第13話 惨劇の星
銃声が、戦場に響いた。
その音を剣装機ジャルクスの装主席で耳にした龍装師団第13分隊長ウェルキス=ウェリオン・キンバー・ストルが目にしたのは、自身の装主席に銃口を押し当てて「自殺」するベルガリア騎士団の装機の姿だった。
それは一騎だけではない。
視界に映る、そして視界の外でも、彼らは自らの
戦臨軍将カーディウスの死で終わったはずの戦場で、次々とベルガリア騎士団の戦士たちが自決してく。
「……こ、これは一体?」
「わかってるんだよ……連中には。終わりだってことがね」
衝撃的な光景に絶句するウェルキスの動揺に、副官を務めるドルバン兵長が応えた。
彼にとっては、見慣れた光景だ。
自分たち龍装師団というものが、敵対する者からどう見えるか、老戦士はよくわかっていた。
「本気なのか、本気で……この星を……」
ウェルキスは思わず要塞都市ルイードを見た。
その視界の先に、ルイードの都市を進む四騎の超装機の姿が見えた。
彼はまだ、第一龍装師団を知らない。
要塞司令部でも同様に自死を選択するものが相次いだ。
多くは年配の、かつて龍装師団とともに、竜公子リュカのもとで戦ってきた戦歴のある軍人たちだ。
カーディウスの死の寸前まで、経験の浅い若い
その中心で、惑星ベルガリアの若き領主ランディウス=ベルガリア・ラントリオン・オルク・ラウス子爵は震えたまま、立ち尽くしていた。
彼の眼には、正面に映し出された立体映像板に映し出された父の装機の無残な姿しか映っていない。そしてその耳には銃声と悲鳴。
戦争を知らない彼は、その許容量を超える事態に完全に
「……若殿、こちらを」
そのランディウスの前に、要塞司令官ドルニアスがその手を差し出す。
震えながらドルニアスを見返したランディウスは、彼の手の中にある三本のアンプル剤を見て硬直した。
それが何なのか、ランディウスにはわからない。いや、わからないのではない、頭が理解しても、心がそれを認めることを拒否していた。
数は三人分ある。彼と、妻と、娘の分だ。
「苦しむことはありません。すぐに効きます」
ひっ、とランディウスの喉がなった。
思わず後ずさるランディウスの前で、ドルニアスは動くことはない。
長年カーディウスの側で戦い続けてきた男は、怯える目で見上げる領主の視線に、哀れみの表情を浮かべていた。
「い、いやだ!嫌だ!死にたくない!」
悲鳴が司令部に響き渡る。
立ちはだかるドルニアスの視線から逃げるように、ランディウスは転げるように司令部の奥に駆け出し、転送機を使って都市の中心にある自分の屋敷に帰っていく。
そして、その言葉を皮切りに、司令部は悲鳴と怒号の嵐に包まれた。
「俺だって死にたくない!」「逃げろ!」「どけ!」「邪魔するな!」
ランディウスに触発された混乱がその場を支配していた。
突き飛ばし、押しのけ、倒れたものを踏みしだき、我先にと出口を求める。
司令部要員たちが、次々に司令室から次々に逃げ出していく姿を、ドルニアスは何もせずに見送っていた。
彼はすでに理解している。
その司令室の
たとえ宇宙港から宇宙船で脱出しようとしても、この艦隊の包囲から逃れることは出来ない。次元封鎖により、超光速航法も空間転移も不可能だ。
惑星転移を阻止された以上、もはや、この惑星から脱出する術はない。
敵に
彼らに許されるのは、惑星上を、街中をただ逃げ回ることだけだ。
だから、ドルニアスには逃げるという考えはなかった。彼と同様、過去の戦いを経験した騎士団員たちもそうだ。ゆえに彼らは自決を選んだ。
光速以上で宇宙を飛ぶことが出来ないものに、この包囲を破るすべはない。
都市部に設置された
こうなった以上、個人所有で可能性があるわずかな脱出装置を巡り、凄惨な争いが行われることだろう。あるいは博物館にある旧式ロケットでも使うか。
かつての超光速騎士ドルニアスにも今はその力はない。
彼は、生身で宇宙を生きられる種族ではなかった。
要塞司令部がほとんど無人になるまでに、数分とかからなかった。
残されたのは、混乱の中で取り残されたわずか数人。混乱の中で足をくじき、あるいは突き飛ばされたものたちだ。
それでも、彼らもまた痛めた身体を引きずりながら司令部を出ていく。
やがて、ドルニアスがただ一人残された。
