序 リューティシア動乱 前夜

リオンデファンス公子の事件から二か月。

愛居真咲は、正式にフォルセナ第二王機エグザガリュードの装者の地位を継承。

それから二か月の月日が過ぎ、真咲は更なる強さを求めて、偶然に出会った新たな師に剣を学んでいた。


師の名はソラス・キリン。

地球に隠棲していたクラウディア人で元惑星騎士の老人。

その正体が、真咲が兄と慕うリューティシア皇国の青年騎士ゼト・リッドの失踪した父ザルク・フリードであると気づいた真咲は、師に隠れてゼトと連絡を取り、その訪問を待ち受けた。

だが、ゼトは父を連れ戻しに来たわけではなかった。


「……わしはお前たちを捨てた男だ。今さら戻ることなどできるわけがあるまい」

ザルクの拒絶を、ゼトは笑っていなした。

「母上も姉上も、父上のことを恨んだりはしていませんよ。

 変な意地を張らずに、孫の顔を見に来ればいいのに、だそうです」

老人が、何とも言い難い表情をするのを、真咲は横目で見ながら、何も言わない。

「それに、私はそんな話をしに来たわけではありません。本題に入ります」

ゼトの表情が冷徹さを帯び、真咲とザルクもまた真顔になる。

「四日後に公表されますが、グラスオウ陛下がお亡くなりになりました」

「——!あの方が……」

師が受けた衝撃が、真咲にはわからない。

リューティシア皇国を知識でしか知らない真咲にとって、老人が使えていた皇の死が、どれほどの意味を持つのかを真咲は知らない。

「この数年、臥せっておられましたが……残念です」

ゼトもまた目を伏せる。

失踪した父ザルクに代わり、ゼトの剣の師となったのはリューティシアの竜皇グラスオウその人だ。

皇の懐刀であった将軍を父に、皇の姉を母に持つ青年は従兄弟である皇子らとともに、皇の指導の下に帝王学を学んだのだ。

「継承権に従い、リュケイオン皇子が次代竜皇の座につかれますが……」

 ゼトはそこで話を切った。

「その即位に伴い、内戦が予測されています。

 ティル、いえティリータ皇女、覚えておいでですか?」

「知らんな」

即答する老人に、ゼトは嘆息する。

「父上はそういうことには全く関心がなかったと聞いていましたが……」」

沈黙する師に代わって、真咲が問いかける。

「ティリータ……リューティシアの第二皇女だな?」

「ええ。ティルテュニア・リンドレア・スウォル。第三王妃ティルト様の長女で、フェレス朝の血統を持つ、貴族的には、最も正統な方です」

血統、に重点を置いてゼトは皮肉めいた言い回しをする。

「つまり——後継者問題か?」

従兄上あにうえ、リュケイオン皇子は第一王妃であるシリル様の実子ではありませんからね。

 陛下が病床に臥せられた後、摂政として国政を任されてきましたから、弟のリュクシオン殿下含め、多くの皇民も継承には納得しているはずでしたが……」

「貴族が最後にすがるものは決まってる。それが血筋だ」

それが宇宙人の国家であっても、貴族と血筋は、真咲にも理解できる話だ。

……誰よりも。

「先皇の葬儀と次代の即位式は同時に行われます。彼らは、そこで動く」

ゼトの顔に、冷たい笑みが浮かんだ。

2メートルの巨体を持つ真咲より二回り小さな、地球人と姿形は変わらない長身の異星人の青年は、愛居真咲が怖いと感じる男の一人だ。


「どうです、父上……この戦、参加していただけませんか?」

「……お前は、わしを誘いに来たというのか?」

「敵に回ったのはフェレスの貴族だけではありません。ティル……ティリータ皇女側には第三重征師団、軍将ウォールド以下ガルード一族がいます」

「鎧将が陛下を裏切ったと?」

「裏切ってなどいませんよ。私たちは、陛下の子に仕えているのです。だれが陛下の後を継ぐに一番相応しいかは、私たちが決めること」

どこまでも冷ややかにゼト・リッドは告げる。

「どうです?敵として戦うに十分な相手でしょう?」

かつての同胞にして好敵手を釣り餌にした我が子の挑発的なものいいに、老人は答えない。

「それとも父上は、このまま何もせず、この星で朽ちていくつもりですか?」

固く表情を緩めない父を前に、ゼトは逆に表情を緩めた。

「報酬は……そうですね。孫の顔を見る、でどうでしょう?」

その言葉に、毒気を抜かれたような顔で老人が我が子を見返す。

「……それが、本音か?」

これだけ建て前を重ねておいて、と言外に呆れている。

「両方です」

ゼトはにこりと笑い、老人は大きく肩を下ろし、首肯した。


「——真咲、君も来ますか?」

途中から、親子の話から身を引いていた真咲は、ゼトの言葉に静かにその目を向けた。

「——戦争にか?」

「ええ――獅子王機エグザガリュード。

 君が得たその力、存分に使って暴れたくありませんか?」

真咲は答えない。その言葉のもたらす意味を考えている。

だが、吊り上がったその鬼の口の端が、残忍に歪むその目が雄弁にその答えを物語っていた。


かくして、ザルク・フリードと愛居真咲は、リューティシア皇国で起こる戦いに身を投じることになった。

旧フェレス朝の貴族が中心となった反乱軍が蜂起したナーベリアにおける戦いで、ゼト・リッドが指揮するリューティシア皇国軍第一龍装師団はフェレス解放軍を圧倒的な戦力で一蹴。

この戦いで、最大の戦功を上げた戦士、愛居真咲とその乗機、獅子王機エグザガリュードとの名はリューティシア全土に知れ渡ることになった。


敗走するフェレス解放軍を追い、皇国軍はさらに旧フェレス派の勢力圏、フェーダ―銀河へ侵攻。

フェーダー銀河外縁の恒星系、ベルガリアにて新たな戦いが始まろうとしていた。

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