第2話 荒野乱戦
「
荒野に閃光が走る。
愛居真咲の放つ超光速の拳打を、エグザガリュードの巨体が正確に追従し、数十倍の質量を備えた拳から放たれた超光速の闘気が荒野を埋め尽くした。
縦横無尽に走る拳。その様はまさに光の網だ。
その網に捕らえられたベルガリア騎士団の戦装機ジャルクスが次々と砕かれ、ちぎれた手足が光の後に続く衝撃波で粉々になって消滅する。
エグザガリュードの全面に展開された拳打が生み出す網が、そのまま前方へ、はるか地平線に向けて放たれ、地を穿ち、天を引き裂きながら無数の光の断層が空間を奔る。
瞬く間に千機以上のジャルクスが灰燼となって宙を舞った。
だが、次の瞬間、放たれた光が巨大な壁によって遮られる。
百機を超える重装機ダンゲルがその巨大な盾を前方に突き出し、最大出力でエーテル障壁を展開、それぞれをつなぎ合わせて巨大なエーテルの壁を作り出したのだ。
『ここで止めろー!』『下がれ、下がれ!』
二つの怒号が戦場を駆けめぐる。
さらに駆け付けたダンゲルが壁を広げ、壁に守られたジャルクスたちが次々と後方へ跳びすさる。
超音速、空気抵抗のある地上でマッハ100にも及ぶ高速機動を行う装機の群れが前と後ろ、二つの方向に割れた。
「——逃がさん」
エグザガリュードの装主席で光速拳を繰り出していた真咲の口の端が吊り上がり、耳まで裂けた口が残忍な笑みを形作る。神経接続により同調したエグザガリュードが、真咲の意思を読み取った。
光の奔流の流れが変わる。真咲が光速拳の機動を変え、ダンゲルの集団が展開したエーテル障壁に対して、縦横に放っていた拳閃を垂直に、そして広範囲に切り替えたのである。
同時に、エグザガリュードの背面が展開、無数の光が轟音とともに放たれた。
「放て、
『——
自分たちの頭上、高さ1000リットにも及ぶエーテル障壁を飛び越える光の群れにダンゲルたちが戦慄するが、彼らは動けない。それどころか、超光速の拳の猛打により、彼らは展開した障壁ごと後ろに押されつつあった。
その背後で、空中で飛びすさるジャルクスが光速の質量弾に次々と砕かれる。所詮は超音速、光速で追撃されれば為すすべがないのだ。
『……た、耐えろ。まだ耐えろ』
ダンゲルの部隊を指揮する指揮装機が苦悶の声を上げる。今や500機を超える重装機団の防壁がたった一騎の王機を前に押されているのだ。
地上から空中にまで展開したダンゲルたちが必死に壁を支え、前に踏み込もうとするものの、彼らの眼前で炸裂する光の拳打の威力がそれを許しはしない。
そしてわずか十秒にも満たず、壁はその全てが同時に破壊され、障壁を展開していたダンゲルたちが光速拳に粉砕される。
だが、彼らはその役割を充分に果たしていた。
ダンゲルの破片を踏みしだき、さらに前に踏み出そうとしたエグザガリュードの巨体が揺れた。50リットの巨体が、わずかにのけぞり、さらにその両腕が光と化して自身へ打ち出された光速物体を次々と撃ち落とす。
「——新手か!」
自身の前方に展開された5000を超える艦隊の威容に真咲は獰猛な笑みを浮かべ、エグザガリュードが咆哮する。
次の瞬間、艦隊から放たれた砲撃がエグザガリュードに集中し、真咲はその左腕を振るった。
「
迫りくる光速砲弾をさらに光速拳で撃ち落とす。祖父、
惑星上での距離の多少など、光速の前には眼前にも等しい。
だが、その拳打は再び艦隊の手前に張り巡らされた巨大な壁に阻まれる。
ダンゲル500機で展開されたエーテル障壁をはるかに超える厚みと密度を持つ光の防壁、5000隻の艦隊から放たれたエーテルによるその巨大な壁は、次の瞬間には軋んで割れた。
「
左腕から放たれた光速の無数の拳打から切り替えた右腕の一撃。防壁が展開された直後に跳躍し、光速を超え、超光速に達したエグザガリュードが放つ拳が、ただ一撃でその数倍の密度を誇る防護障壁を打ち破り、空間ごと艦隊を震わせた。