ドルニアスは視線を巡らし、司令部の通路を一瞥しながら見回る。
その足が止まり、情報端末の下でうずくまっている職員を見下ろした。
「どうした、逃げないのか?」
その言葉に、彼女は顔を上げた。まだ若い、少し前に配属さればかりの少女にも見えるナリア種の女性職員は、震える目でドルニアスを見上げた。
彼女の足元には、自殺した年配の職員の死体があった。目の前で死んだ先達の姿に腰が抜けて逃げられなかったのだ。
今も座り込んだまま、彼女は震えている。
「……私たち、どうなるんですか?」
両腕で身体を抱いて振り絞ったその言葉に、ドルニアスは膝をついて彼女の顔を覗き込む。彼女の不安は、当然のことだ。
「君が心配するようなことはない。ただ、死ぬだけだ」
凍り付いた表情で見上げる目に、ドルニアスはうなずいた。
「彼らは無駄なことはしない。略奪も暴行も行わない。ただ殺すだけだ。根こそぎに、容赦なく、確実に……この星に住むもの全ては殺される」
「そ、そんなこと、許されるはずが……」
「誰が許さない?それが陛下の意思だ。そして彼らは団長に命じられたとおりに行動する。どんな非道も、虐殺も、命令通りに行う」
それが第一龍装師団。リューティシア皇国最強と呼ばれる軍団の本質だ。
竜公子リュカが率いていた軍団と同じ戦場で戦ってきたベルガリア騎士団の歴戦の戦士たちは、その軍団の姿をよく知っていた。彼らはその行為に加わることはなかったが、皇子自らが率先して皇の命令の元に手を汚している姿を見続けてきた。
皇子に同行するベルガリア騎士団は、彼らの立場を尊重する皇子の意志により、その手を汚すことはなかった。だが竜公子は、兵とともにあることを自認する皇子は、自ら虐殺の先頭に立つことに躊躇うことはなかった。
「ゆえに亡き先皇は、龍装師団を第一の軍団に、自身が信頼を寄せる最強の軍団だと称された。彼らは皇のいかなる命令にも従い、どんな危険も冒す。その行為は皇からの最高の栄誉と報酬によって報われてきた」
初代団長ザルクの頃から竜装師団はその役割を果たしていた。その後を継いだ竜公子リュカは、その役割を三代目となる第二団長ゼトに託した。
ゼルトリウス公子が、礼儀正しい温和な物腰の青年が、それができる冷酷非情の戦士であることを、騎士団の幹部たちは知っている。
「……使うかね?」
女性職員の顔が絶望に染まるのを見て取り、ドルニアスはその手に握っていたアンプルを示した。自決用の毒薬を。
「上物だ。苦しむことはない」
その言葉に、彼女は震える手で受け取った。
やがて動かなくなった彼女の遺体を床に横たえ、ドルニアスは静かに立ち上がった。
これでもう、他には誰もいない。
そうして沈黙した要塞司令部に、最後に銃声が鳴り響いた。
要塞都市ルイードの行政府の奥にあるベルガリア領主館は、領主であるラウス一家の住まいだった。館と言っても現領主であるランディウス男爵は華美を好む性格ではなく、妻となったフェンネル男爵夫人の父、カルリシアン侯爵が送った建築家によって作られたフェレス風の質実な作りだ。
実父であるカーディウス公爵、義父のカルリシアン侯爵ともに、若きベルガリア領主の姿勢を高く評価しており、接した時間は短くとも、彼らは良好な関係を築き上げていた。
その屋敷はランディウスの父、カーディウスの意見を取り入れ、いざという時の都市民の避難場所となるようにもなっており、現在は都市中央部からの多くの避難民を、避難用の地下施設に収容している。
地上の館部分にいるのはわずかな人員だけだ。
屋敷内に設置した転送機から転げるように飛び出したランディウスを迎えたのは、そのわずか数人だった。
「若様!ご無事で!」
屋敷に残っていた使用人たちは、ランディウスが子供の頃からの付き合いだ。彼らにとっては、領主として正式に爵位を拝命した主君が家庭を以っても、まだ「若様」だった。
彼らは一様に不安げな表情で、必死に息を整える主君を見つめる。
すでに外からの轟音は止み、空は無数の艦艇に埋め尽くされている。
戦闘が決着したのは明らかで、どうなったのかも彼らも悟りつつあった。
「お父様!」
その中でひときわ大きな声がランディウスを叩いた。
ランディウスの娘、カナリアが震える目で父を見上げていた。
