第11話 惑星転移
「ゼビア・トーヴァ」
ザルクの声に応じて、剣将機ザラードの両肩に巨大な連装砲が出現する。
魔力による転送。亜空間に保管されていた機体の特殊装備が召喚され、その砲が放たれる。
秒間3000発。光速機としては数は少なくとも放たれた弾体は、一つ一つが星をも砕く量子反応弾だ。
「復帰、復帰しろ!通常空間に移動するんだ!」
艦隊内で悲鳴が飛び交う。
彼らは旧フェレス復興派の一員として、ベルガリアに向かっていた増援艦隊である。
師団規模の戦力を備えた彼らは、超光速航行のため、超空間を航行中に敵の攻撃を受けたのだ。
艦隊は反撃もままならず、ただひたすら防護障壁による防御に終始せざるを得ない。
反撃は不可能ではないが、もし、防護障壁が破られてしまえば、超空間の歪みに船体が引き千切られ異海の藻屑と化す。
反撃しようにも、空間が光速で歪み、捻れ、不規則に蠕動する超空間に置いて、通常の光学兵器も、実体弾もまともには使えない。
それどころか、彼らは襲撃者の位置を掴むことさえ出来ていなかった。
光学センサ、エーテリア検知、空間振動探査機、それら観測器の大多数は超空間では通用しない。超空間の組成を読み解けなければならないのだ。
その解析を行う間にも、敵の攻撃は絶え間なく続く。
それら一切の妨害要素は、敵には何の影響も及ぼしていなかった。
宇宙船が超光速航行を行うための
そう、超光速航行だ。
宇宙船では超空間航法のために超次元機関を用いて移動する超光速次元に、超光速騎士は自らの意思で
それでも超光速騎士であっても超空間の行動は時間と自由を制限される。わずかな時間でも膨大なエーテルが消費され、光速域を自由に出来る彼らでもわずか数秒という単位でしか超光速域にはいられない。
だが、その上位、更なる高位次元に立つ神速騎士となればもはやその制限はないに等しい。
剣臨軍将ザルク=ザルクベイン・フリード。
愛居真咲の新たな師となったこの老将こそが、星海でも数少ない神速騎士の一人だった。
通常空間に復帰したフェレス復興派の増援艦隊だったが、彼らに救いはなかった。
すでにその場に待ち構えていた龍装師団の分艦隊に包囲された彼らは、そのまま反撃もままならず全滅していく。
「て、転移!転移だ!」
「しかし、空間転移では時間が……」
「構わん!このままでは本当に全滅してしまうぞ!」
超空間での待ち伏せを受け、超光速航行を封じられた彼らには空間転移による拠点への帰還しか残されていなかった。
問題なのは空間転移の起動と跳躍に必要なエーテルの確保のみ。そして艦の炉心を限界まで引き上げても、それに必要なエーテルを得るまでに長い時間が必要だった。
ようやく跳躍に成功した時には、残された艦艇は師団の一割にも満たない。
そうして彼らははるか数百光年先の艦隊拠点へ逃げ帰り、そこへ押し寄せた闘気の激流に基地ごと飲み込まれて消滅した。
「ば、馬鹿な!こんな、こんなことが!」
神速騎士は銀河を縦断する戦士だ。
転移先を追跡して放たれた神速騎士の奥義の前に、師団を率いていたフェーダ貴族の首長は絶叫し、宇宙の塵となった。
師団級艦隊を殲滅し、剣将機ザラードは静かに宇宙の片隅で佇んでいた。
流石のザルクも、はるか彼方の惑星ごと敵艦隊を両断するとなれば相応以上の闘気を消耗している。
もっとも、その並外れた回復力をもってすればものの数秒もあれば完全回復してしまう。
その数秒を突く手段を持つものが近くにいれば、の話だが。
『——父上』
8ルード(500光年)離れた距離からの通信が届く。
『——ゼトか』
本来なら装機で直接通信が可能な距離ではないが、神速騎士同士であれば、この距離においてですらわずかな時差での会話が可能だ。
最も、消耗するエーテル量も並外れているが、この親子においては問題にならない。
『——こちらは終わった』
『——こちらもただいま終わりました』
残骸の漂う通常空間で、親子は互いに互いの周辺状況を感覚的に理解する。
ザルクの剣将機ザラード周辺は砲撃で爆散した艦隊の破片が多数なのに対し、ゼトの紅零機ゼムリアスの回りには光速剣で切り刻まれた破片が大半だ。
ゼムリアスには砲撃戦用の装備がほとんどなく、ゼトが父と異なり天剣を得意とする以上、この違いは必然であったが。
『……では、あとは真咲と義兄上の方だけですね』
息子の言葉には神速通信とは異なるわずかな時差があった。
『——不安か?』
