第3話 鬼獣王撃進
フェーダ―銀河系中央に位置する惑星フェザリアは、7千年の昔、フェレス朝時代に栄えた星系都市である。
恒星とそれに連なる12の星が連動し巨大な
その歴史ある星が、今はフェレス復興派の主要拠点となっている。
「それは事実なのですか?」
ティリータは今聞いた話が信じられなかった。
リューティシア皇国第二皇女ティリータ=ティルテュニア・リンドレア・スウォル。
今は亡きリューティシア初代竜皇グラスオウの次女である彼女は、現在は次代竜皇リュケイオン、兄への反旗を翻した反乱の身である。
無論、彼女を擁立する者たちは自分たちを反乱軍だとは思っていない。皇の資格を持たない偽王に対抗するために立ち上がった義勇の士である。
「先ほど情報が入りました。ただいま、ベルガリア領に第一龍装師団が侵攻、交戦を開始したということです」
そう彼女に伝えたのはフォーント・カルリシアン侯爵。ティリータ皇女を擁立するフェレス復興派の中心人物の一人である。その横で苦い顔をしているのはライド・シュテルンビルド・アドルスティン伯爵。彼もまたその一人だ。
「まったく信じがたいことです。先のナーベリアより三日と経っておりませんのに追撃戦とは、第一師団は補給や整備を軽視しているとしか思えません」
復興派における軍事部門の最高責任者を自認するシュテルンビルド伯爵にしてみれば、先のナーベリア海戦で第一龍装師団に散々にやられた上に、相手は消耗した様子もなくさらに戦闘を行っているのだ。苦虫を何匹かみつぶしても足りない。
「ま、第一師団はそういう連中です」
仮あつらえの玉座に座らされているティリータの右で、軍将ウォールド=ウォルムナフ・ガルードはあっさりと首肯した。第三重征師団団長として長年ともに戦ってきた彼にとっては、第一龍装師団の行動は不思議でも何でもない当然のことだ。
「しかし将軍、奴らの行動は軍として常軌を逸している!」
「あれは軍隊ではありませんよ。一度喰いついた獲物から絶対に離れることはない獣だ。自分たちが動けなくなるまではね」
ほかならぬ第三重征師団団長ウォールドの言葉に、シュテルンビルド伯爵は押し黙る。先の戦闘で第一龍装師団の戦力を侮り、大敗を喫したのはほかならぬ伯爵自身だ。
その窮地を救った第三師団に対して敵愾心はあれど、その事実を認めないわけにはいかなかった。
「連中も別に休息が要らないわけじゃない。回復できた奴から先に動いてるだけです。そいつらが疲弊したら後から回復した連中がその穴を埋める。連中はそういう回り方をしてるんですよ」
「ウォル……ベルガリアはどうなるのです?」
ティリータの問いにウォールドは肩をすくめた。不安げに見上げる少女の瞳に、教育係の冷静な視線が返る。
「全滅だな……こっちからどうにかするには間に合わん」
ウォールドもまたリューティシア皇国軍を率いる将の一人だ。リューティシア軍というものがどういうものかを知り尽くしている。
「そんなことはありません!現在、三個師団がベルガリアに派遣中です。一両日あれば合流できます!」
シュテルンビルド伯爵が拳を振り上げて、怒号を上げた。
カルリシアン侯爵も伯爵の隣で静かに賛同の意を唱える。
「ベルガリアには私の娘が嫁いでいるのです、見殺しにするわけには参りません」
二人の言葉を受けてティリータは再びウォールドを見上げる。
「なら、それに賭けるとしよう」
軍将の態度は、最後まで冷淡なまま、壁の一点を見つめている。そのはるか先、見通すことのできない数十万光年の宇宙の彼方に、今まさに戦場と化したベルガリアがあった。
「全艦隊!一斉射!撃て!!」
防衛艦隊司令ノフェルの号令の下、防衛艦隊の集中砲火が巨獣に浴びせられる。
鬼獣王形態への変貌を遂げたエグザガリュードめがけて放たれた、光速を超えた超鋼弾と光量子弾が大型化した的の全身に命中し、巨獣が大きくのけぞった。
引き換えに放たれた光速拳による反撃は、戦艦6~8隻が集中して展開させた障壁により防がれた。
先のエグザガリュードによる真撃拳による一撃により、逆に瓦解した艦隊陣形を拡散して再編したノフェルの指揮により、艦隊は10隻前後の小集団に分かれてエグザガリュードを半円形に包囲、敵の攻撃を分散させながら、自分たちの砲火を集中させるように展開する。
「効果は!?」
「敵装甲表面に損傷を確認しました!情報連結!」
艦隊各艦の捉えた情報分析、索敵能力が
巨大化した故に的の大きくなった巨獣の装甲は光速弾の嵐によってその表面を大きく削られていた。さらに敵の光速打は集中展開させた障壁で防御が可能だった。
「交戦予測演算!撃破指標を策定します!」
「行けるか!」
集約された情報から巨獣を破壊するまでに必要な時間とエーテル、弾薬、戦装機の数までが算出され、それが艦隊全員に共有された。
だが、その期待は脆くも打ち砕かれた。
「超エーテル体、接近!」
その言葉は爆散する小艦隊に遅れて飛んだ。戦術予報士が言い終えるころにはすでに4つ目の戦艦の小集団が爆散して吹き飛んでいる。
鬼獣王エグザガリュードが攻撃方法を変えたのは誰の目にも明らかだった。
「固まれ!多重連結で対応しろ!」
現在、10隻の戦艦群をさらに密集させ、集中防壁で砲撃を防ぐ算段だった。
戦艦群は今や一つ40隻を超える集団を100個単位で構成し、再び巨獣と対峙する。
その指示を出したノフェルは、解析情報に記された巨獣の装甲表面がすでに完全な状態に復元していることを目の当たりにして絶句した。
「
真咲の指示に応えて、鬼獣王エグザガリュードの左腕が、300リットを超える長大な砲身を掲げる。機体の全長をさらに超える巨大な砲が、左肩から生えた巨腕と本腕の二本の腕に支えられ、左手の副腕でそのグリップを握った。
巨獣の左側のみで巨大な砲台を形成、その砲身にエーテルが集約していく。
「撃て」
淡々とした真咲の言葉に、エグザガリュードが照準、射撃を行う。
収束されたエーテルは莫大な熱量へと変換されて砲身から放たれ、集合した戦艦群の集中障壁を正面から貫き、さらにその熱線中央部から放たれた熱量の余波と遅れて届く衝撃波が40隻の戦艦群をその周辺に護衛として展開していた戦装機諸共吹き飛ばす。
さらに二発、三発と連続で大出力のエーテル波が放たれ、次々と戦艦群を木っ端微塵に粉砕する。
艦隊からも光速弾による砲撃が返されるが、エグザガリュードの管制機能が急所に至る砲撃のみを剪定して内蔵砲で迎撃、その火線をそらし、撃ち落す。
それ以外の光弾は巨獣の装甲に直撃し、巨体に穴を穿つが、鬼獣王の再生能力により、即座に復元していた。
真咲が動く、その動きに合わせてエグザガリュードが跳躍し、鬼獣王の巨体が一瞬にして数百キロの距離を移動する。
だが、超光速での跳躍にわずかに遅れて、防衛艦隊もまた空間跳躍を行い、艦隊を再展開。その跳躍先へ砲撃を集中されている。
さらに、艦隊から展開された戦装機の軍団がエグザガリュードへ向けて突撃してきた。超音速機と言えど、一定市場の集団で戦艦の援護があれば、光速騎への戦力になりうる存在だ。
「——流石」
真咲の口の端が吊り上がった。
ナーベリア海戦でもそうだったが、星海においては光速、超光速戦闘に対する集団戦術が確立されている。
光速を超えた速度で動くといっても、あくまでそれは物体だ。その場にいない存在ではないのだ。高度な予測演算能力と予測位置を完全に制圧可能な飽和火力をもってすれば、光速、超音速の物理攻撃でも本体を捉えることはできる。
大型火力の戦艦と、空間的な自由度を誇る音速機の戦装機の完全な連携をもってすれば、光速騎と言えど問題はなく、超光速騎であっても油断できる相手ではなかった。
その攻撃に完全に対処には、飽和火力に勝る光速移動力、予測を超えた機動力、あるいは飽和火力を防ぎうる防御力や防御技術が必要になる。
真咲とエグザガリュードが変異した鬼獣王形態は対艦隊戦における必要な火力と防御力を備えた姿だった。巨大化してなお、超光速の速度を維持しつつ、戦艦群との撃ち合いが可能な姿だ。
数が減らされたとはいえ、艦隊からの砲撃は未だに激しく、巨大な闘気で身を固めた巨獣ですら、光速弾を完全に防ぐことはできない。
だが、そこで受けた損傷も鬼獣王の再生力が上回っている。
エグザガリュードの左腕が再び
「やはり大砲のほうが、闘気弾より収束率と射程では上か」
真咲の目は、射撃戦には向いていない。鬼人態の左右の目は近距離の三次元的な把握能力にたけるように真咲自身の意思で組み合わせられており、逆に一点の位置を集中するのは苦手だった。修羅閃迅拳のような乱打を好むのはそのためだ。
故に、エグザガリュードが射撃管制を行う。
「——こちらは勝手にやる」
砲撃を行う左半身の制御はエグザガリュード自身に任せ、真咲はその右手に巨大な火球を出現させる。
「
真咲に連動したエグザガリュードの右の本腕に小さな太陽が生み出された。