「バケモノめ!!」
ベルガリア防衛艦隊旗艦、ナルメアで指揮を執る艦隊指揮官ノフェルは思わず呻いた。
王機を駆る軍将級の戦士と言えど、まだ無名の青年、それも辺境民という油断がどこかにあったということは否めない。
だが、星系外での迎撃を諦め、惑星防壁と防衛艦隊による防御陣で増援到着までを耐えなければならないベルガリア騎士団にとって、目の前の敵だけにかまけている余裕はなかった。
彼らもその実力を知る軍将が他にまだ3人。ベルガリア最強の戦力である軍将カーディウスと言えど、同じ軍将同士となれば勝機は定かではない。
そうである以上、一人でも多くの敵を彼ら自身の手で討ち果たさなければならなかった。
だが、その目論見は早くも崩れ去ろうとしている。
防衛艦隊の戦力の二割以上がすでに失われ、今もなお目の前の敵は健在。それどころか、未だその全貌すら見えていない。
考えが甘かった。
軍将とは、ただ一人で精鋭一個師団、一軍と同等の戦力を持つ超戦士に与えらえれる称号だ。
フォルセナの黒獅子、蒼星のエグザガリュード、愛居真咲。
その戦力は、すでに軍将級ではなく、軍将そのものなのだ。
「全艦隊へ通達!第八艦形!我が全力をもって敵軍将を打ち倒し、突破口を開く。」
ネフェルの指揮のもと、防衛艦隊はエグザガリュードへの砲撃を間断なく続け、その態勢を整えていく。
光速弾頭と光量子砲の光が獅鬼王機へ吸い込まれ、その間隙を縫って撃ち返された光の束が戦艦群が前面に展開した防壁を打ち破り、空中で艦体が爆散する。
一見、互角の攻防に見えるが、艦隊は徐々にその数を減らし、一方で獅鬼王機の戦力はまだその底を見せていなかった。
「光速騎団、出撃!奴の脚を止めろ!」
ネフェルの指揮のもと、艦隊中央から放たれた光がエグザガリュード向けて飛んだ。
閃装機カリウス。ベルガリア騎士団でも光速騎士にのみ与えられた精鋭機が、光となって獅鬼王機を包囲するように展開する。その数、実に48騎。
地球では、考えられない光景だ。護法輪においてすら、光速戦闘が行えるのは十二神将のみ、愛居真咲をはじめとした数人しかいない。だが、惑星ベルガリアには光速域に到達した戦士が100人からなる人数で存在していた。
その半数が、愛居真咲一人を討ち果たすために繰り出されていた。
「
エグザガリュードの左腕から光が放たれる。どんな敵であっても真咲の戦い方は変わらない。絶対の自信とともに放たれる超光速の拳打の網が、絶え間なく動き続ける光の包囲をさらに覆いつくした。
「——!」
いかに光速騎士と言えど、超光速の拳閃にはなすすべがない。光速と超光速の間には超えられない次元の壁があった。
だが、それでも、彼らもまたベルガリアの精鋭、光速騎士としての意地があった。
光の網に捕らえられながらも、彼らの中の何騎かはその軌道を捌き、躱し、また別の集団は複数騎でその拳閃を防ぎ、やがて4,5騎ほどが網を抜けてエグザガリュードに肉薄する。
「——獅子王剣」
酷薄ともとれるくぐもった真咲の声に応え、エグザガリュードの右手が虚空から魔剣を引き出す。星獣の牙を研いで鍛えられた巨大な太刀は、真咲の剣士としての特性に合わせてさらに禍々しく変化していた。
「黒獅子、覚悟!」
閃装機カリウスが両肩に備えられた魔力砲を放ちながら、両手で長剣を振りかぶった。
お互いに光速域に達したもの同士であれば、ただ一瞬の光の交錯に過ぎないその瞬間は、一秒を無限に引き延ばした命の駆け引きの時だ。
だが、超光速域にある真咲の視界は、光速騎の動きをさらにゆっくりと捉えていた。
カリウスが大上段から振り下ろした魔力を帯びた長剣の下をくぐるように獅子王剣が薙ぎ払われる。機体よりさらに長く、50リットを超える大太刀は、刃渡り20リットのカリウスの剣よりはるかに速く、その胴を両断していた。
エグザガリュードの左腕は変わらず光速拳を放ち続けたまま、その躯体が前に出る、網を抜けて向かい来るカリウスを次々と右の大太刀で斬り伏せる。
足を踏み込み、右腕一本で器用に太刀を振るいながら、左腕は別の生き物のように無数の軌道を描いて光の軌跡を描き続けている。4騎を斬ったところで、一挙に5騎のカリウスが拳閃を抜けてエグザガリュードの前後左右から襲いかかった。
半人半妖、真咲の顔が歓喜に歪む。これだけの歯ごたえのある敵の存在を求めていたのだ。地球で、ずっと。それを蹂躙することを夢見て何年も。
「エグザガリュード!」
真咲の叫びにエグザガリュードが応える。
左右の脚部に収められていた砲身が射出され、空中で組み合わさり、一丁の巨大な銃砲となる。それを左腕がつかみ取り、前方へ右の大太刀を振るうと同時に、小脇に抱えて背後に向けて砲弾が放たれた。
「
目の悪い真咲に代わり、射撃機能はすべてエグザガリュード自身が担う。
光速散弾が後背から迫るカリウスに襲い掛かり、眼前で放たれたこれを閃装機が瞬時の判断で躱す。だが、それを狙いすましたかのように、エグザガリュードの背中から巨大な腕が伸びてその機体を捉えた。
左肩から伸びた巨大な爪を備えた腕がカリウスの胴部を引き千切り、右肩から伸びた四本目の巨腕がその頭を握りつぶす。
「ダーシェン!」
破壊された機体の装主の名だろうか、そう叫びながらエグザガリュードの足元から膝を狙って突貫した別のカリウスが、その真上から伸びた後ろ脚に押しつぶされた。
さらに左右から迫った閃装機が、脇腹から生えた副腕から放たれた闘気で吹き飛ばされる。
「な、なんだ。こいつは!?」
彼らは知らない。エグザガリュードが地球を発った時、まだその躯体は30リットを超えていなかったことを。
先のナーベリア海戦以来、その戦闘経験からエグザガリュード自身が真咲の鬼としての力と、自分自身の戦闘力の最適化のため、今まさに進化を遂げようとしていたのだ。ただ一体で無数の敵を相手取るための力を得るために。
いつしか、装主席の真咲の姿もまた変貌していた。その顔が左右に裂け、その内側から鬼の容貌が剥き出しになり、元の人の顔はそのまま、その眼球から分裂した複眼が左右を捉えている。両肩と脇から新たに生えた赤黒い鉄色の腕がエグザガリュードの装主席の壁面と同化、神経接続を果たし、新たに生えたエグザガリュードの巨腕と副腕と同調する。
その姿は三面六臂の鬼そのものだった。
めきめきと鈍い音を立ててその巨体がさらに膨れ上がり、腰から下が前後に裂け、さらに足が鈍い音を立てて二つに裂ける。
討ち果たされ、その足元に転がっていたカリウスの機体が踏みしだかれ、砕かれ、かろうじて息の合った機体は、中の装主ごと獅子の頭を持つ巨獣に生きたまま食われて断末魔の叫びをあげる。
喰った機体とその命を糧に、さらに巨獣はその力を増し、より巨大に変貌していく。
一閃。巨獣がその両腕で大太刀を振るい、生き残っていた閃装機たちが暴風に巻き込まれて引き千切られて消えた。
光速騎団がエグザガリュードと交戦してからわずか数十秒。
光速を超えた超戦闘領域を前に、防衛艦隊がその間に陣形を立て直している間に、エグザガリュードもまた戦いながらその躯体を大きく変貌させていた。
黄銅色に輝く鬣をそなえた、星獣の頭部を持つ300リットを超える巨体。左右三対の腕にその巨体に並ぶほどの大太刀と銃砲を持つ、前後4対の多脚の人馬、いやそれはもはや鬼獣というべきだろう。
獅鬼王機エグザガリュード、鬼獣王形態。
戦場を支配する暴虐の獣魔が、それを操る鬼の主とともに星をも震わす咆哮を上げた。
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