その言葉に、ゼトは驚いた顔をする。父が言葉使いから他人の表情を読めるというのが意外だったのだ。幼い頃の記憶でも、父が誰かに気を使った姿をほとんど見たことがない。
『——意外ですね。父上が気にされているとは……』
『……儂も年を取ったのだ』
いつからだろう、老人が自分のことを「儂」と年寄りのように自称するようになったのは。
「——まあ、そんなに心配はしていません」
ゼトは目を閉じた。勝利は確定事項だ。アディレウスが語った通り、戦力差から考えても負けることなどありえない。
問題は、どう勝つか、だ。
惑星ベルガリアでの戦いは、最後の局面に到達していた。
龍装師団の先鋒を務める黒獅子、愛居真咲の獅鬼王機エグザガリュード。
ベルガリア騎士団の前団長カーディウスと戦臨将機ベルガリア―ド。
ベルガリア騎団長クロッサスが敗死した今、この二体の戦いにすべてが託されている。
同じ超光速騎士、同じ軍将格の戦士の戦いは、もはや惑星ベルガリア全土に広がり、今なお拡大していた。
もはや戦場で戦っているのはこの二騎だけだ。
龍装師団の戦士も、ベルガリア騎士団の騎士も戦闘を停止し、超戦士同士の戦いを固唾をのんで見守っている。
防衛艦隊は敗れ、迎撃部隊は死んだクロッサス含め半壊、要塞の機能も麻痺した以上、生き残りのベルガリア騎士団には抵抗する意味もなく、カーディウスにすべてを託すしかなかった。
「ずぅあああああっ!」
「ぬぅんッ!」
超戦士の怒号が大気を割り、大地を砕く。
エグザガリュードが振り下ろした斬撃を、ベルガリアードの旋角槍が受け止め、急速に旋廻する槍に引きずられてエグザガリュードの巨体が歪み、そこから真咲はベルガリアードの膝を蹴り、強引に獅子王剣を引き抜いた。
もはや何合目かもわからない斬撃の応酬の果て、両機は距離を取って息を整える。
「格闘、剣術、気闘法すべて異なる師に師事したか。流派ごとに癖が違う上に切り替えが上手い。動きを読みきれん」
「どこに撃ち込んでも切り返される。隙がない」
互いの独白が相手に聞こえることはない。だが、想いは同じだ。
手強い、と相手を一方ならぬ強敵と再認識する。
「あの男が弟子を取ったと聞いて、訝しんでいたが……成程」
カーディウスに呆れの表情がうつる。
眼前の機体を駆る青年の戦いぶりはカーディウスの知るザルクベインのものとは似ても似つかない。
軍将ザルクの強さは戦場で培われたものだ。誰の師も受けず、ただひたすらに我流。戦いを生き延びることで身に着けた実戦の剣。
それ故に、彼に従った戦士でもそれを継承できたものは誰もいなかった。何より、実の息子にすら剣を教えなかった男は、それ以前にも誰に指導することもなかった。
実子のゼトはザルクに匹敵する戦闘力を誇る戦士だが、彼は叔父である先皇グラスオウから剣を学び、天剣に至っては独学で習得し、武者修行の旅の中で自ら剣技を鍛え上げた。これまた不世出の天才剣士だった。
目の前に立つ愛居真咲も同様だ。
剣士としては葵一刀流に学び、拳士としては祖父、父の鬼の技、鬼神拳を修めた。
道場剣法だが、一対一の戦いとしては、その剣術の技量は確かなものだ。
一方で、その戦いぶりはザルクベインのそれとは共通点はない。
――だが。
超光速域に置ける立ち居振る舞い、呼吸の仕方、闘気の練り方、身の置き方。愛居真咲のそれはザルクのそれによく似ていた。これもまたゼトの振舞いに似ている。
「奴が教えたのではなく、奴から学んだか」
真咲はザルクとの戦いの中で、師の姿を模倣し、その在り方を習得しつつあった。
再び、剣戟の応酬が繰り返される。
ベルガリアードが生み出す螺旋槍撃の渦をものともせずにエグザガリュードが飛び込み、強烈な斬撃を放った。
その一撃がベルガリアードの闘気の鎧を切り裂き、その装甲にまで達する。
一方、超光速回転する槍の刃を、エグザガリュードの闘気を纏う左手が抑え込み、わずかな時間だが、その闘気が削り切られるまでの間、ベルガリアードの動きを完全に封じていた。
「あの方を思い出すな」
カーディウスは、竜皇リュケイオンの幼い頃の姿を思い返していた。
彼の仕えた主もまた、ただ自分の教えを学んだだけではなく、いつの間にか自分の動きの癖や特徴を盗み取り、それを自らのものにしていた。
「
カーディウスが超光速の槍の一撃を放つ。
一度見た技。
真咲は反射的にその動きを見切る。
最小限の動作でその一撃をかわし、反撃に移ろうとし、通り過ぎた槍の巻き起こす渦に引きずられた。
