ロード・オブ・ザ・銭湯 第1章
成人するまで銭湯に入ったことは数える程度の、平均的日本人の行動パターンをなぞって成長したわたくしですが、じゃあ人生のどのポイントにおいてそんなに銭湯が好きになったんだろうと思い返してみますと、宇宙へ打ち上げられるスペースシャトルのように二段階切り離しブーストポイントが思い起こされます。
第一切り離し段階は、就職したあと、ひとり暮らしを始めたとき。実家を飛び出して、自由を満喫していた20代の私は、でも、実家のお風呂よりも更に狭い、ひとり暮らしのアパートのユニットバスにうんざりしていました。そう、トイレとお風呂が一緒になっている、三点ユニットバス。個人的にこの世で嫌いなものワースト10に堂々のランクインしているアイツです(残りの9つは銭湯関係ないので割愛します)。
引っ越した初日の晩、お風呂に入ろうとお湯を出したら、お湯が溜まるまでに夜が明けそうなスローペース。……と言うのはやや盛っていますが、溜まる頃にはお湯はぬるま湯になっていました。
そして、お風呂のお湯と私が無理やり思い込むことによってかろうじてそのアイデンティティを保っているぬるま湯を浴槽からあふれさせないよう細心の注意を払ってお風呂に入ったあと、すぐ横にあるトイレットペーパーのシワシワ具合を見て心から悲しくなりました。
ああ、ひとり暮らしって切ないものなんだな。このフニャフニャの湿ったトイレットペーパーを、我慢して一人きりで使わなきゃいけないんだな。
そう思った私は、ユニットバスの中の暗い蛍光灯の下でちょっとだけ涙ぐんだのでした。そしてユニットバスにはもう入りたくないと強く思った私が近所の銭湯に通い出すまでに、そう時間はかかりませんでした。
当時、五反田と目黒の間辺りに小さいアパートを借りていた私がよく行ったのは、松の湯という銭湯で、玄関が立派で、THE日本の銭湯という見た目でした。あの屋根は破風造りと言うのだそうですが、特に松の湯さんの入り口は唐破風(曲線を描く屋根)と千鳥破風(小さな三角の屋根)が重なって二重破風造りというのだそうです。
脱衣所とお風呂場、両方とも天井が高く、なおかつ木の桶を置いているので、銭湯特有のカコーンという音が気持ちよく反響していたのを覚えています。
大きい浴槽になみなみとたたえられたたっぷりのお湯に味をしめたわたくしは、足繁く銭湯に通うようになるのでした。
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