第5話 現実と夢の間に
めくった掛布団の下には、上半身に纏わり着く妹がいた。
右手を腕枕にされ何時から圧迫されていたのか?すでに痺れて感覚もない。
どうりで起き上がれないわけだ。
シスコン気味の兄としてはこういうのもありだけど、明日はともかく今日のところはもうそろそろ遠慮したい。右手がまるで自分のモノでは無いかのようなそのぐらいの違和感が右手を支配している。
この感覚は人生で何度も経験したものの、小学生低学年の初体験時に感じた恐怖、このまま元に戻らないのではないか?壊死してしまうとか切り落とさなくてはならない?と言った感情は、その必要がないと解った今も不快な感覚として蘇り心をざわつかせる。我慢も限界。
妹を痺れていない左手でゆすると優しい声で呼びかける。
「ちょっと。起きてくれないかな?いくら可愛い妹でもこの腕の痺れに負けて怒鳴ってしまうかもしれないぞ」
と更に揺り動かした。
むにゃむにゃと目を擦りながら起き上がる妹を下から見つめながら、感覚のない右腕を動かし血を巡らせる。
「×××、いったい何時から僕の布団に潜り込んでいたんだ?お母さんは?」
「学校終わってひとりで来たよ」
「お母さんに内緒で来たのか?ひとりで来ちゃいけないって言われていただろ?」
「だっておにいちゃんが入院したって言うから…」
「それでもダメだろ。ここにはあの人…、母さんも入院しているところだ。まさか…会いには行ってないだろうな?」
行ってはいないだろうと思ったものの、釘を刺すために聞いた。
「行ってないよ」
「そうか、だったら早く帰りな。ここには二度と来ちゃいけない!さあ、早く!」
と言うのは私の妄想…。それが夢になったモノ…。
顔のない妹とのじゃれ合いだった。
気付くと目の前に布団でうなされる自分がいた。
そう、これは多分、小学校3年の頃の自分だ。
あの日は高熱で学校にも行けず、母がタオルを濡らして頭を冷やしてくれたっけ。
父は仕事でいないし、母は妊娠しておりもうすぐ出産を控えているそんな日だった。
あの後だっただろうか?
気づけば家には母が居なくなっていた。
父は朝と夜遅く帰って来るがいつまで待っても母は帰ってこない。
父に聞くと「お母さんは亡くなったんだ」と言い、私から視線を逸らした。私は亡くなると言うことが理解できずに何度も同じことを聞いた気がする。
その度、父は母が亡くなったと繰り返し教えてくれた。
ただ一度だけそれ以外のことを言ったことがある。
「お前の妹の名前は
「……」
私は何も言えずにうなずくだけだった。
その時の父の顔は何だか優しそうではあったけど悲しそうでもあったのを覚えている。
「おい!」
と、大きな声がした。
「過去と現の夢は終わりだ!もう時間がない!目を醒ませ!」
黒い縁取りをされ横に歪んだ円の中に暗く薄ボケた部屋と蠢く黒いモノが見える。
「早く目を開けろ!体を動かせ!俺は体を動かせないぞ!あの熊と闘った時ほど力を感じられない。このままではこのどす黒い訳の分からぬモノに殺されてしまうぞ!」
ハッ!と目が明いた。
黒い何かわからないモノが自分の上に圧し掛かっている。
右腕を突き出し触ろうとするが感触はなく突き抜けた。ただ冷たい。
背筋が冷める。
”長く触れてはダメだ!”との言葉と同時に直感が過ぎった。
引き裂きかき消すように腕を右に払いのけると、黒いモノは散り散りに薄まり広がる。
”アレは俺と同じようなものだな。だがアイツにはお前の様な器がない。俺には器がある。が―――”
「幽霊!?」
”―――幽霊なんてかわいいモノでは無い!アレは怨念だ…。俺と同じ、何かに執着するあまり変わってしまった、人であったモノだ”
黒いモノは再び集まりだし、先ほどよりも色濃くなり形を変え始めた。
「なんか人の形のような…」
”言ってる場合ではない!あれは鎧武者だ!俺には見えているぞ!早くこの場から逃げ出せ!”
「うわぁーーーーーーー!!!」
掛かっていた布団を黒いモノに投げかける。
上手いこと被さらないかとも思ったが、ただ床に落ちるだけだ。
その結果を見ることもなく麟太郎はベッドを飛び出しドアを思いっきり開け、走り出す。
逃げきれているか?どうだかわからなかった。
でも、今はわかる!
自分の走る音と苦しい息遣いに心臓のバクバクとは別に、カチャカチャと鳴る音が徐々に大きくなりガチャガチャと近づいてくる。
一生懸命逃げる。どこをどう走ったかわからないほどに。
しかし、誰かが出てきてぶつかることもない。
「誰もいないのか!?」
”ああ、中にはいないようだ。外から沢山の人の気配はする……。が、みなあの黒いのと同じ気配を感じる”
「それってつまり…」
”操られているのかもしれんな。さっきのは憑りつこうとしたが、俺が居るので殺そうとしたのか?だったらヤツは幕府側かもしれんな”
「そんなのごめんだ!」
”ちょっと前まで死のうとしていたヤツが言うこととは思えんな”
「出るぞ!」
廊下の突き当りにある非常口を抜けると、そこは木々に覆われながらも少しだけ開け、木々の隙間から時折差し掛かる月の明かりで病院の正面側ではなく裏庭であることが見て取れた。非常口の前に立つ自分を取り囲む様な草叢が揺れ音をたてる。
「出口はどこだ?」
と目を見開き見回し探すがそれらしいものはまだ見えない。
”それよりこの音……、風の音じゃないぞ。こりゃー、人だ。草の音じゃなくて、土を掘る音だ”
より暗闇に馴染んだ目が蠢くモノの正体を捉え始めた。
草叢だと思っていたモノは全て人で、黒い靄の様なモノを纏った人が両手で土を掘っている姿だった。
ここに草などとうに生えていない。
きちんと管理の行き届いた庭のように草一本生えていない。
それどころか、地面は木々の根意外デコボコで至る所が掘り返されているようだ。
「なんだこれは!?」
”穴を掘るのに夢中で俺たちに気が付いていない?俺達が出口を探すように、何かを探しているのかもな……。兎に角、ここには触れずに逃げ出した方が良い”
「……ああ」
二人は、人に憑りついたモノ達の蠢く獣道の様に見える隙間を早足で駆け抜け大きな木のあるところまで来た。
ここの地面はデコボコしていないし、それどころか大木を中心にして円状に草が生え茂っている。
”ここは……他とは違う力を感じる”
「ああ、こんな大きい木はあれだ。ご神木って言ったりするだろ?」
”そうだな。しめ縄も小さな社もないが……昔、ここは神社か寺でもあったのかも知れない。奴らもここには近づけなかったか……”
「!?何かいる!」
一つの黒い影が円の外周でモソモソと動きシャリシャリと土を掘る音が聴こえる。
「あれは……。あの人は……」
”あれはお前の……”
「母さん……」
”ダメだ近づくなよ。アレも憑りつかれている。今はダメだ。今の俺やお前では助けることはできない。ここから出るな!”
「もしかして、父さんが『母さんが亡くなった』って言ったのは、おかしくなったのは、こいつ等黒いモノのせいか!?」
”そうかもしれんが、今はそんなこと言ってる場合じゃない!どうにかして早くここを出るんだ!”
「八郎……、いま、『今は』って言ったよな?」
”ああ”
「さっき『今は』って、どうにかしたら倒せるのか?」
”ああ、あの時から段々わかって来たんだ。力が失われて行く俺と言うモノが……。多分……。でも今は力が出せない。あの溢れるような力……、あの刀がなければ”
「あの刀……」
”あるいはそれに準ずる力があれば………、だがもう遅い!俺達を追って一番厄介なヤツが来た”
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