同じ技、と言ってもカーディウスとクロッサスではその力量が、威力が違う。同じ超光速騎士であってもだ。
螺旋閃槍撃が生み出した巨大な重力に引きずられ、体勢を崩したエグザガリュードに、ベルガリアードが腹部に収められた光子魚雷を放つ。
機体が密着する超至近距離で全弾発射。
反動を使い、闘気を練り、機体質量を限りなくゼロに近づけたベルガリアードは一挙に距離をとった。
瞬間的に硬気功で防御を固めたエグザガリュードだが、その前面が大きく焼けただれ、膝をつく。
だが、カーディウスも追撃に移ることは出来なかった。
ベルガリアードの右腕、槍を握るその手首から二の腕の金属筋肉が切り裂かれていた。一見、浅く、細い傷跡だが、まともに槍を握れなくなる。
跪坐くエグザガリュードの左手に、いつの間にか長尺刀が握られていた。騎団長クロッサスを討った左腕の仕込み刀だ。
「やってくれる!」
カーディウスは思わず呻いた。
小技だが、機体の基礎機構を破壊する十分な一撃だった。
装機は極めて複雑な機構を要する精密機械だ。
戦闘兵器である以上、ある程度の破損や故障に耐えられるように作られてはいるが、人体を模した以上、対人戦闘の技術は装機にも有効だ。
それを防ぐための装甲を破る手段さえあれば。
――何よりも。
「やはり……復元しない」
真咲はエグザガリュードの自己診断に目をやり、機体の回復力が機能しない状況を見て取る。ベルガリアードの右腕の傷も同じだ。
そしてそれは装主である真咲とカーディウスもまた、その失った闘気、エーテル、気力が回復しないことを意味していた。
超光速騎士ともなれば、その回復力も驚異的なものだ。真咲のような再生能力を有する鬼でなくとも、高い治癒能力とエーテルの回復力を誇り、浅い傷なら即座に、重症であっても周囲のエーテルを吸収することで短期間で回復してしまう。
60階位以上の超光速騎も同様の性質を備えており、それ故に、彼らはそれに対する対抗手段もまた身につけている。
地球ではザルヴァートル・ギスカとの戦いで真咲が初めて直面したそれは、超光速騎士同士の戦いでは必須の技術と言えた。
ベルガリアードが左腕に旋角槍を持ち替える。右腕はすでに半ば機能しない。
機体前面が焼けただれたエグザガリュードがわずかに腰を浮かせ、すぐに動ける態勢を取った。
「もはや、手を選ぶ余裕はないか」
カーディウスは、眼前の敵が自分と同等かそれ以上の敵であることを認めた。それまでは、この後に控える戦いを考えていたが、もはやその余裕すらないことを認めざるを得なかった。
ベルガリアードの左の槍が急旋回し、その両腕が頭上高くに掲げられる。
満足に動かせない右腕から放たれた闘気と左の槍が生み出した重力の井戸が合わさり、巨大な球体が出現した。
「受けるがいい!我が力のすべてだ!」
超光速で無数の回転をする球体に真咲は戦慄し、エグザガリュードが回避行動をとる。だが、球体がその機体を追って軌道を変えた。
振り切ろうとさらに跳び下がるエグザガリュードを追う球体が奇妙な動きを見せ、真咲は素早く自身の後方へ視線を巡らせ、エグザガリュードをその場に踏みとどまらせた。
踏みしめた両足の獣爪が大地を抉り、地を割る。
球体を避ければ、真咲たちを無視して後方の軍団に直撃する。そうなれば龍装師団の大半はこれ一つで吹き飛ぶと悟ったのだ。
その中には溝呂木弧門とアイヴァーン・ケントゥリスがいる。
エグザガリュードの巨体が腰を落として両足を開き、その両手を前に突き出す。
「我が
強化されたベルガリア星の半分を吹き飛ばすほどの力、それは地球を月ごと一瞬で削り取るほどの破壊力だ。
その威力を感知してエグザガリュードの巨体が震えた。だが、装主である真咲は恐れることなく全身の闘気を高めていく。
「
真咲の闘気が、エグザガリュードの右腕に巨大な蒼い太陽を生み出させる。先ほど艦隊戦で鬼獣王が生み出したものと同じだが、より高密度、超高熱の恒星そのものだ。
それをエグザガリュードがその右手で押し出し、
ブラックホールと太陽が地上で激突し、ベルガリアの大地を飲み込んだ。
「惑星転移?」
聞きなれない言葉に、もはやそんなものはありすぎて困るほどだったが、真咲は聞き返していた。
惑星要塞ベルガリア攻略の主戦力を愛居真咲とエグザガリュードが務めると決定した後、作戦会議は具体的な戦術行動の策定に入っていた。
その中で、最後に注意すべきものとして挙げられた話だ。
