絡まる
@Yuyu_nnyu
第1話
ゆわんちゅん
2016/04/10 16:09
電話が鳴ると、お腹が鳴って、神様が
また3コール目で切ってしまった。
ツーツーツーツー。切れる音。同じ音の繰り返し。
自動再生。彼女の気配。
ぎゅるるるるる~。おなかの音。
あのあと、夢の中で彼女と再び出会って、昔の様に、楽しく談笑したあとに、わたしは笑顔で彼女に向かって「やっぱ、もう二度と、わたしの前に現れないでほしい」って言った。ちょっと前までにこやかにしていた彼女の顔が一瞬固まった。
たった今、関係の目標が達成された。わたしは彼女の、今にも泣きそうな顔をみて、完全に満足をしていた。優越感。ゴ――――――――――ル!絶叫。歓喜。人間関係において目標を達成することが出来たからだ。
「わかった。じゃあここで、さようならだね」
ホームに降りていった彼女の姿が、視界から消える。たぶん、電車に乗ったんだと思う。ちゃんと確認していないけれど、きっとそう。あの電車はどこへ向かっているのだろうか。天国?世界の果て?ウケる~まあどこでもいいや。
いやいや、ほんとは全然どうでもよくないんですけど!
やや、いまのくだり、まあ、夢の話なんで、あのまま終わったんですけどね!
このラインより上のエリアが
無料で表示されます
*
彼女について、彼女に関するあらゆることの何かについて描写してみようと考えた時、パソコンの前に座るわたしの、文字をタイプする手は、かなりはやい速度で文字を刻んでいこうとする。
自分でもちょっと焦るほどだ。
なんたって、一分一秒、こうしている間にも、時間はどんどん過ぎていってしまうから。
一秒でも早く、わたしは彼女について書きださなければならない。
時間も思い出も有限だ。
期限はハッキリと記されていないが、有限であることは時間が証明している。
時間は中々に手強い。
わたしの味方をしてくれることもあれば、敵として立ちはだかることも幾度となく経験してきた。
時間はただ経過していく。
思い出は速やかに消化されていく。
わたしが何もしなくても何かしても、ただ一切は過ぎていくばかり。
でも、有難いことに、時間が過ぎていく事でなんとかなることのほうが世の中には多い。もちろん、良くも悪くも、だ。
わたしは、彼女が今、わたしについてどう考えているのか、という妄想のすべてを排除して彼女について思い出している。
彼女の気持ちを勝手に予測する権利はないし、勝手に舞い上がって勝手に落ち込むのにはもう疲れたからあまりしたくないという理由もある。
今、わたしの目の見えるところにいない人について考えを巡らせても、何一つとしてことは展開しないし、わたしはもう十分すぎるくらいに、脳みそがパンクしてしまう位にはいろいろな可能性について考えたつもりだった。
わたしたちの意思とは裏腹に、気持ちだけは、何があっても時間にだけは絶対に抗えない。
気持ちや感情といった物は、何にも、時間にも気持ちにも、言葉にも、人間にも縛ることは許されていない。
わたしたちは時間に干渉することはできない。
だけど、皮肉にも、気持ちや感情が負った傷は、時間だけが変化を与えることが出来る。
つまり、未来のある地点では、今負った傷を癒すことも、さらに悪化させることも可能なのだ。
過去だけは特別だ。
一度時を止めて、点となった過去の時間は、たとえ、動き出したとしても、かつてと同じように動作するとは限らないとわたしは思う。
だからわたしは、彼女のことを思い出すたびに、一刻も早く、彼女を、文字という時間を持たない空間に閉じ込めてしまいたくなる衝動に駆られる。
いつものように、わたしは部屋の中で一人、ヘッドホンで耳を塞いでから目を閉じて、真っ暗闇の空間の中で、彼女の名前を呼んだ。
すると、不思議なことに目の前にいない彼女が、何も見えない空間で、くるりと踵を返す。パズルのピースのように。
記憶を必死に辿って、全体のほんの一部でしかない場所を引っ張り出しては、ぺたぺたと張り合わせ、一つの存在に仕上げていく。
