第3章  せつな


 僕は腰にぶら下がっていたキーちゃんを取り出した。

 「キーちゃん、よろしく」

 キーちゃんが僕の指を噛む。

 あかねさんが、あっと短い悲鳴をあげた。

 キーちゃんは(ちなみに、キーちゃんのキーは、モンキーのキーだよ)僕の血と魔力を吸って、ふたまわり程大きくなる。

 子ザルくらいかな。

 「ったく、サル使いが荒いヤツだな」

とキーちゃん。

 そう、サルなのにしゃべるんだよ。すごいでしょ。

 僕の肩の上であたりをキョロキョロ。

 あかねさんは口を開けたまま固まっている。だよね。そうなるよね。予想してた反応だけど、表情を見て笑っちゃった。

 これから彼女を連れて、魔法世界へ行くわけだけど、キーちゃんは今いる世界と魔法世界をつなぐ鍵みたいなものなんだ。今何をしてるかっていうと、二つの世界のつながりやすい場所を探しているんだ。

 契約者の血と魔力で命を授かり、安全かつ最適な場所を検索する。とまあ、そういうわけ。性格は契約者に似るらしいけど、僕とキーちゃんは似ていない気がする。口が悪いし面倒くさがりだし。

 「その子も連れて行くから、よろしくね」

 僕がそう言うと、キーちゃんはあかねさんをチラッと見た。

 「しょうがねえなあ。ったく、オレがいないと駄目なんだから」

とか言いながら、僕の肩から降りて検索を始める。

 相変わらず可愛い子には弱い。そこはちょっと僕に似てるかもしれない。

 あかねさんは不思議そうにキーちゃんの動きを追っている。

 少しして、キーちゃんがミチルの家を囲う壁のある場所で止まった。


 準備はいいか?魔法の門が開かれる


 いつもの決まり言葉。キーちゃんはジャンプして壁にへばりつく。体の大きさはそのままで、外皮の質感が無機質に変化する。尻尾は横を向き波型で固まる。

 キーちゃんの近くから、壁の上下に亀裂のような線が走る。角を直角に曲がりふたつが交わる。長方形の亀裂線で囲われた部分の質感が変わる。

 壁に真っ赤なドアが現れた。

 これが魔法世界への入口。

 キーちゃんはドアノブとなってドアを魔力で維持させる。

 これを始めて見たミチルは、

 「四次元ポケットから出た、○○○○ドアみたい」

って言っていた。


 僕はドアの前に立ってあかねさんを呼ぶ。慌てて走ってきた彼女を僕の前に立たせて、もう一度ミチルに手を振った。

 キーちゃん型ドアノブに手をかけ(尻尾がドアノブの取っ手になっているんだ)、あかねさんをエスコート。ドアを押しながら中へ足を踏み入れる。特に何も感じない。普通にドアを開けて部屋から部屋へ移動したような感じだ。

 だけど、ドアの向こうは明るく、にぎやかだった。

 ドアを閉めると、さっきとは逆に現象が進みドアは壁になった。キーちゃんは壁から降りて、僕の手のひらに乗った。

 「キーちゃん、おつかれ~」

 「おう。またいつでも呼びな」

 そのひと言を残して、まばたきする間に元のキーホルダーサイズに戻った。

 ここは・・・・?

 街の市場に出たようだね。石畳の道の両脇には、新鮮な野菜と魚、そして獣の肉が並び、お店の主人達が僕たちに笑顔で手を振っている。


 ようこそ、魔法世界へ


 大歓迎のようだ。

 僕がここにいた頃は年中冬で、こんな市場もなく外は雪で真っ白で、とにかく寒かった。それがどうだい。十年ぶりに来てみれば、ヨーロッパ風のリゾート地みたいになってる。



 僕の魔法の師匠であるアンナに、どういう心境の変化があったのか分からないけど、街全体を変えてしまうんだから、相変わらずの魔力だね。本人はそろそろ引退とか言ってるけど、同等の魔力を持った後継者がいるのだろうか。

 おっと。あかねさんがいるのを忘れてた。

 「あかねさん、こっちだよ」

そう言って手招きする。

 彼女が小走りで近寄ってくる。

 「ここって、何処かの外国みたい」

辺りを見回しながらつぶやくあかねさん。

 「魔法があるかないか、それが違うだけで、君たちの世界と変わらないよ」

 彼女を横に、僕たちは歩き始める。

 お店の人たちに何度も声をかけられた。


 お久しぶりです、せつなさん。

 大きくなったね、せつなちゃん。


 十年前まではこの街にいたから、みんな顔なじみなんだ。『冬の街』の頃から商売をしている人もいれば、全く違う仕事をしてた人もいる。

 季節が変われば出来ない仕事もあるからね。

 市場を抜けると、一気に視界が広がる。

 「うわぁ、すごくきれい」

あかねさんが言った。

 左手の緩やかな坂を下ると港があって、その先にコバルトブルーの海が広がっている。今は夕暮れ時なので、(現実世界と多少の時差があるよ)空の赤と海の青が鮮やかな色合いをみせていた。

 右手側には、山の斜面に沿って住居が並んでいる。白を基調とした角張った家。それを越えてさらに登ると、草原があって、そこにアンナの家がある。

 安定した魔力を持つ魔法使いだと、目的地に確実にドアを発生させることが出来るけど、僕は『ギルの魔法使い』だからね。正確さに少し欠けてる。

 あ、ちなみに『ギル』というのは、魔力が弱いかわりに武器などを使った戦闘に特化した魔法使いの人のことをいうんだ。火や風の魔法は使えないけど、武器や自身の強化に魔力を使う。僕の場合は刀。この武器の選択がとても大事で、自分の魔力との相性があるんだ。これを語り始めると長くなるので僕のことだけ言うとね、今使っている刀は、日本で昭和初期に陸軍が使用していた軍刀と呼ばれるものなんだ。これが僕の魔力と相性がとてもいいんだ。九十五式軍刀っていうんだけど、知ってるかな?気になる人は調べてみてね、ってことでこの話はここまで。

 え? 何故『ギル』っていうかって?

 僕も詳しくは知らないけど、アンナの話ではさ、昔そういう名前の魔法使いがいて、魔力を剣や弓矢に使った最初の人らしいよ。


 さてさて。

 広大な景色を堪能した後、僕とあかねさんは、立ち並ぶ白い家の間の細い坂道を登った。時々振り返ってはあかねさんを待つ。この街が気に入ったようだね。何度も立ち止まって、うわぁとかすてき~とか言ってる。

 吹き上げる潮風が心地良い。

 僕は以前の『冬の街』の方が好きだけど、これはこれで悪くない。

 丘を登り、ようやくアンナの家が見えてきた。

 煙突から煙が上がっている。

 今から行けば夕食の時間だね。絶妙のタイミング。久しぶりに彼女の食事が食べられそうだ。考えただけで食欲をそそられる。

 アンナの作る料理は世界一美味しいんだ。

 「あれがアンナさんの家ですか?」

あかねさんの問いに僕はうなずく。

 うわぁ、素敵なお家~

 なんて言いながら、家に向かって走り出す彼女。

 一応さ、この世界では有名な人だから、失礼がないようにしてね。散々失礼してきた僕が言うのもなんだけど。


 アンナは以前来たときと同じくデッキの上でお茶を飲んでいた。本人はいたって普通にしているだけなんだろうけど、それだけで威厳というか、風格が出ているんだよね。

 その雰囲気を感じ取ったあかねさんは、僕の後ろでおとなしくしている。

 「やあアンナ。ご機嫌いかがかな?」

僕はいつもの調子で声をかけた。

 「遅いよ。うっかり眠ってしまいそうだったよ」

そう言って僕を見るアンナ。

 いや、僕じゃないね。後ろのあかねさんを見ている。

 僕はあかねさんをエスコートして、デッキに上がる。アンナのいるテーブルには椅子が二脚用意されていた。

 「彼女はあかねさん。僕と同じくキリノ(霧野)の名を持つ者。そして・・・・」

 

 僕と同じく『魔眼』を持つ者


 「初めまして。三上あかねといいます」

そう言って深々とおじぎをするあかねさん。

 かなり緊張しているね。

 アンナ、顔がコワイよ。何で僕を睨んでるの?

