第15話 後継者たち
古来より、多くの文明において炎には様々な意味がある。
浄化の炎、厄災の炎。聖なるもの、邪なるもの。破壊の炎、再生の炎。
相反する性質を併せ持ち、少なからず惑星の文明は火と共に発展するものだ。
そしてリューティシア皇国第一龍装師団において炎とは、残忍さを演出する道具に他ならない。
「やめてくれ!」
ウェルキス=ウェリオン・キンバー・ストルの叫びが燃え盛る街の中で虚しく木霊した。
だが、彼らが名ばかりの隊長の制止に従うことはなかった。
これが彼らの役割だからだ。
第一龍装師団の軍律は一つ。
団長の命令に絶対服従することだ。
団長が、軍規に従え、と命ずるから彼らは従う。
団長が、副団長に命令の権限を与えたから彼らは従う。
団長が、真っ先に敵中突破を図るから彼らは従う。
その下の下の分隊長ごときが何を言おうと、龍装師団の古参兵たちが従う道理もなかった。
それでも止めさせたいのであれば、彼らを実力で排除するしかないのだ。
ウェルキスにそんな力はなかった。
それでも、言わずにはいられない。
「頼む、兵長……みんなを止めてくれ!」
すがる思いで副官を務めるドルバン兵長の、実質的な13分隊のトップに叫ぶ。
ドルバンの駆る戦装機ジャルクス、
ウェルキスが抱いた一瞬の希望は、自身の装主席に突きつけられた銃口で塗りつぶされた。
爆音。
13分隊旗艦グライゼルで
腹部にある装主席が撃ち込まれた砲弾でひしゃげ、火を噴いた。
「邪魔者は片づけた。続けるぞ」
仮にも上官である青年を撃ち、
その様子を見守るために一瞬、中断していた彼らは再び避難民の焼き討ちを始めた。
彼らにとってはいつものことだ。
自分たちに不都合な上官は切り捨てる。
それだけの話だ。
「まだ、諦めきれないのか?」
トン、と執務机を指で叩く父の言葉に、ウェルキスは小さく身を震わせた。
「……中央での成績は確認させてもらった、優秀だな。今すぐにでも戦略補佐を任じても問題はないだろう」
バサリ、とあえて音を立てて、星海中央、天海での留学先の成績資料の束を机に投げ出し、ガルバー=ガド・バリオン・キンバーは息子を見据える。
専紋書類はただ信頼性の高いというだけではなく、こういう場合の威圧する小道具にも使える便利なものだ。
ガルバーの語る戦略補佐とは、皇国軍戦略部へウェルキスを配属させる話だった。
軍事国家リューティシア皇国の拡大政策を担う戦略部は皇国軍中枢であり、その戦略補佐官となれば一流のエリートと言って差し支えない。
父の推薦があれば、ウェルキスにはそこに採用されるだけの資格があった。
「なのに、まだ前線勤務を望むか?」
その父の言葉に応じるのに、ウェルキスは全身の力を奮い立たせねばならなかった。
「に、兄さんたちだって」
「——アルキスなら先日私の元へ来た。騎士を辞すると言ってな」
兄を理由にしようとしたウェルキスの機先を制し、ガルバーは言い放つ。
「……ど、どうして」
「壁を越えられなかったからだ。超光速の壁をな」
子どもの頃から神童と呼ばれ、周囲からの期待も高かった長男アリオン・キンバー・アトスの現状に、兄の現実を突きつけられウェルキスは押し黙った。
「小国ならいざ知らず、この国では光速騎士など珍しくもない。超光速騎士でなければ話にならん、と度々言っていた奴自身が落伍者となったわけだ。
――どうした、笑え?」
「……笑えません」
「サーキスも惑星守護から帰って来ん。よほど居心地が良いらしい。
あれも所詮は光速騎士どまりだった。
……もっとも、貴様は光速の壁すら超えられなかったわけだが」
次兄の名を出し、さらに嘲笑う父の姿にウェルキスは何とか耐えた。
今や
その高い実力を鼻にかけて度々問題行動を起こした挙句、軍を追放。
その後は反政府組織を指揮して国家反逆罪で収監された経歴で、その後、リューティシア第一龍装師団が戦力を拡充するにあたり、牢獄から他の罪人諸共召喚されたという経緯を持つ。
その超光速騎士としての圧倒的な戦闘力と、知勇に優れた元エリート軍人としての経歴からなる鼻っ柱を、初代団長ザルクにあっさりとへし折られてからは従順な配下となったが、その性格までが直るものではなかった。
彼にとって、三人の息子たちは才能、能力に多少の差はあれど、等しく出来損ないなのである。
元から、息子たちに関心のあるような男でもなかった。母親もそれぞれ違う。
ウェルキスの二人の兄の内、長兄のアルキスはその性格をそのまま受け継いだような高慢な性格であり、末弟のウェルキスにとっては恐怖の対象でしかなった。
次兄のサーキスも、幼い頃にアルキスに虐められていた過去を持ち、その立場を弟に押し付けたまま我関せずと逃げたようなものであり、どちらの兄もウェルキスにとって良いものではなかった。
「他人を見下すしか能のない男が、騎士を辞めてどうするのやら」
長兄への侮蔑を隠そうともせず、ガルバーは我が子の現状を切って捨てる。
「所詮、あの二人は他人より多少抜きんでた力に溺れ、自分の限界を受け入れることもできなかった。いや、限界の前に折れたのかな?
