第7話 望んだ世界

龍装儀艦ザイダス・ベル。

それはリューティシア皇国軍第一龍装師団旗艦である。

全長8000リットを超える大型艦であるこの船は、先代竜皇グラスオウの乗艦であった国家旗艦デュマシオンの複製艦であり、第一師団旗艦としては三代目に当たる。

この大きさでありながら、惑星要塞と互角の戦力を誇るとされており、銀河規模の大戦でも一個艦隊を相手に単艦で渡り合ったことが何度もある歴戦の船だ。

……初代と二代目はその過程で沈んだことは置いておく。

常に二機の軍将機を擁し、それを完全に整備運用することを可能とするこの戦艦は、現在、さらに初代団長とその連れの青年の持ち込んだ二体の超装機により、今やリューティシア皇国軍最大級の戦力を保有していると言っても過言ではない。

その艦内は、今や……地獄絵図と化していた。

元から軍将機は維持が難しく、扱う機体が単純に倍になったということは、それだけ負担が増えるということであった。


格納庫の整備用通路で、自分の足元で駆け回る様々な宇宙人の姿を見ながら、愛居真咲は自身の装機である獅鬼王機エグザガリュードが、半ば解体されたように半開きになっている姿を眺めていた。

地球ではついぞ見たことのない光景だ。

エグザガリュードが地球に飛来して、最初の戦いから半年ほどが経過するが、これまで、一度も整備などが行われたことがなかった。

エグザガリュード自身の自己診断で充分だったからである。

元々40階位以上の高位装機には自己修復能力が備わっており、簡単な傷なら短期間でに復元し、たとえ機体が半壊するような重症でも、それが無補給であっても、時間はかかるが周囲の大気中のエーテリアを還元し、自己復元を行う機能がある。

機体の格の違いはその修復速度に直結する要素の一つだ。

まして62階位の王機であるエグザガリュードの自己修復能力は元から非常に高く、真咲の鬼人としての性質を取り込んだ66階位の獅鬼王機と化した現在は、真咲が載乗っていなくとも機体の8割が損壊しても即座に完全な状態に復元することすら可能だった。流石にエーテルの消費が大きく、多用はできないが。

二か月ほど前に、獣王レオンハルトの認可の元、真咲が黒獅子を拝命し、エグザガリュードの正式な装主となる以前から、半年にわたりエグザガリュードを預かってきた悠城重工において、エグザガリュードの解析作業はそのまま半年間停滞していたも同然だった。

なぜなら地球の保有技術では、エグザガリュードに傷一つつけることができなかったからである。

悠城重工のエージェントとして真咲の父、真人がこの10年余り、送り届けてきたのは二束三文のガラクタや三流技術者などではない。

そういった人材は地球統合政府が誘致した外部技師の方であり、悠城グループの特派員として星海を渡り歩いた愛居真人の仕事ぶりは目を見張るものがあった。

彼はその才覚、いや嗅覚というべきか、その足で実力がありながらなんらかの事情で燻っている人材や、密かに開発され、お蔵入りにされた装機などをどこからか発掘し、積極的なスカウトをおこなっていた。

結果として、悠城重工は文明進度30階位代の地球において唯一40階位を超える47階位の技術力を密かに確保していた。

だが、その悠城重工ですら、66階位のエグザガリュードには指一本触れることは出来なかった。機体の分析どころか、診断すら無理だったのである。

前述の8割損壊した状態からの復元、という獅鬼王機の回復力は、真咲が煉獄掌で自機の復元力を見るために実験的に破壊したに過ぎない。逆に言えば、真咲にしかエグザガリュードを傷つけることは不可能だった。

そのエグザガリュードも、第一師団の主任整備士たちにしてみれば格好の玩具だった。

彼らは普段は見ない王機、それも装獣機を前に発奮し、その機能を知りたがっていた。

リューティシアの龍王機ベルセリオス、そしてその複製機である竜魔将ドルガディアを預かった経歴を持つ整備士も中にはいて、彼らの前には地球では未知の存在であった獣王機も超一流の芸術品以上のものではなかった。


無重力状態の格納庫では機体の周囲から伸びた光結晶上の結索が何本もエグザガリュードにつながれ、その周囲を数多くの宇宙人たちが飛び交う。

そこにいるのは獅鬼王機エグザガリュードだけではない。

師、ザルクベインの駆る78階位の剣将機ザラード。

兄であるゼトの駆る72階位の紅零機ゼムリアス。

龍装師団副団長アディレウスの60階位、法礼機ミデュール。

いずれもが軍将機かそれ以上に相当する機体である。この中では、流石の王機も見劣りするとすら言えた。

特にザラードは、10万年以上前の古代の剣将機ザラードの複製機であり、4代目に当たるこの機体ですら建造されたのは8千年以上前だとされる古代装機である。

全88階位中、80階位が最高位とされる中で、78階位のザラードの機格は群を抜いて高く、その複製機であるゼムラー=紅零機ゼムリアスと比較しても雲泥の差があった。むしろ王機とは言え、66階位のエグザガリュードでは比べるべくもない。

