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 P90は、ベルギーのFN社が1990年に開発した短機関銃だ。

 発射速度は九〇〇発/分、有効射程は二〇〇m。『後方勤務の兵士にも軽便で強力な火器を』というのが開発のコンセプトだが、人間工学に基づいた特殊なフォルムが建物内など狭い場所での使用に適しているとして、現在では特殊部隊などを中心に採用されている。片手での取り回しも容易であり、空いた手で呪符や魔導書を持てるという点が気に入って霧子も部隊の標準装備としている。またライフル弾を縮小したような専用弾薬の貫通力は通常の短機関銃を上回り、このことからPDWという銃器カテゴリーに分類されることもある。秒速七一五mという高初速で放たれたその銃弾を――甲次郎が展開する呪術障壁は、あっさりと受け止める。それは、少しでも呪術知識がある者なら目を疑うだろう光景だった。


 呪術障壁は基本的に呪術攻撃を防ぐもので、純粋な運動エネルギーに介入することは高等技術に分類される。ゆえに『武田組』は各人の術式との併用で銃器を導入しているし、昨夜宏美たちが見たように憑獣のような呪術存在が通常兵器でゴリ押しされることも決して珍しくはない(もちろん呪術でないと致命傷は与えにくいし、逆に物理装甲で呪術攻撃を防ぐのは更に困難になるのだが)。銃弾、ましてや貫通性の高い汎用小口径高速弾を術式だけで防ぎ止めるなど、常識で考えれば有り得ない。それを成し得た甲次郎は、既に多数の憑獣を取り込んだ結果、常外の存在と化しているように思われた。

 ただ一人、霧絵だけは効果が無いことを承知していたかのように、動きを止めた甲次郎へと飛翔魔法で肉薄する。


 彼女の叱責で平静を取り戻していた霧絵は、そんな母親を心配げに見遣る。


「一人で、平気なの?」「大丈夫ですよ」


 抗議するように言った霧絵に、霧子の副官で彼女とも顔見知りの男が頷いた。


「でも――」

「それに我々じゃ、足手まといにしかならなりませんし」

「武田組でも、っすか?」


 男の言葉に、口を挟む切継。噂と大きく異なる値踏みに、直奈も彼へ首を傾げる。


 調伏のエキスパートである強行捜査班。中でも『武田組』は、『空中機動大隊』と並ぶ最武闘派とされている。火器を使用した集団戦法を得意とし、難事件も強引に鎮圧する『組長・霧子』の私兵たち――切継たちが知るその風聞は一部分正しくもあったが、霧子が班を立ち上げた当初目的とは大きく隔たっていた。

 彼女の班の設立理由は、後進の育成だ。経験と勘頼りという職人気質なやり方を脱し、呪術能力の教育・育成方法を体系化することを目指している。『家』という拠り所の無い魔法少女系職員に大きな恩恵を与えるだろうそのアプローチは、過激化する前の『打ち棄てられた呪術者連盟』とも相通ずるところもある。とはいえまだ手探り部分も多く、また十分に成長した呪術者は班から『卒業』していくために、『武田組』の純粋な戦闘力は実はそれほど大きくない。外からの評価が高いのは、『組長・霧子』による功績を班全体のものに見せかけているためだ。実際銃器の積極導入で下駄を履かせてなお、『組員』約三十名を束にしても『ブルと一緒になった霧子』一人にかなわない、というのが彼らの実情だった。


 霧絵からの説明を、驚きと共に受け入れる切継と直奈。そのような事情に『別居中の夫婦』という個人的理由までもが加われば、こういう事態も仕方ないのかもしれないと眼前の光景に目を遣る。

 飛翔する霧子が空中で舞い踊るようにステップを踏み、憑獣の爪牙を実体化させた甲次郎の攻撃を躱す。パイプ塔を縦にしてP90の弾倉を交換、再び呼び出した銃型創具による光弾と共に撃ち掛ける。それに構わず甲次郎が投げ放った憑獣の鋭爪は、パイプ塔を打ち崩して土煙を巻き上げる。遮られた視界の中を機動した霧子が攻撃用創具を複数展開し、至近距離の死角からあられと撃ち放つ光弾――一発一発が美那の支援を受けた霧絵のものよりも高い威力を誇るそれを、甲次郎の多重障壁が悉く防ぎ止める。

 高レベルな呪術戦闘。

 放棄されていた廃工場が変貌した瓦礫の山を、更に焼け焦がし尽くすような逢瀬。


『これは、俺とコウの問題だ』


 憑獣の爪牙と光弾で、多重障壁と短機関銃で、言葉より雄弁に語り合う彼らの様は、霧子が霧絵に向けた台詞が真実であると証明している。

 でも、そんなの――


「気に入らない。そう思いませんか?」


 瑞穂が抱いた胸の内が、庵美の口から零れ落ちた。


 そう、これは断じて彼等だけの問題などではない。

 百歩譲って十九年前の事件の延長だからと考えても、ならばなおさら瑞穂や庵美の問題でもあるはずなのだ。だが、


「ある……の? どうにかする方法が」

「危険ですよ」「でも、あるのね」


 無言で肯定する庵美を、しっかり真っ直ぐ瑞穂は見詰める。


「なら、やろう!」

「分かりました――タン、お願いします」「了承した」


 微笑んだ庵美は、かねてから――あるいは今夜の為だけに紡ぎ上げてきた術式を詠唱する。


「――【神墜し】――」


 それは一九年前に暴走させた【神降ろし】に、使う当て無いまま改良を積み重ねていた呪術式。

 願い奉るのではなく居丈高に、鎮守神に対して指図する。

 その権威を失墜させ、力のみを奪い取って支援対象に与える。

 その強引な性質から、呪術としての難易度や発動時に庵美が背負うリスクは当然【神降ろし】より飛躍的に高い。開発経緯が経緯だけに、被術者も霧子と瑞穂に限定されている。

 だがその代り、術式発動後、支援対象に暴走が起こる恐れだけは絶対に無い。

増幅された術場が瑞穂の気創闘衣に張り巡らされ、夜に浮かぶような黒色を更に深くする。


「イツデさん、お願いします」

「ったく。相も変わらず、アンプ使いが荒いわねーぇ」


 充ち満ちた呪力に寄り掛かり、イツデがその身に反呪の術を構築する。


「あ、あの、ミズさん!」


 そのまま踏み出しかけた瑞穂に、宏美が呼びかける。


「なんだかよく、分からないですけど――頑張ってください!」

「ええ、任せなさい!」


 汐瑠間調査研究所の後輩所員に、先輩ぶって応じる。それを庵美に見られたことが何だか恥ずかしくって、だから瑞穂は甲次郎目掛けて大きく『跳躍』する。


「よーやく、調子を取り戻したみたいね、あの子」


 いつの間にか旧工業団地に合流していた汐瑠間理絵が、満足げに微笑んだ。

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