記憶の中で作り上げられた彼女は、いつだって私にやさしかった。
わたしはすかさず、彼女の匂いとか、彼女の動きとか、曖昧なものを思い出す。
なるべく長い間、新鮮な状態の彼女を保ち続けたかったから。いくつもの言葉に置き換えて、彼女の外見や性格を表現しようとした。
そうして無理やり言語化したものを、言葉と紙の中に、はち切れんばかりにぎゅうぎゅうに詰め込んでいく作業をひたすらに繰り返した。
でないと、彼女の姿を記憶の中に留められなかった。
時間が、彼女を思い出へと昇華しようとしていたからだ。
わたしはそれがいやだった。
とてつもなくこわかった。
過去と想像の中で繋がれたわたしは、少女(ヒロイン)でいられる。
童話とは、昔話やおとぎ話のことを指す。
それらは、リアルじゃないから成立するお話のこと。
彼女は私からリアルを奪っていく存在。
もはや、自分のためだけに、彼女の存在に縋っているのかもしれない。
それでもわたしは、夜のような黒い空間に、ゆっくりと彼女を映し出していった。
始めに思い出せるのは、色素が薄かったことだ。
あとは、肌が白かったこと。
ちょっと頬が、無邪気な子供の様に赤みを帯びていたこと。
ちょうどそれがチークみたいで、大人っぽい印象に可愛らしさを与えていた。
それと、髪の毛がすごく細かったこと。
風が吹く度に、サラサラと揺れては、シャンプーの甘い香りを漂わせ、わたしに沈黙の誘惑したこと。
彼女がわたしの名前を呼ぶ。
目線が合う。
彼女がわたしを求めていることがわかると、わたしは深い眠りにつくかのように、目を閉じて、自分の本能に身を任せた。
瞬間、ふわり、と、柔らかさだけを持った唇の感触。
目を覚ますと、きっと、わたしはほんの半年前に遡ることが出来るだろう。
*
気がつくとわたしは、教室にいました。あたりには誰もいません。
今は放課後ですから。
時計の針は、下校時刻はとっくに過ぎていることを指していました。
違うクラスの彼女が、わたしのクラスに足を運んでくる時刻も、ちょうどこの時です。
そろそろかなあ、とわたしが思う頃に彼女はいつもやってきます。
「帰ろうよお」
六月の、誰もいない教室に、親を待って待ちくたびれた子供のような声とわたし。
六月といえば、まだ夏に入りかけてもいない微妙な時期です。
誰もがセンチメンタルな表情を浮かべて登校をし、帰っていきます。
結婚をするなら六月に、とはよく言われていますが、こんな浮かない表情をした人たちに囲まれて祝われて、嬉しい人なんているのでしょうか。
などといったことを頭の端で考えながら会話をしていたので、そっけなく、
「うん」とだけ答えていました。
これはある意味、わたしなりの照れ隠しでもあります。
「そういえば、もうすぐ付き合ってだいぶたつよ」彼女がどこか遠くの方を見つめながら言いました。どうせなら、そういうセリフはわたしの顔を見ながら言えばいいのに。
「しってる」わたしは彼女と同じ方向を見ながら返事をする。
「なんだか時間が過ぎていくのが」
「はやい?」と、尋ねられたので、
「わたしも同じようにおもっているよ」と、返します。
「これからも同じかなあ」
「たぶんね」この時はまだ、そう思っていました。わたしは心の底から、この先のずっと、永遠を信じている。全く根拠のない返事ですが、どこかで確信をしていました。
「じゃあ、すぐ年寄りになっちゃうかも」
「やだなあ、それは」
わたしたちは、どちらからともなく手を繋ぎ、彼女の家へと向かいました。
彼女の家は学校からはすぐでした。
歩いている間もずっと、会話が途切れることはありません。
彼女が、わたしの彼女になってもうすぐ二年が経とうとしていましたが、相変わらずわたしたちは、話題に尽きることなく、楽しくお互いに起きた出来事についてしゃべることが出来ていました。天気のこと、勉強のこと、髪の毛がのびたこと。ほんとうに、いろいろと話したものです。
そんなこんな、しているうちに、もう玄関前のドアが見えてきます。
家につくと、すぐに手を洗って、濡れたままの手でお互いの体を抱き寄せ、キスを交わしました。
その流れで、ベッドへと倒れこむのも、またいつもの流れでした。
彼女が子供の頃から使っているベッドは、女子高生二人にはかなり狭くて、ほんのわずかに体を動かすだけでもギシギシと軋みます。
しかし、この時間帯に家族がいないことはわかっていたので、何のためらいもなしに、ベッドを軋ませながらわたしは彼女の服を脱がせました。
わたしは、彼女の髪の毛にひっそりと顔を近づけ、唇で少しだけ髪の毛の束を挟んで、舌で弄ります。
こうすると、決まって彼女は擽ったそうにして、僅かに肩を強張らせるからです。
何と愛らしいことでしょうか。
次にわたしは、彼女の長い睫毛に唇を寄せました。
舌先で瞼をなぞってから、強引に瞑った目を開かせると涙のしょっぱい味がしました。「痛い」と、言われてわたしは更に興奮を覚えました。
「がまんして」と言うと、彼女はコクコクと無言で頷きます。
長い、人形のそれと同じようなものを思わせる睫毛を何度も瞬きさせ、私の視線が離れないように絶えず、わたしの姿をとらえ続けてくれるのです。
もし、いま、彼女の目を奪ったらどうなるのでしょう。
彼女の視線を感じることはもうできなくて、それでもわたしは視線以外の情熱を体で感じることが出来るのでしょうか。それも、いいかもしれません。
わたしは舌に少し力を入れて、彼女の目玉を舐めました。
「うっ」
痛みに悶える彼女の声が、よりわたしの性欲を強く刺激します。
ぎゅるるるるる。
とつぜん、わたしのおなかの空く音がしました。
夕飯時の前の時間だからでしょうか。
「お腹減ったの?」と、わたしのお腹に耳をくっつけて彼女が言いました。
「かも」
「かも?」
「そんなことよりキスがしたい、あとセックスも」
*
一通りの行為がまた終わると、汗まみれになったシーツが体にべっとりと張り付いて、とても不愉快でした。
彼女がけだるそうに体を起こして、再びわたしの上に重なるようにしてのしかかります。
女の子の体は、そこまで重くないので、へっちゃらです。
それどころか、肌や体のパーツのひとつひとつが柔らかくて、重さなど気にもなりません。
「このままコンクリ詰めにされたくない?」
「それもいいかもね」
再び、キスをしました。
一度キスを交わすと、顎が痛くなるくらいまでわたしたちはキスをやめませんでした。
お互いをいくら貪っても、互いの存在は消滅せず、消費もされず、完璧なままの状態で存在し続けることができます。
当然のことではありました。しかし、わたしはそこに、どうしも満たされない、という感覚を抱いてしまうのでした。
恋愛に、おなかいっぱいと思える瞬間は今まで一度たりともありませんでした。満たされたらゴールだと思ってしまうからでしょうか。わたしは一体、関係に何を求めていたのでしょう。安定でしょうか。未来でしょうか。終わりでしょうか。ところで、ゴールってどんな意味があると思いますか。でっかい声で、ゴ―――――――――ル!って叫ぶシーン、よくテレビで見ますが、あれは凄く気持ちが良さそうですよね。確かわたしは、ゴールを目標とも習ったので、おわりだったり、途中経過のようだったり、不思議な言葉だなあと思った覚えがあります。
さて、どんなにキスをしても、セックスをしても言葉をかけられても、一瞬も満たされることはない。
だからわたしは、彼女に飽きを感じなかったし、無限に求め続けることが出来ているのかもしれません。
「そろそろ夕飯の時間だし、ごはんでも食べに行かない?」
彼女がわたしの体を押しのけます。もうやめて、のサイン。
わたしは少し寂しく思います。
わたしはすべてに枯渇していたのですから。
セックスの後の眠たさも、お腹の減りも、性欲の満たされなさにも。
「まだ、したいんだけど」と、正直に答えます。
暫くの沈黙の後に彼女がにっこりとほほ笑んで静寂を破りました。
「そういえば、わたしが紹介した男友達の家に泊まったらしいね?」
その一言で、わたしの眠気だけはとりあえず吹っ飛んでいきました。
*
吉祥寺の地下のレストラン街はわたしたちがよく足を運んでいた場所の一つです。
ここにあるお店の、ワッフルが有名なところにとりあえず入りました。
女の子らしく、パンケーキを注文して、テーブルの上に置かれたお冷を流し込む。
グラスの周りには水滴がいくつもついていて手のひらにかいた汗と混じって気持ち悪く感じました。
「知ってたんだ」
気まずい空気の中で、会話を切り出したのはわたしからでした。
「なにが?」
知っている癖に。
なのに、あえて彼女はわたしから聞き出そうとしてきます。
「いや、さっきの」
「うん」
「どこで?彼のツイッター?」
「そう」
「何もなかったよ」と、わたしが言うと彼女はめちゃくちゃに笑い始めました。
その姿が、少し狂気じみていて彼女が本当に怒っているのだと悟ります。
どうしよう、何から話そう。わたしは必死に思考を巡らせます。これが、不倫がばれたときの人の心境なのでしょうか。上手い言葉を出そうとしても、すべて言い訳にしか聞こえない気がして、何もしゃべれないでいました。
実際に、わたしは彼女の男友達の家に泊まってしまったので、言い訳の仕様がありません。何もやましいことがなかったにしても、泊まったという事実は変わりませんから。悪いのは圧倒的に私の方です。
「ふうん、信じられないや、もう」
「酔っぱらって、動けなくなって泊まったの。泊まったことは、本当にごめんなさい。わたしが悪かったです、もうこんなことがないようにするから」
まるで子供のような反省の言葉を並べてわたしは彼女に謝っていました。
当然の如く、彼女が許してくれるわけ、ありません。
彼女の目線は終始下を向いて、わたしのことなんかこれっぽっちも視野に入れていない様子でした。
謝りながらも、わたしはどこかで感情の高ぶりを感じていることに気が付きました。
「お待たせしました」
と、突然横から声が入り、水滴が垂れたテーブルにパンケーキが置かれました。
わたしはとりあえず、タイミングよく運ばれてきたパンケーキに眼をやります。
「美味しそうだね」
わたしは彼女の目をじっと見つめながら言いました。
ひどく、お腹が空いていていました。
唐突に、彼女の指や、唇や、顔をかみちぎりたくなりました。
たまらなくなって、ごくり、と唾を飲み込むと彼女と目が合います。
彼女が不思議そうに首をかしげ「食べないの?」と聞いてきたので「食べる」とわたしは言いました。
気がつくと、わたしは彼女の手を取って口に含み、糸切り歯で強く噛んでいたのです。
ガリッと音が鳴って、わたしの歯型がくっきりと残りました。
くぼんだ部分が青紫色になっていました。
きっと痛かったに違いありません。
構わずわたしは噛み続けました。
口に甘く広がったのは鉄の味。
どんなお砂糖よりも甘く、わたしの心を満たしてくれる気がしました。
わたしは、彼女を食べることに躍起になっていました。
お腹のあたりが、少し、満たされた気がして、手をはなすと、彼女はわたしにこう言いました。
「もうわかれてほしいの」
もちろん、パンケーキは手付かずのままです。
わたしは咄嗟に、フォークを手に取っていましたが、いったい何に使おうとしたのかわかりませんでした。
*
店を出たあと、頭に何も入ってきませんでした。たった一言で今までの年月が否定されてしまった気がして、時間がピタリ、と足を止めました。
その一瞬で、なぜかわたしは何かから解放された気持ちになると、やがて、ふっと訪れた空虚感に押しつぶされそうになり、何もしゃべれなくなっていました。
もう、この人について考えなくて済むんだという開放感と、もうこの人について必要以上に考えてはいけないんだという絶望感が同時に訪れました。
進むことも、戻ることもない空間に閉じ込められてしまっているような気持ちでした。
わたしは、ただその場に立ち竦むことしか許されていませんでした。
「ごめん、別れたくない。別れるくらいなら死ぬ」
「そんな悲しいこと言わないで」
でも、どうしてか、泣いているのは彼女の方でした。