 「やれやれ」

そう言って、ため息をつくアンナ。

 何か言おうとしてたけど、彼女の言葉は続かなかった。とりあえず、あかねさんに椅子をすすめて、僕も座った。彼女には『魔眼』について、大まかに説明してあることをアンナに伝えた。

 僕は、勝手にお茶を二人分注いで、一口飲んだ。

 さて、とようやくアンナが話し始めた。

 「あかねさんとやら。お前さんには今、二つの選択肢がある。ひとつは、ここで魔法を習得するため修行を始める。もうひとつは、『魔眼』を取り出して、普通の人間として生きる。どちらを選ぶかは自分で決めな。突然の出来事で戸惑っているだろうけど、あまり時間がない。『魔眼』の覚醒が始まろうとしているからね。慎重に、そして迅速に選択するんだね」

 ちょっと投げやりっぽい口調。

 ある日突然、変な人に命を狙われ、父親の弟だと名乗る僕に連れられて、知らない世界にきたんだ。もう少しやさしく言ってあげなよ。あかねさん、泣きそうな顔して僕を見てるじゃないか。

 「あのう、『魔眼』を取り出すって、手術をするってことですか?」

 ああ、そこが気になっていたのか。

 あかねさんがアンナに尋ねた。

 「そうだね。取り出して、義眼を入れることになる。なあに、心配いらないさ。魔力を使った手術だから、痛みも時間もかからないし、義眼といっても違和感無く、普通に眼として機能するものさ。誰も義眼とは気づかない」

 アンナの言葉を聞いてうなずくあかねさん。

 気になった事がひとつ消えて、少し気持ちが落ち着いたかな。表情が少し穏やかになった気がする。

 ふと、彼女が顔をあげた。

 「私、魔法とか使ったこと無いんですけど、誰でも練習すれば使えるようになるんですか?」

 あかねさんの問いに、アンナは飲もうとしたカップを止めた。

 「いいや。誰でもってわけじゃない。家系や素質が影響するね。キリノ家は昔から強い魔力を持った者が多くいた家系だから、まあ大丈夫だろう。問題は素質だね。こればかりは調べてみないと分からないね。同じ兄弟でも、どちらも素質があるとは限らない」

 アンナはそう言ってお茶を飲んだ。


 素質ねえ。

 あかねさんの父親、つまり僕の兄は、魔法使いにはならなかった。僕から言わせれば、兄の方が素質があったと思う。魔力も強かったしね。どういう理由で現実世界での生活を選んだのか、今となっては確かめようもないけど、とても頭の良い人だったから、何か考えがあったんじゃないかと思う。


 お茶を飲み干し、カップを置くアンナ。 

 「早速で悪いんだけど、ちょっと調べさせてもらうよ」

そう言って、彼女が僕を見た。

 ああ、例のアレか。

 僕はあかねさんに椅子から立つように言った。

 痛くもないしすぐ終わるから、と彼女をなだめる。

 とりあえず僕のことは信用してくれているみたいだ。不安そうな顔はしているけど、納得して立ってくれた。

 アンナは手首にあるいくつかのブレスレットの中からひとつ選んで、指をパチンッと鳴らした。

 銀製のブレスレットがひとつ消えて、あかねさんの頭の上に現れた。そして音もなく広がって、彼女を通り抜けながらゆっくりと降りていく。

 アンナの目の前には、見えないモニターみたいなものがあって、ブレスレットが降りる度に魔法の文字が現れる。これは彼女が得意とする素質検索魔法。簡単にいえば、病院にあるCTスキャンのようなものだと思ってくれればいいかな。これで体内の魔術回路や魔力特性なんかを調べるんだ。

 僕もここに弟子入りした時、これを受けたなあ。

 ちょっと懐かしい。

 床まで降りたブレスレットが今度はゆっくり上へ。あかねさんの体を越えて元の位置に戻ると、輪が縮まって消えた。金属のすれた音がして、アンナの手首に戻ったことを知らせた。

 「終わったよ」

 僕はそう言ってあかねさんを座らせた。

 アンナの反応を見る。

 彼女は目の前の魔法文字をじっと見つめ、指で何度もなぞりながら、またじっと見つめる。さっきから同じところばかり見ているようだけど、何か気になることでもあったのかな?しばらくお茶を飲みながら待つ。

 美味しいから飲んでごらん。

 とあかねさんにすすめる。彼女はいただきます、と小声で言ってカップを持つ。入れてから時間は経っているけど、魔力のおかげで冷めていない。

 あ、美味しい。とあかねさん。

 でしょ?

