第四夜 なぜ自殺したのに化けて出るの?

 みなさん、こんばんは! 今夜もミッドナイトランデブーを聞いてくれてありがとう! お送りするのはDJ端貫木。この業界に入ってまだ二年のハンパ人だけど、頑張るから応援よろしく!

 さあ、念願の四回め。何が『念願』かっていうのは聞くなよ。語呂合わせ的にホラー向きじゃん、『四』回って。今日の話はとある県の『県民の森』って言われるキャンプ場での話。語り手はKさん。まだ大学生の女の子だ。ありがとうな、Kさん! タイトルは。

 『なぜ自殺したのに化けて出るの?』。


「こんばんは、端貫木さん。Kと申します。今日はわたしの話を取り上げてくださってありがとう。

 これはわたしが中学生のときの体験です。学校の行事で、夏休みに、県内の『県民の森』っていうキャンプ場に二泊三日の合宿に行ったときのこと。

 わたしは生来体が弱く、家から離れて泊まりがけで出かけるとなると、まず心のほうが心配で参ってしまっていたんです。でもこのときは、もう中学生にもなっていて体もそこそも頑丈になっていたし、なによりも『どこかでこの体質を改善しなきゃ!』って焦っていたこともあって、両親の心配をよそに元気なふりで『参加』の欄に丸をつけました。

 『県民の森』は学校から二時間ほどバスで揺られた山の中にありました。お決まりの車酔いに四苦八苦しながら、それでも現地に到着したときは、静かな山の空気が気持ちよくて大喜びでした。わたしたちの宿泊する施設は、キャンプ場の中でも離れた場所に位置していたので、他の利用客とはまったく会わずに済んだのです。

 一日目のカリキュラムは夕食の飯盒炊爨はんごうすいさんとキャンプファイヤーでした。入所式のあと、まず割り当てられた部屋に荷物を運び込んだわたしたちは、それぞれの気に入ったベッドに陣取って、二〇分ほどのゆとりの時間を楽しみました。部屋には二段ベッドが四つ。わたしは窓側の上の段。他のクラスメートたちも思い思いの場所でくつろいでいました。

 そんな中、『暇だから怖い話しようよ!』って子がいたんです。すぐに部屋中が乗り気になって怪談が始まりました。わたしはあまり興味がなかったので、寝転がりながら片手間に話を聞いていました。一話五分ぐらいの他愛のないものばかりだったと思います。もう内容も覚えていないぐらいですから。

 三話目が始まったあたりで、わたしはふと、自分の向かい側のベッドの下段に寝ている同級生に目を移しました。彼女は、窓のほうに頭を向けているわたしとは反対向きの位置になるようにして、横たわっています。その彼女の周囲が妙に暗いんです。まだお昼で窓からの陽もさんさんと入ってきていたのに、彼女の体は真っ暗な闇に包まれていました。顔だけが日光を受けて白く浮き上がっているので、まるで……。

 わたしは自覚しないままに、彼女に向かって『ねえ○○ちゃん、なんか生首みたいで気持ち悪いよ』と軽口を叩きました。

 その瞬間のことはいまでもはっきりと覚えています。数秒の沈黙のあと、誰のものかはわかりませんがけたたましい悲鳴が上がって、部屋にいた子たち全員が廊下に逃げ出してしまったんです。向かいのベッドの○○ちゃんも一緒に出て行ってしまいました。わたしは、何が起こったのかはよくわからなかったのですが、わたしの一言が原因だろうとは思ったので、かなり申し訳ない気分でみんなに謝りに廊下に出ました。

 そこには、震えるクラスメート、と、すでに駆けつけていた担任の先生の怒った顔がありました。騒ぎを起こしたわたしたちを先生は順番に叱りつけます。そのさなかにわたしは○○ちゃんに謝罪しました。『変なこと言ってごめんね』と。すると周りの子がこう言うんです。『違うんだって。わたしたちも○○ちゃんが生首みたいで気味悪いなあって思ってたの』。どうやらあの現象は室内の全員に見えていたようです。当の○○ちゃんは、泣きそうな顔になりながら、『なんかね、誰かが体を押さえつけてる気がしたの』と答えます。

