第三夜 みのるさん
みなさん、こんばんは! 今夜もミッドナイトランデブーを聞いてくれてありがとう! お送りするのはDJ端貫木。この業界に入ってまだ二年のハンパ人だけど、頑張るから応援よろしく!
さあ、この企画も三回めになりました。五回で終わりだから聞き逃すなよ。今日の話は富山県に住むSさんから。ありがとうな、Sさん! タイトルは。
『みのるさん』。
「これは友人のMとドライブに行ったときの話だ。俺は富山県に住んでいるので、そのときは国道四一号線を南下して下呂あたりまで行こうと思ってたんだ。四一号線っていうのは、いまはもう整備されて広くなってるんだけど、そのころは対面通行がギリギリぐらいのぐねぐねと曲がった悪路が断続してたんだよね。当然事故も多かった。
午後の早い時間に富山を出た俺たちだったんだけど、すぐに豪雨に見舞われたんだ。山間部の雨っていうのは洒落になんなくってさ。もう前が見えないんだよね。しかも道はトンネル続きで視界最悪。車の流れはあったけど、かろうじて前の車のテールランプが見える程度の状態だったから、あんまり参考にはならなかったな。俺たちみたいな土地勘のないドライバーにはまさに決死の行程だった。
それでもなんとか下呂には夕方に着いたんだよ。まだ雨は降ってた。ここまで運転してきたMに『どうする? 温泉にでも入って帰るか?』って聞いたら『この雨の中を? 露天風呂は全滅じゃん。もうちょっと先まで行ってみようぜ』って言う。疲れてもうハンドルを握れないっていうMに代わって、ここからは俺の運転になった。
正直、俺は運転には自信がない。四一号に戻っても、地元のドライバーが多いのかみんなが飛ばす中、俺だけ緊張してゆっくりと進んだ。信号で早めに停まるたびに後続車からはクラクションが鳴る。助手席のMはとろい俺の運転に呆れて熟睡していた。俺は独りで大雨と闘わなくちゃならなかった。
どれぐらい走ったのか、同じような景色が続く山道に少々緊張感が切れてきたころ、俺の頭の中に突然イメージが閃いたんだ。いま通り抜けているトンネルを越えたすぐのところに信号がある、って。それが赤に変わりつつあるから減速しなくちゃいけない、ってね。そのイメージ通りに見えない信号に備えてみたら、やっぱりあったわけだよ、トンネルの出口から一〇メートルぐらいのところ、しかも大きな右カーブの死角になったところに、赤信号がさ。あらかじめ心の準備をしておかなかったら、スムーズに停止はできなかっただろうな。
変な話だけど、俺にはときどきこういうことが起こるんだ。トランス状態、っていうのか……ほら、マラソンランナーがずっと走り続けてるとランナーズ・ハイになるだろ。あんな感じで、視界がものすごくクリアになって、勘が異常に冴えるんだ。便利なんだけど気味は悪いよ。幻聴や幻覚も起こるからさ。
そのときも俺の耳には穏やかな若い男の声が聞こえてた。それが『次の右カーブのあとはすぐに左カーブだよ』とか『見にくいだろうけど脇道があるから合流車に気をつけて』とか教えてくれたわけだ。俺は、トランスに入るといつもなんだけど、妙にいい気分になってて、その声と会話なんかしちゃってたんだ。『おっ、サンキュ』とか『親切だねえ』とか。
そうこうするうちに、若い男の声は道案内以外の話もしはじめた。『僕の名前はみのる』と自己紹介をし、隣で寝ているMの親族であること、死んだのは二〇代後半であること、病死であること、などをつらつらと説明していく。俺が『Mを起こして挨拶させようか?』って聞いたら、笑いながら『Mに僕の声を聞くことはできないだろうから、いいよ』と断った。『みのるさん』によれば、彼はいつもMのことを心配してそばにいるんだけど、Mがそれに気づいたことは一度もなかったそうだ。
Mは、俺もそれほど詳しいわけじゃないんだけど、けっこう複雑な家庭環境にあるらしかった。祖父母は地元の名士で大きな屋敷を構えていたが、祖父が死んだあと、過剰に頑固な祖母を嫌って親族は土地を離れていったそうだ。そんな中で、六男だったMの父親だけが地元に残って祖母の面倒を見たわけなんだけど、ここでもまたMの母と祖母の確執が大きくなって、けっきょく、MとMの姉が祖母と同居、父親と母親は別居、という家族離反の生活を余儀なくされた。いまはその祖母も死んで、Mは結婚した姉一家とそのまま同居生活を続けている。
『みのるさん』が死んだのは戦時中だったそうだ。でも、俺はそれを『みのるさん』本人から聞く前に想像できていた。というのも、話が進むにつれて、俺の視界には『みのるさん』の姿までもが明瞭に映るようになっていたからだ。『みのるさん』は軍服を着ていた。真っ白な生地に金で襟元を縁取りしてある、かなり洒落たやつ。ふつうの軍服って茶色っぽいんだよな、たしか。だから俺は『みのるさん』のことを『階級の高い軍人さん』なんだと思っていた。
ちょっと不気味だったのは『みのるさん』の格好。彼は俺たちの車の屋根の上に浮いてたんだけど、なぜかその姿勢は直立不動で固まってて、しかも車内に顔を向けるようにうつ伏せ状態だったんだ。声や態度からは恐怖を感じなかった俺だけど、ピッタリと並走してくる『みのるさん』のその異様な姿にはちょっと寒いものを感じた。暴雨に霞む山道で起立した軍人の霊を従えた俺の車。対向車が事故を起こさなくてよかった、と、いまでもつくづく思うよ」
うひゃっ。いい話だと思って聞いてたけど、やっぱり幽霊が見えるってのは怖いもんだな。でも『みのるさん』は悪霊じゃなさそうだ。守護霊っていうのかな。
人間って死んだら簡単に守護霊になれるのかねえ。ちょっと『みのるさん』に聞いてみたい気もするな。
それじゃあ本編に戻ります。
「まあ、そんな『みのるさん』に緊張したり親しんだりしながらドライブを続けたわけなんだけど、本格的に夜になったころ、山を抜けて都会に入った俺には、だんだんと『みのるさん』の声が聞き取りづらくなっていった。同時に姿も見えなくなってきてさ。大通りの横にチェーン店が乱立するような都会……たぶん愛知県に入ったんだろうな、そこでMが目を覚まして『腹減ったからどっか入ろうぜ』って言ってからは『みのるさん』の気配は完全に消えた。
手近のファミレスの駐車場に車を入れた俺に、Mはちょっとバツが悪そうにしながら『寝ちゃってごめん。疲れたろ?』と労ってきたんだ。だから、自然な流れで、ずっと『みのるさん』が相手をしてくれていたことを伝えた。あんまり言っちゃいけないかなとも思ったんだけど、あんなにいい先祖がついてくれてるんだったら、知ったほうがMにとってもいいと考えたからさ。
案の定、Mは飯食ってる最中もずっと『みのるさん』の話題に食いついた。『みのる、っていう伯父さんはたしかにいたよ。俺が生まれる前に死んでるから、会ったことはないけどね。親父のすぐ上の兄さんだった』とか『戦時中だったけど死因は結核なんだ。だから病死には間違いない』とか、俺の情報を肯定する。
けど、最後には、笑いながらこうも言ったんだ。『でもみのる伯父さんは戦争には行ってないんだ。結核患者には召集令状は来ないからさ。だから軍服姿ってのはおかしいよ』。俺は、自分の見た『みのるさん』が本当にMの先祖だという自信がいまいち持てなかったんで、そこはMに従った。『俺の妄想にも限界はあったってことだ』と笑い話にして」
えー!? ……うーん、でもSさんしか見てないものの実在を証明するのは難しいもんなあ。実際に『みのるさん』の親族であるMさんから否定されたら受け入れるしかないか……。
でも『みのるさん』って名前の一致とか、病死とか、ちょっと偶然では済まない話だよな、これ。軍服を着てる点だけがおかしいっていうんなら、ここにもなにか理由があったりしないんだろうか。
話に戻ります。
「その後、夜通し走ってまた富山に戻った俺たちは、翌日はそれぞれの自宅で爆睡した。
Mから連絡が来たのは翌々日だった。もう夜になっていたが、『ちょっと来てくれないか』とやつが深刻な声で言うので、俺は晩飯もそこそこにM宅に向かった。
Mの家は地元名士の祖父母が住んでいた屋敷をそのまま使っているプチ豪邸だ。古い家屋にありがちな、ふすまを開けると大広間になるって造り。俺は、いつもはMの部屋にしか行かないので知らなかった奥座敷に通された。そこは仏間になっていて、天井近くにはMの祖父母の遺影が掲げられている。
少し待つと、Mが同居の姉を連れて部屋に入ってきた。ほとんど話をしたことはなかったが、俺はこの姉ちゃんとも見知った仲だ。二人で複雑な表情をして俺の前に座るので『なんだよ?』と俺から切り出すと、Mがおもむろに一枚の写真を卓の上に乗せた。
それは、軍服を着た二〇代後半の青年が穏やかに笑っている写真、だった。白黒だが、着ているのは間違いなく軍服で、色は白、襟の縁取りは白に近い色で装飾されているのがすぐにわかった。なによりも顔が、俺の見た『みのるさん』と同一だったんだ。
Mが言うには、一昨日のドライブのあと、俺の話が気になって姉ちゃんに相談したんだそうだ。そうしたら姉ちゃんは『たしか仏壇にみのる伯父さんの写真が入っていたはずだから、Sくんに確認してもらったら?』と言う。そして二人で仏壇を覗いたら、軍服姿の『みのるさん』が出てきたってわけらしい。
『病気で戦争に行けなかったみのる伯父さんは、やっぱり肩身が狭かったみたい。当時は戦争に行くのが国民の義務のように言われてたものね。だからせめて写真だけでも軍人らしくしてあげたいと思ったんじゃないかしら、うちの祖父母は』。そんなふうに説明する姉ちゃんは、それから『親族に怖がられるほど頑固だった祖母だけど、実は病気のみのる伯父さんに心を砕く情に厚い人間だったのよ』と付け足した。
俺も速攻で『うん。わかります』と答えたんだ。
だってさ。あのドライブの最中、俺に見えていたのは『みのるさん』だけじゃなかったから。険しい顔つきをした六〇代ぐらいのお婆さん、彼女もまたMの寝顔を慈愛に満ちた表情でじっと見つめてた。その顔は、いま俺の頭上にある『Mの祖母』の遺影にそっくりだったんだ」
……Sさん、すげー。なあ、まじめに霊能者とかしない? 俺、死んだあとでこういう人に見つけてほしいよ。
今日はあんまりコメントできないな。本物の迫力ってやつかね。俺、テレビとかで無用に騒いでる自称さんたちは全然信用しないんだけど、やっぱりこの類の人にはいてほしいと思うんだよね。死んだら生きてる人間に何も伝えられないのは寂しいじゃん。
さて、じゃあ今日も最後にリスナーのみなさんから寄せられたコメントを読ませてもらおう。えっと『鶴に恩返し』さんから。「似非霊能者、絶対反対! 本物がやりにくくなる~」。そう! そうなんだよ! なんであいつらってあやふやなことは言うのに証拠は出せないのかね。本物はちゃんと辻褄合わせるんだよな。それともう一人『肩甲骨が筋肉痛』さんから。「けっこう怖かった。Sとは一緒にドライブしたくねえ」。はははっ、これもわかる。でも守護霊って見てもらいたくね? 俺、Sさんとリア友になりてえなあ。
というところで時間になりました。遅くまで聞いてくれてありがとう! 今日の話が新たなホラー好きを増やすことを祈ってる。じゃあまた明日!
なんかしみじみしちゃったな、今日の話。え? 胡散臭い? 尾木ちゃんも身近な人間が死んでみればわかるさ。飲みに行くのは無理そうだから飯行くか、って? なんで飲みは無理? ああ顔色かあ。うん、かなり限界。つーわけでまっすぐに帰るわ。じゃあお疲れ。また明日ね。
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