 アンナの作る料理とお茶は世界一なんだよ。


 「なかなか興味深い結果が出たね」

アンナがつぶやく。

 どうしたの? と尋ねてみる。

 「まず魔力特性だけど、この子は『ルーン魔術』の素質がある」

 ほほう。

 予想外の結果だ。

 『ルーン魔術』はかなり古い時代の魔法で、僕の記憶が確かなら、ここ二百年は術者が出ていない。生まれ持った素質なので、修行では得られない特性だ。魔法の特徴としては、『ルーン文字』と呼ばれる文字を鍵として発動する詠唱魔法だ。一回の発動に多くの魔力を使うけど、かなり強力な魔法らしい。僕も文献でしか知らないので、どの程度なのか詳しくは分からない。

 一応、あかねさんにも簡単に説明しておく。

 目が泳いでいた。

 仕方ないよね。


 それと、とアンナが話を続ける。

 「『魔眼』だけど、何年か前に覚醒しかけたみたいだ。かなり高度な術式で覚醒を止めた形跡がある」

 またまた予想外の結果。

 『魔眼』が覚醒するには条件があるんだ。


 所持者がキリノ家の血を継ぐ者であること

 所持者が魔法使いであること

 

 この二つは絶対条件なんだ。

 つまり、あかねさんは魔法使いとして目覚めていなかったのに覚醒したことになる。するとどうなるか。過去の『魔眼』所持者の例だと、五才で覚醒した子がひとりいたらしい。その子はまだ体内に魔術回路もなく(これは修行の中の訓練で作られる)、肉体的にも精神的にも未熟の状態で、『魔眼』の魔力に取り込まれ、精神崩壊して亡くなったという。

 あかねさんの『魔眼』が過去に覚醒したのなら、術式で止めたのは同じ理由だろうね。だけど、覚醒を止める術式があるなんて、初めて聞いたなあ。一体誰があかねさんに術式を?

 一瞬考え、すぐに結論に至った。

 ひとりしかいなかった。

 アンナと目が合う。どうやら僕と同じ意見のようだね。


 「ところで、お前たち夕食は済ませたのかい?」

アンナが言った。

 待ってました。

 自然と頬が緩んでしまう。

 「ちょうどお腹がすいたなあ、って思っていたところさ」

ちょっと大げさに演技しながら言う。

 僕の性格をよく知っているアンナは、いつもの事だと軽く無視され、あかねさんの返事を待っていた。

 「まだです」

と、あかねさん。

 「それじゃあ中で食事でもしながら、今後のことを考えようじゃないか」

 賛成賛成!、と僕。

 アンナと僕は椅子から立ち上がる。慌ててあかねさんも。

 準備するから手伝っておくれ。そう言って指をパチンと鳴らすアンナ。目の前のテーブルと椅子が消える。

 え?

 あかねさんが思わず声を出す。

 アンナは何事も無かったかのように家の中へ。まあ、詳しいことは食事をしながら、なんて言いながら、僕はあかねさんを半ば引きずるように家の中へ連れていった。

 懐かしい我が家は、パンの焼ける香ばしい匂いと、鍋の煮える音で満ちていた。



 夜明け前。

 眼下の街と海、まだうす暗い空を眺めながら、僕は草原に立っていた。

 この街を出た時もこうやって景色を見ていたけど、あの頃は一面雪で覆われ、空はいつもどんよりと曇っていた。晴れた日があると、よく雪だるまを作って遊んでいたよね。ここにいると子供の頃の記憶が鮮明に蘇る。

 時々吹く強い風が、僕の背中の髪をなびかせる。

 「いやな風だね」

すぐ横で、アンナの声がした。

 彼女は音もなく僕のとなりに立っていた。

 「今更だけど、アンナにはいつも迷惑かけてるよね。ごめんよ」

 肩のショールをかけ直し、アンナは鼻で笑う。

 「お前があたしの所へ来たときから、覚悟はしていたさ」

ただ、と言葉を続ける。

 「弟子同士の争いはなるべくなら見たくない」

 「だろうね」

そう言って僕はアンナを見る。

 「早めに終わらせるからさあ、目を閉じていてよ」

と笑って言う。

 「そうもいかないさ。二人とも大事なカワイイ弟子だ。ここで決着がつくなら、最後まで見届ける義務がある」

 いつになく厳しい表情のアンナ。

 彼女に悲しい思いをさせるなんて、弟子として失格だな。

 「あかねさんは?」

アンナに問う。

 「なかなか寝付けなかったようだけど、今はぐっすり寝ているよ」

 ちょっとひと安心。

 彼女も大変だよね。色々な事が一度にやってきて、心身とも疲労こんぱいだろうな。考える時間も限られているし、僕がしっかりサポートしてあげないとね。

 東の空が明るくなってきた。

 今日は長い一日になりそうな予感がした。



 「おはようございます」

 後ろからあかねさんの声がした。

 「やあ、おはよう。ぐっすり眠れたようだね」

 僕は窓際の鉢植えたちに水をあげながら言った。顔色いいし元気そうだ。こんな状況でもしっかり前を見て進もう、って感じが出てるね。さすがはキリノ家、いや兄貴の子供だね。頼りなさそうに見えても、芯がブレていない。

 アンナは朝食の準備中。

 あかねさんは、いつものことのように食器類を並べ始める。後ろから見ていると、孫と祖母だね。この二人案外相性良いんじゃない?

 僕は窓の外、異界の様子をチェックする。ここはアンナの居住空間であり、異世界の管理施設でもある。三つある出窓の向こうは、それぞれ別の異界を映し出し、異常がないか確認できるようになっている。

 問題なし。

 今のところ、この街に来る者はいないようだ。

 

 「『三人会議』をすることになった」

 朝食を終えてすぐにアンナが言った。

 突然だったけど、予想はしていた。僕の時もそうだったからね。あかねさんは何のことか分からずキョトンとした顔をしている。

 彼女に説明しながら解説すると、『三人会議』とは、魔法世界で重要な決め事をする会議で、その名の通り三人の有名な魔法使いが集まって行う。

 北の魔女アンナ、西のロヴェール、南のタージ。

 今回の議題は、もちろん『魔眼』だ。

 『魔眼』の魔力は僕やあかねさんのような年若い者でも、使いこなせば彼らのような熟練魔法使い並みの魔力を発揮できる。悪用すれば世界のバランスを崩す可能性がある。だから所持者の検定と管理が必要なわけ。

 そのための『三人会議』なんだ。

 「で、いつするの?」

僕はアンナに尋ねる。

 不意に違和感。

 家の中で風が渦巻き、寝室へのドアと玄関のドアが勢い良く閉まった。

 ふたつのドアが、ペンキの入った缶をぶちまけたみたいに変色した。寝室のドアは灰色の鉄のようなドアに、玄関のドアは緑豊かな樹の枝が巻き付いた木製のドアに、それぞれ変化した。

 「今からさ」

とアンナ。

 見れば分かるって。

 ドアが開く。

 鉄のドアからは、『鉄壁の防御魔法』を得意とする西の魔法使いロヴェール。全身筋肉みたいな体型で、白のタンクトップに迷彩色のズボンという服装だ。相変わらず軍人みたいで外も内も堅そう。