 その出来事で始まった合宿。なんとなく不穏なものを覚えながら、でも時間に追われるまま、わたしたちは次々と行事をこなしました。早めの夕食はまだ日のあるうちのカレーです。食事風景は和やかなもので、何も変わったことはありませんでした。そのあとはお風呂。一人一〇分ほどの大忙しの割り振りだったためか、これも慌てているうちに難なく終わってしまいました。

 そしてキャンプファイヤーです。宿泊施設から丘を一つ越えたところにある広場で行われたこのイベントは、日暮れの早い山の一九時過ぎに始まりました。あたりは真っ暗です。真ん中に組まれた薪にくべられた火だけが明かりになってくれました。その火の周囲で用意した催し物をクラス別に出し合う。そんな進行のさなか。

 わたしはなぜか猛烈な寒気を感じていました。少し標高が高い山だったので、外界より寒いのはわかります。でもわたしたちはそれに備えて長袖長ズボンの冬の体操服を着ていたんです。それなのに震えが止まらない。歯の根が合わない。指先がかじかんで感覚がなくなっているのも困りました。

 季節は真夏。現に、隣の子に聞くと『そこまで寒くはないよ? むしろ長袖あっつい』と手でパタパタと顔を仰ぎ始めるのです。虚弱なわたしは、自分が風邪でも引いたのかと思って、先生にも不調を告げずに我慢しました。キャンプファイヤーはせいぜい二時間ぐらい。耐え切れない長さではないと思ったからです。

 でもわたしの状態は予想に反してますます悪化して行きました。吐き気をこらえるためにうつむいて抱えた膝の間に顔を埋め、なんとか意識を保っているほどにまでなったのです。先生を呼ぼうか、と本気で思い始めました。ガンガンと痛みを発する頭を無理に持ち上げ、広い円を描いて座っているわたしたちのそばには見当たらない先生の姿を探してみます。

 そのとき。

 お笑い系の出し物をしている他のクラスの演目の向こう側、火のくべられた薪の中に、奇妙なものを見つけたんです。それは顔、めまぐるしく変わる大人の顔でした。火炎が風でなびくたびに入れ替わる、四〇歳ぐらいの男の人、五〇歳ぐらいのおばさん、二〇代の男性。そのどれもが口を大きく開けて苦しがっています。

 驚きと具合の悪さで呆然としながらそれらを見ていると、いつしかその顔から発せられる声まで耳に届くようになってきました。それは甲高い中年女性のものであったり、半狂乱で喚く若い男性の声であったりしたのですが、内容はすべて同じでした。彼らはみんな『熱い! 熱い!』と苦しんでいたんです。まるでキャンプファイヤーの火で焼かれているようでした。

 そこからの記憶は定かではありません。気づくとわたしはキャンプファイヤーの広場を出ていました。あれほど寒かった空気が心地よく感じました。吐き気も頭痛も嘘のように治まっていました」


 うーん……。なんだろうな、その火の中に出てきた人たち。Kさんの幻覚にも思えるんだけど、もしかしたら『県民の森』で死んだ人たちがいたとかかな。キャンプ場でそんなにたくさんの人が死ぬっていうのもおかしな話だけど。

 では先を続けます。


「宿泊施設に戻ってベッドに入るころには、キャンプファイヤーの出来事はすっかり気にならなくなっていました。わたし以外にあの顔を見たクラスメートもいなさそうだったし、なによりも、そんなことで悩み続けていたらまた病気になると恐れたからです。

 二二時の消灯を迎え、すぐに眠りにつきました。窓にはカーテンがなかったために屋外の闇が丸見えでしたが、同室には八人もの同級生がいるんです。怖いとはまったく思いませんでした。寝入りばなにはまだみんなのヒソヒソと話す声が聞こえていたことから、たぶんわたしが一番に寝ついたのだと思います。

 ところが。

 ふと目を覚ました夜中、二時ごろだったと記憶しています。まだ部屋の中で声がしていたんです。室内の照明はありませんでしたが、ドアに付いた明かり取りの窓から廊下のオレンジの光がかすかに入っていたので、内部の様子はよくわかりました。布団をかぶって転がっているみんなは、とても起きているようには見えませんでした。

 それに声は。

 この部屋に入って最初に異変のあった場所。わたしの向かいで眠る○○ちゃんのベッドから聞こえているんです。ぼそぼそと呟く低い女性の声。それにときどき正体不明の奇声が混じります。もちろん○○ちゃんは喋っていません。熟睡している顔が妙に白く浮き上がっていたので、寝ていることは確信できました。

 わたしはそっと体を起こして『○○ちゃん、大丈夫?』と呼びかけました。もし○○ちゃんのベッドに『何か』がいるのだとしたら、さっきのわたしと同じように、○○ちゃんも体調を崩しているかもしれないと思ったからです。

 でもそのとたん、声はやみました。と同時に○○ちゃんの不自然に白かった顔が自然な闇の中に溶けて行きました。

 ほっとしたわたしは、半ば意識を失うように、また寝入ってしまいました」


 なんだかわけがわからない話だねえ。とり憑かれているのは○○ちゃんみたいな気がするのに、気づくのはKさんばっかりなんだ?

 意外に病弱な子っていうのはそういう感覚が鋭くなるのかもしれないね。俺の彼女も、よく、見えもしないものが見えた、とか言って騒ぐんだよ。あいつも病気を患ってるからなあ。体じゃなくて心のほうだけど。

 じゃあ最後まで聞いてくれ。


「翌日は半日がかりで登山をする予定になっていました。登山といっても三時間ぐらいのハイキングコースです。朝食をまた野外で済ませたわたしたちは、クラス別になって、一〇時ごろから山登りを始めました。

 この行事、体力のないわたしには、正直、とてもきつかった。加えて前日の寝不足が祟っています。先生の励ましの中、なんとかルートの中腹まで進むことはできたのですが、あと一〇〇メートルも登れば昼食休憩の予定地の滝まで辿り着くというところで、ついに断念して一人下山することになりました。

 帰り道、下りだからでしょうか、妙に軽快になった体に余裕を感じたわたしは、何度か再度の登山に挑戦しようとしたんです。でもダメ。登ろうとすると異様に体が重くなる。諦めて登山口から宿泊施設までの道を未練を断ち切って歩きました。そのときにはもう、どうしてあんなに辛かったのかと疑問に思うほどに体は楽になっていました。ただ、快調な気分とは裏腹に、宿泊施設に戻って体温を測ったら三八度の高熱が出ていましたが。

 それからは何も起きず、二時間ほどで熱も下がって、無事に最後まで合宿を終えることができました。いつも行事の最後はふらふらで話をすることもできない状態なので、みんなと一緒に帰りのバスの中ではしゃげたことは、いまでもとても楽しい思い出になっています。

 そんなふうにわたしを成長させてくれたこの合宿。

 でも最後に大騒ぎになっちゃったんです。

 夏休みが終わり、通常の登校が始まってすぐのことでした。合宿のときの写真が廊下に貼りだされたんです。初日の飯盒炊爨の楽しそうな様子や、わたしが行けなかった登山ルートの滝での昼食風景など。どれも思い出写真としていい雰囲気を醸していたものばかりでした。だけどそんな中に、一枚だけ、不可思議な写真があったんです。それはキャンプファイヤーの最後を撮ったものでした。会場の広場から出て行くクラスメートたちの後ろ姿。どことなく淋しげに並んだその中に、○○ちゃんの姿がありました。少しうつむいて歩く後頭部は、炎の残骸の光を受けて淡くオレンジに映っています。まるで頭が燃えているようでした。そして、このオレンジの中に、はっきりと、未だに長い髪の毛を生やした女性の頭蓋骨がこちらを向いていたんです。

