第6話 ゆずれない思い
二人は一つの体にあって、一つの黒いモノと対峙していた。
それは大木の結界である円の外で不動の構えだ。
”やつめ、ここから出るのを待っていやがる。こりゃー、ここで朝を迎えるしかないなー。朝になれば陽の光に当てられて、いくらコイツでも逃げるだろうよ。そしたらここを抜け出せばいい”
「ぼくは待たないし、逃げないよ」
”それはどういう意味だ?”
「わかってるでしょ。ぼくが今まで逃げ回って来たのを……。でも、もう逃げないし、ただ待ちたくないんだ」
”ふん、気持ちはわからなくもない。しかし、それはできる実力があってのこと。お前にはその実力はない。あの熊だって俺が力を
「そんなの、わかっているさ!わかった上でそうしたいんだ!」
”本来の俺なら斬れるが、今の俺では勝てるかどうかも怪しい”
「ぼくには考えがある。一か八かだけど……」
”まさか!?俺がお前の考えることが解るように、お前もおれの―――”
「”考えがわかるのさ!《考えがわかるのか?》”それに、黒いヤツ、かかってくる気だよ」
目の前の黒いモノに周りから黒い靄が集まり形を変えつつある。
”アイツ、周りの人間から力を全部集めて、姿が見えるぞ”
「ああ、僕にも鎧武者だってはっきり見えるよ」
”それが本当の姿か。ありゃー、落ち武者の悪霊だ”
「八郎と同じじゃないのか?」
”一緒にしてもらっては困る!俺は大者だ。あんな誰ともわからない小者と一緒にしてもらっては困るよ”
「そうだね。清河八郎は
”フフッ、お前の思う通りの大怪物よ!この借りはあの借りと一緒に後で返してもらうぞ”
「約束する。この闘いに勝てたら……。!?来るッ!!!」
漆黒の靄を鎧の繋ぎ目から溢れ纏わり付かせ、腰に帯びた刀に手を添え歩いて来る。
「余裕ってことか……」
”ああ、お前は弱いからな、アイツに舐められてる。思うに体の無いヤツには緊張とかそういった類のモノはないらしい……。多分俺と同じだ。だが、あいつには憤怒しかない。挑発しもっと怒らせ失敗を誘うがいい。こんな時は―――”
麟太郎は回れ右をすると後ろを向き、お尻を叩いた。
「”おしりぺんぺん!”お前のような悪霊はぼくが退治してやる!悔しかったら追ってみろ!」
と、麟太郎は全速力で大木の方へ走り出した。
鎧武者に効いたのか?初めて聴く恐ろしい雄叫びを挙げ刀を抜き放ち、上段に構えるとガシャガシャと駆け出して来た。
一方麟太郎は背中に鎧武者の気配を感じつつ大木の陰に右側から回り込み姿が隠れた。
それを追って鎧武者が大木の横に差し掛かったその時、麟太郎は大木すれすれを逆走し目の前に現れた。それに気付いた鎧武者は袈裟懸けに刀を振り落とす。
「”きぇいっ!!!!”」
だが麟太郎は一瞬速く身を前方に屈め強引に大木と鎧武者の隙間を抉じ開けるように体当たりで左脇の下を駆け抜けた。
直後、二人と一人は硬直し立ち止まった。
”フン、ようやった。この俺の考えをほぼ寸分違わずに実行して見せた。だが、もう動けまい”
「ああ、もう無理だ……」
ガックリと片膝をつく麟太郎。
”だろうな、こんな貧弱な身体では……。しかし、退治はできなかったが相手もしばらくは動けまい”
「はあはあはあはあ…はあはあ…」
”何にせよ、御神木様様だ!細目の枝を折ると言う悪いことをしたが、悪霊を払うためだ、謝れば許してくれよう。だがこれからよ!本当に逃げぬのなら、時を待つことが必要よ……。ただ待つのではなく、力を付けるまではな”
「はあはあ……」
”しかし、見事だ。一瞬だがあの貫き胴は俺の型と重なった。あれを喰らっては誰も生きてはおれぬだろうよ。悪霊なれば四散するしかあるまいて……”
疲れ振り返ることもできない麟太郎の後ろで、八郎の言う通りゆっくりと鎧武者は崩れ落ち、縺《もつ》れた紐が解けたように煙になって立ち昇り空へと消えて行った。
”そうそう。後でもいい話なのだが、俺にも譲れない思いと言うモノがあってだなぁ。まあ、おいおい聴いてもらって、叶えてもらおうか”
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます