第1章  ミチル


 私が学校で好きな時間。

 友達とおしゃべりできる休み時間。体育の授業。お弁当が食べられる昼休憩。

 そして、授業が終わった放課後。

 「ミチル~!」

 いつもの様に、キョウコが私の背後から抱きついてきた。

 どんなに鍛錬しても、彼女には後ろを取られる。十七年生きてきて、唯一の存在だ。普通の子なら、蹴りと突きを五発は入れられる。

 キョウコは武術の心得は無いし、気配も消せない。特に何もない普通の女子高生だ。なのに私に抱きつくことができる。

 真剣に、本人に聞いてみたことがある。

 すると、

 「それはやっぱり、愛の力かな?」

と、意味不明の言葉が返ってきた。

 時々、彼女の言葉が冗談なのか本気なのか、分からない時がある。

 家が近所で幼なじみ。お互いの家に遊びに行ったり泊まったりは昔からよくしていた。女同士だし、お風呂だって一緒に入ったりする。ふと気づくと、キョウコが私の体をじっと見ている時がある。あちこちにアザや傷があるので、それを見ているのだと思っていたけど、最近ちょっと違うような気がしていた。

よく私の身体を触ってくるし。

もしそうなら、何時かは、いや近いうちに彼女に言わなくてはならない。


 ごめん、キョウコ。気持ちは嬉しいけど、私には心に決めた男性がいるの。


 なるべく、傷が深くならないうちに・・・・


 「今日もよろしくね」

 私の耳元でささやくキョウコ。

 部活をしていない私達は、これからアルバイト先へと向かう。私達は半年くらい前から、キョウコの親戚が経営するハンバーガーショップで働いていた。きっかけは、店主の奥さんが妊娠中でつわりがひどく、お店を手伝えなくなって、キョウコに声がかかった。独りじゃ不安だからと、私も誘われ、みたいな事だった。

 人通りの少ない裏路地にお店があるんだけど、お客さんの口コミで結構繁盛している。店主いわく、私達がアルバイトを始めてから、さらに業績が伸びたとか。経営者として、それは嬉しい事だけど、同時に悩み事も増えたそうだ。まあ、原因は間違いなく私なんだけど・・・・

 私とキョウコは学校を出て、バスで移動した。

 過ぎてゆく街の風景を見ながら、私は別の事を考える。


 最近、彼から連絡がないなあ。ないって事は、世の中が平和な証拠なんだけど、ちょっと寂しいなあ・・・・


 「最近さあ、ミチル変わったよね?」

窓の外を見ている私に、キョウコが話しかけてきた。

 「え?そうかなあ」

 そうだよ、とすぐに返される。

 「好きな人ができたでしょ?」

 図星だ。

 でも、ここはとぼけておこう。

 「いないよ~」

そう言って、すぐ窓の外へ目を向ける。

 キョウコの顔をまともに見れない。私は嘘をつくのが苦手だし、彼女にはすぐバレてしまうから。

 「だって最近さ、女フェロモン出してるじゃん。絶対男がいるよね」

 「なに、それ」

 疑いは晴れなかったけど、その場はなんとかごまかした。


 約三十分後。私達はバスを降りて街に出た。商店街を進み、クルマも通れない細い路地を曲がる。すると、角に制服姿の学生が座っていた。

 いわゆる、ヤンキーってやつだ。

 棒のついたアメを舐めながら、ヤンキー座りでこちらを睨んでいる。

 彼は私を確認するなり、凄い勢いで立ち上がり、一礼して走り出した。


 ああ。やっぱり今日もですか。


 ついため息が出てしまう。

 「フフ。あの子、みんなに知らせに行ったわよ」

キョウコが楽しそうに言った。

 こっちはちっとも楽しくない。

 路地を進み、派手な看板の店のところでまた曲がる。そこにハンバーガーショップがある。いつものようにヤンキーが数人、お店の前で整列していた。

 「ミチル姉さん、お疲れ様です!」

 お疲れ様です!!

 全員で合唱。

 横でキョウコが笑いを必死でこらえている。

 私は足早に彼らの前を通り過ぎ店内へ。今日も満員御礼だ。店主への挨拶もそこそこに、私はスタッフルームに入る。

 「人気ものですねえ、ミチル姉さん」

嬉しそうに言うキョウコ。

 私は無視してロッカーを開ける。


 制服の上着だけ脱いでエプロン姿で店に出る。店内の七割程を占める男子学生から野太い歓声があがる。

 姉さん、カッコ良いっす

 ミチル姉さん、輝いてるっす

 色々な掛け声が飛び交う。だから、その姉さんはやめろって。

 普通、これだけガラの悪い学生が店にいたら、一般のお客が減りそうなものだが、最近逆に増えている。時には店から溢れてしまう程で、急きょ外にテーブルをセットしたこともあった。

 怖いもの見たさ、ってやつなのかな。私にはよく分からない。

 店主も売り上げが伸びて、とても機嫌が良い。だからほぼ毎日連中がいても、注文せず水だけの奴がいても文句は言わない。

 キョウコは一般客を、私はその黒い集団を担当して仕事する。まあ、私を慕って来てくれているし、悪い気はしない。店内で暴れてケンカしたりもないし、一般客に迷惑をかけないし、結構居心地が良かったりする。

 彼らと格闘技の話で盛り上がっていると、店の入口に数人のお客さんが来た。

 「いらっしゃいませー」

 彼らを見て、私は顔をしかめる。

 ひとり、見覚えのある顔があった。

 あちゃー。

 見慣れない制服の男子高校生が五人。先頭のリーダーっぽい奴が店のドアを蹴る。店内の黒集団を睨みつけ、

 「おい、ここに『ありさか みちる』って奴がいるはずだが、どいつだ?!」

 店内の学生達がざわつく。


 今日はどうする?

 ジャンケンで決めようぜ。いや、あみだくじにしようぜ。

 何人行く?三人はいるだろ。


 リーダー格の男は、自分が無視され苛立っている。

 「ビビってんのか?ありさか みちる。出てこい!」

 彼の後ろに立っている、見覚えのある男がリーダーに話かける。


 兄貴、あいつです。目の前のエプロンした奴です。

 馬鹿やろう。女じゃねえか。しかも俺、タイプだし。

 あの女にやられました。 


 「お前が、『ありさか みちる』、なのか?」

 「そうだけど」

 私は仁王立ちで宣言した。

 リーダー格の男は、明らかに動揺していたが、従えた舎弟の手前引けるはずもなく、私を睨んできた。

 「お前か、俺の大事な部員を殴ったのは?!」

 私も睨み返してやった。

 「先に手を出したのはそっちだよ。それに殴ってない、平手打ちだし」

 何本か、歯が飛んでたけど。

 「どっちでもいいんだよ!とにかく、やったのは間違いないんだ。責任をとってもらうぞ」

 店内の学生達から歓声があがる。

 あみだくじで三人が決まったらしい。お前ら、盛り上がり過ぎなんだよ。

 三人は泣く泣く店を出て、路地の角や商店街付近に配備されることになる。

 「悪いのはそいつだよ。弱い者イジメしてたから、注意したの。そしたらいきなり襲ってくるから、ちょっとお仕置きしただけ」

 謝れ、謝らない。土下座しろ、しない。

 しばらく言葉の暴力が続き、

 「タイマンで勝負しな。あんたが勝ったら、私はあんたの言う事を何でも聞いてあげるから」

と、いつもの台詞で締めくくる。

 自分で言うのも何だけど、顔もスタイルも、その辺の女には負けない自信はある。

 リーダー男は、私の全身を眺め、思春期のエロい妄想を巡らせている、ような顔つきをしている。時に欲望は、思考能力を鈍らせる。

 私は店主に目線を送った。

 ごめんなさい。またこうなっちゃいました。

 店主はやれやれといった表情で厨房に戻った。


 私とリーダー男は、店の前の路地で対峙した。私達の左右、つまり店の壁際と道を挟んだ反対側の壁際には、黒集団が肉の壁を造っていた。彼らの手馴れた動きに、やや戸惑い気味のリーダー男。部員の連中が後ろから何かを言って、彼の士気を高めようと必死だ。