唯一エグザガリュードが機格で勝っているのが60階位のミデュールだが、アディレウス副長とともに十数年にわたり戦地にあったこの軍将機と、つい半年前に初陣を飾ったエグザガリュードではこれまた風格が違いすぎる。

結果として、エグザガリュードはこれら軍将機を収めたザイダス・ベル艦内の専用格納庫内で小さく収まっていた。

高位装機ともなれば人間とは異なる類の高度な知性と機格を保有しているものだが、外から見てもわかりすぎるほどに獣王機が委縮しているのがわかる。

真咲の足元で、整備士たちが何かを打ち合わせ、またすぐ離れていく。先ほどからその繰り返しだ。

高位装機は高度な復元能力を備えている、とは言ったものの、それは整備が必要ない、ということではなかった。

むしろ人間が自分の体調を完全に管理できないのと同様に、どんなに高度な自己修復、自己診断機能を備えていようと、それが感知できない歪みが必ず存在する。

その歪みは通常では感知しえないレベルの小さなものであっても、それが光速、超光速を超えた戦いの中では大きなズレとなってしまう。

それを見つけ出し、補正する。時には機体の改善すら行えるのが、高位技師の存在だった。

リューティシアに来て以来、エグザガリュードの機体も何度も技師たちにより補正され、エグザガリュード自身もまたそれに応じて自らの機能を改善している。

この数日で目を見張るほどの新たな成長があった、とはここの主任技師たちからの説明だった。

真咲にはほとんど理解できない専門的な話になっていたが、実際に乗って、機体と同調してみれば、確かにそれ以前とは違っていた。

その様子を真咲は微動だにせずに眺めていた。


真咲の姿も地球にいたころとは全く異なっていた。

額から上方に向けて生えた4本の鋭角、頭頂部から後頭部にかけて後方に突き出た鋭角。耳まで裂けた口と右側のみにある耳。

顔の左半面の火傷痕は変わらないものの、人間に擬態していた左目は今は複眼のままうごめいて周囲を睥睨している。

その手足もところどころが赤黒い鉄色に鈍く輝き、あるいは脈動していた。

幼少時に欠損した手足を捕食した別の魔獣で補っている真咲の肢体は人間に擬態していなければ左右非対称の継ぎ接ぎな状態である。

必要な部品を剪定して使っているために内的なバランスはとれているものの、外見はまさに合成獣そのものであった。

元から人間への擬態から鬼人への変化を頻繁に繰り返す真咲は、ゆったりとした道着状の服装を好むため、そういった姿でも服の着心地に困ることはない。

その服の背後、背骨から腰、そしてそこからつながる脊椎のような尾が、微動だにしない真咲自身の意思に反して左右に何度も振れた。

地球、日本でこのような姿の存在が現れたら大混乱間違いないであろう。

だが、この格納庫の整備士たちは地球人と変わらない姿のものもいれば、獣人や蜥蜴人、果てはエイリアンやプレデターのような外観、人型ですらない種族まで様々だ。

超銀河規模の国家であるリューティシアは必然的に多種多様な人種が、支配下の多くの惑星から集まる多種族国家なのである。

その中では、愛居真咲のような鬼も、ただの魔人種ヴァンデラーの一人に過ぎない。


「——愛居真咲」

名を呼ばれ、真咲は声の主に振り向いた。

「アディレウス副団長」

「——副長で結構だ。それで通っている」

一瞬、真咲は敬礼をしようかと迷ったが、そもそもリューティシア式の敬礼など横目で見たきりだったのであきらめて、正面からアディレウス副長に向き合うにとどめる。

その姿に、怪訝な表情をするアディレウスの視線を追って、真咲は額に手を当てた。そこに角の感触はなかった。そして尾もいつの間にかなくなっている。

「失礼——地球にいるときの習慣で」

声を掛けられ、振り向くときにいつもの癖で人間へ擬態していた真咲だった。

アディレウス=アディール・フリード・サーズはイーラ人だ。

青い髪色と赤い瞳、赤銅色の肌を持つ人型種族で、色素を除けばその姿は地球人とほとんど変わらない。

魔力の使用に長ける種族で、反面筋力に難があるとされる人種だが、軍将であるアディレウスはその中での例外と言えた。

外観は「人間」であるアディレウスの姿に反射的に異形を隠した真咲の姿が再び鬼人化する姿に、アディレウスは小さく息を吐いた。

「ああ、地球には『ノルド種しかいなかった』のだったな」

