第2章 あかね
学校の帰りに本屋に寄った。好きな音楽を探したり、雑誌を読んだり。今日は左目の調子が良く、つい長居しちゃった。
本屋を出ると、外はもう暗くなってた。
眼帯を付けた生活は結構慣れてきたけど、歩くのはちょっとつらい。あまり早く歩けないので、通行人の邪魔にならないように歩道の端を歩く。
パパが転勤して、中学生までいた都市(まち)を離れた。
高校に入学してすぐに左目の調子が悪くなり、眼帯をつけて通っている。その姿を見られるのが恥ずかしくて、なかなかクラスのみんなと馴染めない。自分で壁を作っているのだ。分かっているのだけれど、なかなか取り払えない。病院の先生は、『様子を見ましょう』としか言わないし、いつになったら治るんだろう。
このまま失明する、とか無いよね。
眼帯を付けた顔を鏡で見るたび、そんな不安ばかりが増えてゆく。
ここから自宅のマンションまで十五分くらいかな。一応ママにメールしておこう。携帯電話を取り出し、両手を使って文字を打つ。
信号をひとつ渡り、ふたつめが点滅していたので足を止める。
眼帯の下の眼がちょっとむず痒い。普段はなんともないのに、時々そういう事がある。偶然かもしれないけど、そんな時まわりで何かしら変化がある。近くで事故があったりとか、火事があったりとか。
今回もそうなのかな?
ちょっと気になって辺りを見回す。特に変わった様子はない。
そうだよ、ただの偶然だよ。
信号が変わったので、携帯電話を制服のポケットにしまい歩き出す。横からビル風みたいなのが吹いてきた。
一瞬目を閉じた。
え?
まわりの景色が変わっていた。
信号もない、人も歩いていない。両側にコンクリート製の高い壁と足元を流れる水の音。どこかの水路?そう、水路だよね、ここ。
頭がまわらない。何が起きたのか、理解できない。
私の正面の、街灯の光が届いていない暗い部分から、輪郭のぼやけた人影が現れた。薄汚れたローブを着ている。
身の危険を感じたけど、どうしていいか分からなかった。
私は無意識に眼帯を外していた。
ローブの人物は私と距離をとって立ち止まり、そのままの状態がしばらく続いた。この場から走って逃げたいけど、この先の水路がどうなっているのか分からないし、この高い壁を登れそうもない。
無理だ。追いかけられたら終わりだ。
そんな膠着状態が五分くらい続いた時だった。
上から人が降ってきた。
見覚えのあるジャージを着た女の子。私と同じ学校の生徒のようだ。
彼女と目が合う。
あ、この人は確か、有坂ミチルさん。
あの学校の生徒で、彼女のことを知らない者はいない。転校してすぐの私でさえ名前と顔を知っているくらいだ。
ミチルさんはひとつ上の二年生。
いつも元気で明るく、男子からも女子からも好かれている可愛らしい人。だけどウワサでは、この辺りの不良グループを仕切っている女番長だとか。彼女が街を歩くと、不良達が道を開けあいさつをするらしい。
そんな両極さが、さらにミチルさんの人気を集めていた。
「三上、あかねさん?」
彼女に名前を聞かれた。
こんな近くで接した事もないし、話した事もないのに、何で私の名前を?
それに、何で学校のジャージ姿なの?
「私は有坂ミチルっていいます。ヨロシクね」
笑顔で彼女が言った。
同性なのに、ちょっとドキッとした。なんて可愛い笑顔なんだろう。
ミチルさんは後ろを向いた。
「ちょっと、この子に悪さしたら私が承知しないよ」
ローブを着た人物に向かって怒っているようだ。
「なんだ人間。私を止めるつもりか」
男の声が返ってきた。
しかもなんだか不気味な声。
「人間なめんなよ、魔法使いくずれ」
私は耳を疑った。
魔法使い・・・・くずれ?
今、確かに言ったよね、魔法使いって。
くずれ、っていうのはどういう意味だろう。
ミチルさんの背中ごしにローブ姿の男を見る。魔法使いらしい姿といえばそれらしいが、でも魔法使いって・・・・
不気味な男の声があたりに響く。お経のような言葉が変なメロディに乗せて流れると、信じられない現象が目の前で起きた。
コンクリートの地面が光って、犬みたいな動物が五匹現れた。
私の思考は目の前の現実から、はるか向こうに取り残されていた。ミチルさんが私に何か言ったけど頭に入らなかった。
五匹の犬がこっちに走ってきた。
駄目だ、噛み殺される。そう感じてとっさに顔の前に両手を出した。
キバがすぐそこに迫っていた。
私は思わず目を閉じてしまって、次に何が起こったのか分からなかった。だけど猛獣の唸り声がすぐ近くまで迫っていたのは確かだ。
目を開けると、五匹の犬が辺りに散らばって倒れていた。
ミチルさんは・・・・?
腕を振り回して痛がっていた。
「イテテテ。硬すぎる」
仕方ないなあ、と小声でつぶやいて呼吸を整えている。両手をお腹のあたりに持っていって、何か動かしているけど、私にはミチルさんの背中しか見えない。
あれ?
何だろう。ミチルさんの身体が、少し大きくなった気がした。
そんなことあるわけないよね。
散らばった犬たちが、唸り声をあげながら飛びかかるタイミングを計っている。よく見ると犬じゃない。角あるし口には長い牙がある。
五匹がほぼ同時に襲ってきた。
ミチルさんの手と足が、信じられない早さで動いた。
どうすれば四方から襲ってきた犬もどきを打ち払えるのか、どうなったのか、目で見ても分からなかった。
「何だお前は。本当に人間なのか?」
ローブの男が言った。
「私は有坂ミチル。ちょっとカワイイ格闘家よ」
ミチルさんが決めポーズみたいなのをしながら言った。
後ろから唸り声。
振り返ると、牙がすぐそこまで迫っていた。
頬に風があたる。
ミチルさんの蹴りが、私の顔をかすめ犬もどきに当たった。
次は右側の二匹が!
そちらを見ないまま、回転してまわし蹴り。
二匹! 一匹! また二匹!
私は、襲ってくる犬もどきの恐怖より、ミチルさんの優雅な動きに見とれてしまった。まるでダンスでも踊っているみたいなリズミカルな動きと安心感。
このひと、すごい。
またローブ男の声が響いた。
あの人が本当に魔法使いなら、これは呪文なのだろうか。聞いたことのない外国語が連続して、五匹の犬もどきが光に包まれた。
「チッ。魔力を上げやがった」
ミチルさんが小声でつぶやいた。
その言葉を聞いたせいかもしれないけど、犬もどきがさらに凶暴に、さらに目つきが鋭くなった気がした。
五匹が走った。
さっきより動きが早い。
迫力に負けて、私はその場に尻もちをついた。
激しい打撃音と唸り声が交錯した。
ミチルさんは、足を大きく広げ、的確に犬もどきの顔面に拳を叩き込んでいた。
散らばった犬もどきは、倒れてもすぐ立ち上がって唸り声を上げている。どれだけ打撃を受けても、効いていないみたいだ。
そんな攻防がしばらく続いて、先の見えない展開に、ミチルさんがイラつき始めた時だった。
「何をしている」
右側のコンクリートの壁から声がした。
次の瞬間!
声のした壁を向く間もなく、何かが私の前を通り過ぎた。
ドンッ!と大きな衝突音。
右側の壁から、丸い岩の柱みたいなものが横に伸びて、ミチルさんごと左の壁に激突した。
そんな勢いで壁に叩きつけられたら、人間はどうなる?
私は恐怖のあまり悲鳴すらあげることが出来なかった。唯一の救いが消えてしまったのだ。このままだと、あの犬もどきに噛み殺されてしまう。
岩の柱が動いた。先端には獣の顔があった。
「人間ごときに手間取るな。コイツの眼だけあればいいんだ。首から上だけ持ち帰ればいい」
獣が言葉をしゃべっていた。
コンクリートと岩と土でできた獣は、口を大きく広げ、私に迫った。
食べられる!!
私の体は硬直して全く動かない。
その時、私の目の前に黒い何かが降ってきた。
「ごめん、遅くなった」
黒いコートに長い髪。腰のあたりまで伸びた髪を後ろでひとつに束ね、差し出した右手が岩の獣を受け止めていた。獣は逃げようとするが、その男の手から離れられないようだ。
「ミチル、ごめんね。ちょっと遅くなっちゃった」
黒い男は左の壁に向かって言った。
遅くなったというか、間に合わなかった。だって、ミチルさんは・・・・
「遅い!私だけじゃ足止めくらいしか出来ないんだから」
壁の中から声がした。
コンクリートの壁に食い込んだ身体を、足、腕と引き剥がしながら、ミチルさんが現れた。少し離れててはっきり分からないが、怪我ひとつ無いようだ。
「いやあ、骨董屋のおじさんがなかなか値引きしてくれなくてさあ、交渉に時間かかちゃった」
そんな事で遅れたんですか!
僕にとっては重要な事だよ。掘り出し物があってさあ。
私、死にかけてるんですよ!
ハハハ。ごめんごめん。今度何かご馳走するよ。
あ、危ない! 五匹の犬もどきが彼に飛びかかった。
彼の長い髪が大きく揺れた。
岩の獣が崩れ落ちて、犬もどき同士が目標を見失いぶつかり合った。
黒いコートが鳥の羽のように広がり、彼が宙を舞っていた。
重力に逆らうようにゆっくりと着地。
ミチルさんが戻ってきて、私のすぐ前にしゃがんだ。
ジャージが少し汚れているだけで、本当に怪我をしていないようだ。
有り得ない。信じられない。
あんな勢いで壁に押し付けられたら、最悪人の形すら無いと思っていたのに。
「あかねさん、大丈夫?」
と、私に声をかけたりしている。
この人、人間じゃない。そして、あの男の人も。
「ミチルはその子の近くにいて。あとは僕が処理するから」
そう言って、男はコートをめくる。
左腰に刀みたいなものがぶら下がっている。
「さて。ここからは僕が君たちの相手をするよ。このまま立ち去ってくれるなら、僕は何もしない。だけど、まだ彼女を狙うなら容赦はしない」
口調は穏やかだけど、それがかえって怖いと思った。
崩れ落ちた岩と土はそのままで、また壁から同じ岩の獣が飛び出した。
「”退魔の術”か。貴様、『ギルの魔法使い』か?」
岩の獣が言った。
犬もどきは音もなく彼を取り囲んでいる。
「しかも、その独特な形の細い剣を使う奴は独りしかいない」
キリノ セツナ
その名を聞いて、ローブ男は明らかに動揺していた。
彼だけじゃない。
むしろ、私の方が動揺したかもしれない。
九年前の、あの事故の記憶が蘇る。
最後にパパが私に言った。『あとは”せつな”に全てを託す』と。
そして、キリノ。
私が養子に来る前の名前は、霧野(きりの)あかね。
キリノ セツナ・・・・霧野 せつな。
あなたは、誰?
「『ギルの魔法使い』なら、魔力は我々のほうが上だ。同時に襲えば何とかなるかもしれん」
岩の獣の言葉にローブの男がうなずく。
再び呪文。
犬もどきの体が一瞬光って、全身の黒い毛が針のように逆立った。いや、ようにじゃなく、本当に針になっている。あれじゃあ、触れただけで怪我をする。
馬鹿なやつら
小さな声でミチルさんが言った。
その言葉の意味を考える余裕は、私には無かった。
「そうだね。確かに僕たちは魔力が弱い。弱いから武器を持っている。魔法使いとしては落ちこぼれさ」
だけどね、とゆっくり刀を抜く黒コートの男、霧野 せつな。
鞘から抜いた刀身を、左手の指で刃先に向かってなぞっていく。すると、刀身に赤い文字みたいなのが浮かび上がった。
「命をかけた戦いなら、誰にも負けないよ」
岩の獣と、五匹の犬もどきが動いた。
赤い残像を残して、刀が振られた。
二匹が真っ二つ。地面に落ちるまでに、煙となって消える。残りの三匹は体制を立て直して、再び襲いかかる。
刀が振られ、鮮やかな赤い光がその軌跡を彩る。
なんて綺麗なんだろう。
私はついその光に心奪われてしまった。
犬もどきは全て切り殺された。不思議と残酷さは感じなかった。
黒コートの人はローブ男に向かって走った。
呪文は途中で止まった。
ローブ男も刀で斬られると、煙になって消えた。
壁から岩の獣が飛び出す。
刀を持っていない左手を差し出す。獣の勢いは音もなくその手の前で止まる。目に見えない何かの力が働いているのだろうが、私には分からない。逃げようとうごめいているけど、岩の獣は離れられない。
黒コートの人は刀を振り上げた。
何か、命の元のようなものが消えた気がした。
刀が触れる前に、岩の獣はただの岩と土の塊となって崩れ落ちた。土砂崩れが起きたみたいだ。大きな音と風圧が襲ってきた。
私の後ろの方で何か音がした。振り返ると、黒コートの人が刀を鞘にしまい、ローブの男が煙になったところだった。
あの人が岩の獣を操っていたのだろうか。
ミチルさんに支えられながら立ち上がる。黒コートの人がすぐ近くに立っていた。目鼻立ちのはっきりした、端正な顔。肌の色は白くて、ちょっとハーフっぽい。年齢は、見た目だと三十代くらいかな。
「初めまして、あかねさん」
彼が言った。
私はどう対処していいか困った。
「突然の出来事で驚いているだろうけど、まずは安全な場所に移動しよう」
彼は私とミチルさんの腰のあたりに手をまわし、抱き寄せた。
???・・・・!!
足が地面から離れた。
私は宇宙に行ったことはないけど、無重力ってこんな感覚だと思う。
何の衝撃もなく、彼は私とミチルさんを抱えたまま水路を飛び越え、道路に降り立った。水路の中であれだけ大きな音がしたのに、誰も人がいない。ここは街の死角になっているみたいだ。
「ミチルの家に少しお邪魔していいかい?」
「もちろんです!なんなら泊まってもいいよ、私の部屋に」
とても嬉しそうなミチルさん。絶対彼のことが好きだ。さっきまでと態度も目つきも違う。
「少しだけ、時間大丈夫かな?」
彼の問いに、私はうなずいた。
彼とミチルさんの背中を見ながら街を歩く。二人は何事も無かったかのように会話している。私はまだ足が宙に浮いているみたいにフワフワしている。夢の中にいるような気分だ。これからどうなるのか、彼が何を私に話すのか、不安でいっぱいだ。二人が時々振り返って、優しい笑顔をみせてくれても、それは消えない。
今日は人生の中で、忘れられない夜になりそうだ。
あの夜から約束の日までの数日、私の心と体はまるで別の場所にあるようだった。現実離れした体験を、忘れようとする自分と受け入れようとする自分。狭間の中でプカプカ浮いていると、誰かが手を掴んでくる。
ミチルさんだ。
彼女は放課後私のクラスまで迎えに来てくれた。万が一のための護衛だそうだが、ほかの生徒にはそうは映らない。そりゃそうだ、事情を知らないんだから。学校で一番の有名人が、私を名指しで連れていく。彼女は何者?不良グループのメンバー?ミチルさんは女好きらしいから、もしかして恋人?いろんな噂が飛び交っている。
目立たないように静かにしてたのに。
この数日間で、私もすっかり有名人だ。
ミチル姉さんお疲れさまです!
キョウコ姉さんお疲れさまです!
あかね姉さんお疲れさまです!
ミチルさんのバイト先で頭を下げる怖い学生さん達。
私は違うんです!
心の叫びはどこにも届かない。
お店の半分以上の客が怖い顔の高校生。なのにお店は大繁盛。誰も怖がらず普通に入ってくる。逆に楽しそうだ。
何だ、この変な空間は。
理由は二日目に分かった。
「こちらに、有坂ミチルという格闘家がおられると伺ったのですが」
と、袖の無い薄汚れた道着を着た男性がやって来た。
何とかっていう格闘ゲームのキャラクターみたいな姿だ。ミチルさんを見て、まず女であることに驚き、それでもにじみ出る格闘オーラみたいなものを感じて対戦を申し込む男性。
お店の前は格闘場に変わる。
怖顔の学生達は手際よく舞台のセッティングを。あみだくじで当たった三人は見張りのため店を出る。
お店の窓際に椅子を並べて、一般客がそこで観戦。ミチルさんに近い席が二つ空いている。
「キョウコ姉さん、あかね姉さん、どうぞ!」
と、その特等席に招かれる。
だから、私は違うんです!
このハンバーガーショップは、味の良さやウェイトレスの可愛さだけで、お客さんが集まってくるわけではなさそうだ。むしろ、これがメインかもしれない。
ミチルさん。あなたはケンカを売りながら歩いているのですか?
結果だけいえば、ミチルさんの圧勝だった。その男性は、『まだまだ修行が足らないようだ』とかつぶやきながら去っていった。
拍手で迎えられるミチルさん。
対戦が終われば、みんな何事も無かったかのようにテーブルと椅子を戻し始める。
ここは、一般常識が通用しない異空間。
ここでは時々、異種格闘技戦が行われる。
自分のモヤモヤした部分にそう言い聞かせる。
席に戻ると店主と目が合った。言葉は交わさなかったけど、多分私と同じ気持ちだと思った。
約束の日。
ママには仲良くなった友達の家に泊まりに行くことになっている。友達とは、ミチルさんという設定であり、万が一の辻褄合せは抜かりない。
ウソついてごめんなさい、ママ。どうなるか分からないけど、近いうちにちゃんと説明するから。
着替えとお菓子を持って家を出る。
徒歩で待ち合わせの場所へ。私を見つけると、笑顔で手を振るミチルさん。仕草が可愛いくてドキドキする。
週末の繁華街。人通りは多く、二人して歩いていると、大抵の男性が振り返る。みんな、ミチルさんを見ている。
彼女の素顔を知らないあなた達は幸せだよ。
なんて思いながらも、注目されているミチルさんの隣で、ちょっと自慢気な気分になっている私がいる。
人の流れから外れて、細い路地を曲がる。
目の前に古そうな商店街。それを通り抜けた頃には、両手一杯のコロッケとお惣菜と花束。
暖かくて優しい人達だった。
正面に歴史を感じさせる古風な家があった。玄関らしき手の込んだ模様が彫られた門の前には、黒いコート姿の彼が立っている。
霧野 せつな。
彼の話が本当なら、十才年の離れたパパの弟。私にとってはおじさんだ。何気なく今のママに尋ねてみたけど、兄弟がいたとは聞いたことがないそうだ。
というか、パパに関する情報は何も無かった。
高校卒業後、大学に通うため独り暮らしを始めた私の本当のママ。卒業後は大学院に進み、何かの研究をしてたそうだ。
ママが二十三才の時、突然実家に男性と現れて、結婚すると宣言した。それが私の本当のパパ。
突然だし、相手の事も知らない両親が認めるはずもなく、それでもママは一歩も引かず、結局けんか別れみたいな状態になったそうだ。
それっきり実家には返って来なかったし、連絡も無かった。
次に会ったのは、事故の後の冷たくなった二人。
奇跡的に助かった私は、ママの妹夫婦のもとへ。
パパが何処の人か、兄弟がいるのか、両親は健在なのか、一切不明。弟だと言われても確かめる術がない。
「やあ、あかねさん。調子はどうだい?」
以前と変わらず穏やかな口調の彼。
左目のことを聞かれたと分かったので、大丈夫だと答えた。
あれ以来、眼帯は外していた。痛みも腫れも治まり、病院の先生からも問題ないと言われた。
彼の話を信じるなら、元々病気ではないらしいから。
ミチルさんは彼に抱きついた。乙女の顔になっている。見ているこっちが恥ずかしくなるような甘え方。バイト先で男を蹴り倒している彼女と同一人物とは思えない。
「突然危険な目にあって、僕が現れて。まだ気持ちの整理はついていないだろうけど、今日はここに来てくれて有難う」
私に近づきながら彼が言った。
ミチルさんが抱きついたままなので、彼女を引きずった状態でだ。
私はどうしていいか分からず、とりあえず引きつった笑顔で答えた。
「ま、僕が言うのもなんだけど、理解しようとするんじゃなくて、いっかい全部受け入れたらいいと思うよ。でないと、これから体験する事を考えると大変だからね」
ミチルさんの頭を撫でながら彼が言った。
緊張してきた。
そのあと彼が何か説明してたけど、あまり頭に入らなかった。
「ミチル、僕がいない間、あかねさんのご両親を頼むよ。奴らが狙う可能性があるからね。一応護衛はつけてるけど」
「大丈夫。任せておいて」
そう答えて、ようやく離れるミチルさん。
行ってくるよ。
いってらしっゃ~い
手を振りあう二人。
彼はコートの中から、何か小さなものを取り出した。
キーホルダー?
サルの形をした、可愛らしいものだ。
鍵なのかな? これからクルマで移動、とか。
彼はそれを顔の近くに持っていって、
「キーちゃん、よろしく」
と言った。
次の瞬間。
あっ、と思わず声が出てしまった。
キーホルダーのサルが、彼の指を噛んだ。
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