「ええ、言葉通り、惑星そのものを空間転移で逃がすものです」
「そんなことが出来るのか?」
「——理論上は可能だ」
ゼトの言葉をアディレウスが補足する。
「もともと、惑星、星系単位での移動は
アディレウスの言葉に合わせて、会議場に巨大な立体図が次々と出現する。真咲の目はそれを追うが、内容は大まか以上の理解はできない。
「通常、戦闘領域からの脱出は艦艇や難民船を使うものだ。これに関しては戦場では艦隊による次元封鎖によって阻止することが可能だ。
次元封鎖下では通常の空間転移、超光速航法による突破は困難」
そこでアディレウスは言葉を切り、議場を見渡す。
「——だが、惑星転移は次元封鎖を突破しうる。過去に経験があるものもいるだろう。我々としても汚点と言える話だ」
その言葉に、龍装師団の老齢の元幹部たちの反応が応えた。
「惑星の空間転移は止められないのか」
「次元封鎖とは網を張るようなものだと思えばいい。網を細かくすれば小さな獲物を捕らえることもでき、広げれば広範囲の対象を捉えることもできる。だが、網の強度でとらえられない巨大物はどうにもならない。この場合の網の性質や強度とは展開した艦隊のエーテリア出力に比例する」
立体映像が艦隊が張った網を星が突き破るイメージに切り替わる。
通常、惑星の空間転移自体を阻止することは不可能ではない。
「惑星転移に必要なのは、次元封鎖を突破する起動出力と後は転移先の距離と質量に応じたエーテル量。惑星全体のエーテリアを全て抽出すれば、これを達成しうる。これを阻止する手段はほとんどない。星そのものを破壊するほうがはるかに簡単だ」
この場合のエーテリアとは星に住む生命体すべての生命力を使うということだ。
「それやったら、みんな死ぬんじゃないの?」
溝呂木弧門が椅子に大きくもたれかかり、大げさな仕草をした。
「その通りだ。我々が取り逃した一件では、転移に抽出したエーテル量の関係で惑星住民の8割が死亡し、微生物に至る全生命体の半数以上が死に絶え、星命循環が崩壊。事実上、死の星と化した。」
「……それもう意味なくね?」
げんなりした表情の弧門に、アディレウスは冷ややかな態度で答えた。
「どうかな?我々が勝てば、彼らは全滅する。一人残らず」
うげ、と弧門がまた大仰な反応をした。全滅よりは、わずかな生き残りが出る可能性に賭ける選択なのだ。
その横で、真咲は静かに尋ねた。
「どうやって阻止する?」
「基本的には、惑星転移に必要な起動エーテルの確保をさせないことです。要塞砲で艦隊迎撃を行っている間は、それだけのエーテルをためては置けないでしょう。その間に、惑星に降下し、敵戦力を減退させ、
——要するに速攻だね。彼らがどんな犠牲を出しても逃げる気になる前に」
わかりやすく置き換えたゼトの言葉に真咲は頷いた。
「——ドルニアス!」
カーディウスの怒号が惑星、ベルガリア全体に響き渡った。
その直後、大地に、空に巨大な魔法陣が展開される。
それは、
魔法陣が、激突した空間からエーテル光を抽出し、さらにその紋様を広げていく。まるで最初からそうなるのがわかっていたかのように。
惑星要塞が、その惑星上の事象を操り、巨大エーテルを動力に空間転移魔術を起動しようとしているのだ。
エグザガリュードとベルガリアードの二騎の中間で起きるエーテルの奔流の前に、二体は押し流され、引き離されていく。
「……これが、惑星転移か」
その流れに耐えようと歯を食いしばりながら、真咲はエグザガリュードが押し出されていくのを止めることが出来なかった。
惑星ベルガリアの空間転移に必要な起動エーテル量。
その確保をさせないように、真咲は戦ってきたはずだった。そのために敵を倒し、その命を食らい、自らの力に還元した。そうして敵の力を削り、逃げられないようにしたつもりだった。
だが、今やその真咲とエグザガリュードの力が、敵に逆用されようとしている。
最初から狙っていたわけではない。ベルガリアはもはやこれ以外の選択肢がなかったのだ。
カーディウスもドルニアスも惑星住民の命の大半を犠牲にしてでも、わずかな生存者を逃がしうる可能性に賭けたに過ぎない。
『——愛居真咲』
龍装師団副団長アディレウスの駆る法礼機ミデュールからの通信がエグザガリュードに届く。
真咲は装主席で、
そして――
星が、一面に輝いた。
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