 「本当に、何でも聞くんだな?」

 リーダー男の確認の言葉。

 私は彼に近づき、耳元でささやく。ああ、何でも聞いてやる。例えば、とここでは言えないエッチな言葉を連発する。

 これでやる気が出ない男は、男じゃない。

 リーダー男は上着を脱いでストレッチを始めた。


 いつものパターンだ。

 これでまんまと騙されちまうんだよなぁ。


 周りの黒集団から声が飛び交う。

 「ミチル~。ファイト!」

 キョウコが場違いなノリで声援を送る。

 前回、あいや、前々回の相手だった男が、肉の壁から飛び出て、リーダー男の肩を叩いた。

 「お前、ラッキーだよ」

彼の言葉に首を傾げるリーダー男。

 「最近のミチル姉さんは賢くなってな、手加減する事を覚えたんだ」

 お前、本当にラッキーだよ。

 しみじみと語って元の位置に戻る彼。まわりのみんなも大きくうなずいている。

 馬鹿にされたみたいで、ちょっとムカつく。

 あいつ、あとでシメる。


 私とリーダー男は、一定の距離をとって向かい合う。彼は足を前後に軽く開いて、腕を胸の前あたりで構えながら、何度も私の全身を舐めるように見ている。あの頭の中で、私が彼にされている事を想像して、ちょっと気分が悪くなった。

 私は構えず、ただ立っていた。

 上着を脱いで、白シャツに蝶ネクタイの男が間に入る。

 「ルールは簡単。気絶させるか、参ったと言わせるか。それでは、時間無制限の一本勝負を始めます!」

 歓声があがる。

 店内の一般客も、窓から身を乗り出して見ている。実のところ、これ見たさに来ているお客さんが多かったりする。

 あみだくじで当たった三人は、警察や先生達の見張り役で、対戦が見れない。

 凶器を持っていないかのボディチェック。

 必要ないだろ。

 ただ私に触りたいだけだろ。

 余計な所を触りそうだったので、頭を一発、軽く殴ってやった。

 至近距離でリーダー男と向かい合う。

 「今なら、謝ったら許してやるぞ」

男が言った。

 「そのセリフ。そのまま返すわ」

 余裕の笑顔。

 再び距離を取り、私とリーダー男は向かい合う。

 蝶ネクタイはお互いの顔を確認して構える。

 

 レディー・・・・ファイト!!


 歓声と同時にリーダー男が翔けた。右足の蹴り。

 私は一歩横に移動して左手で蹴りを受ける。すぐに体制を整え、今度は回し蹴り。

 しゃがんでかわす。

 正拳突き。

 軽く手で払う。

 私が女だと思って、手を抜いてるな。

 右足の蹴り。

 三歩分前へ。目の前に男の顔。平手打ちを食らわす。私を捕まえようと伸ばした腕をかわして、彼の後ろにまわる。

 振り返り、突きの連続。

 突き、平手打ち。突き、平手打ち。

 彼の拳は空を切り、私の手は彼の頬を叩く。

 汚ね。ツバ飛ばすなよ。

 ひざ蹴り、肘突き。

 大振りな動きをやめて、動きを小さく当てにくるリーダー男。

 セコい!

 重心の位置を見て、腕を突き出し、手のひらを男の顔に当てる。バランスを崩して尻もちをつくリーダー男。

 笑いと罵声が飛ぶ。

 ちょっと手加減しすぎたか。長引くとリーダーの立場が悪くなりそう。

 つーか、私がそんなこと気にしなくていいんだけど。

 同年らしき部員から発破をかけられ、鬼の形相で立ち上がる男。力の差を理解してなお向かってくる姿勢には感心する。

 男は身構え、慎重に私との距離を詰めた。あと一歩踏み込めば、の所で体を揺らしタイミングを計っている。

 いいじゃん。始めからその気合いで来てくれなきゃ。

 私はゆっくり一歩下がり、満面の笑顔でリーダー男を見た。私の予期せぬ行動に、彼のアゴが少し上がった。

 前後に開いた足に信号を送る。

 前方に飛び回転。まわし蹴り。私の足先に確かな手応え。(この場合は足応えかな?)

 リーダー男は、何が起きたか理解する間もなく、黒集団の肉の壁に飛んでいた。

 大歓声。

 リーダー男の部員たちは固まっている。もしかすると、人が蹴られて飛んだのを始めて見たのかもしれない。

 これでも加減したんだけどなあ。


 ミチル姉さん、さすがっす!

 ミチル姉さん、輝いているっす!


 だから、姉さんはやめろって。年変わんないんだから。

 パンツが見えた、って言ったヤツは軽くアタマを殴っといた。部員たちは戦意喪失。リーダー男を引きずって去っていった。

 拍手で店内に迎え入れられる私。毎回ちょっと照れくさい。

 「ミチル姉さん圧勝。これでまたファンが増えますなあ」

キョウコが言った。

 そうなんだよなあ。ここにいるヤンキー軍団も、元々は私と対戦した連中。悪さしているのを見ると、(偶然にもそういう場面によく出くわす)つい手や足が出てしまって、さっきみたいになっちゃう事が多々ある。で、そのあと妙になつかれて、いつの間にか姉さんと呼ばれている。

 それが今のこの店の状態。私がバイトの日には、街中のヤンキー達が集まってくるわけで、さっきの連中もそのうちこの店の常連になるだろうな、きっと。


 私の家の常識が、ほかと違うことに気づいたのは、中学生の頃だった。

 物心ついた頃から武術の稽古を父と自宅の道場でしていた。空手でもない柔道でもない、有坂家に代々受け継がれてきた古武術。その中でも特殊な格闘術で、世間にはあまり知られていない。

 中学生になった頃、私は父を負かすようになっていた。道場でも普段の生活の中でも師匠だったので、少し複雑な気持ちだった。学校で友達と話をしている時、父親の話題が出て、その事を話すと不思議そうな顔をされて、ああ、違うんだ、とようやく理解した。

 私のまわりには父親を尊敬している子はいなかった。

 高校生になった時、有坂家秘伝の古武術の継承者になった。歴代女性継承者では最速なんだって。全体では三番目。一番は私の祖父、二番は父だ。

 はっきり言って、人だろうと熊だろうと、どんなヤツと対戦しても負ける気がしなかった。だからといって強そうなヤツを見つけては対戦を申し込む、なんて事はしない。本当に偶然、ヒマと体力を持て余した学生が、弱い者いじめしているところに出くわして、結果的にそうなっているだけだ。


 私の理想の男性は、私を負かすことが出来る人。

 いるかどうかも分からないのに、いつの間にかそう思うようになっていた。

 そんな矢先に彼と出会った。

 技のキレも完成度も、ほぼ完璧の私が全く歯が立たなかった。

 この人だ。

 私は直感した。これは運命の出会い。そう思った。

 彼との出会いの話は後日ゆっくり語るとして、まずは一曲。次は私の番だ。

 バイトを終えて、黒集団を帰らせ、私とキョウコは近くの商店街にあるカラオケ店に来ていた。

 学校、アルバイト、カラオケ、が最近の一日の過ごし方だった。歌って結構ストレス発散になっているかも。今日一日のムカついたことを、大きな声で歌ってスッキリさせる。

 おっと。今日は張り切り過ぎた。喉がヤバい。

 すっかり夜になったところで帰路。途中まではキョウコと一緒だ。ウィンドウショッピングをしながら、ゆらゆらと歩いて帰る。


 「あ、まただ」

 突然、キョウコがそう言って立ち止まった。

 「どうしたの?」

と私が問う。

 「最近さあ、起きたまま夢を見るようになってさあ」

 はぁ?

 彼女が言うには、今自分が見ている場所と違う光景が突然見えて、勝手に場面が始まるらしいのだ。後で思えば、それは実際未来で起きた出来事で、つまりは正夢というか、未来予知というか、そういうのが見えるらしい。

 おお。それはいい。未来のテストが見えれば、学校生活がバラ色じゃないか。ぜひ修行を積んで技をマスターしてほしい。

 私がそう言うと、

 「それは名案ね。わたし、頑張るわ」

とガッツポーズするキョウコ。

 「で、何が見えたの?」

 気になるので聞いてみる。

 「えっとね、ミチルが変な人達と戦ってた。ヒーローものに出てくるような怪人みたいな人。でね、私達と同じ年くらいの女の子を守ってた。近くに黒いコートを着た男の人がいて、その人と一緒に戦っていたわ」


 黒いコートの男!!


 一瞬ドキッとしたが、顔に出さないようにして、笑ってごまかした。

 「ミチルったら、私がいるのにその男の人が好きなのね」

そう言って、大げさに悔しがるキョウコ。

 私の腕に抱きつき、上目遣いで見つめる。

 なに、私の感情まで見えちゃうワケ?そんな目で私を睨まないで。どういう顔していいか分からないんだから。冗談なのか本気なのか、コワイので聞けない私。

 とりあえずごまかした。

 キョウコもそれ以上は詮索せず、あまりに現実離れな予知だから本当に夢かもしれない、たまにそういう事あるから、と言っていた。

 ホッと一息。

 そう思ってくれるならそれでいい。


 キョウコと別れ、コンビニの角を曲がる。そこは道の細い小さな商店街。私のホームグランドだ。この商店街を抜ければ家がある。


 「お。ミチルちゃん、おかえり~」

 肉屋のおっちゃん。コロッケもらう。


 「おかえり、ミチルちゃん」

 これは惣菜屋のおばちゃん。ちょっと一口つまむ。


 「ミチルちゃん、愛してるよ」

 花屋の若旦那、二十三才。私が高校生になってから、ほぼ毎日求愛される。


 「ただいま~」

 こんな時間まで店を開けているのは、私が帰ってくるのを待っているから。いつもながら暖かい気持ちになる。

 みんな私が生まれた頃から知っているので、我が子同様の愛情を注いでくれる。ただ、洋服屋のおっちゃんの、『ミチルちゃんが赤ん坊の時、わしがオムツを替えたことがあるんだぞ』、の自慢げな昔話はそろそろやめて欲しい。

 みんなに手を振り商店街を出る。

 正面に古めかしい日本家屋。それが私の家だ。

 「ミチル様、おかえりなさいませ」

なんて使用人とかに迎えられそうな感じの家だけど、両親と三人だけで住んでいる。祖父が生きていた頃は、本当に使用人達がいたらしいけど、時代が時代だし、今は家政婦さんがひとりいるだけだ。

  今日は両親温泉旅行のため、家政婦さんがお出迎え。夕食はいらないことを告げ部屋に入る。ジャージに着替えて道場へ向かう。早朝の稽古はもちろん、どんなに遅く帰ってきても道場で体を動かす。私にとってそれは息をするのと同じこと。

 生活の一部だ。

 念入りにストレッチをして”型”の稽古。この動きは空手に似ている。次に、架空の相手を設定して実戦稽古。これは例えるなら、そうダンスを踊っているような”動”と”静”の動き。まあ、この辺までは普通の武術。ここから先が有坂家秘伝の古武術の特徴だ。

 私はお腹のあたりで両手を合せ、指を絡ませた。

 息を整え、指である形を作る・・・・!!


 突然、首筋に電気のようなものが走る。


 キタ━━━(゚∀゚)━━━!!


 愛しの彼からの、特別なメールだ。私の目の前の空中に、赤い色の文字がずらりと浮かび上がる。日本語ではない。記号のような文字だ。全く読めないけど、彼が私の体につけた『マーキング』が自動解析、音声解読を始める。


 『やあミチル、久しぶりだね。急で申し訳ないんだけど、ちょっと手を貸して欲しいんだ。君と同じ学校の子で、三上あかねという子が”奴ら”に狙われている。ボクは今足止めをされて間に合いそうもないんだ。その子を守って欲しい。ボクもなるべく早く向かうから。場所は・・・・』


 このメールの良い点は、彼の声でメールが聞けること。そしてどんな場所でも、どんなに離れていても必ず届くこと。

 このメールを聞くたびに、彼とのつながりを再確認できる至福の時間。そして、私が本気を出して戦える最高の舞台。

 分かりました、ダーリン。あなたの頼みなら、その子を全力で守ります。

 家政婦さんに事情を説明して(彼の事は両親に公認されている)自転車に乗って家を出る。幸い彼が指定した場所は家から近い。全力でペダルを漕ぐ。

 準備運動も終わり、十分体は温まっている。戦うには好条件だ。

 クルマも通れないほどの路地を疾走する。五感を研ぎ澄ませ気配を探る。大きな通りを横断して、水路のある道に着く。

 街中の死角。人も通らず家も近くにない。両端に歩道を従え、コンクリートの壁に囲まれた水路が目的地。自転車を止めて水路の中をのぞく。水はほとんど流れていない。どこからこの高い柵を越えて、数メートル下の水路に降りたのか、私と同じ高校の制服を着た女の子がいた。


 彼女の正面、少し離れた場所にフードつきのローブを着た怪しいヤツがいる。

 どうやら間に合ったようだ。

 私は身長より高い柵をよじ登り、ためらうことなく飛び降りた。

 着地成功、十点満点!

 両手を上げてポーズを決める。足裏の痛みとしびれは気合いでガマン。

 突然目の前に降ってきた私に驚く彼女。

 「三上、あかねさん?」

 私の言葉に反応あり。間違いなさそうだ。私の顔とジャージを交互に見ている。高校の体操服だから、知ってる子かどうか探ってるのね。

 まだ初々しいから一年生だな。後輩か。

 「私は有坂ミチルっていいます。ヨロシクね」

 どう反応していいか困っている彼女。まあ仕方ないわな。

 ローブを着ているヤツの方を向く。 

 「ちょっと、この子に悪さしたら私が承知しないよ」

ドスを利かせて言った。

 最初が肝心。ナメられたら終わりだ。

 「なんだ人間。私を止めるつもりか」

 フードの中から男の声が言った。なんかエコーがかかったような変な声。

 「人間なめんなよ、魔法使いくずれ」

 男の様子が変わった。

 私の言葉にカチーンときたようだ。

 日本語でもない英語でもない言葉の羅列。何かの呪文のようだ。男を中心とした周りの地面に、丸い光の輪が五つ現れる。

 こいつ、竜魔(リュウマ)か。

 光の輪の中に四足の獣が召喚される。自身の肉体の一部と魔力で生み出された魔物。中型犬くらいの大きさで、全身真っ黒で角と牙のある生き物。光の輪が消えると、唸り声をあげながら私に敵意を向けてくる。

 「何があってもそこを動かないで。あなたには指一本触れさせないから」

背後の彼女に言う。

 男が合図を送った。五体の魔物が同時に疾走した。

 私ははやる気持ちを抑えるのに必死だった。

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