 『心霊写真が撮れた!』と学年中が持ちきりになりました。当然○○ちゃんにも好奇の目が向けられました。怯えた○○ちゃんは先生に訴えたそうです。『県民の森』に入ってからずっといやな気配に苛まれていたこと、登山で行った滝で人が死んだという噂を耳にしたこと、を。

 後日、観念した様子の先生が、わたしたちに教えてくれました。

 『県民の森』は県内でも有名な自殺の名所なのだそうです。午後五時には管理人が引き上げてしまうため、敷地内の山に入っては、滝から飛び降りたり、首を吊ったりする人が後を絶たないのだとか。わたしたちが合宿をする一ヶ月前にも心中事件があり、女性は亡くなりましたが、相手の男性は死にきれずに逃げたようです。その現場が例の滝でした。

 火は不浄な霊を浄化する効果があると聞きます。もしかしたら、キャンプファイヤーのときにわたしが見た炎の中の顔たちは、『県民の森』で成仏しきれずに燻っていた自殺者たちが強制的に浄化された瞬間だったのかもしれません。

 それに、滝。わたしが登山の最中にどうしようもなく具合が悪くなったのは、あの滝の一歩手前でした。虚弱なわたしは、恋人に見捨てられて強烈な怨念を放つ女性の霊に関わるまいと、知らずに自己防衛していたような気が、いまではしています。

 おそらくとり憑かれてしまっていた○○ちゃんは、でも先生から事情を聞いたあとはあっけないほど落ち着き、日常の生活を取り戻しました。噂では、彼女は合宿の直前にある男子生徒から告白され、交際しようかどうしようか迷っていたようです。そんな○○ちゃんでしたから、対照的な自殺女性の霊に目をつけられてしまったのかもしれません」


 ……はあー……。女の情念ってのは恐ろしいね。まるっきり無関係な○○ちゃんにまで祟るんだもんな。俺も彼女を怒らせないように気をつけよ。

 ボリュームのある話をどうもな、Kさん。Kさんが自己防衛をして山に登れなくなったエピソード、なんか、俺、好きだったわ。そうだよな。危険回避は自分でしなきゃ。

 しかしなんで自分で死を選んだのに化けて出るのかねえ。勝手だよな。Kさんはそんなのに負けんなよ。丈夫になって長生きしてくれよな。


 さて、じゃあ今日もリスナーのみんなのコメントを読ませてもらうよ。えっと『てにをはに悩むオカルト作家志願』さんから。「端貫木さんの彼女さんってメンヘラさんなんすね。おれも付き合ったことあるけどコツ要るっすよね、ああいうタイプ。とりま応援しておきます」。おう、サンキュ! 面倒だけど別れられないんだよね、彼女。俺が捨てたら死んじゃうんじゃないかって思えてさ。なんて公言するのも恥ずかしいから次のリスナーさんに行こう! 『単刀直入に怖い』さんから。「自殺者って勝手に死んでんのに恨みも深いって何様? でも死ぬほどの理由があるんだから何かを恨んでるのも道理。僕の希望は安楽死」。安楽死ってまだ生きられる体を無理やり死なせるある意味殺人じゃね? もうちょっと前向きになろうぜ。

 というところで時間になりました。今日も聞いてくれてありがとう! 端貫木個人への応援も感謝! じゃあまた明日!











 なんでそんな顔してんの、尾木ちゃん? あ、メンヘラ、が放送コード引っかかっちゃった? 悪い悪い。そんな相手と一緒で大丈夫なのか、って? 問題あるように見える、俺? まあ付き合いが悪くなったのは申し訳ないけどさ。だから今日も寄り道せずに帰りまーす。尾木ちゃんもたまには奥さん孝行しろよ!

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