2013/7/29 ジャッキー・チェン的元女子バレー部員

今日という蒸し暑い夏の日を締めくくるのに相応しいのはやはり銭湯だろう。ということで、銭湯に行って来た。


生温かいゼリーみたいな空気をかき分けて銭湯まで歩き、暖簾をくぐるといつもの柄本明似のおじいちゃんが濁った目をこちらに向けて、小さくいらっしゃい、と言う。


今日は暑いから混んでるかなと思いきや、客足の谷間に来たみたいであんまり人がいなかった。


足首にロッカーの鍵を巻いてサウナと水風呂をストイックに往復するサウナさん(私が命名)は今日も来ている。この人はいつ行っても大抵いる。毎日何時間サウナにいるんだろう。逆に具合悪くなったりしないんだろうか、と時々心配になる。完全にイメージだけど、職場では、仕事任せたら完璧なんだけど、何か怖くて話しかけづらいのよねぇ、とか言われていると思う。


もうひとり常連の、元女子バレー部(私が命名)もいた。全体的にインクレディブル・ハルクみたいにがっちりしていてショートカットで、体育会系の部活やってた子が社会人になりましたみたいな見た目だからそう言うあだ名を勝手につけたんだけど、見ず知らずの若い女性にそんな失礼なあだ名をつけたのには実は理由がある。


初めてこの子を見たとき、身体も何も洗わずに入って来るなり浴槽にどぼんと入ったので第一印象は激悪だった。あんた今日一回もお手洗い行かなかったのかよ!汗かかなかったのかよ!と思い切り心の中で突っ込んで、サウナさん含む周りの常連のおばちゃんたちのツッコミを待ったが、誰も気に留めてない様子でがっかりした。(チキンなので自分では言えない)


悠々と、まるで水浴びを終えたゾウのようにざばーと盛大な水音を立てて浴槽から上がり、身体を洗い始めたのだが、頭も身体も、有り余る生命力を持て余しているかのようにものすごく勢いよく洗うのであちこちに泡が飛び、お湯が飛び散り、洗い場は完全に元女子バレー部一人のオンステージになった。


私は二つ横の席にいたので、泡がこっちに飛んでこないようにさりげなくよけたら、元女子バレー部を挟んで反対側にいたおばあさんが全く同じことをしていて目が合い、お互いに苦笑した。


私はその夜の帰り道、憤然としながら彼女に悪意に満ちたあだ名をつけ、それ以来彼女のことはマークしてて、入って来るとなるべく近づかないようにしていたのだが、ある日、銭湯のフロントに座っているおかみさんが脱衣所の掃除に入って来て、その子に「あらー、今日は早いのね」と話しかけてるのを見て、何故だかものすごい敗北感を感じた。何を隠そう私はおかみさんと一回も言葉を交わしたことがない。


例えるなら日々真面目にカンフーの修行を積んでいる若者(私)が、カンフーの達人であり、師匠である老師(銭湯のおかみさん)に声すらかけてもらえないのに、ふらりと入ってきて日々の稽古もいい加減にしかせず、何だこいつは、と敬遠している風来坊(元女子バレー部)が、実は師匠のマブダチのジャッキー・チェンだった、みたいな衝撃である(我ながら、失礼にもほどがある例えだな)。


そんなジャッキー・チェンな彼女と、初の遭遇があった。今日、脱衣所ですれ違いざまに彼女の持ってるタオルがちょっとだけ私に触れたときに、咄嗟に彼女が「あっ、すみません」と言った。その声がとても可愛らしかったので、「全然大丈夫です!」と必要以上に滑舌良く答えてしまった。


可愛い声だ~。しかもすぐ謝るなんて、素直じゃないか〜ええ子やないか~。よく見たら、つぶらなお目々やないか〜。すっかりイメージ回復。


おばちゃんは単純だな、と思いながら帰宅して、麦茶飲んで寝ます。

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