それはあくまで地球人類の見解に過ぎない。

地球には愛居真咲のような妖怪や伝承に記されるような幻想の動物も存在する。ただそれが人に知られていないだけの話だ。

中には人跡未踏の地で暮らす人間と同等以上の知性を誇る種もいて、あるいは真咲や祖父のように人間の中で暮らしている種族も存在する。


「何か?」

真咲は話を戻した。

「まもなく、作戦行動が開始される。手順は先ほどの打ち合わせ通り。我々本隊は、君が敵主力と戦えるように順次誘導を行う」

惑星ベルガリア攻略の主戦力は愛居真咲とエグザガリュードと確定したのは先ほどのことだ。

その後、具体的な戦術行動についての打ち合わせが行われ、解散したのはつい先ほどのこと。

「ありていに言ってしまえば、私は内戦などで麾下の戦力を無駄に失いたくはない。次代の保証がある以上、君に敵の全兵力をぶつけるように動く」

話し相手を正面から堂々と使い潰すことを宣言する副長の姿は、真咲にとっては意外なものではなかった。

元々、第一龍装師団の戦法がそうなのだ。最強の団長が敵主力と激突し、その討ち漏らしを続く後続部隊が拾う。

参謀兼指揮官を務める副長としてアディレウスが行うのは、いかに敵を確実に団長にぶつけていくか、ということだった。

その戦い方は息子の代まで多少の変化を交えつつも変わってはいない。

何より、真咲自身が多くの敵との戦いを望んでいる。

「カーディウス公爵は難敵だ。ゼトが戦えばまず勝ちは揺るがないだろうが、戦場に予想外の事態はつきものだ。それは避けたい。ゆえに、君に託す」

リューティシア第三位皇位継承者ゼルトリウス・フリード・リンドレアは第一龍装師団団長であると同時に皇国の王族でもある。

王族が最前線で戦うことを良しとする風潮を持つリューティシアだが、危険性を可能な限り取り除きたいというのも当然の話だ。

それもまた、真咲自身が望んでいることでもある。自分がゼトの露払いを務めることに異論はなかった。

話を進める二人の元へ、一人の整備士が近づく。キシキシと羽を打ち鳴らす昆虫のような姿の整備士だった。

半人半妖の真咲の姿にも特に驚くようなことはない。地球人の感覚では、お互いに異形の姿だ。

「黒獅子殿、獣王機の整備が終了しました」

その言葉に真咲はうなずく。

フォルセナで受勲を受けた真咲の公的な立場はフォルセナの獣王の軍権代理人、黒獅子。実質的には獣王の猶子にあたる。

傭兵家業を生業とする獣士族では、王族に当たる十支族であっても他国に雇われることは珍しくもなく、それ故に整備士たちも真咲はフォルセナから派遣された傭兵であるという認識であった。

その整備士の向こう側で、先に整備を終えた剣将機ザラードと紅零機ゼムリアスがそれぞれ動き出すのが見えた。

『真咲、お先に』

『武勲を期待する』

ゼトが軽い口調で、そしてザルクが言葉少なに真咲に声をかけて格納庫を出ていく。親子に当たる機体を駆る親子は、仕草も口調もまるで違うのに、どこかが似通っていた。

「では、自分も準備に入ります」

真咲はアディレウスへ護法輪式の一礼をし、整備を終えたエグザガリュードに向けて真咲の身体が流れる。

機体の点検を終えた整備士たちが次々とエグザガリュードから離れ、異形の姿をした真咲とすれ違う。

「黒獅子殿、ご武運を」

すれ違った整備士たちから真咲へ声を掛けられる。彼らの誰一人として、鬼人化した真咲の姿を恐れるものも、疎むものもいなかった。

彼らが見ているのは、初代団長が連れてきた戦士で、次代団長が信頼する一人の獣戦士の姿だ。

ここには、地球で恐れられた、人知を超えたバケモノはいない。

いるのは、優れた力を持つ戦士とそれを支える技師たちだ。

真咲は胸部の上面に開いた装甲から装主席に乗り込み、その中でさらに立つ。

球体上の装主席の中央にあつらえられた鎧が展開し、真咲を包み込み、神経接続、機体との同調を行う。

前回の同調時よりさらにきれいにつながった感覚があった。

「——愛居真咲」

機体と同調した真咲の、エグザガリュードの目が、正面に立つアディレウス副長の姿を捉えた。

冷徹にも見えるイーラ人は、事務的に話を進める。

「では、愉しんで来なさい」

その言葉は真咲の望み通りで、断る理由などどこにもなかった。

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