超音速で眼前に迫る戦装機部隊に対して、真咲はその火球をゆっくりと押し出し、その五指で弾いた。
「——
エグザガリュードの前に産み出された太陽が無数の火球に分裂し、襲い来る超音速機に向けて放たれた。
光速で飛散する超高熱の太陽を避けることができず、超音速機の軍団が次々と溶け落ちる。焼け落ちる機体から悲鳴を上げながら、燃える装主たちが次々と地面に振り落とされていく。
鬼獣王の口が開き、焼け落ちた機体と装主の遺骸を次々と吸い込んでいく。
その鬣が、炎の色に赤く染まった。
「バケモノめ!」
もう何度目かわからない呻きがノフェルの口から洩れた。
軍将相手の戦いはいつもこうだ。超光速騎であっても対等に戦えるつもりでも、彼らはいつも後手に回る。倒せない相手ではないはずなのに、常に予測をはるかに超えた損害を強いられるのだ。
「あれだけの火力と防御力だ。やつの闘気力とて無限ではないはず……消耗戦ならば」
わずかな希望は、次に提示される情報分析によって否定される。
「人を……喰ってる?」
情報分析結果が司令艦の正面映像板に映し出され、エグザガリュードに破壊された装機、戦艦の残骸と乗員の死体が、その身に残留したエーテルの光とともにエグザガリュードの全身に吸い込まれていく。
その頭部にある獣の顎が、腹部に生えた巨大な口が残骸と遺体を食らい、巨獣の全身から突き出した黄銅色の突起がその場に残留したエーテルを吸収する。
その光景から、情報分析は喰われたものすべてがエグザガリュードのエーテルに変換されていることを示していた。
敵を喰い、その力を得て回復し、次の敵を襲う。それが変貌した鬼獣王エグザガリュードの力の本質だった。
「……無限、か」
ノフェルの声に絶望が混じった。
純粋な戦力で見れば、防衛艦隊は獅鬼王機エグザガリュードと互角に戦いうるはずだった。
だが、鬼獣王はその力で敵を倒し、その命を喰う。最初は互角でも、艦隊は数は減らしていき、そして愛居真咲とエグザガリュードは消耗を補いながら戦い続けることができるのだ。
ナーベリア海戦を経て、真咲とエグザガリュードの出した結論がこの無限に戦い続ける戦鬼の姿だった。
巨獣が咆哮する。放たれた方向は超振動となり、さらに向かい来る装機と艦隊を粉砕する。拡散、展開した艦隊に対してその全体を粉砕するべく、咆哮はさらに扇状に広がり、包囲した艦隊を振動に巻き込んでいく。
獣冥破。本来はフォルセナの獣戦士の奥義の一つであり、獣王レオンハルトから真咲が授けられた技である。本来は秘奥であるはずのこの技は獣王にとっては牽制に過ぎず、真咲にとっても一つの攻撃手段に過ぎない。
もはや防衛艦隊は全体の半分近くを失い、鬼獣王の侵攻跡に取り残された機体はたとえ生き残ってもその力に変換されて喰われていく。
その状況でも防衛艦隊はなんとかその足を止めるべく戦うことを止めようとはしなかった。彼らもまたカーディウス同様、龍装師団に敗れた星がどうなるかを知っている。
最後の一人になっても自分たちの星を、家族を、友人たちを守るためには戦うしかないのだ。
「損傷した機体はすぐに回収しろ!負傷兵の収容を急げ!奴に餌を与えるな!」
ノフェルの怒号が矢継ぎ早に飛ぶ。
「回収には音速騎隊を当たらせろ。敵は愛居真咲だけではない、すぐに死肉漁りどもが来るぞ!」
エグザガリュードとの最初の戦場はすでに地平線の彼方にある。その向こうでうごめく群れを、ノフェルの目は確かに捉えていた。
「……誰か」
誰かが呻いた。それが誰だったのか、それとも誰もがそう思っていたのか、誰にも分らない。
重装機ダンゲルの集団が、鬼獣王の両脚に取りつく、巨獣を取り巻く灼熱の地獄に耐えながら、その装甲を熱に溶かされながら、仲間の死体を踏み越えてたどり着く。
戦装機ジャルクスの集団が、鬼獣王の両腕に取りつく。その六本の腕から放たれる破壊と暴力の嵐の中で、次々に撃ち落されながら、千を超える装機のうち、わずかな数がそれを突破して。
だが、鬼獣王は止まらない。彼らの必死の抵抗などないものかのように、その歩みを止めることはできない。
「誰か、この化け物を止めてくれぇぇぇぇぇ!!」
無数の叫びを巨獣の咆哮がかき消し、彼らは巨獣に踏みしだかれ、食い潰される。
必死の抵抗を嘲笑う鬼の哄笑とともに、その命が吸われていく。
その背後には、ベルガリアの首都である要塞都市ルイードがあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます