第14話 今ここにいる意味

「父上!」

幼い声が通路に響いた。

通路の壁を次々に蹴り、幼い子供の身体が飛ぶ。

その子供とは思えない身のこなしは、無重力状態ではまさに飛蝗のようだ。

「ゼト、ちょっと待って!」

その後を必死になって追いながら、二人の少年は自分の身体が流されないように手足をバタつかせながら壁を跳ねる。

先頭を行く幼いゼトは、視界の先に立つ父まで一直線に飛び跳ね、後を追う二人が追い付いた時にはすでにその足元に転がり込んでいる。

「お前たち、なぜここにいる?」

ようやく追いついた二人は、その言葉に顔を引きつらせた。

三人がたどり着いた通路の先にある広場には、大勢の大人たちが立っていた。

その中心に立つのは、いずれも錚々たる顔ぶれだ。

第一龍装師団団長、剣臨軍将ザルクベイン。

その配下である副団長アディレウスと数名の超光速騎士。

それと対峙するように竜公子リュカと、その副官を務める戦臨軍将カーディウス。

彼が率いるベルガリア騎士団の超光速騎士たち。

新生した軍事国家であるリューティシア皇国が誇る12の軍団の二つの長が、お互いに向かい合っている場面だった。

「ウェルキス?何をしているんだ?」

その言葉に、ウェルキス=ウェリオン・キンバー・ストルは一緒にやってきたランディウス=ラントリオン・オルク・ラウスと顔を見合わせた。

その声の先には、険しい表情をしたウェルキスの父、ガルバー=ガド・バリオン・キンバーがいる。第一龍装師団13分隊長を務める超光速騎士は、その団長であるザルクベインの後方に控えていた。

言葉には出さないものの、竜公子リュカの傍らに立っていたカーディウスも厳しい表情で息子のランディウスの姿を見ている。

「見学です!」

それぞれの父に睨まれ、慌てふためく二人の姿を後ろに、父ザルクの足にしがみ付いたまま、二人より年下のゼトは目を輝かせながら答えた。

「ぼ、僕たちの通う幼年学校の方で見学実習があって……」

「行き先は……候補地から決めていいって言われたので……そしたらゼトがここがいいって」

あたふたとウェルキスとランディウスが言葉を続ける。


彼らが今立っているそこは、補給惑星コーラスの歓迎施設だ。

全長4万リッドにもわたる巨大な人口天体。それが補給惑星である。

この星一つで宇宙艦隊2個師団を同時に運用可能な巨大要塞であり、超光速航法と空間転移を使い分け、戦場となる銀河全域を飛び回る補給線の要ともいえる存在だった。

惑星内部には宇宙艦隊を完全に整備、修理が可能な巨大工廠を備え、外部には艦隊の軍人すべてを収容可能な宿泊施設、病院機能、歓楽街などの居住区画を備えている。

この日は、まさに第一龍装師団と竜撃隊及びベルガリア騎士団が同時にコーラスに停泊していたのである。


「……ゼト」

静かに、ザルクベインが足元の我が子を見下ろした。

その言葉に、ゼトは嬉しそうに父を見上げ、そのままびくりと動きを止めた。

父の冷ややかな目に射すくめられ、幼い少年はおずおずと父の脚から身体を離す。

「……なぜここへ来た」

「ち、父上にお会いしたくて」

「……軍務が終われば屋敷には戻る。不足か?」

「ち、父上のお仕事を見てみたいのです」

父の放つ威圧感にしどろもどろになりながらも、ゼトは必死に言葉を紡ぐ。

ザルクベインは膝をつき、息子の視線の高さを合わせる。

「……母からは、何と言われている」

「わ、わたしは父上のような戦人いくさびとにはならなくていいと」

「……父も同じ意見だ」

「そ、それでも私は父上のような立派な騎士になりたいのです!」

父に否定され、それでも精いっぱいの勇気を込めて放ったゼトの言葉は、父の冷笑の前に消えた。

「……立派、か」

その言葉にぞくり、と背筋が凍る。ゼトだけではなく、取り巻く周囲の騎士たちも多くが冷や汗をかいた。間違いなく、この瞬間、フロアの空気自体が氷点下を下回っている。

「……帰れ。これ以上、話すことはない」

予想もしていなかった父からの拒絶の言葉に、ゼトは泣き出していた。


「――ガルバー、子供たちを連れていけ」

「私ですか」

「貴様の子供もいる」

泣きじゃくる息子とそれを宥めようとする二人の少年には目もくれず、ザルクベインは配下に告げる。

その言葉に、超光速騎士ガルバーは視界を巡らし、適当に白羽の矢を立てた。

「……ドルバン、あの子たちを引率者のとこまで連れてけ」

「あっしですかい!?」

上司の子供を預かるという苦行を押し付けられた上司から、さらに貧乏くじを押し付けられた老蜥蜴人リザードロウは慌てて周囲を見回すが、すでに彼の回りには誰もいない。

もはや面倒を押し付けられる相手を失った蜥蜴人リザードロウが、とぼとぼと子供たちのもとに向かうのを見やり、竜公子リュカはザルクベインに視線を向けた。

「いくらなんでも言い過ぎじゃないか?」

「親子の問題だ。口を出す必要はない」

「……いいや、従兄あにとして口を出させてもらう」

切り捨てるザルクに対し、リュカも一歩も引くことはない。

相手が神速騎士とはいえ、竜公子はわずか13歳ですでに超光速領域に開眼しつつある天才戦士だ。

従弟の哀れな姿に、眼前の会話を拒絶する軍将の威圧感に気圧されながらも、年少の光速騎士は正面から立ち向かっていた。

「貴殿の気持ちは理解するが、言い方の問題というものがある」

その主君の横から軍将カーディウスが助け船を出す。

同じ年頃の息子を持つ身として、そしてその子を騎士にする気はない父親として、カーディウスの立場はザルクベインに近い。

「ザルク――本当にあいつを騎士に育てる気はないのか?」

竜公子の言葉にも、ザルクの態度は変わることはない。

その目が、リュカの傍らに立つカーディウスに向けられた。

「——貴様は、息子をここに立たせたいか?」

その言葉に、カーディウスは鼻白む。

騎士であるカーディウスにとって、敵の殲滅のみならず、虐殺すらも是とする第一龍装師団の在り方は異常だ。

それがリューティシア皇国に必要な戦いであるとわかっていても、カーディウスには実行できない。まして息子に関わらせたくはなかった。

「仮にも王族にそんな汚れ仕事をやらせるわけでは……」

なおも反論しようとするリュカを無視して、ザルクは踵を返した。

去り行く団長の後を追い、副官のアディレウスを始めとする龍装師団の戦士長たちも続く。

後には竜公子とベルガリア騎士団だけが残された。


「……よろしいのですか?」

ベルガリア騎士団、超光速騎士ドルニアスの問いかけに、竜公子は手を振ってこたえた。

「ただの挨拶だ。別に用があったわけじゃない」

たまたま同時に補給惑星に立ち寄ったために、両軍団が顔を合わせただけだ。

リューティシア皇国第一軍の団長ザルクベインと、竜皇の息子であるリュケイオンという両者の立場が立場であるために、必然的に大掛かりになってしまった。

ザルクの息子であり、リュケイオンにとっても従弟であるゼルトリウス公子の乱入は予想外だったとはいえ、両者ともに特に意味のある邂逅ではなかった。

「……しかしまあ、話には聞いていたが、ホントにゼトに甘いんだな」

「10年前の自分に、今の奴の姿を聞かせてもきっと信じないでしょうな」

呆れたように言う主君に、カーディウスは遠い目をした。

彼の記憶にある戦鬼そのものであった宿敵の姿は、今は遠い過去のことだ。

「あの男が妻を娶り、子を為すなど、今でも信じられないことです」

どれだけ、とリュカはげんなりとした。

「父が喜んでたよ。押し付けたも同然の伯母上を大切にしてるって」

「人は変わるものですなあ」

肩をすくめる竜公子に、カーディウスは過去に思いをはせる。

それから数年後、第一龍装師団団長ザルクベインはその立場も、家族も捨ててリューティシアを出奔する。

その理由は、主君である竜皇グラスオウとの衝突、その姉であり彼の妻であるスノーフリアとの不仲など、様々な憶測を呼んだが、この場に居合わせていた竜公子とベルガリア騎士団の面々は、この時の話を思い出したのであった。


「坊ちゃん、いい加減、機嫌を直してくださいよ」

父に拒絶され、泣きじゃくる子供と、それを何とかなだめようとする二人の少年を追い立てながら、老蜥蜴人のドルバンは頭をかいた。

「もし坊ちゃんたちにかすり傷一つでも付けたら、あたしゃ隊長に八つ裂きにされちまう」

ぶるりと身を震わせたドルバンの姿に、ウェルキスは老蜥蜴人リザードロウを見上げた。

「……父さんはそんなことしないと思うけど」

「そりゃ、あんたらにはそうでしょうよ」

ため息をついたドルバンに、まだ泣きべそをかいていたゼトも老蜥蜴人リザードロウを見上げる。

「誰だってね。人に見せたくないものの一つや二つ抱えてるってもんですよ。たとえ自分の子供にだってね」

「……ちちうえも?」

「わしらはぼっちゃんの考えてるような騎士じゃありません。薄汚い、ただの戦争屋でさあ」

子どもをからかうようにちろちろと舌を出す蜥蜴人リザードロウの姿に、泣き止んだゼトはその舌を思いっきり引っ張った。


「——!」

突然襲いかかった激痛に、愛居真咲は思わず身をかがめていた。

その動きに遅れて、獅鬼王機エグザガリュードの巨体が傾ぐ。

膝をついたエグザガリュードの姿に気づいて、前を行く三機の超装機が振り向いた。

切り裂かれた要塞都市ルイードの中心を歩いていた四騎の歩みが止まる。

「真咲!大丈夫?」

通信機越しから問いかけるゼトの言葉に、真咲は頷こうとしたが、脂汗が流れるだけで身動き一つとれない。

そのエグザガリュードを見下ろすように、ザルクベインの剣将機ザラードが立った。

「——無理はするな。魔剣ディスカリバーの後遺症だ」

再生封じの魔剣ディスカリバー

超光速騎士の回復力すら阻害するその魔剣の影響は、呪詛が残っている限り、通常の肉体の治癒すら阻む凶悪なものだ。

そのため、超光速騎士の戦いでは解呪能力を持つ術者の支援は欠かせない。

そしてたとえ施術を行えるとしても、その傷が解呪できないままに悪化して死ぬ、再起不能になる超光速騎士は少なくなかった。

強靭な生命力を持つ鬼と言えども、例外ではない。

「救護を呼びました――ゼト」

副長アディレウスの法礼機ミデュールがエグザガリュードの肩を支えて立ち上がらせる。

最後の言葉に、ゼトの駆る紅零機ゼムラーが頷いた。

「真咲はそこで休んでいてください。義兄上あにうえ、頼みます。」

その言葉とともに、ゼムラーの姿が消える。

その後を追うように、わずかな時間差でザラードの姿も消えた。

超光速域を認識する真咲とアディレウスの二人にしか見えない速度で、二騎が惑星上を移動したのだ。


次の瞬間には、二体の装機は要塞都市ルイードとは別の惑星上の都市にあった。

その街も、今は燃え盛る炎の中に崩れ去ろうとしている。

その業火の中、今なお破壊を続ける龍装師団の装機の間を、悠然と団長の座を継いだ親子の装機が歩む。

「——念の入ったことだ」

我が子の駆る紅零機ゼムラーの少し後をついて歩く剣将機ザラードから放たれた言葉にはわずかに呆れがあった。

「この星の殲滅は兄上——陛下の意思です。見落としがあってはいけませんから」

先を行くゼムラーは振り向くことなく、ゼトの言葉が返る。

口調こそ丁寧で穏やかなものだが、内容は酷薄そのものだ。

星ごと吹き飛ばせば一瞬で済むものを、わざわざ避難施設シェルターを掘り出してまで一人ずつ殺していくのは、この行為が見せしめだからに他ならない。

そうやって虐殺を進める以上、どこかに隠れている避難民は一人残らず発見しなければならない。

都市内の探索を終えたゼトが、機体をさらに別の都市に向けて跳躍させ、ザルクとザラードが続いた。

「——貴様がわざわざ手を汚すことはあるまい」

背後から投げかけられた父の言葉に、ゼトは装主席で振り向くことなく視線だけで背後を見る。

「父上がこの国を出た後は、従兄上がその役割を継ぎました。であれば、従兄上に代わり、私がそれを継ぐのは当然のこと」

この言葉は冷ややかで、断固たる口調だった。

「母は、お前がこうなることを望んでいなかった」

「……父上も、でしょう。だからこの国を出て行った」

息子が、それ以上父への憧憬から道を踏み外さないためだ。

「——あるいは、な」

それに対するザルクの言葉は歯切れが悪い。かつて妻も子も捨てて出奔した老人には、後悔があった。

父の悔恨を意に介さず、ゼトは歩みを止めることはない。

ゼムラーがさらに次の街に飛び、あとを追ったザルクの眼前で地下施設が剣閃で地上に切り飛ばされて舞った。

その中に隠れていた人々が空中に投げ出され、街を覆う炎の中へ吸い込まれていく。

「私だって好きでこんなことをやっているわけではありません」

淡々と、事務的にゼトは言葉を紡ぐ。

「——これが必要だからやっているだけです」

その姿に、ザルクはある人物の姿を被らせた。

同じ役割を自分に命じた主の姿だ。

「——お前は、あの方に似ているな」

自分が出奔した後、息子は先皇に剣を学んだのだという。

皇自ら、帝王学と剣技を授け、二人の皇子どちらにとっても一番の側近となるように育てられたのだ。

「——それが、私です」

家族を、我が子を捨てた男には、何も言う資格はなかった。

次々と燃え落ちる街を歩きながら、ザルクはそれ以上、何も言うことはない。

ただゼトの後を追って歩き続けていた。

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