第4話 父と子と
「地球人について知っていることはあるかね」
正面に浮かぶ
いえ、とカーディウスの息子、ランディウスは声を濁し、要塞司令官ドルニアスはごくわずかな知識を脳裏から引き出した。
「詳しくは存じませんが、8年ほど前に星海連合に加盟した独立国ですな。単一星系未満の独立国家は珍しいため、当時話題になっておりました」
ただ、とドルニアスはかぶりを振った。
「惑星等級は30階位代の後進国で、主要住民もノルド系一般人種。取り立てて戦闘力もない星で、なぜ独立国として加盟できたのかも不思議なほどだと……このような戦士が生まれる星ではなかったはずです」
彼らの眼前では光速騎士が次々とエグザガリュードに屠られ、その度に獣王機の躯体が肥大化していく。まるで彼らの命を食らうかのように。
「一人だけだが、儂は会ったことがある。ゼト君が連れていてな。名をマナイ・マヒトと言ったか」
「マナイ……マナイ・マサキの親族ですか」
「父親だな。ゼトにとっては、第二の父と呼べるほどに慕っていた男だ」
「そこまでの男とは」
ドルニアスの感嘆に公爵は肩をすくめた。
「多少は腕の立つ拳士だと見えたが、大した戦力ではない。だが、世慣れた男でな。世を知らぬゼト君が旅をするには大きな助けになっていたようだ」
もう10年も前の話だ。ゼト=ゼルトリウス公子がまだ少年だったころ、彼はゼト・リッドを名乗り、一流の騎士となるべく見聞を広めるために星海へ旅に出ていた。
まだ公子は当時12歳。亡き前皇の許可を得たとはいえ、少年の一人旅には早すぎる年齢だったが、最初の頃に偶然から知り合った愛居真人という青年が、世間知らずの貴族の少年にとって大きな存在となった。
失踪した父を探す、という目的のなかで、彼をもう一人の父と呼ぶまでに。
「マナイ・マサキが弟とはそういう意味でしたか」
「ゼト君には姉と妹ばかりで、兄弟がおらぬからな。おまけにあの強さだ。兄弟げんかなどもってのほかよ」
公爵は昔を懐かしむ。
個人の戦闘力で光速域に至る戦士は星海を見渡しても貴重だ。まして超光速となれば一握り、その上位たる神速騎士などまずいるものではない。
少年の頃からすでに光速騎士としての頭角を発揮した竜公子リュカや、剣公子ゼトなどはさらにごく少数の例外で、十を超える銀河団を支配するリューティシアでも同世代に超光速を超える戦士はいまだ数少ない。
ゼト少年にとって、地球に住んでいた真人の子、真咲は自分が遠慮なく力をぶつけあえる弟分だったのだ。そして地球に住んでいた真咲にとってもそれは同じこと。
まともに渡り合える敵がいない、友がいない。それは並外れた力ある戦士、誰もがぶつかる大きな壁だ。だからこそ彼らは銀河を超えて好敵手を、そして共に戦う同胞を大事にする。ゼトと真咲にとって、両者は互いに必要な存在だった。
「それにしても、地球人がゼルトリウス卿に同行するなど考えづらいですな」
「あの男がゼトについて回ったのはただのお節介だったがな」
何の理由が、と言いかけたドルニアスの言葉を遮るように公爵は話を続ける。
「マナイ・マヒトは戦場を渡り歩き、戦地で得た装機をはじめとした武器や人を故郷に送る商人だった。中央では二束三文の屑鉄や三流技術者でも、地球のような辺境惑星では値千金の価値があるからな。
――父を探して戦場を巡っていたゼトとは目的こそ違えどやることは同じ。あの男にとっては護衛、ゼトにとっては教師。お互いの利害が一致した結果だな」
「故郷のために危険を冒して旅をしていた男ですか、泣かせますな」
「……どうかな?国に雇われていたわけではなく、一企業の使いだと言っていたよ。この国に来た時も色々と買い込んでいたようだ。
——もっとも、あの男の目的は別にあったかもしれんな」
眼前で繰り広げられる戦いを前に、公爵は目を細めた。
「と、言いますと?」
「星を滅ぼした赤子の話は知っているかね?」
公爵はつい先日、幼い孫にせがまれた絵本を引き合いにだした。
「——おとぎ話ですな。生まれながらに巨大な力を持ち、生れ落ちた瞬間に生まれた星を滅ぼした赤ん坊の話です。しかし、赤子は宇宙空間で生きられる種族ではなかった」
「そう、自らの力で住む世界を滅ぼし、自らも命を落とした悲しき教訓だ。生物である限り、どんな力を持っていても限界があるという証左だな――ひどい絵本もあったものだが」
公爵は、かつて出会った男の姿を思い出していた。身分を隠して旅をする王族の少年の正体を知りながら同行する理由を問われ、ゼトのような年頃の息子がいる、と少年の頭を叩いて笑って答えた男の姿を。
「そして装機とはその限界を補うための鎧だ。
——あの男は、自分の息子のための装機を探していたのかもしれない。あの戦士が今のように力を振るえるための機体を……」
その願いは、先日図らずしも別の形でかなえられることになったのだが。
そして今、その息子が彼らの前に巨大な脅威として立ちはだかっている。
「ち、父上」
二人の会話、そして彼らの間にある実感を共有できないランディウス子爵が恐る恐る声を上げた。
「そ、そんなことより早く出撃をいたしませんと、味方が全滅してしまいます」
だが、公爵は動かない。硬く腕組みをしたまま、映像板から視線を動かすこともしなかった。代わりにドルニアスが子爵に応じた。
「若君、敵は愛居真咲だけではありません。他にも軍将が3人おります」
「し、しかし……」
「確かに儂と防衛艦隊が連携すればあの若武者を討つことはできる、が即座にとはいかん。他3人の動向がつかめぬ限りは動けぬよ」
息子に言葉を返しながら、公爵の目は眼前で繰り広げられる獣王機の戦闘を細かに観察している。彼のよく知る他の3人と違い、愛居真咲と獅鬼王機エグザガリュードは未知の存在だ。
愛居真咲の戦績は、地球でリオンデファンス公子の決闘代理人として戦った10数戦に渡るうち、彼の名を知らしめたクラトス・クラリオスとの戦いを含む、わずか数戦分の映像記録。そして先のナーベリア海戦での戦場記録のみ。あまりにも情報が少ない。
無名の強敵ほど危険な存在はない。たとえ配下の命を犠牲にしてでも、カーディウスは敵を確実に、そして可能な限り無傷で倒さなければならなかった。彼には後がなかった。
敵は軍将4人に加え、ベルガリア精鋭騎士団の倍以上の兵数を誇る龍装師団すべて。その中で、カーディウスの敗北はそのままベルガリアの全滅を意味するのだ。
(勝てぬ、だろうな)
その言葉は口にしない。その場にいる、いや戦場に立つ誰もがそう思っているからこそ大将であるカーディウスにはその言葉は許されない。
それにしても……と老人の胸中には全く異なる思いがあった。
「……立派な若武者だ」
その言葉に、司令室が凍り付く。眼前で変異を遂げた巨獣、鬼獣王エグザガリュードを前に誰もが戦慄する中で、唯一その力に感嘆するカーディウスである。
父の言葉に、背後に立ち尽くしていたランディウス子爵が目を伏せる。彼には真咲や友人のゼトのような力はなかった。戦士として育てられなかった彼には戦場に立つ力はない。
戦場を渡り歩き、家庭を顧みることのなかった父に代わり、母に育てられたランディウスは、戦場で父が得た栄誉と報酬をもとに、祖父の指導の下、ベルガリア星系を発展させるための手伝いをしてきた。
そうやって成長し、祖父に代わりベルガリア領主になった彼には領地を経営する知識と政治手腕はあっても、今この場で求められる戦士としての力はなかった。
そして、今ベルガリアを危機に陥れたのは彼の領主としての判断だった。
妻フェンネルの父フォーント・カルリシアン侯爵に誘われ、第二皇女ティリータを主とする旧フェレス朝復興派に与し、新皇リュケイオンへの反乱に参加した。
自分の判断に間違いはないと思っていた。正しき血統への回帰こそ、今後のリューティシア皇国には必要だと考えていた。
だが、目の前で鬼獣王に蹂躙されるベルガリア騎士団の姿を前にしてその自信は揺らいでいた。
「貴様が気に病むことではない」
だが、そんな息子の逡巡を公爵は切って捨てた。
「しかし、私は……」
「貴様が今そうであるのは儂と妻の望んだ結果だ。儂には領地経営などできんしな」
適材適所。貴族とは名ばかりの下級騎士生まれのカーディウス公爵は戦場での功績で爵位の階段を登った男だ。エンダール帝国に滅ぼされた母国では到底なしえなかった立身出世の道を、新興国であるリューティシアでは成し遂げられた。
一方で子育て、教育、政治、経営どれ一つとっても彼には適性がなかった。
妻と義父にそれらを任せ、自身は戦場に身を置き続けたのも、息子を戦士に育てようとしなかったのも、あるいはその反動だったのかもしれない。
だから、怒りはしたものの、カーディウスにはそれ以上息子を責めるつもりはなかった。
「唯一の失敗は、貴様に人を疑うことを教えなかったことよ」
息子の妻となったフェンネル侯爵令嬢に対し、カーディウスは今も思うことはない。ただ、その父カルリシアン侯爵への警戒心を解くべきではなかった。
カルリシアン侯爵自身は悪い人間ではない。むしろ正しき貴族としての矜持を誇る好人物というべきで、成り上がり貴族のカーディウスやランディウス親子にも礼節を持って接し、ランディウスの領地経営にも多くの助言を残した人物だ。
その人柄から貴族から領民まで多くの人に慕われ、フェーダー銀河系では彼の人望は厚い。だからこそ、旧フェレス朝復興派は彼を抱き込み、侯爵はその歴史ある貴族としての矜持からフェレス朝の再興こそ蒼海全土の平定につながると信じて彼らに与した。
結果、フェーダ―銀河系全土が旧フェレス朝復興派の拠点となり、その一端であるベルガリアが戦場と化していた。
息子夫婦が互いに好意を抱いていたこと、自身が成り上がりという負い目もあり、カルリシアン侯爵家との婚姻はラウス家にとって有益であると見込んでいたカーディウス自身の目論見が裏目に出た形だ。
「クロッサス団長から情報連結入ります!」
「——来たか!」
要塞司令部と途絶していた惑星防壁外部で敵艦隊と交戦していたベルガリア騎士団長クロッサス率いる迎撃部隊との通信が回復する。
高密度量子通信により、お互いの保有している情報が数秒で共有され、それをさらに思考結晶が必要な情報を選別、その中からオペレータが最優先事項を選択し、要塞指揮官ドルニアスらに提示する。
「惑星外部に軍将が不在だと!?」
「エーテリア反応よりザルクベイン、ゼルトリウス両軍将は、それぞれ8ルード(500光年)以上離れており、おそらく我が領への増援艦隊への迎撃に当たったとみられます。軍将アディレウスは所在不明と」
読み上げるオペレータも当惑気味の内容だった。
「……クロッサスは釣り上げられたか」
惑星上で派手に暴れる獣王機エグザガリュードはあくまで陽動に過ぎず、本命は後方に控えているというのがカーディウス、ドルニアス両名の無言の認識だった。それゆえに、ベルガリアの惑星防壁上に騎士団長クロッサス率いるベルガリア騎士団主力を展開し、惑星内部は残る防衛艦隊で抑える目論見だったのだが。
それを見越され、クロッサス団長は主だった敵のいない砲艦隊を相手に逆に陽動にかけられたということだ。
「……アディレウスめ、やってくれる」
この戦術が、現在の第一龍装師団副長を務める軍将アディレウス=アディール・フリード・サーズによるものだとカーディウスは見抜いていた。
「クロッサスを戻せ!もう外に部隊はいらん。奴にエグザガリュードを抑えさせろ!」
カーディウスの指示にドルニアスが頷き、司令部は先ほどまでの混乱とは別の喧騒に包まれていく。
「ベルガリア―ド!出すぞ!」
「父上?どこへ!?」
息子の当惑を他所に、カーディウスが要塞司令部から転移装置で姿を消す。
「どうやらアディレウス卿の所在を掴んだようですな」
大将の姿からドルニアスは推測し、ランディウスは絶句した。
「先ほど、所在不明だと……」
「軍将の感知能力はこの要塞の情報収集能力を一面では凌駕しております。この場にいながら、軍将は惑星全土の敵すべてを見つけだすことができるのですよ」
「……そんな馬鹿な」
あり得ない、とランディウスの口から思わず言葉が漏れた。それが事実なら、この要塞すらも不要ではないのか。
「軍将など我が国においてすら、そうそういるものではありません。その間隙を埋めるための我らです」
ランディウスの言外の思いを悟ってもドルニアスは動じない。彼には、彼の軍人としての矜持があった。
「急げ!我らの敵はマナイ・マサキだけではないぞ!」
ドルニアスがにらみつける映像板ではその中央で未だ暴れ続けるエグザガリュードと、その背後から迫る龍装師団の戦装機の軍団が映し出されていた。
「ベルガリア―ド出ます!ベルガリア―ド、発進!」
要塞司令部直下の格納庫から一騎の装機が姿を現す。
戦臨将機ベルガリア―ド。惑星ベルガリアの名のもとになった戦臨軍将カーディウスの愛機。
全長36リット。背面から翼のように伸びた3対6本の巨大衝角を備え、全身を螺旋状の装甲で固めた蒼き軍神。カーディウスが軍将の地位を得る以前から40余年にわたり戦場を駆け抜け、ともに成長し、軍将機へと進化を遂げた歴戦の勇戦騎の姿だ。
ベルガリアの守護神が、今、その全てをかけた最後の戦いに挑もうとしていた。
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