第8話 わかっていた結末

惑星防壁ガーディアル・プラム

そう呼ばれる星一つを覆う巨大結界は、星命学の結晶である。

地球で言うところの風水。地脈、霊脈の概念を発展させたものだが、星海でのそれは桁が違う。小さなものでも惑星一つの霊脈を完全に制御することすら可能であり、それをさらに拡大し、一つの恒星系の各惑星の霊脈を連結、巨大な一つの霊輝連結エーテリアルネットワークを構築するまでが惑星国家の基本である。

星一つを一つの完結した生命体とみなし、そのエーテルを完全に制御し、膨大なエーテルを運用することを目的とし、その成果を惑星に還元させる。その星に住む住民のみならず、すべての生命すらもその循環構造に組み込まれ、星が人を護り、人が星を護る。その結実。

これを惑星連結アーシアン・ネットワークと呼ぶ。

この惑星連結アーシアン・ネットワーク下では惑星上のほとんどの事象を制御可能である。主には天候、災害の完全制御や土地の活性化を主とするが、情報や物資を一定の手順化で自在に配置することも可能であり、また制御下にある人々の意思を統合、反映させ、支配するなどの悪用も可能。時には死者をよみがえらせることもできるという。

もっとも、自在に扱うにはそれに伴って高度な技術と莫大なエーテルを必要とするため、多くは絵空事に過ぎず、あくまで惑星内の気象制御や、宇宙怪獣や悪意ある存在の侵入を防ぐための惑星防壁の発生と維持にとどまるものが大半だ。

それですら完全とは言えず、管理者は度々予想外の惑星災害エラーに悩まされることになる。

だが、惑星居住者の生命維持や生産力の向上など多くの利点からその恩恵もまた多い。

ゆえに、その扱いは極めて厳格に定められており、多くの惑星連結はその星の行政体がつかさどることが通例である。

地球のように、この惑星連結アーシアン・ネットワークすら未実装の状態で星海連合に加盟した惑星国家はめったにないことだ。


また、この星命学をより拡大していくことで、星系単位での霊輝連結エーテリアル・ネットワークの構築や、果ては銀河規模での連結構築すら星海国家では公共事業として行われる。

この星海連結ユーニアル・ネットワークこそが国家の基本だ。

連結内の星では設定された亜空間ゲートを通じた超空間経由での交流が自在になる一方、連結外惑星からは、連結内惑星への直接の空間跳躍ジャンプはできず、まずその窓口となる惑星への接触が必要となる。

または空間跳躍ジャンプに頼らず物理的に直接移動するしかない。超光速航行ハイパードライブでも何万光年という旅程は大変なものだ。

星海における国家の成立とはすなわち、その勢力圏において自由な行き来が可能かどうかということなのである。

リューティシア皇国内で反乱を起こした旧フェレス復興派の場合、フェーダ―銀河系の半数近くを傘下に収めた旧フェレス復興派に賛同する星系群が星海連結ユーニアル・ネットワークを構築する一方、彼らはリューティシア皇国全体の星海連結ユーニアル・ネットワークからは断絶した状態にある。

その中枢に位置する惑星フェザリアには、旧フェレス復興派に所属する勢力以外はその周辺惑星を経由して直接航行する他なく、敵対するリューティシア軍は、フェレス復興派の勢力圏への橋頭保の確保が求められていた。

その勢力圏の外縁部に位置する恒星系、惑星ベルガリアはその窓口となる星であり、旧フェレス復興派にとっては敵の侵入を食い止めるための拠点、そして皇国軍にとっては敵勢力圏への侵入拠点として、今まさに戦場と化しているのである。


戦場となっている要塞都市ルイードから離れること4万リグ以上南に移動した先に、ベルガリア最大深度の海溝が存在する。惑星を半周した先で行われる戦場の影響は、この本来穏やかな天候の下でたゆたう海を、今や荒れ狂う大津波へと変貌させていた。

空には轟雷の鳴り響く雷雲が二重三重に積み重なり、海面からその雲に向かって巨大な海水の竜巻が逆流する。海底から噴き出したマグマが海上まで到達し、凝固する。

異常な光景だ。

惑星環境下での光速戦闘の影響は、最大で星全体に大きな環境変化を及ぼす。大気圏内で装機のような物体が光速を超えるということは、単純に大気の壁を突破するということではない。それを可能にするためにその周辺の時空が歪み、それが実行された結果、大気を熱し、星を揺らし、空を割るということなのだ。