「なんで泣いてるの」
私が訪ねても、彼女は俯いて表情を見せてくれませんでしたが、アスファルトにポタポタと涙が垂れていました。
「わかんない」
「なんであなたが泣くのよ」
「わかんないってば」
「泣きたいのはこっちなんだけど」と、言いつつ、わたしは泣いていませんでした。
当然です。
涙の生産は、感情に追いついていませんでしたから。
でも、しばらくの沈黙のあとに、一滴も垂れることなかった涙が、喉のあたりがぐっと押し上げられ、熱を持ち始めたかと思うと、ボロボロと零れ落ちてきました。
ぜえ、はあ、と乱れた呼吸を整えようと深呼吸をしても、自分が今どこで息をしているのか、自分が今息をしている場所が果たして現実なのかわからなかったので、わたしは唇をかみしめました。
鈍い痛みと共に、鉄の味がじんわりと広がっていくのを感じていましたが、どこか違う世界の感覚なのだろうと自分に言い聞かせていました。
「泣いてごめん、ねえ。顔色、わるいよ、大丈夫?」
「大丈夫じゃねえよ、てめーのせいだろ」
「ごめんね、ごめんね……」
「ずっと一緒にいるって言ったじゃん」
「うん」
「うそかよ」
「うん」
「死ね」
「ごめんね」
「ゆるさない」
「ゆるさなくていいよ」
「殺してやる」
次第に加速していく感情が、私に手を上げさせました。
バシン、という音がからっぽの空間に響きます。
わたしたちの前を通り過ぎていく人たちが怪訝そうに見てきました。
はたまた、面白い物を見る目で見てきましたが構うものかとばかりにわたしは彼女を叩き続けました。
バシン、バシン、バシン。
「いたい、なあ」と、力なく彼女が言いました。
「どの口がそんなこと言うの」わたしは彼女に何度も手を上げました。
バシン。
「ごめんね、わたし、ほんとうにもう疲れちゃったんだ。君に対して、何も頑張れなくなっちゃった。わたしがどんなに頑張っても、君はぜんぜんよくならないし、底の抜けたバケツに水を注いでる気分で、とても辛かった。でもね、それは、君が悪いわけじゃないよ、きみはすごく魅力的だし、君は何も悪くない、ただ、わたしが、頑張れない私が、気力のない私が、余裕のない私が何もかも全部悪いだけ。ごめんね、ほんとうに」
「うるさい」
バシン。
彼女は、当たり前ですが何も悪くありません。
勿論、わたしだって一方的に傷ついていく彼女は見たくありません。
けど、どうしても殴りたかったのです。
我慢できなかったのです。
これ以上の言葉を聞きたくなくて、わたしは半ば機械的に、彼女に暴力を振り続けました。
「なんで、こんなに辛い思いしなきゃいけないの、わたし、あんたのおかげで人生、恵まれているだとか、幸せだとか、運命だとか思えていたのに、あんたは無責任にわたしに言葉を置いてって、勝手に取り上げて、そんで勝手に去ってくつもりなの?どれだけ無神経なの?わたしの気持ち考えた?わたしのこと本当に好きだった?どうせうそでしょ、愛してるとか言っておいて、ぜんぶうそかよ、死んじまえ」
再び、思いっきりビンタをかましてやりました。
でもどこかで、大好きで大切で大事にしていたものに暴力を振るったことに対して尋常ではない興奮を覚えていました。
あの時と同じです、二人で食事をした時に感じた、それ。
わたしの頭の中では、食欲も性欲も何もかもが、ごちゃまぜになって、かき乱され、ひとつの欲望を作り上げていました。
それでも、息を切らすわたしの口から洩れた言葉は、「だいすき」でした。
もう、わけがわかりません。
あんなに大好きだった彼女が、一気に憎くなって、ぐちゃぐちゃのぼろぼろのずたんずたんにしてやりたくて、仕方なくなりました。
彼女は何も言わずに、わたしが段々と正気じゃなくなっていく様子を、私の名前を呼びながら、心配そうに見ていました。
「うそ、ううん、別れたくない、大好き、殺してやる、死ね、今すぐそこの道路に飛び込んで五臓六腑ぶちまけろ、わたしがあなたの汚いもの全部食ってやる、酸いも甘いも噛み分けるってこのことだろ、ああ、もうなに言ってるか、自分でもぜんぜんわかんない、はやく死ね、消えろ」
