深夜ラジオ

小春日和

第一夜 火事の夢

 みなさん、こんばんは! 今夜もミッドナイトランデブーを聞いてくれてありがとう! お送りするのはDJ端貫木はたぬき。この業界に入ってまだ二年のハンパ人だけど、頑張るから応援よろしく!

 さて、さっそくだけど、今晩の話を紹介しよう。ええっと、『住所秘密』に住むTさんからの投稿。ありがとうな、Tさん! タイトルは。

 『火事の夢』。


「もう七年ほど前のことですが、当時の私は、妊娠を期に仕事を辞め、昼間は家でごろごろとしていたぐうたら主婦でした。

 そんなある日、たしか夏のことだったと思います。寝苦しい湿気に寝るとも起きるともつかない心地でベッドの上にいると、変な夢を見ました。

 夢の中では、まず玄関のチャイムが鳴りました。夢の中だというのに起き上がった私は、気だるい体を引きずって玄関に向かいます。『はい? どちら様ですか?』と問いかけても答えはありません。いぶかしく思いながらも、慎重に集合住宅の重い鉄扉を開けてみますと。

 そこには二人の男女が立っていました。私は声も出ずに立ち尽くしました。なぜなら、その男女は全身が焼けただれて、赤黒い皮膚からはまだ煙がくすぶっていたからです。苦しそうに表情を歪める女性は、黒く長い髪が半ば骸骨化した頭部にまだ残っていました。男性は足元が溶けて骨が見え、不安定にぐらぐらと揺れています。

 どうしようか、となぜか妙に冷静になってその二人を観察した私は、突然『可哀想に』という同情に囚われました。いま思えば、妊娠中ということで母性本能のような情が過多になっていたのかもしれません。このまま追い出してしまうには忍びないと思い、ふだん食卓にしている居間に二人を招き入れました。じゅくじゅくとした火傷の皮膚を床に残しながら移動する二人は、居間に入ったとたんに力尽きたように倒れました。私は二人を順に部屋のすみに引っ張って移動させ、綺麗に並べてあげました。この男女がどんな関係かはわかりませんが、一緒に訪ねてきたぐらいだから、離すのは良くないことだと思えたのです。

 溶けて体と一体化してしまった服、目と鼻のあった部分にはポッカリと穴が空き、口からは焦げくさい吐息がかすかに漏れていました。まだ生きてはいます。でも、一度転がったせいでしょうか、二人はもう起き上がることはできないようでした。『完全に死んでしまったら救急車を呼んであげるからね』と、私は思わずそんな約束をしたんです。もう助からないことはわかっていたので、下手に病院なんかに運んで二人が離れてしまうことになったら、もっと可哀想だと思ったから」


 まだ途中だけど、いったんコメント入れます。

 Tさんは優しいねえ。まあしょせんは夢なんだけど、でもなかなか焼死体もどきを家に上げるってできなくね?

 妊娠中ってこういう夢見るもんなんかねえ。胎教には悪そうだけどな。

 では話に戻ります。


「しばらくして、二人がほとんど動かなくなったのを見極めてから、私は夫に電話をしました。そろそろ帰ってくる時間だったから。いきなり家の中にこんなのがあったらびっくりするので、前もって教えてあげようとしたんです。

 事情を説明すると、夫は慌てた様子で『すぐに帰る』と言って電話を切りました。そして、本当にすぐでした。夫が玄関のチャイムを鳴らしたんです。夢の中だったので時間の感覚が変だったのでしょう。

 私は玄関に出て夫を迎えようとしました。でも足がなぜか動かないんです。足どころか、体全体がすごく重くて、床に這いつくばってしまったのでした。なんとか呼びかけだけでもしようと思うのですが、声は出しているはずなのに空中に溶けていってしまいます。それでも『夫を出迎えなければならない』という焦りから、どうにか頭をもたげたとき。

 目が覚めました。体が重かったのは眠っていたからでした。そして夫からのチャイムは本当に鳴っていました。しかも外ではけたたましい消防車のサイレンが何台も通り過ぎていきます。

 どうやら、私はこの音たちに影響されてあんな夢を見たようでした。ずいぶんと長い夢だった気がしましたが、以前にもほんの一〇分ほどの間に三日間が経過するという夢を見たことがあります。夢の中では一瞬でたくさんの場面を過ごしてしまうんでしょうね。

 自分で鍵を開けて入ってきた夫は、ベッドの上でぼうっとしていた私を見て、『ただいま。寝てた?』と声をかけました。『うん。変な夢、見た』とだけ答えた私は、すでに遠ざかって消えた消防車のサイレンに、なんとなく居心地の悪いものを覚えて、それ以上は口をつぐみました。実際にどこかで火事が起こっているのに、よりにもよって焼死者が出た夢とリンクさせてしまった自分が、人の死という刺激を求める嫌な人間だと見抜かれそうな気がしたので」