貴様はもっと前にその壁に突き当たり、代わりに頭を使うようになったと思っていたが、まだ騎士の地位に未練があるか?」
「いけませんか」
かろうじてそれだけを言った。
超光速騎士である父の機嫌を損ねれば、この場で一瞬で自分の身体が四散してもおかしくはない。
ウェルキスを含む兄弟は、父が機嫌を損ねたというだけの理由で、通りすがりの人間を殺す場面を何度も見てきていた。
殺された人間はその場で消滅し、誰も気づかず、証拠も残らない。
超光速域に達した人間の動きを捕らえられるのは、光速域以上、それも上位の存在でなければならなかった。
それが軍を追放された理由でもあるのだ。その動きに気づいた人間が少なからずいたということで。
だから、ガルバーの息子たちは父の前に立つことも少なく、逆らおうとすることもなかった。
いま言い放ったウェルキスの反駁も、あまりにもささやかなものだった。
それでもウェルキスの目は、父の視線から外そうとはしない。
「反抗する程度には、あの二人よりは見どころがあるとは言っておこう」
トン、と再び父の指が机を叩く。
「……良いだろう。貴様の前線への要望は受けてやる」
その言葉を聞いても、ウェルキスには何の感慨もない。
そもそも帰国前に手続きをしていた軍への入隊申請を握りつぶしたのはほかならぬ父なのだ。
「俺が親の七光りで入室をねじ込んだと言われるのも不愉快なのでな。周りを納得させるには実戦経験も必要だろう」
ついてこい、と席を立つ父、ガルバーを無言のままウェルキスは追随する。
問題は、ここからなのだ。
ガルバーについて、ウェルキスが訪れたのは、リューティシア首都、惑星シンクレアにある第一龍装師団の師団総本部だった。
第七炎戒師団のあるフォーネル星系から遠く離れた恒星系だが、有事でなければ、銀河を跨ぐ
七大星海における大国の一つであるリューティシアは、
無論、移動距離に応じたエーテリアの消耗や時間差は生じるため、誰でも自由自在とはいかず
第七師団団長であるガルバーにはそれを自在に使う権力があり、随員として同行するウェルキスにもそれが適用されたのだ。
「おや、懐かしい顔ですね」
転送室から無遠慮に足を踏み入れたまま誰にも咎められることなく、龍装師団本部の中央指令室に入り込んだガルバーとウェルキスを迎えたのは、同師団副長のアディレウス=アディール・フリード・サーズだった。
「——副長か。ゼトはどこだ?」
副長の嫌味を無視し、ガルバーは先日第一師団団長へ任命されたゼルトリウスの所在を問う。
それをアディレウスは笑っていなした。
ガルバーが第七師団団長への栄転を果たしてからまだ二か月しか経っていない。
副長と元分隊長という立場の違いはあれど、同じ超光速騎士でも戦闘力はガルバーがアディレウスを大きく上回っていた。
彼には自分より戦力で劣る相手に礼儀を守ることはなかった。
その関係は、師団副長と別の師団長となっても変わることはない。
「急なお越しとはいえ、お待たせして申し訳ありません」
その声は、彼らの背後から響いた。
父の背後で、気配を殺して立っていたウェルキスの背筋が凍る。
直前まで、そこには誰にもいなかったはずなのだ。
それが、今や巨大な存在感を放ってそこに一人の青年が立っている。
ゼト=ゼルトリウス・フリード・リンドレア公子。
先日、三代目の龍装師団団長の地位を継承した男は、ごく一般的な騎士服を纏っている若者だ。
リューティシア皇グラスオウの姉、スノーフリアの長男であり、皇位継承権第四位という皇族の一人である。
10年近くも旅の途上にあったという青年は、ウェルキスが知る子供のころから変わらない柔和な笑みを浮かべてそこに立っている。
装いも礼儀正しい、まだ少年の面影を残した細身の青年。
言われなければ、彼がリューティシア皇国最強の軍団の長であるということは誰も気づかないだろう。
だが、会えば、目の前に立てば、その巨大な存在感は隠れようがない。