「わかった。もう二度と目の前に現れないようにする。本当は、ずっと友達でいてほしかったけど、友達という形で傍にいてほしいのはわたしのワガママだし。ごめんね、さよなら。元気でね。幸せになってね、でもいつかどこかで見かけた時にうっかり話しかけちゃうかも。わたし、弱いもん。新宿駅とかで、すれ違っちゃったときとか。君のこと見かけた拍子に、ああ、髪の毛、前より伸びたなあとか、今どんな人と付き合っているんだろうとか、絶対想像しちゃう。わたしきっとその気持ちは殺しきれないよ、でも、ダメだよね、そんなの。わがままだよね、ごめんね、ほんとにごめん」
「話しかけてよ、わたしもきっと恋しいから」
「じゃあ、いつかどこかで出会ったらね」
「うっかりちゅーとかしちゃうかもよ」
「ダメだよ。友達同士はキスもセックスもしないもん」
「そっか」
「うん」
「だめかあ」
「うん」
*
あのあと、わたしと彼女は一度だけ電話越しに会話をしました。家に帰ってわたしはやっぱり納得がいかなくて、何よりも彼女の事を好きだという気持ちが全く昇華されていなかったのでどうしても伝えたくて電話をかけてしまいました。
絶対に出ないと思っていましたが、三コール目くらいで、泣きじゃくった声が「なんで、電話かけたの」と、返事をしました。言いすぎてしまった事を謝りたかったのと、もう一度やり直したい旨を伝えましたが、今は無理だと言われてしまい何も言えなくなったわたしはそっと電話を切りました。
その後、一年の年月が過ぎて、わたしはほぼ毎日欠かさず彼女について、思い出してきたつもりでしたが、月日が経つにつれて思い出せないことの方が増えてしまいました。
わたしは、再び、彼女の名前を呼んでみました。
「……」
「―――」
「……」
沈黙が、ひっそりと永遠を構成しているのがわかりました。
どうしてでしょうか。
わたしは、きちんと彼女の名前を呟いたはずなのに、彼女の姿はどこにもありませんでした。
狂ったわたしは、何も見えない空間の中で、彼女の姿を見つけようと、何度も何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も、何度も、彼女の名前を叫び、彼女の細部を、描写しようと繰り返し試みました。
そうしているうちに、うっすらと人形が確認できて、わたしは安心感を覚えました。
しかし、それは一瞬で崩れ去りました。
あーこれが、ぞくにいう、えいえん、とゆーやつですね。
先が何もない。未来もない。未来もなければ終わりもない。理想でした。
最初から、永遠が、これが関係の目標だったのです。わたしは、彼女に、ずっと、永遠を求めていました。そしてそれは、たった今、達成されたのです。この終わり方は、きっと正解です。終わりって言い方は、間違っていますね。訂正します。
もう一度、言語で彼女を構成しようと試みて、暗闇の中で振り返ったのは、使い古された言葉や単語の羅列を体中に纏わりつけた、神様でした。神様からのコールです。
着信音が鳴り響いて、わたしは3コール目で、必ず着信を拒絶します。
二人の永遠が、ずーっとずーっと、失われてしまわないように。
絡まる @Yuyu_nnyu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
女の子を着こなす/@Yuyu_nnyu
★0 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
彼氏に風俗に行かれたんだ/@Yuyu_nnyu
★0 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
これは、故意じゃない。①/@Yuyu_nnyu
★0 エッセイ・ノンフィクション 完結済 3話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます