第二夜 山のおじさん

 みなさん、こんばんは! 今夜もミッドナイトランデブーを聞いてくれてありがとう! お送りするのはDJ端貫木。この業界に入ってまだ二年のハンパ人だけど、頑張るから応援よろしく!

 さて、昨日から始まったこの企画、今日は二回めの話を届けるよ。ええっと、『愛知県のある山』の出来事を投稿してくれたのはUさん。ありがとうな、Uさん! タイトルは。

 『山のおじさん』。


「あれは僕が小学六年生のときの出来事です。当時、僕の家では母親と父方の祖母、つまり母から見たらしゅうとめになるんですが、その二人の折り合いがとても悪くて喧嘩ばかりしていたんです。その結果はいつも、祖母が泣き、母はヒステリーを起こして僕たちに八つ当たりするという繰り返しでした。そんなある日、母と祖母が、もう殺し合いでもするんじゃないかってぐらい盛大にやりあったんです。父親は、僕たちをいったん家から逃がしてから祖母を連れだして、母を残した全員で車に乗りました。

 目的もなく飛び出したドライブだったために、車内には異様に重い空気が流れていました。弟を二人抱える長男の僕は、なんとかその空気を軽くしようと、必死で明るい話題を口にしていました。父も同じことを思ったらしく、『このままどっか遊びに行くかあ』とか『明日の学校は休め休め。お父さんも仕事なんか行かないから。遠くまで旅行するぞ!』とか、真面目だった僕からするとちょっと驚くような提案を連発していました。その父の横の助手席でうなだれた様子の祖母は、僕たちが一生懸命気分を上げようとしているのを完全に無視して、『あたしはどこにも行きたくない』と恨み言を言い続けます。でも、とうとう爆発した父の『お前が原因なんだろうが!』の一喝に、小さくなって黙りました。

 結局、父が僕たちを連れて行ったのは、愛知県の北東部に位置するN岳でした。そこは、以前一度連れて来たもらったときに、僕たち兄弟がとても気に入った場所です。小さなキャンプ場と広い沢、平易なハイキングコース。高原なので気温も低く、猛暑の太陽が照りつけていたその日のイライラを根本から冷やしてくれるような環境でした。水着も何も持っていませんでしたが、僕たちは服のまま清水に浸かり、途中で買い込んだ弁当をほうばりました。僕はもう大きかったので後先考えずに遊ぶのはちょっと恥ずかしかったんですが、父が僕たちのためにここを選んでくれたことはわかったので、あえて一番大騒ぎをしました。

 祖母はその間ずっと車の中でうずくまっていました。昼食時に父が呼びに行って、そのときに少しだけ顔を出したんですが、ほとんど食べずに、また車に戻ってしまいました。僕はもう正直どうでもいいと思っていました。祖母がいなくなってくれれば我が家も平和になるのに、ぐらいに考えてしまっていました」


 えー、ここでコメント入れますね。俺、わかるなあ、この気持ち。俺んちも母親と父親の仲悪くってさあ。結局、俺が高校生のときに離婚したんだけど、それまで俺もずっと、どっちかがいなくなってくれたらいいのになあ、って思ってたんだよね。誰のことが嫌い、っていうんじゃないんだよ。トラブルになってほしくないだけなんだ。だけど、親が別れてしばらくは、俺が願ったからこんなことになったんじゃないか、って後悔したよ。いまは別れてくれてよかったと思ってるけど。

 じゃあ話に戻ります。


「さんざん遊んで疲れたので、僕たちは父も含めて昼寝に入りました。車に戻って寝転がったのですが、そのときには祖母の様子も少し落ち着いていて、空気を読まずにまとわりつくまだ幼い弟たちに笑顔で受け答えをしていました。父もそれを見て安心したようで、『ばあちゃんも少し休め』と優しい言葉をかけていました。

 目が覚めたのはもう夕方です。何時かははっきり覚えていないのですが、僕たちの近くに停まっていた車が一台もなくなっていたから、きっと山にいるには不適当な時間だったんでしょう。一番に目が覚めてしまった僕は、父を起こして『もう帰ったほうがいいよ』と言いました。夜に向かう山に留まるのは本能的に怖かったんです。

 でも、僕はそのときに気づいてしまいました。助手席にいるはずの祖母の姿が視界の隅に入ってこないことに。僕は父のいる運転席に体を向けていましたが、もし祖母がちゃんと座っていれば、気配なり何なりは感じるはずでしたから。

 実は、いまだから言いますが、僕はその瞬間にとても薄情なことを考えていました。『せっかくいい気分に復活したのに、またお祖母ちゃんの無責任な行動で振り回されるのか。もうお祖母ちゃんはこの山に捨てて行きたいなあ』と。

 そんな僕の本心を知ることのない父が、次に祖母の不在に気づきました。『あれ? お祖母ちゃん、どこに行った?』。僕も、そして後部座席で寝ぼけた目をこすっている弟たちも、当然居所は知りません。父の顔がみるみる険しくなっていきます。『トイレかなあ……。でも……』。トイレは車を停めた場所のすぐ前にありました。中は電灯もつかず真っ暗です。

 そのまま五分ほど祖母が自力で帰るのを待ちましたが、祖母は戻って来ませんでした。父は、一番下の弟だけ車内に残し、僕とすぐ下の弟を連れて登山口に向かいました。

 N岳には自然歩道が整備されていて、それを辿って行くと山の奥まで入り込めます。父は、家に帰りたくない祖母が山に逃げ込んだのだ、と考えたようでした。『お前たちはこの山道を行ってくれ。ずっとまっすぐに行くと大きな通りに出るから。お父さんは別のルートを覗いたあとに、その大通りでお前たちを待ってる』。そう命令する父に、僕は、内心では不安でいっぱいになりながら、黙って頷いて弟の手を引きました。祖母に対して『いなくなってくれたらいいのに』と考えた自分には罪悪感がありました。だから『怖い』なんてわがままを言ってはいけないと思ったんです」


 Uさんは、えっと、いま何歳いくつの人なんだろうか。ちょっとわからないけど、将来はいい父親になりそうだね。責任感強いもんな。

 って一言が言いたかった。閑話休題。


「山道は駐車場と違ってもう夜でした。懐中電灯もなかったので、なんとか見える足元だけに集中して先を進みました。弟はすぐに『怖いから戻ろう』と音を上げます。そのたびに、弟が何に怖がっているのかを妄想して、僕も足が震えました。でも、お祖母ちゃんを見つけないと僕たちは家に帰ることはできない、と思って我慢したんです。

 たぶん時間にして一五分ぐらいが経ったころだと思います。父の言う『大きな通り』がまったく見えてこないことに、僕の心細さもマックスになりかけていました。弟はもう泣いています。もしかして道を間違えたんじゃないだろうか、お祖母ちゃんどころか僕たちのほうが遭難しかけているんじゃないか、と次々に悪い想像が頭をよぎります。そんな状況の中。

 いきなり後ろから『こんな時間にどこに行くの?』と声をかけられたんです。

 弟と僕は悲鳴を上げて飛び上がりました。だって辺りはもう真っ暗です。さっきから誰一人にも会っていません。そんなときに、足音もしなかった背後から、突然おじさんの声が降ってきたのですから。

 僕は、弟をとっさに声と反対方向に押しやってから、振り向きました。そこには登山の格好をした五〇歳ぐらいのおじさんが立っていました。チャコールグレーのリュックを背負った、目の異様に大きなおじさんです。

 おじさんはぎょろぎょろと僕たちを凝視すると、もう一度『こんな時間にどこに行くの? 早く戻らないと熊が出るよ』と言いました。僕はビビりながらも『こ、このまままっすぐに行けば大きな通りに出るから、そこまで行くつもり……』と答えました。するとおじさんは首をかしげて『この先は行き止まりになるだけだよ。さっさと戻らないと帰れなくなるよ』と繰り返すんです。

 僕は父の言葉を信じてはいました。でも、それ以上に『早く車に戻りたい』と思っていました。そこにこのおじさんの言葉を聞いて限界が来てしまったんです。おじさんへの挨拶もそこそこに、弟の手を引っ張って『来た道を戻ろう! 熊が出る前に!』と急かしました。相当にテンパっていたなあ、といまでも情けなく思います。

 ほとんど視界なんかないはずの山中。でも人間っていうのは不思議なもので、強い恐怖感を持っていると夜目が利くんです。僕は転ぶこともなく弟と一緒に登山口まで猛ダッシュしました。そして、そこで父と無事に会えたんです。父は、僕たちがなかなか大通りに姿を現さないことを心配して、登山口のほうまで戻っていたのでした。

 祖母は捜索をし始めてすぐに父が見つけたそうです。車からすぐのところ、僕たちが遊んでいた沢のほとりでいじけて座り込んでいた、とのことでした。

 欠員のない帰路で、一気に脱力した僕は、半分眠りながら、父におじさんの話をしました。すると父もおじさんを見たと返しました。それどころか、先に登山道に入った僕たちの様子が心配だから、おじさんに付き添いを頼んだと言うんです。『あの道は一本道だからどうやっても大通りに出るんだよ』。そう重ねて説明した父は『だからおじさんが元の道を戻れって言ったのは腑に落ちないなあ』ともつぶやいたんです。

 なぜ、あのおじさんは嘘をついたんでしょうか。いまでも非常に不思議です。僕たちを恐がらせるためのいたずら、と考えられなくもないのですが、一歩間違えれば大きな事故につながる行為です。そこまで非常識な人だったんでしょうか。

 父は『狸だったんじゃないか?』って笑っていました。本当にそうかは確かめるすべがありませんが、もしそうだったんなら貴重な体験です。

 ただ……大人になっていろんなしがらみを知ったいまの僕は、こうも考えてしまうんです。誰もが避けようとする夜の山にあえて一人で入り込んだおじさんは、もうどこかに帰る気のない人だったんじゃないかな、と。祖母は僕たちの気を引くために行方不明を装ったんだそうです。母は自分こそが被害者だといまも盲信しています。そんな、ある意味たくましい人間たちに囲まれていたから、子どもだった僕は気づくこともなかったんです。自己嫌悪にまみれて自らの死を願う人たちが世の中にいるってことを」


 狸か人間か、かあ。俺ね、生まれが四国で、あっちでは、狸が化かす、っていうのは普通に使われる言葉なんだよ。だからUさんのケースも、狸だったらいいなあ、なんて思うんだよね。

 深い話をどうもありがとうな、Uさん。俺、これ、どっちかっていうと、怖い話って言うより腹立つ話だなあ、と思って読んでました。子どもが頑張ってんのに、大人、みっともないよ。Uさんはいい家庭を作ってくれよな。


 さあ、じゃあ今日も最後にリスナーのみなさんから寄せられたコメントを読ませてもらおう。えっと『ヲンバット』さんから。「私もUさんに同情しちゃいましたあ。狸もお祖母ちゃんを化かせばいいのにぃ」。あはははっ。そりゃそうだよなっ。とあと一人『未知との遭遇希望者』さんから。「おっさんの目がぎょろついてたっていうのが狸っぽい」。あ、そうか。じゃあやっぱり狸だったのかな。リュックサック背負った狸。ちょいゆるくて可愛くね?

 というところで時間になりました。遅くまで聞いてくれてありがとう! 今日も面白かったかな? 明日はほのぼのする話をお伝えします。またご拝聴よろしくな!











 終わった終わったあ。え? テーマ重すぎじゃないかって? ライトなもんばっかり提供してちゃダメっしょ、尾木ちゃん。幽霊話っていうのは死人の話なんだから。今日こそ飲みに行くかって? ごめん、ちょっと調子悪いんだよね。『憑かれてる』んじゃなくて健全な疲れだっちゅーの! じゃあお疲れ。また明日ね。 

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