第4話 邂逅
夢から覚めると光があふれていた。
突き刺すように流れ込み瞼を開けていられない。それでもしばらくすると目も慣れ意識もクリアになり、ここが病院の一室だということがわかった。無機質で余計な物が何もない部屋、定番のパイプベッドとパイプの丸椅子、傷病欄付きの名札、大した物は入らない引き出し3つの小さなサイドボックス、極めつけは消毒のアルコールと薬の臭い。昔からよく見た光景だ。ただいつもと違うのはベッドに横たわる母を見舞いに来たのではなく、ベッドに横たわっているのが自分ということだ。
そうか……どうやら僕は死ねなかったらしい。
死ねなかったんだ……。
ここ一年じっくり時間をかけ計画したものがすべて否定された。
きっぱりNO!と否定してやるはずが生き残ってしまうなんて……。
ズキッ!と、お腹の筋肉が突っ張り痛んだ。
それがより一層生きていることを実感させる。
どうやって助かったんだ?
ズキッ!
思い出せない……。
チクリチクリと意地悪な悪魔は「生きているぞ。お前はまだ生きているぞ」と大きな三又の矛を何度もお腹に突き刺してくる。その現実から目を逸らすように窓際へ顔を向けると綺麗な花が活けられていた。
誰か来ていた?
誰だろう?
父か?母か?いや、違うな……。
こんな
ああ、しかし、眠たい……。
どれだけ眠っていたかわからないのに、まだまだ寝足りない……。
ガチャッとドアの音が遠くに聞こえたような?
誰かが声をあげた気がしたが……。
でも、まぁいいや……。
眠たいから……痛みも説教も後にしてくれ……。
と現実を避けるように再び眠りに落ちた。
「あ……あれ?もう夕方?」
病院で寝ていたと思ったのに、ここ、僕の教室だ。
と教室の一角が目に入った。窓際の最後列。僕の左一つ後ろの席。そこがヤツの席だ。
僕の天敵、只野陽次の……。
辺りは静まり返っている。何の音も聞こえない。聴こえるのは自分の心の声だけだ。
それはいつにもまして強く、憎悪を増して口の中で膨らんで行く。
押さえつけようと思ったが、理性より強く憎悪が外へ飛び出した。
「あいつの席なんか無くなっちゃえばいいんだ!!!」思わず叫んでいた。
そんな自分に驚き目を閉じて直ぐに両手で口を塞いだが全ては放たれた後だ。
大声に誰かが驚きこの教室へやって来るかもしれない。
早く逃げよう!
走ってこの場から逃げるんだ!
教室から飛び出し無我夢中で走り続けた。どこをどう通って辿り着いたのかはわからない。学校の屋上へ勢いよく飛び出した。
真っ赤な夕焼けが目に染みた。目から熱いものが溢れ出していた。
そんな自分を見られたくないと辺りをキョロキョロと見回しワイシャツの袖で拭った。
誰もいない。
今この場には僕だけしかいない。
さっき自分で確かめたじゃないか!
ここへ来て三分も経っていないし、足音やドアを開ける音もしていない。
そうさ、振り返っても誰も居るわけがない!
なのに急に震えが全身に走り額から汗が流れた。
自分の真後ろに何か居る。
「誰だ!」
振り向くが誰も居ない。
よく言う幽霊の正体見たり枯れ尾花ってやつだな。
居るわけがないんだ。
安心して一息つくと素晴らしい夕日を眺めようと向き直った。
「うわぁっ!!!」
思わず後ろに飛びのいて尻餅を突き腰を打ち付けてしまった。
「だっ!誰だ!?」
そこには人が居た。
明らかにこの学校の生徒や先生ではない。
時代劇で見る着物を羽織った丁髷姿の男が居た。
顔には斜が掛かったようにぼやけている。
どこかで見たような気もするが思い出せない。
その男が口を開いた。
「誰だとは偉そうに、しかもお前ときたもんだ。人に名を聞く前に先に名乗るものだろう。藩校で習わなかったのか?」
「はんこう?それより、あんた誰だ!ここは勝手に一般人が入っちゃいけない場所だぞ!」
「それはすまんな。勝手にここへ入り込んだのは私の落ち度かも知れんが、ただ元を正せばお前のせいなのではないかな?それにオレは命の恩人だぞ?」
「僕のせい?命の恩人?」
「三日前だ。無意味で無様な切腹と、人喰い熊から助けてやったのはオレだ」
投げかけられた言葉が心に深く突き刺さった。助けてもらったことがではない。
無意味で無様な切腹と言われたことだ。
「余計なことを!僕は死にたかったんだ!ほっといてくれればよかったのに!!!」
「そうもいかないんだよなぁ、これが。お前はオレらしく、オレは二度と死にたくなかったのでなぁ」
「何のはなしだ?」
「先ほど言っただろう?元を正せばお前のせいだと。お前が腹を斬らねば、きちっと切腹さえしていれば、このようなことにはならずにすんだかもしれん」
「これは夢だ…悪い夢なんだ……」
「ここは夢だが、すべてを夢で片付けられては困るのだがなぁ」
男の眼差しは何かを射抜くような鋭さに変わった。
「はぁ……。高月隣太郎」
夢だと割り切ったからか?随分投げやりな言い方をする。
普段出すことのできない生意気な口運び。自分でもビックリするほど。でも、スッとする。
「りんたろうか。麟太郎なら知ったヤツがいたぞ。これが片玉なしでなぁ…。いや、それはさて置いて。何か引っかかる物言いであったが、こちらも名乗らねばなるまい。吾は清河八郎。浪士組首魁清河八郎だ」
「きよかわはちろう……?清河八郎って……、幕府を裏切って暗殺された人か」
「なんだかすっきりしない言われようだのぉ」
「だって150年前の歴史ではそう言われてる」
「裏切ったねぇ…酷い言われようだのぉ。吾は裏切ったわけではない。日本の為、御上の為、夷敵を追い払う為に動いただけだ」
「ふーん。でも裏切り者として暗殺はされたけど尊王攘夷派が勝ったから歴史の勝者とも言えなくもないか……」
「勝った…?」
「暗殺された後、結局尊王攘夷派の薩摩と長州が幕府を倒して明治維新がなったんだ」
「何?幕府が倒された?めいじ…いしん……何だそれは?」
「日本の時代の夜明けってやつだよ」
「全く内容がつかめんなぁ。ん!?誰か来たようだ…。めいじいしんとやらは次の機会にするとしよう……。手短に要件を言う。無くした刀を拾いに行け。刀を手に入れたらお前の問題を解決してやらないでもない。いいな!」
「はっ!」
目覚めるとここは病室で天井を眺めている。
あっ暑い!
それに…かっ!体が重いっ!!!
左手は動いたが右手は少ししか動かない。
無理矢理右手や上体を起こそうとしてみると、右手は少しだけ動かせたが、身体は何か重石を乗せられたように動かない。
動かないどころか本当に重石でもつけられているのか掛布団が異様にこんもりしている。そして、右手を動かそうとすると異様な膨らみは生き物のように動いた。
まさか清河八郎じゃないよな……。
いくらなんでも夢の住人が現実にまで出てくることはないだろうと思いつつ、動く左手で恐る恐る掛布団をめくった。
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