第4章  アンナ

 魔眼。


 それはキリノ家の呪縛。

 いつの時代から始まったのかは分からない。せつなが家に来たとき、魔法書庫で古い文献を調べてみたが、全くといっていい程資料が無かった。残っていないのではなく、意図的に残していない。私はそう感じた。

 『魔眼』は、キリノ家すべての者に宿るのではない。何かの選択基準によって生まれてすぐに現れる。男か女か、魔力が強いか弱いか、それらに関係なく意志を持ったかのように、時代に適した人選をする。

 実際、歴代の所持者の功績は、並々ならぬものだ。

 良い意味でも、悪い意味でも、だが。

 覚醒するにも条件がある。

 キリノ家の血を継ぐものであることと、魔法使いとして魔術回路を持ち、魔力をコントロールできる状態であること。でないと、『魔眼』が覚醒した時の魔力で自我を失ってしまうからだ。


 ひとりに『魔眼』が宿れば、その者が死ぬまで次の『魔眼』は宿らない。

 それが今までの歴史だった。

 今回なぜ二人も宿ったのか。

 理由は分からない。分からないが引っかかる点がある。それは二人目の父親があの男だということ。

 せつなの兄、霧野 静(せい)。

 若い頃から豊富な魔法知識と強い魔力を持っていた。天才と呼ぶにふさわしい存在だった。せつなが『魔眼』のコントロールに秀でているのは、彼の助言と指導があったからだと本人も言っている。

 静は魔法使いを選択しなかった。

 誰もが理由を知りたがったが、何も語らぬまま、彼は魔法世界を去った。

 そして彼の子が『魔眼』を宿してここに来た。

 思えばあの時、十年ぶりにせつながここへ来たときの空の異変は、彼女の『魔眼』の覚醒だったのだろう。そうなると、せつなも隠している事があるのかもしれない。

 静とせつな。かつて天才と呼ばれた男と『魔眼』の所持者の画策。

 何かあるのでは、と考えずにはいられない。


 強い力のまわりには、争いやねたみがついてまわる。

 今この街にやって来たあの男もそのひとりだ。かつての私の弟子であり、せつなの兄弟子。


 天草 了(アマクサ リョウ)


 はじめての外国人の弟子。

 彼もまた、静と同じく天才と呼ぶにふさわしい男だった。魔法修行は十年必要なのだが、彼は二年でほぼ終えていた。

 彼は力を求めていた。特に『魔眼』に対して強い関心をもっているようだった。

 キリノ家の者しか宿らない事を、とても残念がっていた。若干十二才にして、自分の魔力の限界を悟り、もっと高みへ行くには、『魔眼』の力が必要だと考えていた。

 そんな時にせつながやって来た。当時八才。兄と比べて魔力は弱く、学ぶ事も好きではなかった。掴みどころがなく、自由奔放で気分屋だった。

 何故こんな子に『魔眼』が?

 私もリョウも疑問を感じた。

 一年くらい経って、その疑問は晴れた。せつなは、火や風の魔法は得意ではなかったが、武器を持った戦闘はズバ抜けていた。彼は戦闘型魔法使い、ギルとしては天才だった。

 『魔眼』は戦いを好む、といわれているので、彼はうってつけだったのだろう。

 さすがのリョウも、武器を使った戦闘には、せつなにかなわなかった。

 そのことが原因だったのかどうか分からないが、リョウは修行期間の十年を待たずに私のもとを去っていった。

 もう少し彼の気持ちを理解していれば、こんなことにならなかったのでは、と今更ながら後悔している。


 「どうかした?アンナ」

せつなが問う。

 何だその顔は。年寄りだから気を使ってるのかい?

 やれやれ。弟子に心配されるとは、私も年老いたもんだね。

 「お前たち、あかねを頼むよ」

私は振り返らず、三人の召喚戦士に言った。


 お任せ下さい アンナ様


 タージの召喚者のなかでも戦闘に特化した部類の三人だ。命をかけてでも守ってくれるだろうが、なんせ相手がアイツだからね。油断はできない。万が一のため防御魔法をかけておくか。

 「あかね、ここでじっとしてな」

 はい、と彼女の弱々しい返事を聞いてから、家を出る。

 デッキから見える空は、どんよりと曇っていた。頬にあたる風も生暖かい。

 「雨が降りそうだね」

と、せつな。

 ここは私の魔力で形成、維持している街。いくら平気な顔をしていても、つい感情の変化が影響してしまう。

 「半魔(ハンマ)が五十人、てとこかな」

 「五人ひと組みで十体。私もナメられたもんだね」

 アイツのことだから、何か策でもあるのだろう。


 ここで少し説明しておくよ。

 魔法使いは自身の魔力で魔法を使う。当然限界がある。それを超えるには、別の魔法使いに補助魔法をかけてもらうか、禁止されている方法で魔力を上げる。

 半魔・閉魔(ヘイマ)・竜魔はその代表だ。

 ハンマは自分の体の一部(例えば片腕とか片足とか)を贄にして異界の者と契約して魔力を上げる。

 ヘイマは自分の臓器(例えば眼とか声、内臓)を、リュウマは寿命をそれぞれ贄として捧げ、魔力を高める。

 そうすることで、攻撃魔法の威力が上がったり、召喚獣を強化したり、無機質なモノから竜を作り出したりできる。

 異界の契約者は世間でいう悪魔の類らしいが、私はお目にかかったことはない。


 「お前はリョウを頼む。ハンマの相手は私がするよ」

私の言葉にせつなの反応はない。

 顔をあげて、彼の表情を確認する。なんだ、その顔は。何を気にしている?

 「やっかいだね」

とせつな。

 「本気でいかないと駄目そうだ」

 リョウのことか。

 確かにそうだ。視界の外にいて姿は見えないが、魔力は感じる。私のところにいた時と比べものにならない程の力を感じる。だけど、お前が気にしているのはそこじゃないようだね。

 「アイツのことだから、『魔眼』対策はしているはずだ。兄弟子だからって手を抜くんじゃないよ」

 わかってるよ、とせつな。

 表情が硬いんだよ、全く。わかりやすいヤツだ。お前は妙なところで情に流されるからな。

 ま、私はそういうお前が嫌いじゃないけどね。


 「じゃあ、ちょっと行ってくるよ」

 ああ。任せたよ。

 風とともに消えるせつな。

 街のある方角にようやく見える人影。気配からして、ハンマ軍団はこの家を囲むようにやって来るようだ。ま、妥当な作戦だけどあまり意味はないね。

 デッキを降りて草原に立つ。

 黒い雲はさらに厚みを増して空を被い、準備万端だ。

 さて、まずは様子を見ようかね。


 「あの~、すいませ~ん」

 家のほうから、か細い声がした。

 振り返ると、女戦士の隙間から泣きそうな顔で私を見るあかねが、デッキの上に立っていた。

 「なんだい?」

少し離れているので、大きな声で問う。

 「この人達は大丈夫なんでしょうか?尻尾があるんですけど」

 それは何を心配してるんだい?

 尻尾?それとも女戦士?

 「大丈夫だよ。何があっても、その戦士たちがあんたを守ってくれるから」

 はあ、と気のない返事。


 まだ自分の置かれてる状況を理解していないようだね。丘を上がって来るハンマ達を見ても、そんな顔をしていられるのだから。

 一応、アイツらのことを簡単に説明しておく。

 何となくは分かったようだけど、相変わらずのとぼけ顔だ。

 やれやれ。

 日本人は手のかかる者ばかりなのかい?


 魔力発動。

 パーティを組んだハンマ達の頭上に、魔力で形成された人型の巨人が現れる。それぞれが贄として捧げた部位が巨人の体を作っている。

 炎の巨人、氷の巨人、風、雷。

 なかなか良いパーティじゃないか。魔力の乱れもなく、上手く巨人をコントロールしている。よく訓練されているようだ。

 リョウの配下なら納得だけどね。


 その女をこちらに渡せ


 ハンマの誰かが言った。

 返事はしない。


 素直に渡せばよし。そうでなければ制裁を。


 あかねの様子を見る。今にも泣きそうな顔だ。まったく、お前は魔法使いを知らないのかい?

 私が誰なのか、知らないのかい?

 「この子は渡さないよ」

そう言って、私はショールをかけ直す。


 そうでなければ制裁を


 巨人の腕が降り下ろされる。

 あかねの悲鳴が背後で聞こえた。

 炎の巨人の手は、辺りの草原を焼き払い、私を炎で包み込んだ。魔力でできた炎は、私の体が灰となるまで消えない。

 私の名を何度も呼ぶあかね。

 「心配ないよ。なんともないから」

炎の中から声をかける。

 あかねの口が声もなくパクパク動く。

 「あ、熱くないんですか?」

 ようやく出た言葉がそれなのかい?

 魔法の火力は並みの温度ではない。対象が何であろうと、焼き尽くすまで上昇を続ける。但し、魔法使いの実力の差が、大きく開いていれば、どこまでいっても焼き尽くすことはできない。

 どこまでいっても、だ。

 そもそも、私を焼き尽くそうという発想が間違っている。


 指先をパチンと鳴らす。

 炎が消える。

 魔力でできた巨人が迫る。氷と風の連闘。焼けた草原が一瞬で凍りつき、渦巻く風がもろくなった草花を砕く。

 大地が揺れる程の雷が、私を狙って落ちる。自然現象では有り得ない破壊力。爆音とともに、草と土が空高く舞い上がる。

 十体の巨人は、反撃の隙を与えず、連闘を続けた。

 私は胸元で手のひらを上にかざす。

 魔力で作られた紅い玉が現れる。体半分くらいの大きさ。いや、これはちょっと強すぎる。頭くらい。これでもまだ駄目か。こぶしくらいでどうだ?

 まあ、こんなモノかな。

 私は手のひらの上の、紅い玉に息を吹きかける。玉はフワリと浮いて、ゆっくりだが確実にハンマの方へ飛んでいった。


 「あかね」

 私はハンマの攻撃の空き間に声をかけた。

 返事は無かったが、聞いているはずだ。そのまま話を続ける。

 「お前はもう少し『魔眼』の所持者として、自覚を持つべきだ。魔法を知らないお前でも、『魔眼』の力を使えば・・・・」

 指を鳴らす。

 紅い玉が散った。地面が揺れて、低い唸り声のような音が響いた。

 ハンマ達は炎に包まれる。属性に関係なく、約半分のハンマと巨人が灰と化した。

 「これくらいの事はできる。そういう力を持っているんだよ、お前は」

 あかねの表情は複雑そうだ。驚きと悲しみ、色々な感情が入り混じっているのだろうね。でも、そんな事はお構いなしだ。この際はっきり言っておく。

 「お前の意思に関係なく、『魔眼』の力は宿っている。必要ないと思うなら、せつなに譲るのもいいだろう。だけどね、結局はお前が負うはずの責任を、せつなが受けることになるだけだ。その事を忘れないように」

 言いたい事がうまく伝わったか、あかねの表情からは分からないけど、まあいいだろう。それくらいの自覚はあるはずだ。


 ハンマたちは、私の魔力に臆することなく、陣形を整えながら詰め寄ってきた。

 リョウへの忠誠心がそうさせるなら、大したものだね。数では補えない程の力の差を目の当たりにして、なお進もうとするのだから。

 私は全然構わないよ。

 遠慮なく行かせてもらうから。

 魔法詠唱も魔法陣もない。余計な魔力と時間を削ぎ落として、全てを攻撃力に変換する。それが私のスタイル。

 手のひらの上に紅い玉。さっきより少し大きめ。

 群がる巨人たち。

 息を吹きかけて、ユラユラ宙を舞う紅い玉。

 後方に無数の気配。リュウマの召喚獣だね。今までどこに隠れていたのやら。まあいいさ。そっちはお前たちに任せるよ。

 あかねを囲む女戦士たちが、一斉に武器を構える。

 私の放った紅い玉が散った。

 紅蓮の炎が巨人たちを包み込んだ。魔力で形成された巨人たちが次々と消えて、同時にハンマたちも灰と化す。

 後方では、女戦士の射る矢が確実に召喚獣を殺消していた。万が一矢の雨を逃れたとしても、私の防御魔法で足止めされるか、女戦士の剣で両断されるかだ。

 タージの召喚戦士の剣技は並じゃない。

 召喚獣の気配が次々と消えていくなか、あかねが悲鳴をあげた。

 最初は迫る殺気にたまりかねて声をあげたと思ったけど、ちょっと違うようだ。

 なんだい、この感じは?

 振り返ると、女戦士に囲まれたまま、あかねがうずくまっていた。

 「どうしたんだい、あかね?」

 私の声が聞こえなかったのか、それとも反応できないのか、片目を手で覆いながら何やら小声でつぶやいている。


 片目を・・・・

 手で覆って・・・・?


 おいおい、まさか『魔眼』が?!


 「・・・・大変です」

あかねがつぶやく。

 「私が、私じゃないみたい。勝手に何かを言おうとしている」

 自分で自分をコントロールできない、ってことかい?

 信じられないことだけど、あかねの『魔眼』は覚醒しようとしている。しかも、魔法使いとして覚醒していないのに、次の段階へ進もうとしている。

 このままでは暴走する可能性が高い。

 

 あかねが顔を上げた。


 なんてこった。

 左目が青いじゃないか。

 確かに、危険な状態だったけど、この進行の速さは何だ?


 リュウマの召喚獣たちの動きが止まった。あかねの体から漏れ出す魔力に、感情のないはずの連中が、回避行動をとっている。

 強い魔力を感じる。

 『魔眼』に秘められた力が、開放されようとしている。

 魔法使いとして覚醒していない状態では、あの力は制御できない。せつなでさえ私が手助けをして、なんとか押さえ込んだほどだからね。

 「お前たち、私はあかねの方にまわるから、よろしく頼むよ」

言ってすぐ、私は魔法詠唱を始める。

 女戦士たちは、あかねと私を大きく囲み、臨戦態勢をとった。

 私ひとりでなんとかなると思っていたけど、甘かったね。女戦士を置いてってくれたタージの、野性的な勘に感謝だよ。

 あかねの足元の地面に魔法陣。


 「私が、何かを言おうとしている」

あかねがつぶやく。

 もう少し頑張りな。せめて私の魔法詠唱が終わるまで。

 召喚獣たちの咆哮がすぐ近くまで迫る。

 風をきって飛んできた矢が、剣を持った女戦士が、表情ひとつ変えず獣たちを両断。惚れ惚れするくらいの、しなやかな動きだ。

 「もうダメ。止められない」

そう言って、立ち上がるあかね。

 彼女の中の"もうひとり"が発声しようとする口を、両手で覆い必死に抵抗している。はたから見れば、自作自演のような滑稽な姿だけど、本人は真剣だ。


 もう少しで、魔法の構築が終わる。

 もう少しで・・・・


 『ゲルマクワルツェ』


 あかねが何か言った。聞いてすぐ、発声した言葉が私の記憶から消える。それは多分、魔法世界で封印された人の名前。

 『魔眼』の真名。覚醒の第二段階。

 私の魔法陣が強制排除され、同時に喉元を何かに掴まれて、魔法詠唱が止まる。これはマズいことになった。

 破壊的な魔力量。

 『魔眼』の中の魔力が開放される。


 あかねが無表情で辺りを見回している。だけど、見ているのは彼女じゃない。彼女の中のもうひとり。『魔眼』に宿る呪われた魔法使い。

 

 さて、どうしたものか。

 私の力で、これから始まる暴走を止められるだろうか。

 やれやれ。

 日本人ってのは、どうしてこんなに手のかかるヤツばかりなんだい。

 

 あかねの姿をした別人は、今度は自身の体を調べていた。手のひらを見つめたり、体を触ってみたり。特に胸元は念入りに触っていた。

 落胆のため息。


 嘆かわしい。宿り主がこんな稚児とは。


 私の家のすぐ近くの地面が盛り上がる。柱状に伸びた土は、形を変え竜と化す。次はヘイマの襲来だ。

 リョウのやつ、どれだけ伏兵がいるんだい。数できたって問題ないが、今はちょいと困る。目の前の魔法使いのせいで、私の体は指一本動かせない。それどころか、喉を掴まれているので、呼吸もできない状態だ。

 何か手を打たないと・・・・

 女戦士のひとりが、あかねに向かって矢を放った。

 放ってすぐ、矢は失速して地面に落下した。


 ほう。こいつは氷の魔法使いか。


 まわりの大気ごと凍った矢を見つめる。私も氷系の魔法は得意だけど、ここまで細かな粒子で凍らせることはできないね。と、関心している場合じゃない。いよいよ呼吸ができないと危険だ。

 魔力を指先だけに集中させる。なんとか動きそうだ。

 指をパチンと鳴らす。

 ようやく呪縛から開放された。氷の魔法使い(あかね)は、私には目もくれず、もちろん女戦士たちにも、ハンマやヘイマたちにもだけど、自分の体の状態ばかり気にしているようだ。

 緑のコケに覆われた土の柱、ヘイマの魔力で命を吹き込まれた竜が、不規則な軌道であかねに迫る。さて、どう対処するか。ギリギリまで魔法発動を待つ。

 ゆっくりだけど、確実に右手が肩の高さまで上がる。指先で空中に何かの文字を描く。ローマ字のSに近い形。


 Y(ユル)  発声と同時に魔法が発動。

 

 二頭の竜が空中で四散した。見えない壁に当たり衝撃で、というより、魔力の影響で破壊されたようだ。ただの防御魔法なのに・・・・

 なんてこった。

 ルーンの素質を持つあかねの体に宿った者は、ルーンの魔法使い。偶然なのか、そうでないのか。どちらにせよあまりに出来過ぎな気がするね。この子の父親があの男なのが私の判断を鈍らせる。


 なんと粗悪な魔力だ。ここまで堕ちたのか、同胞たちよ。


 ヘイマのことか。

 アイツらのことを知らないとなると、この魔法使いが生きていた時代は二百年以上前、ということだね。せつなの『魔眼』に宿る魔法使いと同じ時代かもしれないが、文献が無いので正確なところは分からない。

 ふと、私自身が予想していなかった仮説がよぎる。

 あかねは一度、『魔眼』が覚醒しかけたことがある。

 彼女の父、霧野 静が、変わった組み合わせの魔法でそれを止めた。私を含む三大魔法使いが知らない組み合わせ。もしそれが意図的にされたのなら・・・・?

 あかねに『魔眼』が宿ると分かっていたとして、ルーン魔術を使う魔法使いだと分かっていたとして、彼女の魔法特性を時間をかけて改変する魔法をかけていたのではないだろうか。


 思いついて、すぐ否定した。

 有り得ない。

 理論的には可能だけど成功するはずがない。全ての魔法は長い歴史の中で、多くの魔法使いたちが残した経験と知識で成り立っている。にわか仕込みの魔法など、成功するはずがない。例えそれが、あの男だとしても。


 どこかにいるヘイマが、再び土の竜を形成する。

 生き残ったハンマたちが魔力の塊の巨人を再構築する。

 リュウマの召喚獣が魔法陣から現れる。

 強い魔力に戸惑いながらも、主への忠誠心か、殺気をみなぎらせて私の方へ迫ってきた。よろしく頼むよ、女戦士たち。私はあの魔法使いが、暴走する前に何としても止めなくてはいけない。

 再び魔法詠唱を始める。

 私が出来る最良の方法はこれしかない。中断されないように防御魔法も加える。だけど、魔力の差が実力の差。どこまで通じるものか。

 あかねの中の魔法使いが、周りの状況を確認して、また右手を上げる。

 指先が空中にルーン文字を描く。


 I(イス)  発声と同時に魔法発動。


  一瞬の出来事だった。

 伏兵たちと女戦士たちは、立ち込める白い冷気と同化した。自然現象では有り得ない低温にさらされ、オブジェのように凍結した。防御魔法をかけていなかったら、私も危なかったね。詠唱を続けながら、三重の防御魔法を加えておく。魔力の差があまりに大きすぎる。魔法発動までもってくれればいい。


 「さすがのアンナも、手こずっているようだな」

 声が聞こえるまで、すぐそこにいることに気づかなかった。振り返らなくても、声と気配ですぐに誰だか分かる。随分久しぶりだけど、懐かしい記憶が今でも鮮明に蘇る。私にとってあの頃が一番幸せな日々だったかもしれないね。

 指をパチンと鳴らす。

 地面に現れた魔法陣から、もう一人の私が召喚される。複製した私に詠唱を継続させて、オリジナルの私は振り返る。

 「久しぶりに帰ってきたと思ったら、ずいぶん派手にやってくれたね」


 天草 了。


 彼は表情ひとつ変えず、私の背後の状況を見つめていた。細かった体は、たくましくなり、風格さえ感じられた。これだけの連中を束ねる長としては、らしくなっているじゃないか。

 「思っていたより早く出てきたな」

了(リョウ)がつぶやく。

 彼は両手をダラリと下げ、大きく息を吐いた。


 マガイモノは 言葉を失った


 言葉が魔力を帯びた。

 気づいた時は遅かった。複製した私の魔法詠唱が止まった。声を出そうとしているけど、どうすればいいか、戸惑っている。発声方法を忘れているようだ。

 それがお前の魔法なのかい? 天才ぶりは健在だね。

 「『魔眼』の主は頂いていく。邪魔をすればアンナでも容赦しない」

リョウが言った。

 やれやれ。

 どうしてこんな面倒くさい日本人ばかり集まってくるかね。

 笑うしかないよ、まったく。

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