 枝付きドアからは、『召喚術の神』と呼ばれる南のタージ。黒い肌に、髪は天然パーマのアフロドレッドが印象的だ。こちらも変わらず野性的だ。

 「間に合ったか!」

 「ギリギリセーフだね」

 ふたりは足早にテーブルに近づく。

 アンナは指を鳴らす。

 テーブルの形が変化して、もう二人分の席が用意される。

 「あかね。すまないがこいつらの朝食を用意しておくれ」

 一瞬間が空きながらも、はい、と返事をして立ち上がるあかねさん。

 何度も言うけど、アンナの料理とお茶は世界一なんだ。二人の魔法使いが、朝食目当てにこの時間に訪れても、僕は不思議に思わない。

 「お久しぶりです、ロヴェールさん、タージさん」

と僕が声をかけても、用意された朝食しか見ていない。

 無視されても大丈夫。

 僕の時の『三人会議』もこんな感じだったから。

 ふたりの食事が終わるまで、もう一杯お茶を飲もうかな。

 あかねさんが席に戻ってから、三人分のカップにお茶を注いだ。

 しばらく食器の擦れる音だけが響いた。  


 さて、気を取り直して本題。

 三人の魔法使いが、あかねさんを取り囲むように座る。いよいよ『三人会議』が始まる。僕はロヴェールに片手であしらわれ、仕方なく玄関横の窓際に立つ。睨まれたけど、傍聴は許されたみたいだ。

 アンナは目の前の空中に、昨日の検索データを出し、指先を二人に向けて送信した。彼らの前にも魔法文字が現れる。

 二人の魔法使いもアンナと同じような反応だった。

 「ルーンか。珍しいな」 とロヴェール。

 「覚醒を止めた術式の組み合わせ、なかなか面白いね」 とタージ。

 中央に座るあかねさんは、下を向き、自分の手と膝を眺めながらじっとしていた。まだ気持ちの整理はできてないようだね。無理もない。

 ひと通りデータを見て、二人が顔を上げた。

 さて、とアンナが開口する。

 

「気になる点はいくつかあるけど、問題はそこじゃない。これからのことだ。『魔眼』の管理をどうするか、だけど・・・・」

 彼女もあかねさんにどう答えを求めるか戸惑っているようだ。

 「あかねとやら、お前はどうしたいと考えているのだ?」

ロヴェールが問う。

 あかねさんは顔をあげて彼を見た。

 「私は・・・・」

 言葉が続かない。

 これは僕が助けないと駄目かな?そう思って発言しようとしたその時!

 僕は振り返って窓の外を見た。

 三人も気づいたようだね。みんなの視線が外へと向けられる。


 「会議の途中申し訳無いんだけど、お客さんが来たみたい」

僕が言った。

 「せっかく集まってもらったのにすまないね。ちょっとした身内のもめ事なんだ。悪いが会議は延期にさせておくれ」

立ち上がってアンナが言った。

 二人も立ち上がる。

 フンッと鼻を鳴らすロヴェール。

 「延期はせん。こう見えて結構忙しいんだ。『魔眼』の件はお前に一任する」

そう言ってタージを見る。

 「それでいいよ。私もアンナに一任する」

 分かった、とアンナ。

 優しいね、ふたりとも。あかねさんが迷っているのを見て、少し猶予期間をくれたんだね。ありがたい。

 じゃあ、ワシは帰る。次はディナーの時間に。

 ロヴェール、さっさと退散。しっかり食事の予約して。

 僕の横にタージのドアが現れる。彼はドアノブに手をかける前に立ち止まる。

 「あの子を守りながら戦うのは大変でしょ?」

そう言って、小声で魔法詠唱。

 あかねさんの足元に三つの魔方陣。彼女は慌てて立ち上がる。たぶんこの前の水路の時のように、四足の獣が出てくると思っているだろうね。

 魔方陣の中から何かが現れる。

 召喚獣、というより戦闘士、といったところか。武器を持った三人の女戦士が現れた。短髪の黒髪、青白い肌、手にはそれぞれ剣や弓矢を持っている。人間と少し違うのは背中の下にある尻尾くらいかな。

 あかねさん、口が開きっぱなしだよ。

 「その子を守ってあげて」

そう言ってドアを開けるタージ。

 

 お任せ下さい、我が主様


 三人が合唱。

 タージさん、助かります。

 風とともに彼とドアが消える。 

 僕は深呼吸して、再び外を見た。

  

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