となったリュカ=リュケイオンは庶子であり、正妃の子であるリュクシオンが生まれた時に、皇位継承権問題を起こさないために自ら一度皇籍を放棄した過去がある。
後に第一皇位継承者として返り咲くが、皇子としての身分はリュクスにそのまま預けていたため、現在もリュクス皇子が第一皇子であり、リュケイオンが次代竜皇を襲名したことでそのまま皇位継承権第一位の立場にある。
そのまま宰相と宰相補佐に挟まれる位置にある天覧席にリュカが腰を据え、正面に並ぶ有力者たちを睥睨した。
「この度は、謁見の機会を賜り、誠にありがとうございます」
列席する有力者たちの中で口火を切ったのは、セイローム・ジュナス。古参のシンクレア貴族の重鎮だった。
新興国であるリューティシアでは儀礼らしい儀礼もなく、始まりの合図さえあれば、だれもが自由に発言できる。
それでもまず挨拶から入るのは、彼が誇りある貴族を自認しているためである。
だが、彼の視線はリュケイオンを見ていない。
形式上の主君ではなく、その傍らに立つシンクレア王家の血を引くリュクス皇子こそ彼の期待する次代の皇なのである。
「礼など不要だセイローム・ジュナス。
――お前たちが、聞きたいのは、ベルガリアの一件だろう?」
正面から切り捨てられて鼻白むセイローム・ジュナスに代わって若い青年が前に出る。
リュケイオンの即位式に来賓として呼ばれていたアーメイ共和国大統領の息子であるケラン・アルカシアである。
「陛下、私たちはベルガリアの一件で大変心を痛めております。もしこれが……」
「——無論、俺の意思だ」
竜皇リュカに向けられた糾弾の言葉は、途中で竜皇自身によって遮られた。
ざわつく聴衆に対して、堂々とリュケイオンは言い放つ。
「俺が第一師団にベルガリア討伐を命じ、龍装師団はそれを実行したに過ぎない。ベルガリアでの虐殺を命じたのはこの俺だ」
「あなたは!自分がやったことの重大さを理解しているのですか!?」
反論した相手が誰か、もはやリュケイオンは見ていない。
集まった抗議者の群れの中から、糾弾の声は次々と上がる。
彼らは一様に虐殺を命じたリュケイオンの罪を弾劾し、皇としての振舞いではないと憤慨していた。
「このような行いは許されない」、「我々はそんな皇を戴くために呼ばれたわけではない」と。
その言葉をひとしきり聞き届け、なおも続く罵声に対して竜皇は静かに告げた。
「俺が許せないというなら、そうすればいい」
その言葉の意味が理解できず、彼らはざわつく。
「俺はお前たちに何も言う気はない。
――俺に従えとも、俺に逆らうな、とも」
自分の行為を許せないなら自分を討てばいい、とこともなげにリュケイオンは言い放つ。その瞳が、自分を罵倒したものたちを冷ややかに睥睨している。
「一つ言うことがあるとすれば、俺が俺の敵をどう扱うか、ということだが……
——まあ、これももう説明はいらないな」
椅子のひじ掛けにもたれかかり、頬杖を突きながら、竜皇はせせら笑った。
その態度に、先ほどまで抗議していた彼らは絶句する。
ベルガリアの惨劇がその答えだ。
たとえそれが幼少時から仕えた老臣であっても、諸共に星一つを女子供に至るまで全てを殺しつくすのだ。
ひ、と誰かが悲鳴を上げる声がした。
この場に集まった彼らは一様ではない。
あるものは正義感や義憤ゆえに、あるものは打算と名誉欲のために集まった。
彼らの目的はベルガリアにおける惨劇を以って竜皇を糾弾することであり、この場で敵対することではなかった。
いま目の前で自分たちを見下ろしている皇に殺されることなど、考えもしていなかった。
リュケイオンが立ち上がる。
抗議者の群れが後ずさり、最後尾の者たちは大広間の扉を背に押し付けた。
逃げたくとも逃げられない。そんな彼らを見ることなく、リュケイオンはいつの間にか手にしていた長剣の鞘を床に突き立てた。
「良い機会だ。ここで宣言しておこう」
その言葉は、この光景は、
「——選べ。この俺に従うか、戦うか、それとも逃げるか。
俺のもとにつくというのであれば庇護を約束しよう。俺のもとで功績を上げれば栄誉も保証しよう。
……あるいは、俺を討ち、英雄となるか。
そして、そのどちらも選べないのならば逃げるがいい」
リュケイオンは高らかに宣言する。
「これはお前たち一人一人の問題だ。決して他人任せにしないことだ。
国が、政府が、領主が、上司が、親が選んだからと言って、お前たち自身がどうするかは別の問題だ」
竜皇が正面を見据える。その顔が、その目が、その言葉が、
「お前たち自身の意思で、自分の主人を選べ」
――終わったな。
兄の背中と、その姿に気圧される抗議者たちの群れを見比べながら、リュクス=リュクシオン・セイファート・リードは冷ややかに結論していた。
抗議者たちの中から何人かが、主にシンクレア貴族とその関係者たちがリュクスへ救いを求める視線を送っていたが、彼はそれを無視する。
目の前の者たちは、所詮兄の敵ではない。兄がこの場で何かするわけもなかった。
戦力の話ではない、これは政治の話だ。
兄であるリュケイオンは、即位に当たって貴族の支持など必要としていない。
先代竜皇であった父、グラスオウとは違うのだ。
リュケイオンには圧倒的な武力がある。
リュクシオンには軍事的な知識はあっても、戦士の力はない。
だから、彼は兄の戦力を正確に把握しているわけではない。
だが、その強さの意味を彼は理解していた。
彼らの父であるグラスオウは、超光速騎士にして軍将。すなわち、一騎で一個師団級の戦力を備えた超戦士だった。
軍将は個人としては破格の戦闘力を備えた存在であり、武人の王としてはさらに希少な存在である。
だが、あくまで軍将は軍将でしかない。戦力の単位としては一個師団もしくは同じ軍将を当てれば相殺しうる存在であり、銀河国家でもわずか数人という存在であれど、絶対でも無敵でもなかった。
父には、国家を敵に回して戦えるだけの力はなかったのだ。
だからこそ、逆に父はリューティシアを超銀河国家として拡大する過程で、軍将を含む多くの戦力を麾下に集め、また各国の有力者たちとの関係性を重視し、国を発展させたのである。
だが、兄はそうではない。
超光速をさらに超えた神速域に到達した兄、リュケイオンの神速騎士としての戦力は軍将をはるかに凌駕している。これはもはや戦略規模での戦闘単位として計上できない超存在なのだ。
兄は、銀河を敵に回しても戦える存在なのである。
無論、現実にはリューティシア国内の全軍を前に戦い抜くことは出来ない。
神速のさらに上、頂点たる超神速騎士、かつて蒼海全土を支配せんとしたエンダール帝国の剣帝エルディアを、当時反エンダール勢力を結集した戦いで討ち果たしたのはほかならぬグラスオウなのである。
だが、リュケイオンには、配下の全軍将を敵に回しても困らないという自負があり、それはリューティシア皇国軍全員が認めるところだ。
今回集まったベルガリア虐殺への抗議者の中にも、軍関係者がほとんど存在しないことがその証明である。点在するわずかな軍人も要人警護の任で帯同しているものたちに過ぎない。
リュケイオンは、皇国軍を完全に支配下に置いているのだ。
竜皇リュカは兵士たちの支持と、彼らとその家族への褒賞で成り立つのである。
もしも彼とその軍勢に対抗するならば、それには第一皇子リュクス傘下の第二冥鏡師団、第一皇女サリアの預かる第一近衛師団、そしてゼルトリウス公子率いる第一龍装師団とティリータ皇女の第三重征師団その全てを結集させなければならなかった。
だが、ティリータ皇女は今回のフェレス復興派の旗頭として第三師団諸共敵に回り、なにより個人の武勇でリュケイオンに対抗可能なゼルトリウス公子はそのリュカの命令に従って今回の虐殺を指揮したのである。
もはや、リューティシア皇国内部に竜皇リュカに対抗できる勢力は存在しないと言ってよい。
リュクスもまた、異母兄と対決する気はなかった。
幼い頃から父と兄の背中を見て育った彼は、その強さと恐ろしさをよく理解している。
そして、二人とも自分の庇護下のものには極めて温厚なことも知っている。
敵に回す必要などないのだ。
リュクスにとって、リュケイオンは恐ろしくも頼りになる優しい兄なのである。
「諸君らは、陛下のいまの言葉を心に刻め!」
兄の言葉にわずかに遅れて、宰相と目線を交わしたリュクスがその兄の傍らに立って言葉をつなぐ。
全ての皇民は、これより兄の宣言通りに選択することになる。
生か死か、あるいは逃げ出すかの算段を立てるのだ。
覇道を征く兄のもとでリュクスができるのは、その偉業を手助けする王佐の才を振るうことである。
「この度の謁見は、これにて解散とする!」
抗議者たちの無言の期待と懇願を無視して、リュクスは会見の終了を宣言する。
この後、皇国内の各銀河、惑星、各地から助命や請願、あるいは竜皇への抗議の声が殺到するだろう。
それを引き受け、速やかに処理するのが彼とナフタリ宰相以下内政省の仕事であった。
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