その影響は、惑星防壁の結界によりで距離とともに低減されていくが、超光速戦闘ともなれば、その伝播範囲も必然的に大きくなる。

星海での戦争が主に宇宙で行われる「海戦」となる所以である。

その異常空間を、黒い旋風が一瞬にして喰い尽す。

海上を突き進む重力異常帯ブラックホールが、荒れ狂う大海原を空から海底までのすべてを吸収し、肥大化する。

惑星上での重力異常帯ブラックホールの出現。その発生源は、戦臨将機ベルガリアードであった。

第68階位の軍将機。戦臨軍将カーディウス=ベルガリア・カドリアヌス・ラウス公爵の乗騎である。

ベルガリアードの右腕に握られた旋角槍、星獣の角を加工して生み出された巨大な円錐状の槍が、光速で回転している。その周辺には逆回転のエーテルの渦が超光速で発生していた。深い溝の刻まれた槍が超光速のエーテルの旋風を巻き起こし、周囲の空間を歪め、重力異常帯ブラックホールを作り出しているのである。

放たれた重力異常帯ブラックホールはそのまま拡大を続け、カーディウスの視界の水平線までの海を一瞬で削りつくした。

「出てこい、アディレウス」

果たして、空間ごと削り取られた大気が復元する中で、次元潜航を行っていた艦隊が姿を現した。通常空間と異なる亜空間を密かに進行していた敵艦隊をベルガリアードの一撃で通常空間に引きずり出したのだ。

艦数約8000。ベルガリアの防衛艦隊にわずかに劣るものの、隠密行動を行うには充分以上の数である。

惑星防壁も完全ではない。惑星連結の構造上、必然的に脆弱性を備えた場所が惑星上に存在する。その裏口を突く伏兵であった。

いや、伏兵というには龍装師団とベルガリア騎士団の戦力差は大きい。もはやこれは単純な二正面作戦である。それに対応できる戦力が騎士団にはなかった。

むしろ防衛艦隊1万を全てルイード周辺に展開し、その過半を鬼獣王に潰された現状ではこの隠形艦隊だけでも惑星ベルガリアには致命的だ。

その全てが光を吸収する特殊装甲に覆われた隠形艦である。その指揮艦の艦上に、一騎の装機が立っていた。

法礼機ミデュール。リューティシア第一龍装師団、副団長アディレウス=アディール・フリード・サーズの機体だ。

「お久しぶりです。公爵」

潜航中のところを強制的に引きずり出された形だが、アディレウスの言葉にはよどみ一つなかった。

元から想定した状況だ。その証拠に、彼は最初から艦上に備えていた。

ふ、と装主席のカーディウスの顔に笑みが浮かぶ。追い詰められたように見える状況でも、かつての同僚の変わらない姿に、そして今の自分のみじめな姿に、郷愁と悔恨が入り混じる。


「ふ、ふ、ふ……今更ながら陛下の最後の言葉を思い出しておるよ」

カーディウスは天を仰いだ。

まだ竜皇リュケイオンを彼が殿下と呼んでいた頃の話だ。

「あの時、陛下は家族に向き合うには良い機会だ、と言われた。向き合え、と。ワシは、その意味を理解していなかった」

カーディウスはかつて少年時代の竜公子リュカの片腕だった男だ。竜公子の軍事面の側近として、数々の戦場を渡り歩き、戦場での戦い方を教え、一人の戦士の師として鍛え、そしてその全てを学んだ公子はあっという間にカーディウスのすべてを超えていった。

「あの方は、今日この日あるを見越しておられたのだ」

立場が逆転して後も、カーディウスは側近として公子を支え続けた。

リュケイオン公子が病床に倒れた父に代わり、摂政の任を拝し、直属の竜撃隊、そして第一龍装師団をはじめとする当時率いていた軍団の指揮権を再編成する際に、カーディウスは老齢を理由に引退を決意した。

竜公子は引き留めることもなく、20年の月日を共にした老臣をいたわり、カーディウスが率いていたベルガリア騎士団とともに故郷に返した。

すでに旧フェレス復興派の反乱を予期していた公子には、惑星ベルガリアに戻ったカーディウスと騎士団が、その牽制になることを期待されていたのである。

その一方で、カーディウスの息子、ランディウスが復興派との交流を持っていることも察知していた公子は、騎士団の編成に手を加えていた。大半がベルガリア出身者で構成されている中から、それ以外の出身者を中心に、一部戦力を異動させていたのである。

そのため、現在のベルガリア騎士団はフェーダ銀河出身の光速騎士こそ数あれど、超光速騎士は引退したカーディウスとその弟子であるクロッサスの二人だけしかいない。それ以外の光速騎士、超光速騎士は他の師団に引き抜かれていた。

前線から引く以上、まだ現役の主要戦力を他に回すのは妥当なことであり、カーディウスにも異論はなかった。あくまでも騎士団は牽制であり、その存在が逆に復興派を刺激する危険もあったからである。

だが、竜公子リュケイオンはベルガリア騎士団が敵に回ることも想定して動いていたのである。フェーダ銀河に牽制として騎士団を置く一方で、戦力を意図的に制限し、復興派がベルガリア騎士団を抱き込み、反乱を企てるための釣り餌としての役割も持たせていたのだ。