力の差があまりに隔絶しすぎているゆえに、自覚できないか。あるいは恐怖するかのどちらかだ。
ウェルキスは後者だった。
「ご挨拶が遅れました。まずは第七師団の団長襲名、おめでとうございます」
そんなウェルキスを他所に、父ガルバーはゼトからの挨拶を鷹揚に受けた。
彼には、目の前の青年を恐れる理由もない。青年が生まれる前から戦場に立っていた経験と超光速騎士としての圧倒的な自負がある。
なにより、第一龍装師団の次期団長の座を狙っていた男にとって、青年はただの邪魔者でしかなかった。
「こちらも、団長就任の祝辞がまだであったな」
明らかに白々しい言い草だ。
当時すでにリューティシアの軍事大権を担っていたリュカ=リュケイオン皇子が、病床の父グラスオウに代わって国政を取り仕切る摂政へ就任するにあたり、皇国軍の軍組織の大幅な改編が行われている最中である。
後に行われる観艦式で新生した皇国師団すべてが初めて顔を合わせることになるのであり、この時は先に再編を終えた国境守備軍を除く4割の師団が引き継ぎと再編の真っ最中であった。
第一師団の次期団長候補であったガルバーが引き抜かれ、第七師団長へ栄転。
そしてリュカがその武力に期待を寄せていた従弟のゼトが、まだ戦場での実績もないままに第一師団団長に就任したのはその流れの一環である。
「——時に、神速域に開眼されたそうですな?」
父の言葉に、ウェルキスが絶句した。
音速、超音速、その先にある光速が物理次元における限界点であり、星海の科学技術の頂点と言える。
光速騎士をして一流の騎士と称するのはそのためだ。
だが、さらにその上に、ごくわずかな存在が現世での限界を超えた先に、超光速域と呼ばれる高位次元領域にたどり着く。
その果て、更なる超高位次元、それを神速域と称する。
文字通り、神の領域だ。もはや神速騎士となれば、銀河でも皆無、超銀河規模ですら一人いるかいないかという存在であり、リューティシア皇国では初代団長ザルクベイン、二代目団長リュケイオン、そして三人目にザルクの子であるゼルトリウスが襲名しようとしているのである。
「一瞬ですよ。まだほんの入り口に立てたに過ぎません」
謙遜するゼトの言葉に意味などない。
その神速の一瞬にどれほどの力があるのか、想像もつかないからだ。
父同士が戦友だった関係で、幼い頃にはともに遊んだ青年との隔絶した力の差に、ウェルキスの失望は深まる。
だが、ウェルキスの驚愕は、さらなる驚きで塗りつぶされた。
ボトリ、と音を立てて、父の右腕が床に落ちた。
ガルバーの右肩から先が磨かれた司令部の床に落ち、切り口から鮮血をまき散らすさまを見下ろして、ウェルキスの喉から、え、という声が漏れた。
「急に仕掛けられると手加減は出来ません。申し訳ありませんが……」
何でもないように語りながら、キンッという軽い金属音とともに、納刀したゼトが自身の身体より長い長剣の鞘を背中に掛けた。
先ほどまでは、持っているはずもないものだ。
彼は丸腰で現れたはずなのだから。
「大した……化け物だ」
一方のガルバーもまた、床に落ちた自身の右腕を左手で拾ってそのまま肩に合わせる。それだけで、切り裂かれたはずの腕は衣服ごと再接合する。
超光速騎士ともなれば、その回復力もまた次元が違う。
接合した父の右手に剣が握られていることを見て、ようやくウェルキスは父がゼトへ切りつけ、返り討ちにあった一瞬があったことを悟る。
超光速騎士、光速を超えた戦士の戦いは、超音速が限界のウェルキスには見るどころか気づくことすら敵わないのだ。
仮にも師団長同士が斬り合うという一幕だが、周囲は司令室の誰も何一つ注意を向けることはなかった。
大半は気づかなかったのだろう。
そしてそうでない人間にとっては、これは第一師団ではよくあることなのだ。
「それで、何用ですか?」
何事もなかったかのように、傍らで佇んでいたアディレウスが話を戻す。
超光速騎士である彼には二人の動きは見えていたが、そこに干渉する気はなかった。
「……これを預けたいと思ってな」
すでに接合を終えた右腕をなんでもないように振り上げて、その指で後ろ手にウェルキスを指さした。
「戦略部へ推挙すると聞いていましたが」
「……気が変わった。まずは実務を積ませる」
ウェルキスがそこで気づき、後で知ったのは、父が皇国戦略部へ、帰国する自分の推薦状を書いていた事実である。
「第七師団ではなく、ここでですか?」
「自分もあちらでは外様です。小物の扱いまで気にしている余裕はない」
横合いから口を出すゼトに、ガルバーは丁寧な口調で息子を切り捨てる。
先の斬り合いで、ゼトを自分の上位者と認めたことで態度が改まっているのだ。
そこだけは素直な男だった。
第一師団からの引き抜きでの団長就任により、まず第七師団の人身掌握から始めなければならないガルバーにとって、親の贔屓目を背負ってまで息子を自身の手元に置く理由も必然もなかった。
ふむ、と一息置いて団長であるゼトはウェルキスとガルバーを交互に見やり、副長のアディレウスへ視線を向けた。
「どうします、
「こちらの人材はいつだって不足していますので、まして二等戦略資格者なんて逃す手もありません」
横目で見る義弟に、アディレウスは右手の指先で頭を指し示しながら答える。
第一師団の兵員は、必要とあれば罪人を強制徴収する形でも常に補充されるが、真っ当な軍人教育を受けた人材は貴重だ。
ガルバーが数々の問題行動を起こしながらも団内で重用されていたのもそれが理由である。
まして、戦術、戦略面を理解できる資格者となれば、垂涎の的であった。
「では、こいつは置いていく」
二人の回答を待たず、ガルバーが踵を返す。
今の彼は多忙で、息子のことに関われる時間はほとんどなかった。
ごふっ、という自分が血を吐く音で、ウェルキスの意識が覚醒する。
頭から流れる血を拭い、目を開く。
ぬめる視界で、ひしゃげた
「ウェルキス……返事をしてください。ウェルキス!」
悲鳴交じりのルクセーラの声が耳に入り、ウェルキスは自分がどうなったのかをようやく思い出していた。
ウェルキスの戦装機ジャルクスは自己修復機能により、ドルバン兵長から撃たれた損傷を回復しつつある。機体と同調したウェルキスの身体の傷も、それに遅れて徐々にふさがりつつあった。
とっさに差し込んだ左腕が
「……大丈夫だよ、ルシェル」
何度も彼の名を呼び続けるルクセーラへ返事を返し、しかし、彼女の言葉を待たずにウェルキスは通信を切った。
ウェルキスの意志に従い、機体は揺れながらも立ち上がる。
直接の操縦動作がなくとも、情報連結が維持されていれば、機体はよろめきながらも彼の意志に応えた。
修復を終えたジャルクスとの情報連結で、ウェルキスは周辺状況を把握する。
街は未だに燃え、人々は逃げ惑い、それを追って兵士たちが焼き殺す。
彼が意識を失ってから、わずかな時間しか経っていなかった。
ウェルキスはジャルクスを燃える街の中を進ませた。
「なんだ御曹司、生きていたのか」
避難民の逃げ場を塞ぐ位置に陣取っていたドルバン兵長率いる戦装機ジャルクスの部隊が近づく機体に気づいて臨戦態勢を取り、それが彼らの隊長機であると気づいて警戒を解く。
まるで自分を撃った事実を忘れたかのようなドルバンの口ぶりに、ウェルキスの口から乾いた笑いが漏れた。彼らはウェルキスを敵だと思っていない。
味方だからではない。ウェルキスでは彼らに敵わないからだ。
「兵長……武器をくれないか」
丸腰のままウェルキスのジャルクスがドルバンの機体へ手を差し出す。
機体の損傷修復で一時的にエーテルを大きく損耗したウェルキスの機体には、武器まで復元するだけのエーテリアが残っていなかった。
「フン……どういう風の吹き回しだ?」
「別に……あなたたちの邪魔はしない」
ハッ、と嘲るような声とともに、部下の誰かがウェルキスへ向かって
装機の腕がその砲身を受け止め、機体が自動的にその引き金に指をかけるのを見届けて、ウェルキスは足元で逃げ惑う避難民へその砲口を向けた。
ウェルキスの引いた操縦桿の引き金に連動して、ジャルクスの指が
機体が感知した熱と、悲鳴がウェルキスの耳に届いた。
それを気にせず、ウェルキスは機体を前に進ませる。
二度、三度と火炎が逃げ惑う人を焼いた。
その光景に、周囲で見守っていた13分隊の隊員たちから歓声が上がった。
「やるじゃないか御曹司!見直したぜ!」
隊長に続けと言わんばかりに、彼らもまたやる気を出し、避難民を炎で追い立てていく。
「泣いて逃げると思ってましたがね」
「別に……自分がなぜここにいるのかを思い出しただけです」
背中から聞こえるドルバンの声に、ウェルキスは振り向かずにその引き金を再度引く。その炎に巻かれて、再び人が燃えた。
「——当初の作戦目的通り、この星の住人は一人残らず皆殺しにする」
ウェルキスの指示を受けて、第13分隊戦装機部隊は怒号を上げた。
「——隊長!?私がですか?」
父に取り残され、第一師団副長アディレウスによって引き合わされた第13分隊隊員の前で、ウェルキスは思わず声を上げていた。
その言葉を予測していたアディレウスは顔色を変えることもなく、淡々と事務的に話を進める。
「隊長職と言っても所詮は事務方だ。ここでは誰もやりたがらないのでね
実戦に関しては、彼に任せればいい」
そう言って紹介されたドルバン兵長、老練な
子どもの頃に一度顔を合わせただけなのだから仕方ない。
当の兵長は、面倒な御曹司たちのことをよく覚えていたが。
「ああ、隊長のガキですか。使えないっていう」
「俺は使えるって聞いたぞ?」
「デカい方か小さい方かどっちだ?」
「小さい方だ」
「なら使えない方か」
「いや、マシな方だったって聞いたぞ?」
元隊長であるゼルバーの息子を前に、新隊長の着任で召集された部下たちが、その姿を見ていっせいに目の前で陰口を叩く様を前に、何も言えずに硬直したウェルキスに、ドルバン兵長がその顔を覗き込んだ。
「御曹司……あんたなんでわざわざこんなとこに来たんですかい?」
本来のエリートコースを歩んで当然の立場を捨てて、という言外の言葉に、ウェルキスは笑ってごまかした。
「ウェルキス、やめてください!」
通信機を停止してもなお、旗艦からの強制通信機能で響く
彼の率いる13分隊は
「どうしてこんなことを……」
絶句する
子供のころから、ずっと考えていた。
自分を見下す兄たちを見返す手段を。
自分を使えないと見下ろす父に自分を認めさせることを。
力を示し、自分こそが一番なのだと、偉いのだと認めさせたかった。
自分に騎士としての才能がないのだと知った時、その望みは一度絶たれかけた。
だから、勉学に励んだ。
父や兄にない能力で彼らを越えようとしたのだ。
そして、父はそんな自分をわずかだが認めている。
だが、そんなもので満足できるわけがなかった。
地に這いつくばらせ、踏みしだき、見下せなければ意味がないのだ。
軍将、超光速騎士である父には勝てない。勝ちようがない。その事実はすでに思い知らされている。
だが、光速騎士でしかない兄二人は違う。
軍団を指揮し、適切な戦術を取れば音速騎でも光速騎士は殺せる。
それができる戦術が存在する。
この13分隊にはその力がある。
だから、ウェルキスは彼らを指揮するのだ。
いずれ兄二人を自分の足元で踏みにじる日を見据えて。
ウェリオン・キンバー・ストル。
第七師団団長ガド・バリオン・キンバーの三男であり、第一龍装師団13分艦隊隊長を務める文若の青年だ。
細く、枯れた学者といった見た目にたがわず、騎士としての実力は低く、実務能力は高い。
戦闘者が大多数の第一師団では逆に貴重な人材である。
いずれ戦略補佐官を経て皇国の上層部にのし上がる青年の歪んだ野望は、今や一人を除いて第一龍装師団では知らないものはない。
……知らないのは、彼の婚約者ただ一人。
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