 はい、またここでちょっとコメントね。

 Tさんのこの気持ち、俺、わかるなあ。俺もさ、道端に花とか供えられてるのを見ると、ここってどんな事故が起こったんだろうなあ、って想像しちゃうもんねえ。

 あ、でもさ、夢ってコントロールのしようがないじゃん。だから気にしちゃだめだって。現実にやらなきゃいいんだよ。

 じゃあラスト、行きます。


「そこから起き上がって晩ご飯を作り始めたころには、悪夢の余韻からも覚め、私はすっかり元気になっていました。だから、晩ご飯のとき、夫に軽口で夢の内容を告げることもできたんです。『気持ちの悪い夢だったけど、でも夢で実際の火事の様子がわかるわけもないし。大きな火事っぽかったから大げさな想像をしちゃったんだね、きっと』と。ふだんから不思議な現象に興味を持っている夫は私の言葉に首をかしげましたが、『まあ普通はただの夢だよな』とちょっと懐疑的に答えました。

 話が終わったのでテレビのリモコンに手を伸ばした私は、つけたチャンネルで流れていたニュースをそのままなんとなく見ていました。夫も視線をそっちに向けます。『火事のニュース、やってないかな』と言うので『ニュースで出るような火事だったら被害が大きいってことでしょう』とたしなめました。だって、私の見たのはただの夢なんですから。実際に二人も人が死んでいるはずがないんですから。

 でも、テレビ画面が該当の情報を映しだしたとき、私は驚きで箸を取り落としてしまいました。私の住む市内で起きた夕方の火事は、民家四件を焼き、家にいた妊婦さんと、その妊婦さんを助けに行った旦那さんを焼死体にしていたのです。

 夢の中で焼け焦げた二人を安置したスペースは、私の座っているすぐ後ろでした。なんだかそちらから冷たい空気が流れた気がして、私は後ろを振り向けませんでした。

 でも。

 あえて言うなら、夢の中の二人と現実の犠牲者は、性別と人数が一緒だっただけ、です。充分に偶然の内に入るのではないでしょうか。それにもともと、火事の夢は我が家のそばを消防車が走り抜けたことに影響を受けて見たわけですから、火事を連想させる夢と火事が起きたという現実が一致する理由はちゃんとあるんです。

 私はわざと明るい声で『やだなあ。当たっちゃったね』と言いました。不謹慎だけれども、火事の犠牲者のご夫婦と私の夢を無関係だと言い張っておかないと、ご夫婦に居座られてしまうような気がしたので。

 でも。

 夫は言うのです。また懐疑的に首をかしげて。『消防車のサイレン、俺、聞いてないんだけど。あんたの話って、どこまでが夢でどこが現実?』。

 ニュースでは火事の場所が報道されていました。そこは、同じ市内ではあるのですが、うちから六〇キロは離れている地域です。うちの前を消防車が通るわけはありません」


 うわっ。最後にぞぞっと来たなあ、これ。じゃあTさんが聞いた消防車のサイレン自体が不思議な現象だったっていうわけなんだね。

 それにしても、亡くなった夫婦が幽霊だったとしたら、なぜTさんのところに来たのかねえ。同じ妊婦さんだったからかな。

 いまはもうTさんの家から出て行ってくれたかな、その二人。でもさ、幽霊からしたら、焼死体になっても親切にしてくれたTさんって、ある意味恩人なんじゃないのかな。


 さて、じゃあ最後にリスナーのみなさんから寄せられたコメントを読ませてもらうな。えっと『オーラスの鬼』さんから。「夜中にやめてくれよお。トイレに行けないじゃないかあ」。あははっ。朝まで我慢してくれ。もう一人『霊安室より』さんから。「妊娠中は感覚が鋭くなるって言うからそれかもね」。あ、そうなんだ? 妊婦さん限定の霊能力ってか。便利なような迷惑なような。

 というところで時間になりました。遅くまで聞いてくれてありがとう! 明日もまた強烈な話を用意しておくから、時間になったらスタンバイよろしく!











 終わったよ、ディレクター。おーい、尾木ちゃん? あ、いたいた。眠そうにしてんじゃないよ、まったく。なに? 飲みに行くかって? うーん……ちょいやめとく。こういう特集してるとなんかつかれるんだよね。え? そっちの『憑かれる』じゃねえよ。やめろよなあ、俺、一人暮らしなんだから。じゃあお疲れ。また明日ね。

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