それをカーディウスは今になって理解していた。

「なんと愚かであったことか」

彼は、摂政となったリュケイオンが皇国の数々の施策を行う中で、フェーダー銀河に対しては戦力削減をはじめとする挑発的な行動を続ける姿を他人事のように見ていた。

かつてのフェーダ貴族たちがリュケイオンの政策に怒り、反感を募らせる姿に、勝てるはずのない戦いを企てる姿を、哀れみを持って眺めていた。

ベルガリア騎士団があれば彼らは行動することはできない。そもそも皇国軍が本気になれば、貴族たちの反乱などあっという間に鎮圧される。カーディウスはそう考えていた。

そのベルガリア騎士団を仲間に引き入れることが、フェーダ貴族たちの勝算の一つであることを考えもしていなかった。

三年の月日を経て、抜けた人材を補うために若い戦士たちを改めて育てたベルガリア騎士団であったが、それでも皇国軍が本気を出せば一瞬で潰せる程度の戦力に過ぎない。

最初から、公子はどちらに転んでも問題がないように動いていたのだ。

たとえ20年来の功臣であっても、反乱に与したとあれば容赦なく切り捨てる。その断固たる冷血非情の姿勢こそが、皇としての力を示すことになる。

敵味方の恐怖を支配する。今や次代竜皇となったリュケイオンのその思考を、誰よりも近くで見てきたカーディウスが一番よく知っていた。


「このような結果となり、残念です」

カーディウスの言葉にも法礼機ミデュールの中に座すアディレウスの事務的な態度は変わらない。

この状況も彼らの予測のうちだ。

そして彼らの間に説得という言葉はなかった。

彼らの間には――

『——アディレウス副団長!』

エーテリアによる通信帯を用いて、要塞都市ルイードの司令室からランディウスの声が届く。

カーディウスは眉を顰め、だがそれを止めることはなかった。

『聞いていただきたい!我らは決して皇国に仇為すものではないのです!』

ランディウスは必死に旧フェレス復興派の主張を告げる。

庶子であるリュケイオンより、弟のリュクシオン皇子より最も血統的に正しいフェレス朝の血を引くティリータ皇女のほうがリューティシア次代継承者に相応しい、と。

それは、皇子皇女が生まれてより20年以上にわたり、何度も繰り返されてきた話だ。もはや何の意味もない主張だった。

今の竜皇リュケイオンには、自分の即位に反対するものすべてを討伐する力がある。その戦力を20年にわたり、自分のもとに揃えてきたのである。

もはや言葉に何の意味があるだろうか。


戦臨将機ベルガリアードがその旋角槍を構える。

法礼機ミデュールがその両手に備えた金鞭を大きく振るった。

彼らは最初から分かっている。すでに話など不要だと。

カーディウスに悔いはある。彼が息子に皇国軍の恐ろしさをもっと早くに教えていれば、その行動を無理やりにでも止めていれば、こうはならなかっただろう。

そしてアディレウスも、そしてリュケイオンもこの状況を予測しながらもこうならないことを願っていた。だが、準備を整える前にフェーダ貴族を必要以上に刺激しないためには、彼の息子の行動を表沙汰に出さず、それとなく父親に示唆する以上の行動は彼らにはできなかった。

お互いに不運と不幸、そして判断の誤りがあった

だが、こうなった以上彼らは戦う。それが彼らのやり方だったからである。

力による支配を、勝利による成功こそを彼らは肯定する。

リューティシア皇国が超銀河を支配する巨大な軍事国家として拡大を続けてきたのはその成果である。

「艦隊の支援があったとしても、貴様がワシに勝てる道理はないぞ」

カーディウスの構えた槍に再び超光速の渦が巻き起こる。

同じ超光速騎士。同じ軍将。

だが、同格であっても彼らは互角ではなかった。

「さて、それはどうでしょうか」

アディレウスの振るった金鞭の先端が超光速を超え、その軌道が大気を埋め尽くす。その後方で、隠形艦隊が臨戦態勢をとった。

艦隊の支援を持って、アディレウスは自身の戦力不足を補い、カーディウスを討つ構えだった。

カーディウスは理解している。これは時間稼ぎであると。

アディレウスが自分を引き付けている間に、獅鬼王機エグザガリュードを駆る愛居真咲が要塞都市ルイードを陥落させる。

逆にアディレウスが、艦隊の支援の下にカーディウスを討ち果たしてもベルガリアは終わりだ。

どちらに転んでも何の問題もない。


地平線の向こう側で轟音が鳴り響いた。惑星防壁の元でもその衝撃が届くほどの破壊の痕跡が届く。

ルイードでの攻防戦もまた新たな局面を迎えたのだ。

その轟音とともに、遠く離れた場所で超戦士たちの戦いがまた一つ始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る