「お爺様は、どこ?」
まだ幼い娘の目を、ランディウスは正視出来ない。
騎士団を引退した父が、誰より孫娘を可愛がっていた姿を思い出す。娘にとって、祖父が憧れの騎士であったことを。
その娘の肩を、妻のフェンネルが抱きしめた。
領主夫人として、最後まで地上に残ると覚悟を決めている妻の目はすべてを悟っていた。
何かを言わなければ、と口を開こうとしたランディウスの言葉を遮るように、ベルガリアのすべての場所に、冷然とした声が鳴り響いた。
――告げる。こちらは第一師龍装師団団長、ゼルトリウス。
その言葉は、龍装師団により掌握された
『惑星ベルガリア全住民に告げる』
そう言い放つゼトの口調は冷たい。
――死ね。
『この度の新皇リュケイオン陛下への反乱に関与したお前たちの罪』
その言葉は、星全体に響き渡るだけではなく、
『ベルガリア領主ランディウス男爵が反乱に加担した罪』
どこまでも冷ややかに、ゼトの言葉は彼らすべての死刑宣告を告げる。
『領主の判断に異を唱えることなく、従った罪』
暴論だ。ランディウスは父にすらその判断を伝えていなかった。
『そしてそれを許容した罪』
惑星ベルガリアの住民は誰一人それを知らなかった。
彼らは、ベルガリア騎士団とカーディウスですら、この惑星ベルガリアに侵攻する龍装師団の存在を見て、その密約を知ったのだ。
「……やめてくれ、ゼト」
ランディウスの声はゼルトリウスには届かない。
「……悪いのは僕だ。僕だけを裁いてくれ」
届いたとしても、ゼトには彼を許す気などない。
『よって、陛下に代わり、我々が罰を下す』
この星の住人全てを赦す気などないのだ。
――龍装師団団長ゼルトリウスの名を以って、死を命ずる。
その言葉と同時に、惑星ベルガリア全体が光の網に包まれる。
ゼトの乗騎、紅零機ゼムリアスの放つ神速の剣、超光速すら超えた超次元の剣閃が、惑星全土を奔った。
その光の太刀は、龍装師団の形成した第二の
中の住人には傷をつけることなく、だ。
その剣は地下数千メートルに隠れた施設すら抉り出し、施設ごと宙に放り出した。
施設を破壊され、すべての地域で避難民たちは遮るもののない外に放り出される。
そして彼らが目にしたのは、自分たちのはるか頭上を埋め尽くす大艦隊と、そこから降り注ぐ反応弾の雨だった。
自分の目の前で、家族が切り刻まれていくのを、ランディウスは何もできずにただ立ち尽くしているしかできなかった。
すでに彼には差し伸べる手はない。指一つ残さず切り飛ばされている。
娘は悲鳴を上げることもできず、目の前で頭から両断された。
妻は、自らの運命を悟った彼女は、目を閉じたまま首だけになった。
最後まで地上に残っていた屋敷の使用人たちは、一人残らず五体ばらばらになって地に落ちた。
彼が子供のころから過ごしてきた屋敷は、今や紙屑のように切り刻まれて舞い上がり、その下にあった地下施設の避難民たちは天井のなくなった空を見上げている。
立つこともできず、ランディウスの身体が地に崩れ落ちた。膝から下が、転がった彼の後ろにそのまま突き立っている。
身を起こすことのできない彼の視界で、彼が、祖父が築き上げてきた街が、小さな破片にまで切り裂かれて崩れていく様が映った。
ランディウスは何も感じない。
もはや、彼の心はすでにそこになかった。
ただ、一筋の涙がこぼれ落ち、そして胴から切り離された首が転がっていった。
領主が死んだ後も、惨劇は続く。
避難所を追い出された避難民たちは、反応弾の雨に晒された。
同じ光景が、惑星ベルガリアの30を超える都市で繰り広げられている。
都市の外は反応弾で焼き尽くされ、逃げる場所などない。
街中は意図的に、燃焼弾を使い、破壊を抑えていた。
一息に殺さないためだ。
そして焼かれた街中を逃げ惑う避難民の前に、
人々に逃げるすべはない。
軍人であっても、女、子供、老人であっても彼らは区別せずにその全てを焼いた。
その光景は
反乱を起こしたもの、反乱に関与した者の末路を思い知らせるためだ。
それが、ただそこに住んでいただけだったとしても、関係はない。
皇国は、背くものを赦しはしない。
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