第5話 第一龍装師団
「ベルガリア?」
その言葉を発したのは、以外にもザルクベインその人だった。
第一龍装師団の戦隊長が集まった
「カーディウス――あの男が、王を裏切るとはな」
老人は今は亡き主君の姿を思い出し、かぶりを振った。彼がリューティシアにいたころ、王の側には常に三軍将と呼ばれるザルクをはじめ、多くの軍将が控えていた。カーディウス公爵もまたその中の一人だ。
「正確には、反乱に関与しているのはカーディウス公爵ではなく、息子のランディウス子爵の方ですが」
と、父の言葉を作戦内容の解説を行っていた第一龍装師団、当代団長ゼト=ゼルトリウス・フリード・リンドレアが訂正する。
指揮棒を手にしたゼトの指先に合わせて、壁に投影された空中映像板がいくつかの映像を連鎖して紡ぎ出す。
「ランディウス子爵婦人となったフェンネル嬢は、フェーダ銀河系有数の大身貴族であるカルリシアン家の三女に当たります。今回、ティルア、いえティリータ皇女率いる旧フェレス復興派にカルリシアン侯爵が参列したため、その夫であるランディウスは自動的に復興派に組み込まれる形で
……父上?」
指揮棒が指し示す人物映像が次々と切り替わる中、三人ほど映し出されたところですでに反応を示さない父の姿に、ゼトの言葉が止まる。
「無駄ですよゼト。団長が戦場以外でのことに関心を示すことはありません」
ゼトの傍らで司会進行を務める副長アディレウス=アディール・フリード・サーズが肩をすくめた。
まだ話を聞いているザルクはマシな方で、彼の後ろの方に座っている予備隊出身の老戦士たちの大半は居眠りをしたり、手遊びをしたりと不真面目の極みだ。とてもその様はかつて剣臨軍将ザルクのもとで戦場を駆けた歴戦の勇士とは思えない。
元々、合流した予備隊はすでに第一師団を引退した軍人たちが大半だ。
彼らには目の前の敵を倒すこと以外の関心はない。
「
「私が
自由過ぎる老戦士たちに頭を抱えたゼトの姿に、アディレウスはわずかに留飲を下げた。
龍装師団立ち上げ当時から、副長として初代団長ザルク、そしてその後を継いだ竜公子リュカ=軍将リュケイオンの補佐として、師団を取り仕切り続けてきたアディレウスにしてみれば、もはや見慣れた光景である。
最強と謳われた龍装師団の戦士たちは、最初の頃から戦闘力こそその通りながら、戦う以外に関心のない者たちばかりで構成されていた。リュカが二代目団長を引き受けて以降も、彼は実務関係を全てアディレウスに丸投げしていたので、実に20年以上にわたり、師団を支えてきたのは実質的には副長であるアディレウス自身である。
もっとも、アディレウスはアディレウスで、団長の座に意欲も関心もなかったので、リュケイオンが病身の父に代わって摂政として皇国を取り仕切るにあたり、三代目団長の命を辞して、団長代理としてゼト・リッドが三代目師団長を襲名するまで代行を行い、その後は次代団長ゼトのもとで再び副長の座についた男である。
単に団長としての責務まで背負う気がなかっただけとも言えるが。
「今回の反乱、フェレス復興派の中心人物はシュテルンビルド伯爵とカルリシアン侯爵の二名と目されています。ともにかつてフェーダ首長連合で重鎮であった人物です」
話を聞いていない老兵は無視し、ゼトはあらためて状況のおさらいを始める。
「もとからフェーダー銀河系はフェレス朝時代の文明を色濃く残す地域で、フェーダ首長連合も旧フェレス系貴族たちによる合議社会でした。彼らにしてみれば、先王の後継者としてフェレス家の血を引くティル……ティリータ皇女を支持するのは当然の流れですね」
ゼトの指揮棒に合わせて次々と立体映像が切り替わり、紐づけされて宙に固定されていく。半円系の会議室に集った騎士たちの視線がそれらを追った。
現在の龍装師団の幹部たちは副長アディレウスの指揮下で働いてきた生え抜きであり、初代団長ザルクとその配下たちと違い、軍団の指揮や政争にも理解を示すものが多い。
「シュテルンビルド伯爵が軍事面を担当、カルリシアン侯爵が旧フェーダ貴族のまとめ役となり、彼らを積極的に復興派に引き入れる形になっています。またティル……ティリータ皇女直属として鎧闘軍将ウォールド以下第三重征師団が組み込まれています」
ゼトの手が止まり、立体映像が巨大な銀河を映し出す。会議室の視界全体を埋め尽くす銀河系が、三次元的に色分けされていた。
「現時点で、フェーダ―銀河系の各惑星領主はフェレス復興派に賛同、または中立、非戦を表明しています。これは非戦派を除く復興派に属するとみられる勢力図になります」
銀河中心部から赤く色づけされた点が線を結び巨大な楕円を作り出す。正確な楕円形ではなく、かなり歪んだ形状だ。銀河系外縁に近づくほど非戦、中立扱いの白色が増えており、ベルガリアはその外縁部で最も外側に近い赤の点であった。
「偵察艦からの情報で、現在ベルガリアへアルトン、クラニドから師団規模の増援艦隊が超光速航行で移動中であることが観測されています」
「どちらも師団規模ですか?」
「元からフェーダー銀河系は我が国が征服したわけではなく、20年前の四か国戦争の際に我が国と融和交渉の末に併合された過去があります。ティル……ティリータ……いいやもう!
ティルアの誕生をきっかけにね」
ついに従妹を愛称ではなく公称で呼ぶことを諦めたゼトである。
「彼らは領主単位で軍を保持しており、総領主の指揮に従って合従軍を組織するようになっています。過去にわが軍と戦ってないため、その戦力をそのまま維持していたわけです」
「その総領主の役割を担うのがシュテルンビルド伯爵とカルリシアン侯爵を含む5大領主だ」
ゼトの説明をアディレウスが補足する。
「当時から彼らはフェレス朝の復興を考えていた。我が国が四か国戦争で疲弊していた足元に付け入り、無傷のままで我が国の内部に入り込んだのだ。
そしてティリータ皇女が成長するのを待ち、事を起こした」
「旧フェーダ貴族連合の目論見については、先皇の生前より把握はしていました。先皇がカーディウス公爵をベルガリア領主に任命したのも、ベルガリア騎士団をフェーダ系貴族への抑えという役割にするためです。ですが、逆に息子のランディウス子爵が彼らに抱き込まれる形になってしまった。彼らは逆にベルガリアを要塞化し、自分たちの勢力圏の防波堤にする気なのです。」
ゼトは悲しげに目を伏せた。
「この数年、摂政となったリュケイオンはフェーダ貴族の保有戦力の削減を目的とした政策を執り行っていた。無論、貴族側の反発は大きく、リュケイオンの即位に応じて反乱を起こしたというわけだ」
「……よく言うわい。リュカの挑発にまんまと奴らを乗せたんじゃろうが」
アディレウスによる開戦原因の説明に、老戦士たちから嘲笑の声が上がった。即位した竜皇リュケイオンをリュカと呼ぶのは皇の身内と、彼が少年の頃から配下として従ってきた老戦士たちの特権のようなものだ。
「リュカは最初からフェーダのボンクラどもとやり合うつもりで喧嘩を売っておったのよ。カーディウスもそれはわかっておったろうにのう」
「……否定はしません」
老戦士たちの嘆息に、アディレウスは静かに答えた。
「……真咲、ついていける?」
「……事前に下調べはした――が、流石にな」
真咲の言葉に同感、とゼトの提示した情報を目で追いながら、溝呂木弧門は机に突っ伏した。
先のナーベリア海戦での功績を認められ、愛居真咲と溝呂木弧門、そして今はアイヴァーン・ケントゥリスと名前を戻した三人は軍議に出席するように要請されていた。弧門とケントゥリスに関しては真咲のおまけのようなもの、とは本人たちの弁だが。
真咲たちはケントゥリスの友人である13隊隊長のウェルキス=ウェリオン・キンバー・ストルとともに会議室の片隅に集まっていたが、リューティシア皇国の地理、歴史に疎い彼らにはまず話についていくのがやっとであり、映し出された映像資料にある細かな数値情報まではとても追いきれるものではなかった。
「ああ、真咲たちには後で別に説明の時間を作るよ」
「——助かる」
そのやり取りに気づいたゼトが真咲に向って左手を振り、真咲は首肯した。
「しかしまあ、星そのものを要塞化ねえ、地球がここまで来るのにあと何十年かかるのやら」
「俺たちが生きている間には無理だろうな」
弧門の嘆きに、真咲がボソリとつぶやく。
「まあ、なんにせよ。全力出しても星ごと吹き飛ばないのはいい」
真咲の言葉にケントは肩を竦めた。
一流の銀河国家であるリューティシアでは居住惑星は原則として惑星防護結界で守られている。それにより、ベルガリアをはじめとする各惑星は地球とはくらべものにもならないほどの強度を備えていた。
今となっては闘気の余波だけで島国を吹き飛ばすほどの怪物だ。もはや地球は、エグザガリュードを得た愛居真咲には小さすぎる
「さて、では今回の侵攻作戦を説明する」
ゼトが一通りの経過説明を終えたところで、アディレウスが再び指揮棒を振った。
「ベルガリアは騎士団こそ精鋭と呼べるが、カーディウス卿が引退してからこの数年は内地に収まり実戦からは遠ざかっていた。戦力差は甘く見積もっても当方が10倍以上、負けることなどありえない」
アディレウスの言葉に合わせて第一龍装師団及び予備隊の戦力構図が立体映像として投影される。
本来の次代団長ゼト、副長アディレウスの神速騎士と軍将二人に加え、帰還した神速騎士、初代団長ザルク・フリード。軍将級の戦闘力を持つフォルセナの黒獅子愛居真咲。団長配下の10人の超光速騎士長のもとにさらに2000騎の光速騎士と予備隊の500騎。その下に200倍以上の従装機が組み込まれ、それらを支援する80万隻を超える戦艦群となれば、もはや一個師団どころの戦力ではなかった。
「そこで、今回は団を三つに分けます。一つは私、もう一つは父上、団長が指揮を執り、超光速航行中の敵増援を阻止、殲滅します」
副長の解説を引き継いで、ゼトが指揮棒を振るう。
「ワープ中の艦隊をインターセプト……アリか、アリなのか」
「もう地球の常識は忘れたほうがよさそうだな」
弧門の割と真面目な呻きに、真咲が肩をすくめた。
「……お前たちが地球の常識を語るな」
そんな二人にもはや何も言う気が起きないケントゥリスだった。
「それと同時に、副長率いる艦隊がベルガリアを殲滅。合わせてこの三行程を一日で行います」
ゼトの言葉に、会議室にざわめきが奔った。
「一日で……できるのか」
「この戦いはあくまで内戦です。一日も早く決着をつけなければならない。ここで手をこまねいて、ベルガリアの要塞化を進められればそれだけで時間を喰われます」
そこでゼトは真咲に視線を向けた。
「そして内戦である以上、こちらとしても無駄な損害を出すのは避けたい。
——真咲、君にカーディウス公爵を任せます」
その言葉にざわめきはより一層喧騒を増した。
勝てるのか、という言葉にならない思いが会議場を飛び交う。
ナーベリア海戦での真咲の強さを目の当たりにした騎士団員たちだが、彼らはカーディウスの実力も知っている。
その勝敗を疑問視するのは当然であった。
真咲は顔色一つ変えず、ゼトの目を見返した。育ちの良いゼトの人の好さそうな目が真咲を見据え、真咲は静かに目を閉じた。
「ゼトの言葉に従う」
愛居真咲の行動原理は獣のそれに近い。ゼト・リッドを自身の上位者として認めている真咲にとって、ゼトの指示に逆らうことを考えることはなかった。
その見た目の良さに反するゼトの強さと怖さを真咲は知っている。
何より、ゼトは真咲なら勝てると考えて指示したのだ。ならば、まだ見ぬ強敵と戦うことは真咲自身の問題だった。
それでも、周囲の動揺は収まる気配はない。
「父上はどう思われますか?」
ゼトは話の矛先を変えた。
「ワシは昔のカーディウスしか知らんが……」
と、言いかけてザルクの言葉が止まる。
それは息子も同じことだ。ゼトは今のカーディウスしか知らない。軍将として全盛期の若かりし頃の姿を知らないのだ。そのうえで、ゼトは今のカーディウスに真咲は勝てると考えた。
ならばザルクは、彼の知る過去のカーディウスに今の真咲が勝てるかどうかを考えればいいのだ。
「——真咲」
老人はその顔を真咲に向けた。彫りの深い顔に刻まれた皺が、その戦歴を物語る強者の面構えだった。
その視線を、愛居真咲は表情を変えることなく受け止める。
「先の戦で皆も認めるところだが、貴様の戦力はすでに軍将と同格と言ってよい。が、軍将を名乗るには戦績が足らぬ」
地球という辺境での戦い、そしてナーベリア海戦を経て、愛居真咲の戦闘力は第一龍装師団はじめ多くの戦士が認知することとなっている。しかしながら、クラトス・クラリオスと「引き分け」に持ち込んだ戦以外では、打ち倒した名だたる敵は天狼ザルヴァートル・ギスカのみであり、それ以外の戦士は無名弱輩と切り捨てられる格の相手しかいなかったといってよい。少なくとも、軍将としてはそうだ。
「この戦いで、ベルガリア騎団長クロッサス、そしてカーディウスをお前の手で打ち倒してみせよ。さすれば貴様の実力は誰もが認めるものとなろう」
師の言葉に真咲は深く頷いた。
その姿に、老戦士たちから歓声が飛んだ。
ゼトだけではなく、ザルクからも勝利を見込まれてる戦士となれば、彼らに反対する理由はない。
そして老戦士たちが認めた以上、現役の騎士たちにもこれ以上異論をはさむ余地はなかった。
「……で、僕らも真咲に付き合わされるわけね」
「ウェルキス、俺たちはそっち側に連れて行ってくれ」
「お前ら、友達じゃないのか」
その喧騒の中、弧門とケントゥリスはあっさりと別行動を決定し、変わり身の早さにウェルキスは頭を抱えた。
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